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Air Another Story


Air

−空− への旅路



by 淺川 秋



堕落。

身をもちくずすこと。

自らの主義、節操を失うこと。

堕落。

人間は堕落の塊。

そう、自ら奈落に落ちた俺のことを言うのだ。


「はい、父上。私は堕落しきってしまった人間であります。」
「ならばお前はこれからどうするのだ?他の人間にはないこの能力を使いこなし、
世の中に名前を轟かすこの国崎家に堕落した人間など必要ないのだが?」
「しかしながら私は代々続く法術士の継承者であります。その直系である国崎家
において後取りがいないのでは父上の面目もたたぬのでは?」

父親はふふん、と鼻を鳴らすとごつごつした指で俺の顎をぐい、と持ち上げた。

「私は数々の法術士をお前が生まれる時に招いた。皆、口を揃えてよく言った
ものだ。”この一族の発祥からこれまでにないにない壮絶な力を以ってして
この世に生まれ落ちる”とな。
だがお前は代々続くこの素晴らしい力を身に付けずに生まれてきてしまった。
後取り等譲ることなど出来んわ。」

「俺は最初からそんな奇妙な力のことは信じてはいません。それから子供にも
自分の将来のことを選択する権利はあると思いますが?」
「貴様、”奇妙”と申したな!この力の何処が奇妙と申すかッ!」

その時、俺の部屋にあった家具やガラスが激しく揺れはじめる。空中でパルスと
パルスが互いに接触しあい、辺りを激しい爆音と稲光で包み込む。そして父親が
右手を横に差し出すとその場にパルスが集中し、一本の槍のような形に変形した。

「どうだ住人。我々一族は遥か戦国時代から影の存在として自らの君主に仕えてきた。
だが、法術という超常的な能力を扱うことは味方にも恐れられ、暗殺、謀殺という
陰湿な行動を押し付けられた。そしてその存在は今も言い嫌われ、貴様も
知っての通り社会の隅に追いやられて生活している。」

まだ幼いながらも皮肉っぽく薄ら笑みを浮かべる俺。
父親はよほどその表情が憎たらしかったのか、雷の槍を俺の喉元に突き出した。

「何がそんなに可笑しいのだ?・・そうか。それならこの私自らが問題を突き出して
やろう。我々一族は自らが生命の危険に晒された時、自分の意志とは関係無しに
体を守る結界を張る。これは一族の者が生まれながらにして持つ能力!」



一瞬俺の体を強い電流がほとばしったような感覚がした。喉元にチクリと突き刺す
ような痛みが走る。父親が俺の喉の刺した槍はほんの先っぽで止まっていた。
どうやら槍が俺の喉元に付き刺さろうとした瞬間に結界が発生しなかったことに
気がついたようである。その場で狼狽する父親。

「・・残念でした。どうやら私は父上の御期待にはそぐわなかったようですね。」

挑発的に捨て吐いた俺の言葉に父親は眼をカッ、と見開くと、

「この堕落者めがーっ!」

父親の巨大な鉄拳が顔はまだ幼いながらも鋭い目つきをした少年を
壁の端まで突き飛ばした。

「私がなんの為にお前をこの部屋に押し込んだのか知っているのか?
もしお前があの予言者共の言う通りこの私を超えるくらいの
力を持っているのならば今この場でその力を見せつけてみろッ!」
「何度も言ったでしょう・・私は最初からそんな力は持っていません。」

ズドン。
少年がいる部屋の扉が重々しい音を立てて閉まる。父親は怒り狂った閻魔の
ような表情をして無言のままこの部屋を立ち去った。

「そう・・俺は最初から・・」


−−世界が開ける。オレンジ色に染まった空が広がり、
青葉が生い茂る木々が俺を慰める。・・慰める?いや、慰めなんかいらないさ。
俺は全てを捨てた人間だから。
ざわざわ・・ざわざわ・・。夕方の優しい風が木々を揺らし、その風は暖かく、
母親の優しい手の平のように俺の頬をくすぐる。

「家系がなんだっていうんだ。法術がなんだっていうんだ。俺は俺だ。
何故そんなものに囚われる必要がある。」

心の中で様々な思索がドロドロと渦巻いていく。眼を再び瞑ってみる。
真っ暗闇の中にぼやっとした蛍光が一つこちらに向かって大きくなっていく。
そしてそれはだんだん人のような形になり、目の前まで迫った所で止まった。

「なんだ。俺が芸の時に使うマジシャンの人形じゃないか。何故お前が俺の
思索の中に出てくるんだ?」

その人形は俺をじっ、と見つめたまま何も言わない。

「ああ・・人形だものな。何も話すことは出来ねえよなあ。でも・・
よく考えてみれば今まで俺と一緒に付いてきてくれたのはお前だけだったん
だよなあ。唯一の相棒、か。ははは、こりゃいいや。」

相棒というのはこのマジシャン人形。俺が小学生の時図工の時間に作ったオモチャだ。
後におぼろげな法術の力を自覚してきた時に自分の意志で勝手に動き回すことが
できるようになった。それから旅に出た時にでもこれを使って・・

「ふーん。こんな人形が相棒だなんて・・住人くんって変わってるね。」
「!?」

俺は突然聞き覚えのある声がしたので飛び起きた。案の定そこには観鈴が
俺のマジシャンの人形を片手に、にこにこ笑っていた。

「てっ、てめえ!その人形どっから持ってきやがった!」
「にははっ、そこに転がっていたサンドバッグからひょこっ、と首だけが出ていたから
持ち出してきたの。」
「勝手に人のものを探索するなっ!それは俺の大事な商売道具なんだっ!」
「商売道具?住人くんって腹話術とかしてるの?ほら、今よくテレビなんかで出てくる
”にこく堂”みたいに〜☆」

恐らく彼女の頭の中には大阪弁でののしってひとりつっこみ漫才でもしている
腹話術師の姿があるのだろう。

「誰が腹話術なんかするかよっ。俺を馬鹿にするなっ!」
「うー・・だったら一体何に使うのよ−。」
「秘密だ。元の場所にもどしておけよっ、・・あれ?お前、今日は私服なんだな。」

俺はこないだ観鈴に初めて会った時の観鈴の姿しか知らなかったので、今日の
彼女はやたら新鮮に映った。

「うん。今日は学校休みだしね。何、もしかしたら制服姿の方が良かったって〜!?
いやだ−住人くん制服マニア−っ!」
「お前ってホントに話が飛躍しすぎるよな。他人のことをなんだかんだ言いまくって
人間扱いしたことないんじゃないのか?干物だの・・」

あえて法術使いという言葉は伏せておくことにした。

「麻薬ブローカーに、にこく堂☆」
「そうだそうだ。麻薬ブローカーに、にこく・・って俺まで納得してどーする。」

観鈴はにこにこしたまま突っ立っている。彼女にしてみれば悪気は全くないの
だろうが、このままやられっぱなしでは俺の面目が立たない。その瞬間俺は
決意した。今度は俺が観鈴をびっくり仰天させてやる番だと。

「ちっ、まあいい、こうなったらお前には教えてやるか。」
「えっ!?何々?」
「ちょっとその人形を貸してみろ。」
「うんうん!」

観鈴は今から楽しい紙芝居が始まる時の子供のような期待に満ちた表情で
俺を見つめている。好奇心旺盛だ。
マジシャンの人形を地面の上に座らせる。俺は数歩後ろに下がると片手を
開いて人形の方向へ向けた。

「・・まさか、ヘンテコな術とか使う訳じゃないよね?」

俺は眼を閉じて、掌に体中の気を集中させる。俺の場合この「気」というのは
この自然の中に常に連携している生きとし生けるもの全ての力を少しだけ借りて
人間の思考能力の範囲を超えた世界を作り出す「狂」の力を差すのだ。
勿論・・俺の場合はごくわずかな力しか扱えないのだが。

「ふーむ術か。大体は合ってるかもな?」
「・・・・は?」

俺が最後のセリフを吐いた後、その人形の周りにとてつもない突風が
巻き起こり、砂埃が舞い、周りにあった木々が激しく揺らめき始める。

「きゃあああっ!一体何が起こったのよーっ!」

観鈴はまたしてもこの間のファイティングポーズで身構え、両手で砂塵を
覆っている。相当このポーズが好きなんだろうな。

バウン。
先程までのまるで台風に突っ込んだかのような大嵐は嘘のような晴れ、
辺りには静けさが戻った。

「ふう・・。やっと終わりましたか。ってあれ−−−っ!?」

観鈴は自分の目を疑った。確かに自分のいる場所は紛れもなく俺と一緒にいた
公園である。ただ、その公園”以外”の普段の景色は全て蒼白な空間で
埋め尽くされていたのだ。公園の向こうに見えるガソリンスタンドも跡形も
無く消えている。そそしての周りに並ぶ民家も全て青白い空間と化していた。
自分の身に起きた自体がまだ飲み込めていない観鈴は、あちこちを走り廻っている。

「どうだ観鈴。これまでお前にコケにされ続けてきたからな。たまには俺の
お遊びにも付き合ってもらうぜ。」
「ちょっと−っ、これは一体どーゆーことよっ!姿を現しなさい卑怯者!」
「おいおい、俺はお前の目の前にいるって。」
「何言ってんのよ。住人くんなんか何処にも・・あっ!」

観鈴は自分が辺りをきょろきょろしている内に目の高さを不意に下にやる。
そこには自分がさっき弄んでいた俺のマジシャン人形がまるで生き物のように
立っていたのである。

「住人くんなの・・?」
「おう、そうさ俺だ。へへん、驚いただろう!この世界には俺とお前しか
いないんだぜ。名付けて”夢想世界”。」

夢想世界。観鈴はその言葉に過敏に反応した。

「同じ・・。あのお話と全く同じ・・。う、嘘みたい・・。」

あのお話?一瞬俺は彼女が何か知っているんじゃないか、という疑念に囚われたが、
いつもの馬鹿馬鹿しい話をこんな時に持ち出されてしまえばまた向こうのペース
にはまってしまう。気にせず話を続ける。

「この世界はある一定面積の実際の世界をその型だけ切り取ってこの夢想世界の
土台とし、術者以外の人間はたった一人しか入ることが出来ない。用途としては
主に”監禁”や”暗殺”に使われる。」
「暗殺って・・んじゃ殺されてしまった人はどうなるの?」
「殺された奴は元の世界に戻ることなく永遠にこの世界でさまようことになる。
一回この世界への印を閉じてしまえば俺でも扉を開けることは出来ない。
自分が気にくわない奴や殺しの依頼を受ければいつでもここに閉じ込める
ことが出来る。」
「正に超絶した力ね。こんな空間を作り出せるだなんて・・住人くん・・あなた
一体何者?」

人形となった俺はその場にふわりと浮かび上がる。

「俺は数少ない法術使いの家系に生まれた者だ。 ・・お前にはまだ話して
いなかったな。」
「ほーじゅつつかい?・・はは−んなるほど〜。だからあの時私が”霧生隼人”
の名前を出したからあんなにムセたんだ〜!」
「イヤなことを思い出させてくれるっ!そ、それはそうとして、とりあえずは
お前をここに閉じ込めるのも殺すのも俺の考え一つ次第だ、ということは
言っておこう。」
「ええーっ!?そんなのヤダよっ!もしこんなヘンテコな空間に閉じ込められて
しまったらわたし・・。」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

見える。

俺の目の前には純白のランジェリーに身を包んでいる女性がいた。
その女性はようぜつな視線で俺を凝視し、それに見え隠れしている
淫らな本能が俺の男性としての性欲を強く刺激する。

「ねえ、いきなりやけどあんたは本能のままに行動したことがあるんけ?」
「・・本当にいきなりね。そんなことよりも服くらい着たらどうなの?
お母さん!」

お母さん?

「おやおや随分利かない子やな。外では明るくて笑顔が絶えない元気な子、
って大評判やないか。なのに家に帰ってきたと思えば生みの親に対して
は知らんぷりかい。」
「そのセリフ、もう聞き飽きたよーっ。何よ、自分は真っ昼間からお酒ばっか
飲んだりしてさ。うあっ!お酒くさーっ!」

観鈴は自分の隣で顔を寄せる母親を避けるようにして机に集中しようとする。

「あたしにとってはこの姿が一番活動しやすい。アダムとイヴの話を
知ってるかい?そもそも人間にとっては裸でいることが一番ありのままで
自分をさらけ出せる姿なのや。あたしはそれを率先してやっているだけなん
やけどなあ〜。」
「お母さんはまだ下着付けているじゃない。それって密かな恥辱心の現れ
なんじゃないの?」
「恥辱心?」
「アダムとイヴは神様から絶対食べてはいけないと言われていた禁断の果実を
口にした後、お互いを「男」と「女」として意識してしまった。」
「楽園を追放されたアダムとイヴは「男」と「女」がもう永久に公平な立場に
なれない罪を後々の人間達の重荷にしてしまった・・。楽園は失われたのや。」
「そう。だったらお母さんは矛盾しているわ。罪を背負った人間ならば
その罪を清算する意味で毎日を生きていかなければならないの。その為には・・
まず服を着なさい!」

娘の説教に母親はなかなかやるではないか、とばかりに不敵な笑みを浮かべると、

「ほお、名演説やんけ。いつもはあたしを罵倒するだけなのに今日はどうしたんや?」
「別になんでもないよ。同じことばかり言ってちゃ飽きるだろうから今日は
趣向を変えてみました!」
「ふふん。説教することに趣向を凝らすだなんて変わった子やな。
・・さて、お説教が済んだ所で・・いつものアレ、やるよ。」

母親のその言葉を聞いた途端に凍りつく観鈴の表情。

嫌。

自分以外の全てのものを否定するかのような強い拒絶の反動感。それとともに
凄まじい激痛が俺の脳天を直撃する。
弾ける世界−。

「ふ・・あふぅ・・」

ぬちゃ。くちゅっ。何かをくすぶる音が何処かの部屋の中に響き渡る。
一人の女性の膝の上に寄っかかるようにして苦悶の表情を浮かべる少女。

「昔と比べると随分慣れてきおったな?始めたばかりの頃は痛がって
もうわんわん泣き叫んだんやけどなあ。」
「くぅ、変なこと言わないでよぉ。」

観鈴の顔は次第に赤く火照ってくる。そして彼女の秘部に絡み付く母親の指は
いんびな音をたてならがら自分の娘の部分を愛撫する。

「相変わらず奇麗な色やなあ。まだ一度も男を受け入れたことがない
んやろ?」
「もうやめて・・。こんなのが何の練習にあるんだよお。」
「あとすぐに来るであろう「経験」の為だろう?お前が初めての時に
困らないように教えてやっているんじゃないか。」
「まだこんなこと早いって・・。」
「高校生にもなったらもう誰でもしているもの。あたしだって
初体験はあんたと同じくらいの時やったしなあ。」

だんだんと母親の指の動きが激しくなってくる。それとともにまるで
小鳥がすすり泣くような声を観鈴は上げ始めた。

「あ・・はう・・はうううう・・」

それは先程の苦痛に歪んでいた表情とはうって違い、正に母親の指の技力の
虜になっている表情である。

「この顔が見たかったんや。もうお前を何所にも手放すつもりはないんよ・・。」

−−−−−−−−−−−−−−−−−

−−世界が開ける。オレンジ色に染まった空が広がり、
青葉が生い茂る木々が俺を慰める。・・慰める?いや、慰めなんかいらないさ。
俺は全てを捨てた人間だから。
ざわざわ・・ざわざわ・・。夕方の優しい風が木々を揺らし、その風は暖かく、
母親の優しい手の平のように俺の頬をくすぐる。

気がつくと俺は元の世界に戻っていた。
目の前には先程の出来事は一体何だったのだろう、とぽやんと首を
傾げている観鈴の姿があった。しかしあのビジョンを見せ付けられて
しまってはなんだか気まずい。

「うわっ、いつの間にか元に戻ってる。ちぇっ!もっと期待していたん
だけどな〜。」

後ろを向いたまま優しく声をかける観鈴。

「き、期待ってなんだよ。」

俺は思わず赤面してしまった。しかし、それを見逃さないのが女の子の
性格である。

「あーっ!住人君えっちなこと考えていたでしょ−っ!いつもはクールな
外見しているクセにやっぱり・・ねー。」
「な”っ!勘違いするなよっ!誰がお前みたいながきんちょに欲情するかっ!」
「いや〜っ、意外とムッツリスケベだったりしてね〜?」
「・・だったら本当に犯してやろうか・・?」

俺は観鈴を鋭く冷たい眼差しで見下す。

「う・・にははっ!じ、じょーだんだよ冗談!そ・・そんなこと・・きゃっ!」

俺はベンチの後ろにあった大木に観鈴を押し付けた。



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