−AIR Short Story 1 

 Dream of the Summer

 

 −夢を見た。

  昔の夢だ。遙か、遙か昔の・・・・・・。

  夏の夢。僕と、彼女が大好きな・・・・・・夏の夢・・・・・・。

 

 

 あしびきの山鳥の尾のしだり尾の

        ながながし夜を一人かもねむ

 

 小さく聞こえる、高い、和歌を読み上げる声を子守歌代わりに、縁側でまどろんでいた。 

 この社殿の警邏(けいら)は相変わらず恐ろしく退屈だった。気を常に張っていれば、そのような気分も紛れるのだが、いかん
せん、回りがのんべんだらりの状態なので、一人だけ気張るのも馬鹿らしい。その上、護るべき御仁が、あれである。

 夏場でも、このような山中の社(やしろ)は過ごしやすかった。吹き下ろしの風が抜けるたびに、あちこちで御簾(みす)がわず
かにかすれ音をたてる。これほど心地よいのだ、どうせなら本気で寝てしまおうかとも思うのだが、上司に見つかれば、いかに
皆の士気は低いと言っても、咎められるであろうし、何より、神奈に何を言われるやら・・・・・・。

 しかし、庭でそよめく葉の音に合わせるようにして押し寄せる眠気に耐えるのも、そろそろ限界だった。

 もう、どうでもいいと開き直り、身を横たえかける。

 だが、ちょうどそれを遮るかのように、突然、和歌の詠み声が途絶えたかと思うと、何やら騒ぎ声、ついで、だんっ、だんっ、と
攻撃的きわまる足音が近づいてきて、まるで地震のごとき揺れに、たちまち目は覚まされてしまった。

 何事か、と考えるまでもない。

「床が抜けるぞ」

 言いながら視線をあげると、やはり、目尻を持ち上げて、思い切り不機嫌そうな顔の神奈が、そこにいた。

「この程度で抜けるものか。翼人が床板を踏み抜いて、はまったなどとあっては、笑い話にもならぬ。末代までの恥ぞ」

 と、翼人の少女は響無鈴(こなれ)を陽光にきらめかせながら、俺を見下ろして、

「で、そなたは何をしている?」

「見てわからないか。警邏だよ」

 俺は、脇に置いた太刀をたたいて答える。

「ほう、そなたは寝ころぶことを警邏というのか。あの調子では、余でも容易に首をかっきれそうであった」

 ・・・ちゃっかりみていやがるし。

「暇なんだよ」

「警邏に暇も何もあってたまるか。まったく、益体のない」

 神奈は大げさに肩をすくめて見せた。正論なのだが、こいつに言われるとやけに頭にくるのはなぜだろうか。

「まぁ、良い。警邏などどうせ何の役にも立たぬのだしな。それより、暇ならば、余の相手をせよ。余も退屈している」

 平然と言い放つ神奈を、俺はいぶかしげに見やった。

「和歌の朗詠はどうした?」

「あのような退屈なことをやっていられるか。裏葉も裏葉。何故あのようなことに根を詰められるのか。だいたい、古人が夜長を
思ったところで、余に何の益がある? 勝手に一人で寂しくていれば良いであろう。余の知ったことではない」

 どうやら先程の和歌のことを言っているらしいが、まったく、神奈には風雅というものは別の世に属する話であるらしい。まぁ、
その点は俺も同じなのだが・・・・・・。

「そこは同意するが・・・・・・で、それはいいとして、何で俺が神奈の暇つぶしにつきあわねばならない?」

「そなたは余の忠実な下僕であろう?」

 ・・・・・・言い切りやがった。

「・・・・・・」

「わかった。不満ならば、忠実な臣下、でとどめておいて進ぜよう」

「・・・・・・」

 俺は、床にごろりと転がると、背を向けて拒絶の意を示した。

「柳也どの・・・・・・」

「しらん」

 背後で、神奈が眉をつり上げる様子が目に浮かんだ。

「そうか、ならば勝手にするっ!」

 神奈は身を翻すと、また、思い切り力を込めて踏み出し・・・・・・

  バキッ

 響き渡った壮絶な音に振り返ると、神奈の身の丈が半ばほどに縮んでいた。・・・・・・いや、違うな。見事に床板の一枚をど真
ん中で踏み抜いて、翼人の少女は、尻餅をついていたのだ。

 先刻の言はどうしたことか、呆然とした表情の神奈は、俺が見下ろしていることに気づくと、白皙の頬を真っ赤に染めて怒鳴
りあげた。

「何を呆けいているかっ、助けよ、柳也どの!」

「・・・末代までの恥・・・・・・」

「やかましいっ!」

 声だけは威勢良く、固めた拳を振り回しているが、格好が格好であるので、迫力に欠けること甚だしい。

 どうやら余程上手くはまって抜けられぬらしいな。神奈に反撃が不能なことを見て取ると、俺は普段のうさを晴らしてやること
にした。

「しかし、まぁ、いとも簡単に抜けるものだな。神奈、余程重いんじゃないか?」

「黙れっ、不埒者。この社が安普請(やすぶしん)なだけだっ!」

 恥ずかしさと怒りとで、神奈の顔は、よく熟れたほおずきのようである。

「そうはいっても、俺や裏葉が歩んでもきしみひとつたてなかったがな」

「そなたらが、運良くいつも端を踏んでおっただけであろう」

「それにせよ、いかに安普請といえども、前触れのきしみもなく、一踏みでへし折れるものだものなぁ。やはり、相当の重みが加
わったとしか思えぬ」

「黙れ。黙らぬと、その口を二度としゃべれぬよう、八つに裂いてくれるぞっ!」

「もう少し、しとやかな物言いはできんのか? はしたない」

「・・・・・・まことにございますよ。神奈様」

「どわぁぁぁっ!」

 突然の声に、俺は飛び退いた。そこには、大げさに涙に暮れる裏葉。相変わらずのことだが、全く気配がない。

「「どこからわいてでたっ!?」」

 見事に俺と神奈の声が合った。

「ああっ、お二人とも、そのように人を物の怪の類であるかのように仰せられて・・・・・・恨めしや、恨めしや・・・・・・・」

 その場に泣き崩れる裏葉。だから、それはもういいって。

「しかし、神奈を連れ戻しに来たにしては、ずいぶんと時を要したな」

 俺が言うと、やはり裏葉は一瞬で立ち直る。

「えぇ、なにせ神奈様にあらせられましては、ただ逃げ出すならいざ知らず、経机(きょうづくえ)をひっくり返し、硯の中の墨をぶ
ちまける有様。後始末に追われた次第にございます。まったく、なげかわしう・・・・・・」

 神奈に目をやると、我関せずと言った風体であらぬ方向を眺めている。こいつは・・・・・・

「このように床が抜けましたのは、神罰にございますね、神奈様」

 神奈は裏葉の言葉に、大真面目な顔でこちらを向くと、

「罰だそうだ。決して、余が肥えているわけではないぞ」

 要は、自分が太っていないなら何でも良いらしい。

 嫌みの一つも言いたくなる。

「そうだよな。ただでさえ骨張っている娘に、よけいな肉が付いているはずがないものな。胸や尻でさえ足りていないというのに。
そうだ、俺が間違っていた」

「・・・・・・」

 とてつもない殺気が感じられるが、気にしないことにしよう。

「それより、神奈様。いつまで、その様なあられもないお姿であらせられるおつもりです? さぁ、御手を」

 裏葉が手を差し出すと、神奈は鷹揚に頷いて見せた。

「うむ。やはり裏葉は頼りになる。 どこぞの益体なしとは大違いぞ」

 こちらに向けられた視線がわざとらしい。

 だが・・・と、俺は裏葉の顔を見やって思った。まだ、神奈も青いな。裏葉はにっこり笑って人を斬るといったような質だ。それだ
けのいたずらを神奈に働かれておいて、ただ助けるはずもない。

 案の定、神奈が立ち上がりかけたところで・・・・・・

 ぱっ         ごんっ

 裏葉は手を離し、平行を失した翼人の少女は、見事に後頭部から床に落下した。

「おいたをなさった、罰にございますよ」

 裏葉は、やはりにこにこしたまま、言う。

 しかし、返事がない。

「神奈様?」

「神奈?」

 よく見れば・・・翼人の少女は、見事に床の上でのびていた・・・・・・。

 

 ミーン ミンミンミン ミーン・・・・・・

 

 蝉の鳴き声が、夕立のごとく降り注ぐ。

「少しやりすぎましたでしょうか」

 とはいうものの、裏葉は全く反省の色は見えない顔で、膝の上にのせた神奈の頭を、扇であおいでいた。

「だな。元々益体のない頭がさらに益体無くなったらどうして良いやら・・・・・・」

 俺が言うと、裏葉は、こちらを向いて微笑して見せた。

「相変わらずご無礼な物言いで」

「行為に出す分、裏葉の方が上だ」

 二人で笑い合う。

 神奈は、寝苦しげに、裏葉の膝の上で微睡んでいた。

 のどかな午後の風景・・・・・・

「裏葉・・・・・・」

 神奈が寝言をたてる。

「はいはい」

「・・・・・・お代わり・・・・・・・」

「何の夢を見ているやら、こいつは」

「良いではないですか。よく食べる子は育つと申しますゆえ・・・・・・・」

 裏葉の顔はまるで母親のようで・・・・・・

 俺は、柄にもなくほほえましく、その光景を見やったのだった・・・・・・・。

 

 

 −幸せな夢だった・・・・・・

 

 ・・・・・・朝の光が、眩しい。

「はやくしないと、おくれちゃうよー」

 せかす彼女の後ろを、僕はゆっくりと歩いていた。夏の光は強くて、もう、アスファルトの道路はじりじりと焼かれ始めている。
登校の道は、海のすぐそばで、堤防の向こうからの潮風が、髪の毛を舞いあげていった。

「遅れたら、また、晴子先生に怒られるよー」

 ・・・・・・・それは少し困る。

 早足になりながら、彼女の隣に並ぶと、僕はその顔をのぞき込んだ。

「今朝、夢を見たんだ」

「私も見たよ」

 そう言って、彼女は微笑む。

 僕たちは幼なじみだ。たくさん友達もいるし、少し怖いけれども、おもしろくて、本当はすごく優しい先生がいる。

 僕には彼女がいて、彼女には僕がいる。

「どんな夢だった?」

「昔の、ずぅ〜っとむかしの夢だよ」

 彼女は大げさな身振りで、示して見せた・・・・・・。

 夏の日は、まだ、始まったばかりだ。

 夢の続きは、これから、僕たちが創る・・・・・・。

 

 −fin

 



 −あとがき

 早速ですが、AIRのSSです。本作がすばらしいものであっただけに、下手なものは書けませんね。これが下手なもので無いと
いう保証はどこにもありませんが(笑

 AIRは曖昧な終わり方をしましたが、僕としては、あれは観鈴=神奈も、往人=柳也も、幸せになれたんだと思ってます。陳
腐な考え方ではありますけど・・・・・・。

 往人が、一度カラスとなったように、エンディングででてきた少年と少女は、観鈴と往人のなった姿であるのだと・・・もちろん、
すべてのくびき、宿命から解き放たれて、二人とも、この星の大地に返ってきたのだと・・・・・・。

 人それぞれの解釈、ということで(笑

 とりあえず、楽しんで読んでいただけたら幸いです。

 AIR Short Story1となってますが、2を書くかどうかは、まだ未定です。

 感想をいただければ幸いです。

−リシス                

tatsuo-s@avis.ne.jp

 <Rishis's Solitary Island