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ToHeart and Kanon CrossOver Story



Schnee Traum


終話 1月24日 <後編>

by あるごる


 数時間前、わたしは来栖川先輩に呼ばれました。
 学校では有名な人ですが、話すのは初めてです。
 長い話ではありませんでした。
 来栖川さんは3枚のタロットカードを並べて、先ほどは済みませんでしたと謝って、こう告げました。
 
 
 
 
 ――このカードを見てください
 
 ――「杯の8」 これはこれは『急転直下の解決』を意味します 今、です
 
 ――しかし…すぐ近くの未来の場所に出たカードです
 
 ――「杯の4」 これは『郷愁』を…そして「剣の10」 『破滅』を意味します…
 
 ――浩之さんは優しい人ですから、他人が困ってるのを、見過ごす事のできない人ですから、 
 
 ――もし、何かあったら、すぐに私に知らせてくださいね……
 
 
 
 
 1分と経たないうちに辿りついた目的の部屋。
 異変には簡単に気付けました。ツ―ロック用の金属のリングが挟まって、ドアが、半開きになっていました。
 中は、空っぽでした…。
「……来栖川さん、ごめんなさい」
 でも、あなたの話が本当なら、これはきっとわたしがやらなければいけないことなんです。
 今からでは浩之さんがどこへ行ったのかは分かりません。
 わたしの行ける場所は、一つしかありません。
 
 
 
 
 ――あそこに見える丘ですか? ものみの丘っていうんですよ 
 
 ――妖狐っていう不思議な獣が、人の行いを見つめるために作った丘らしいです
 
 ――ファンタジーっぽくて、かっこいいですよね
 
 ――え、先生、登ったんですか? あそこはけっこう険しい道だって聞いてますけど…
 
 
 
 
 枯れ枝が顔を打って肌が切れたような気がしました。
 それに気を取られた矢先、足元がつるりと滑りました。
 なんとか踏みとどまります。夜の山道は、本当に怖いです。
 それでも、震えたり、止まったりはしませんでした。
 そして、ちゃんとわたしは、目的地に辿りつけました。
 
 
 
 
 地球から突然宇宙に放り出された気分です。
 ここに自分がいるのかどうかが不安になるほど、星の瞳がわたしを強い調子で見下ろしていました。
 誰もいない、凍りついた荒原。
 ほんの数日前、キツネに手を伸ばすのを止められた場所。
 広がった闇の向こうへわたしは叫びました。
「浩之さんを、浩之さんを返してくださいっ、もう傷つけないでくださいっ」
 たちどころに、計り知れないほどの圧力を感じます。
 跳ねかえってくる確かな反応。拒絶の意思でした。
「お願いです、もう止めてください!」
 吹きつける意思。思わずその場にうずくってしまいます。
 来た場所は間違ってはいなかった。だけど、拒絶の意思は強い。
 
 
 
 
 
 
 
 声が乾いて、枯れる。
 喉が氷の針を飲まされたように痛い。
 でも、負けられません。
 ここで引いてしまったら、浩之さんはきっと無事では戻ってこない。
 絶対に、逃げません。
 藤田さんがわたしのために戦ってくれたように、わたしも戦うんです。
「わたしはこのチカラを持たされたことを恨まない。チカラを持って生きてかまわない」
 咳き込む喉をあけて、強気で、わたしは言いました。
「だからもう、これ以上、悲しい思い出を持つ人を増やさないで!」 
 そう叫んだ矢先、
 一匹のキツネが、わたしの前に現れました。
「あなた…」
 わたしがはじめてヒーリングで治した、彼でした。
「あなたも妖狐、なの?」
 低く唸った彼が、頷いた気がしました。
「あなたも奇跡が起こせるんでしょう? おねがいっ」
 夢中で差し出した手を、がぶりと噛まれました
 寒さで棒になった指だけに、痛さもひとしおでした。一言うめいて、うずくまってしまいます。
 指を握り、暖めます。
 ぬるっとした感触が伝わりました。
「そうですよね、虫が良すぎますよね…」
 話が本当なら、何百年も前から続いてきたのを、わたし一人で何とかしようとするのは、バカみたいなことなのかもしれません。
 こうして、独り相撲してるわけじゃない、と身体で感じられるほど反応してくれることさえ、驚くべきことなのかもしれません。
「だけど、」
 もう一度わたしは手を伸ばしました。
「だけど、もうみんなを苦しめないで……もうわたしのせいで、悲しい顔をする人が出るのは、嫌なんですっ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
なんで、望むの?
 
 
 
 
 
 
 
 
「浩之さんを、ですか?」 
 左からする声。
 
 
 
 
 
 
 
 

チカラは押さえられたし、いっぱいいろんないいことがあったでしょ。

 
 
 
 
 
 
 
 
「嘘。この街だって、悲しいことも苦しいこともある」
 右からする声。
 
 
 
 
 
 
 
 
           自分で、新しい幸せを掴もうとは思わないの?
 
 
 
 
 
 
 
 
「わたしは、わたしは他人の不幸な顔を見てまで、幸せにはなりたくない、パパやママならなおさら!」
 時に誘い、時にけしかけるような声が、わたしを揺さぶってきます。
 
 
 
 
 
 
 
 

幸せって、そういうものでしょ。     

 
 
 
 
 
 
 
 
「……」
 
 
 
 
 
 
 
 
みんなの喜ぶ顔を見るために帰るの?あなただけが、そんなに犠牲になっていいはずがないわ。
 
 
 
 
 
 
 
 
「……」
 いいえ、違う、絶対に違うはず。これは、わたしが勝手に聞いている声!
 
 
 
 
 
 
 
 
     もう、大人でしょう? 自分の道を自分で選べないの?
 
 
 
 
 
 
 
 
 本来は正義の言葉に、一瞬心の秤がぐらりと揺れました。 
 でも。
 秤のバランスが崩れたとたん、わたしの頭にしまわれていたものが、飛び出してきました。
「…それに、約束したんです」
 
 
 
 
  少しの間、北に行こうと思います。別に自殺しに行くわけじゃありませんから心配しないで下さい。
 
  きっとまた、戻ってきますから。
 
 
 
 
「浩之さんと、パパとママと、友達のいる街へ帰るって、約束してきたから」
 そう、約束…。
「約束したから…」
 
 
 
 
 
 
 
 
約束…?
 
 
 
 
 
 
 
 
 時間が過ぎて、いろんなことがあって、みんな変わっていくけれど、もう、こんな後悔を、したくもしてほしくもない!
「約束したからっ。わたしに、約束を守らせてっ、けほっけほっ」
 とうとう喉が枯れました。声を出そうにも、もうからからの息しかでてきません。
 ……。
 反論が止まり、ふと、音が消えました。
 こんな時に……『チカラ』…?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 暗緑青だった野原が、茜色に染まっています。
 目の前に、あのキツネの代わりに、夕日色の髪の子が佇んでいました。
 
 
 
 
約束、してきたの?
 
 
 
 
 はい。
 
 
 
 
そう。
約束って、一番大事だから。
私達も、ずっと昔の約束を、守っているから。約束を邪魔する事はできない。
でも、行くなら、わたしとも約束して。
…忘れないで。
この街でもあなたは多くの人に助けられたということを。
羨ましく思う人がいるくらい、多くの人に助けられたっていうことを。
 
 
 
 
 絶対に、忘れません。
 
 
 
 
ありがとう。
 
 
 
 
 でもわたしだけ幸せになろうとするんじゃ身勝手です。これ以上、悲しい思い出を持つ人を作らないで、悲劇を繰り返さないで!
 
 
 
 
それはあなたの独善よ。これまで、そのおかげで私達も人も共存できていた。
 
 

人間の代表みたいに語るのは許せない。    

 
 
 
 
黙ってて、わたしが話してるんだから。
……。
……。
……うん、いいよ、他にも、それを望んでる人がいるし、ね。
 
 
 
 
 ありがとう。約束します。
 わたしは絶対に忘れません。
 あなたは、わたしに力をくれた。『チカラ』を信じることが出来る力を。
 
 
 
 
…本当に?
昔、約束したことがあったの、でもその子はわたしを捨てた。
 
 
 
 
 本当です。 
 
 
 
 
絶対に?
 
 
 
 
 絶対です。
 そう答えたとたん、彼女は、元気よくわたしに笑いかけました……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 たちどころに夕日の丘が消えました。
 一瞬の幻想との邂逅。
 最後にわたしが受け取った不思議な感覚。
 
 
 
 
いつかはげんきをくれて、ありがとうね。おれいに、
 
 
 
 
「…こ………とが……てつだって…あげ……る? あなた、女の子だったのね……」
 その言葉を言い終わらない内に、ものすごい勢いでチカラが動き出しました。ヒーリングの感触です。
 一度大きく身震いしたあと、遠く宇宙に向けて放たれたように、エネルギーが身体から天空へ抜けていきました。
 そして、チカラの反動で起きた耳のつかえがとれると同時に、
「……ぁ…」
 今の『チカラ』で、星の水瓶がこぼれたのでしょうか、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 数え切れない流れ星が一斉に、夜空一面に青白い引っかき傷を付けていきました…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 きれい…。
 これならきっと、大丈夫ですよね。
 手に残った、小さな噛みあと。
 あなたとの約束の証、です…。
 
 
 
 
 安心したとたん、足がふらふらしだしました。
 眠気が、寒さが、駆け足で身体を覆ってきます。
 逆らう暇もなく、視界が横倒しになり、ほおに地面の氷が触れました。 
 あぁ、最後の最後でダメですね、わたし。
 こんなところで寝てしまったら、きっとただではすまないでしょうに…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 オレが仰いでいた蒼天井に、雨音がしそうなほど多くの流星が散った。
 それはあまりにも悲しく、美しかった。
 
 
 オレも、あゆも、祐一も、琴音ちゃんも、みな一度は裏切られた。
 だけどオレは、生まれてはじめて、心の底から祈った。
 もし神がいるのなら、天使が願いを叶えてくれるのなら、
 星に願いを。
 オレの、願いは…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……ぁ」
 視界が光色です。ひとときだけ、彼岸に着いたのかと思いました。
 でもわたしは、無事。
 どうして…。
 それは身体を動かしてわかりました。野原に仰向けになっていたわたしは、さらに、もう一枚厚いコートでくるまれていました。
「……お目覚めですか?」
「来栖川…さん!? どうしてここへ!?」
 かすれた声を立てながら、わたしは目をしっかりと開きました。
 わたしにかぶせられているのと同じコートを羽織って、来栖川さんが、膝枕をしてくれていました。
「……」
「え、きっとあなたと同じ理由です…先を越されてしまいましたって?」
 こくん。
「じゃ夜の間、ずっとここに?」
 こくこく。
「そんな…」
「……」
「え、都会では見られない綺麗な星空が見れて感激でした、って…」
 こくん。
「………んふふ…ふふ……あははは…」
 来栖川さんなりの気の使い方だったのでしょう。でも、わたしはなぜかおかしくなって、笑ってしまいました。
「ロマンチストなんですね」
 ほのかに、頬が赤くなりました。
「………」
「そうですね、浩之さんも心配しているでしょうし、戻りましょうか」
 霜で輝く草から身体を起こしながら、わたしは、もう一言だけ、来栖側さんの耳もとにささやきました。
「ごめんなさい」
 ひとりで勝手に出てきてしまって。
 でも、その甲斐はありましたよ…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 もう時間も意識も感覚もわからなくなった頃だった。
 がさがさがさ。
 ずざぁ。
「……」
 オレは振り向かなかった。
「うぐぅ、すっごく冷たいよ…」
 オレは、振り向かなかった。
「せっかくおどかそうとしたのに…」
 オレは、振り向かなかった。
 がしっと、肩に手が回された感覚があった。
「待っててくれたんだね、ヒロくん」
 ようやっと、オレは信じることができた。
 振り向いたオレの目の中に…。
「ううう、やっぱり寒いよ〜」
 薄緑色の病院着を着たまま、
「うぐぅ、雪だらけ…」
 何か所も転んだ後をつけて、
「あゆ」
 1週間この街で共に過ごした、友達が立っていた。
「ヒロくん、一つ間違えてるよ」
「…」
「ボクは、生きてるよ」
「…」
「ボクはただ…ずっと眠ってただけなんだよ、七年前のあの日から、今日まで」
 オレが正面に向き直ろうとしたとたん、あゆはバランスを失い、頭から雪に突っ込んだ。
「何も言わずに急に動かないで〜」
「バランス感覚なさすぎだぞ」
「ひどいよっ」
「7年間もサボって寝てっからだ」
「うぐぅ…」
 オレは、自分の来ている分厚いコートをあゆにかけた。
 汗で濡れ、火照った体に、朝の寒風は予想以上にこたえた。
「たっく無茶しやがって。これじゃ今度は風邪引いて入院しちまうぜ」
 こんな中を、歩きなれない身体で、ぞっとなるような軽装で、あゆはやってきたんだ。
 いるかどうかも分からない、たった1週間一緒に過ごしただけの、オレのために。
「うぅ、まだ冷たいよ…」
 足も、寒そうなスリッパ履きだった。
「わっ!」
 オレはあゆを抱きかかえた。
 元から小柄なあゆは、長い入院のせいもあってか、驚くほど軽かった。
 コートは足先まであゆの身体を覆う。
「……でも、ボク、戻ってきちゃっていいのかな…」
「……」
「ボクがここにいて、ボクのお願い、叶うのかな…」
 木々の格子を抜けた日が、森の大気を白く照らしている。
「何言ってんだよ。もう、お願いの天使はいないだろ?」
 だから、もう羽は、背負わなくてもいいんだぜ。
 あゆ。
「祐一が叶えるんだぜ。絶対叶うだろ? 叶わないわけがねえんだよ」
「…うんっ」
「よし、じゃあ行くか」
「どこへ?」
「七年間お前のこと忘れてた、その不実な彼氏をぶん殴りに、よ」
 オレはちょっと嫌味に口元を緩ませた。
「うん…」
 ためらいがちにあゆが頷いた。
「それが終わったら…」
 こころからの笑顔を浮かべて、オレは言った。
「二人でまたたい焼き食って、本当のさよならだぜ!」
「うんっ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
夢…
 
 
夢が終わる日…
 
 
春の日溜まりでも溶けない雪があり
 
 
成長しても影を潜めない面影があり
 
 
永遠の時間の中でも燻り続ける想い出がある
 
 
だが…
 
 
一つの偶然が…
 
 
些細な日常が…
 
 
信じる勇気が…
 
 
凍てついた時計の針を動かす手となって
 
 
今…
 
 
時の鐘が、永かった悪夢(ゆめ)に終わりを告げる
 
 
最後に…
 
ひとりひとりの、一つずつの願い達を叶えて…
 
 
一つずつの願い…
 
 
 
 
ボクたちの、お願いは… 

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