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ToHeart and Kanon CrossOver Story



Schnee Traum


第五話 1月20日(水曜日)<後編>

by あるごる


 覚えの無い記憶。秩序の無い断片的な夢。絶対に、妄想だ。
 なのに。
 なんでこんな山道に入ってるんだオレはよ。
 さっきからオレは急勾配の獣道をひたすら登っていた。足がとりあえず見晴らしのいいとこを求めていた。
 にしても、わざわざ登山する必要があったのか?
 あの木を探そうなんて思ったから、こうなったんだよな。
 自分のバカさかげんに後悔するが、乗りかかった船だと泣く泣く納得させる。
 ここまで登って、見晴らしが悪かったらグレるぞ。
 そう思った頃、山の中腹ぐらいだろうか、わざわざ作ったんじゃないかと思うような大野原の丘にオレは辿りついた。
 
 
 
「おぉ…」
 天と地の狭間なんて言葉がしっくりきそうだ。春だったらきっと楽園みたいな光景なんだろう。
 ひとつ深呼吸し、今いる白い都市を見下ろす。
 広い。
 改めて見た雪の街は広大で、一人の人間なんか音もなく飲み込んでしまいそうだった。
 徒労感が身体中に行き渡る…。 オレはばったりと丘に転がりかけた。
「お…」
 あの丘の向こうにおわすは、キツネじゃねーか。この時期には普通冬眠してるはず、だよな。
「ちょっとツラ貸せ、な〜んてな」
 くいくいと右手を動かし、珍しいキツネを手招きする。
「止めてください」
 すると途端に、オレは背後から静止の声を受けた。
 
 
 
 後ろにいたのは、えんじ色の、緑色のリボンを正面にまとめたやや古風な制服を来た女の子。
 高校生…かな?
 近くに学校があるのかもしれない。時間的には昼休みだからな、だとしたら外に出てきたんだろう。
「人が関わると、この子たちにとって不幸な事になります。この子たちは、自分のいるべき場所にいるのが一番いいんです」
「あぁ、ゴメン」
 やたらと野生動物にちょっかいを出して欲しくねえんだろう。エサとかやったりすると野生が鈍るからな。
 それだけ言うと女の子はオレを通りすぎ、丘の端の方まで歩み出した。
 体側(たいそく)が見え、それが後ろ姿に変わっていき、
「ねぇキミ、ちょっといーかな?」
 その後ろ髪を見たとたん、無意識の内にオレは彼女を呼びとめてしまっていた。
「なんでしょうか」
 うっ。
 一瞬引いちまうような無表情アンド声。先輩と違って冷たさがばりばり伝わってくるぜ。
 まぁ見ず知らずの男にいきなり呼びとめられたんだ、当たり前か。
「紫色の髪をした女の子、最近見なかったかな?」
 出会ったついで。もしかしたらこれでオレの首が締まるかもしれないが、ダメもとでオレは聞いてみた。
「…お探しの方かは分かりませんが、そのような女性を昨日この丘で見ましたよ」
「本当か!」
「はい。小柄で、癖のある長い髪をした方でした」
「本当に、見たんだな?」
「はい」
 彼女はあくまで淡々と言葉を紡ぐ。だが間違いない。
 この街も4日目で、紫色の髪は本当に珍しいのが分かってる。彼女が見たのは琴音ちゃんだ。
 ヒョウタンからコマとはまさにこのことだ。琴音ちゃんは、間違いなくこの街にいる。
「悪いな、いきなり質問浴びせちまって、じゃあ」
 自分の行動が急にこっぱずかしくなったので、オレはそれだけ言って、去ることにした。
 期待はしなかったけど、向こうからは何もリアクションが無い。と思ったら、
「お気を付けて、旅の方」
 オレに向けてるのか空に向けてるのか分からないような話し方で、女の子が呟いた。
「この街は………妖狐たちの街ですから」
 ……そうか。この子も似てるんだ。 心を氷のように閉ざしていた、初めのころの琴音ちゃんに。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「今日はスケッチブックを持ってきました」
 今日も冷える中庭で昼食を取っていると、栞の口からこんな台詞が出てきた。
 どこからともなく空色のスケッチブックが取り出されている。
「唐突になんだ?」
「昨日祐一さんが頼んだんじゃないですか『だったら、似顔絵を見たい』って」
 ……。
 確かに昨日、そう約束させた覚えがあるような気がする。
「ホントに、あんまり上手くないですけど…」
「そうなのか」
「私、まだ修行中ですから、あ、祐一さんそのまま動かないでくださいっ」
「いきなり止まれって…似顔絵だろ?だったら多少動いたって…」
「ダメですっ」
 いつに無く厳しい声で命令された。よって、しばらく動かないでおく。
 
 
 
 ……。
 ……。
 ………。
 表紙をめくって、栞が真剣な表情でコンテを走らせる。
 休み時間の喧騒も届かない校舎裏に、紙の擦れる音だけが響いている。
 でも、不思議とその時間が退屈ではなかった。
「…もう少しで出来ますよ」
「そういえば、普段は誰を書いてるんだ?」
「そうですね……家族、です…」
 声が少し沈んだ気がしたが、スケッチブックに隠れて表情は分からない。
「でも、私がスケッチブック持っていくと、みんな逃げるんですよ」
「どうして逃げるんだ?」
「モデルになるのが嫌みたいです…」
「確かに、長時間じっとしていないとダメだからなぁ」
 ややあって、
「…出来ました」
 栞はパタンとスケッチブックを『閉じ』た。
「…見ます?」
「もちろん見るぞ」
「…見ても、怒らないでくださいね」
「大丈夫だって」
 ここまでやってくれたんだ。絵の素人の俺よりずっと上手いに違いない。とにかく誉めてやろう。
 俺はスケッチブックを受け取ると、画面に目を落とした。
「……」
「どうですか…?」
 緊張の面もちで、俺の反応をじっと窺う栞。
「…栞」
「はい…」
 俺は迷うことなく言い切った。
「…正直、向いてないと思う」
「…やっぱり、そうなんですか?」
 本人にも自覚くらいはあったらしく、驚いた素振りは見せなかった。
「ほとんど子供の落書きだ」
「…普通、本当にそう思っても、そこまではっきりとは言いませんよ」
 本当に寂しげな目で、自分のつま先を見つめ出されてしまったが。
 中庭に吹く風が、マンガのように『ひゅぉぉぉ…』と効果音を立てる。
 さっきまで綺麗な青空だったのに、太陽までが流されてきた雲に隠れてしまった。
 校舎裏が、ぐんと暗くなる。
「いや、正直に言った方が本人のためかな、と…」
「それでもひどいですー。もう少し言い方があるじゃないですか」
 さすがに今の発言は腹に据えかねたらしく、逆に怒り出してしまった。
「そうだな…だったら、味があるとか」
「…あんまり嬉しくないです」
 俯いた顔が悲しそうだった。……もしかすると、家族がモデルになるのを嫌がった理由って、
「祐一さん、もしかして失礼なこと考えてませんか?」
「い、いや、全然」
 栞はとても鋭かった。
「でも、折角だからこの似顔絵貰ってもいいか?」
「いいんですか、こんな絵で?」
「栞が俺のために描いてくれたものだからな、どんなのでも嬉しいよ」
「どんなのでも?」
「あ、いや…。そう、それに好きなんだったら、いつか上手くなるって」
「じゃあ祐一さん、毎日モデルになってくれますか?」
「絶対に嫌だ」
 きっぱりと俺は断った。
「ひどいです、練習しないと上手くならないじゃないですか」
 あの絵が、練習したってどこまで上手くなるものか。
「そういえばもぐらたたきも練習してるんだよな。どうなった?」
「もうっ、祐一さん、だいっ嫌いですっ」
 ちょうど鳴り渡った予鈴の音と共に、怒った栞は帰ってしまった。
「……ちょっと言い過ぎたか」
 今度商店街のアイスクリームショップでアイスを買うってことで、許してもらおう。
 
 
 
 
 
 
§
 
 
 
 
 
 
 下山し、コンビニで昼メシを安く上げて、商店街へ。
「あっ、ヒロくんっ」
 顔見知りのいないはずの街通りで、一人の人間がぱっとオレに近づく。
 今日も寒いこの街を、元気よく駆けるあゆだった。
「えへへ、うれしいよぉ」
「いつでも元気だな」
 背中の羽が、子犬の尻尾のように元気よく揺れている。毎日、なんでそんなに楽しーんだか。
「ヒロくんは元気じゃないの?」
「…まぁな」
 実際ここんとこ、琴音ちゃんを探す以外の事はしてないから、気が滅入ってきてんだよな。
「そうだ、あゆも探し物してるんだっけな」
「そうだ…よ」
 とたんに、さっきまでの元気が風船のようにしぼんでしまう。
 昨日先輩に聞いたときもそうだった。落ち込むことを知らなそうな表情が、この話題になると気の毒なくらい曇っちまう。
「んじゃ、今日はそれに付き合うぜ」
 オレは言った。
「えっ?」
「最初に約束したろ、一緒に探してやるからって。迷惑か?」
「ううん、全然っ、うれしいよっ」
 満面の笑顔で首をぶんぶん振る。
「いこっ、ヒロくんっ」
「お、おい、手を引っ張んなよっ」
「気にしたらダメだよっ」
 昼下がりの商店街を、最近知り合ったばかりの女の子に引きずられながら、オレの午後の捜索は始まった。
 
 
§
 
 
「クレープ屋にケーキ屋。行くところは甘味処ばっかじゃねーか」
「うぐぅ…」
 だが、何を落としたのかすら分からないのに、オレ一人が加わったところで見つかるわけがなかった。
 そうやってうろつくオレの視界に、
「おっ」
 ゲーセンが入ってきた。
「ゲームセンターに行くの?」
「ほんのちょっとだけ、息抜きするんだ」
 
 
 
 ………なんか、やたら古いゲームしか置いてねーな。どれもこれもやり飽きたもんばっかりだぜ。
「あれ? おいあゆ?」
 ふと気付くと、あゆの姿が無い。
 慌ててとってかえすと、クレーンゲームのケースの板にべったりと顔をくっつけているあゆが発見された。
「欲しい人形でもあんのか?」
「ちがうよ」
「言っとくが、オレはそれ苦手だからな」
 ここだけの話、2000円3000円じゃすまねー『買い物』をしたことがある。
 まだくっついてるあゆを放って、オレは再び中へ入っていった。
 すこしでもマシなのは…と、
「おっ…懐かしいもんがあるじゃねぇか」
 オレらのところではもうとっくに廃盤になった台。中学のころは雅史や志保とこいつで熱く戦ったもんだった。
「久しぶりに100円だけやってみっか」
 Newとかいうシールが気になったが、オレはゲームをスタートさせた。
 
 
 
 
 
 
§
 
 
 
 
 
 
 おいしいお弁当を食べて、続きを描きます。
 秋子さんのいった通り、日中は結構あったかいです。
 画面が眩しい… 
 画用紙の白、雪の白で、目がいっぱいに…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「祐一君…ひとつだけ、聞いていい…?」
「ひとつと言わず、いくらでも構わないぞ」
「…うん。でも、今日はひとつだけ…」
「…祐一君、お母さんのこと、好き?」
「好きだよ」
「ボクも、好きだよ」
「…それが、どうしたんだ?」
「…それだけ…」
 
 
「…あのね」
「…お母さんが、いなくなっちゃったんだ」
「…」
「…ボクひとり置いて、いなくなっちゃったんだ」
「…」
「…それだけ…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 かくんっ。
 スケッチブックから腕がずれて、わたしは我に返りました。
 昼の陽気でうとうとしてしまったみたいです。いつもいる街よりもずっと寒いのに。結構のんきなのかもしれません。
「…お母さんのこと、好き?」
 そっと口に出して、自分に聞いてみました。
 …嫌いじゃありません。ママがある日突然いなくなってしまったらわたしは悲しむし、きっと恨むでしょう。
「けど…」
 うん、と強く首を振れるほど、今、わたしはママが好きじゃありません…。
 この雪も、空もきれいなのに、
 どうして心はきれいにならないのでしょう… 。
「…!…」 
 瞬き一つの間だけ、ママの姿が、公園の雪の上に立ったのが見えました。
 
 
 
 
 
 
§
 
 
 
 
 
 
「あ、あっ、あぁ〜っ!」
「だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぁ、あと、あとすこしでっ!」
 裏面(と言うか2周目)の本当にラストのところで、オレが操るキャラは力尽きてしまった。
 くそ、もう100円…
 取り出そうと財布を捜すため、箇体から目を離してふと気付く。
「!」
「ヒロくん?」
 ばっ!
「うぐぅ、待ってよぉ」
 オレは外に飛び出した。
 
 
 
 かぁ〜〜〜、かぁ〜〜〜〜〜。
「……」
 辺りは街灯が付き、紅色の世界。要するに、もう夕方だった。
 だぁっ、なんてバカなことを。
 情けなすぎて、本気で自分を殴りたくなった。
 この大バカ野郎が、ひとでなしッ、アホッ…、なんのためにここまで来て…
「……ねぇ、ヒロくん」
「?」
「ヒロくんは夕焼け、好き?」
 唐突にあゆが聞いてきた。
「…正直、この街に来てから嫌いになった」
「どうして?」
「今日も1日、琴音ちゃんを見つけれなくて無駄にしたって気分になるからな」
「そうだね…」
 夕日が、あゆの横顔を赤く染め抜いていく。
「それに…」
「それに…?」
 あゆに聞き返され、オレは慌てて緩んだ口を閉めなおした。
「なんでもねーよ」
 さっきのセリフは嘘じゃない。だがそれ以上に、あの夕日は人をそう思わせるような姿をしていた。
 赤い、赤い、不気味なくらい赤い色。
 その色がまるで…
「うぐぅ、無視しないで〜」
「悪ぃ悪ぃ、小さいから目に入らなかった」
「ひどいよっ、すっごく気にしてるんだよっ」
「あゆは、どうなんだ?」
 返事代わりに、オレはそっくりあゆに返してみた。
「ボクも…あんまり好きじゃないよ」
 オレから眼をそらすように、前方に伸びた影法師を見つめて、続ける。
「夕日を見てるとね、淋しくなるんだ…今日も、終わっちゃうって」
 煌煌とした夕焼けは、オレたちを、らしくない姿に変えて沈んでいった。
 
 
 
 
 
 
§
 
 
 
 
 
 
 帰って、部屋で時間を潰し、いつも通りの時間に夕食を取る。
 そのまま習慣づいたソファへ直行し…
「…何か忘れてる気がする」
 そうだ。
 琴音も今日絵を描くという話だった…。
 本当ならすぐ見せてくれと言い出すところだが、昼に栞の絵を見ているため、怖くて口が開かない。
 幸いにしての誰一人話題にするものはない。このまま何事もなく終わらせて…。
「あ、そうだ琴音ちゃん。絵描いたんでしょ、見せてよ」
 名雪が、あっさりと俺の望みを打ち砕いた。
「あ、はい…いま持ってきます」
 琴音がとことこ2階に上がっていく。
 あの清楚なイメージが破壊される恐怖がじわじわと俺に襲いかかる。
 (なんだって今日はこんなに心臓に悪いことばかりなんだ。)
 ほどなくして、スケッチブックを抱えた琴音が戻って来る。
「あまり、うまくないですよ…」
 何故か差し出されたスケッチブックを、俺は不安一杯に順々に開いていった。
「……」
「あ、あの、あまりじろじろ見ないで下さい…」
「……」
「下手ですよね、やっぱり」
「…上手い」
 素人目にも分かる技法で、しかも上手い。上手いなどというレベルを超えている。
 写真のようでいて、絵にしかない温かみがある。これぞ風景画。
「あら上手………本当に、美しいですね…」
「すごい…………琴音ちゃん、絵の才能あるんだね」
 多少の出来事では反応しないこの二人ですら、息を呑んで驚いている。その辺の展覧会に出しても、まず賞を逃すことはないであろう腕前だ。
「どこぞの病弱な画家に、爪の垢でも煎じてやりたい」
 確かに努力は大切だし、それで上手くはなると思う。だがここまで圧倒的な差を見せつけられると、能力とか才能の存在を感じずにはいられなかった。
「そんなことありませんよ」
 だがいたって本人は謙虚だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 何度も絵を書いてるけれど、パパにもママにもこんなに誉められた事はありません。
 もともと、ひとりぼっちを紛らわすために始めた絵。何度、見てくれたことでしょうか。
 それなのに見ず知らずのわたしの描いた絵を、こんなにも見てくれる。気にかけてくれる。誉めてくれる。
 わたしが絵を書きにいったことを、覚えていてくれていた。
 嬉しい。
 ふんわりと暖かい空気。
 わたしが欲しい空気が、その時はわからなかったけど、それがありました。
 他人のうちのジャム瓶を割り、学校をさぼって絵を描く。
 悪いことをしていたはずの時間は、とても幸せな時間でした…。

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