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ToHeart and Kanon CrossOver Story



Schnee Traum


第七話 1月22日(金曜日)<前編>

by あるごる


「お待たせしました」
「あ、姫川さ…いえ先生、おはようございます。……どうしたんですかその制服?」
「あ、これですか…。今日お昼、学食で食べないかと誘われて、そのために相沢さん達がおもしろがって用意してくれたんです」
「ということは、ニセ学生として忍び込むんですね」
「そういう…ことになりますね」
「なんかドラマみたいでかっこいいですね」
「どうでしょう……普通の生徒に見えますか?」
「すっごく似合ってますよ。大丈夫ですね」 
「そうですか…来る時に人目を引いて、はずかしかったです…」
「本当はみんな学校があるんだからしょうがないですよ」
「それに、ちょっとわたしには大きすぎて…」
「そんなことないですよ。私よりよっぽど着こなしてますよ。…実は私もそこの生徒なんです」
「そうなんですか? じゃ、一緒に行きませんか? 一人だと、やっぱり不安で…」
「ダメです。祐一さんをあっと言わせる腕前になるまでは」
「そうですか。じゃ、せっかくこれを着てきましたし、今日は服の描きかたを練習しましょうか」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「琴音、こっちだ」
「あ、はい」
 授業終了直後、俺はダッシュで裏門へ向かった。
 裏門とはいえ昼には校外に出ていく連中もいるため、表門と変わらない利用者数がある。おかげで目立ちはしない。
「やっぱり緊張します…」
「そうだろうな」
 あくまで普通の生徒二人を装って、俺達のクラスの下駄箱へ向かう。
 1月22日、昼。
 予定通り、俺は琴音を学食に呼んだ。
 あの痛ましい『想い出』の続きは、こうだった。
 
 
 
 
 
「あっ…!」
「こ、琴音ちゃん!」
 
 日付は五月となり、12日、琴音は学校から姿を消した。
 藤田は、早退して琴音の家まで向かう。だが収穫はまったくなし。
 失意の帰り道、とある公園で二人は、ぱったり出会った。
 
「……嫌になってしまいました」
 
 自信を失い壊れかけた琴音。唇にのぼったのは、敗北宣言だった。
 
「わたしのチカラは、もう止められないんです」
 
 逃げようと思ったが、どこにも行けなかったと、自分を嘲って言う琴音。
 
「…せめて、学校に行かないで、ここで時間がたつのを待つことしかできませんでした…」
「…逃げんのかよ? なんで逃げんだよ琴音ちゃん」
「もうたえられません! わたしなんかのために、誰かが傷つくのは…」
「違うだろ! 傷つけないよう頑張るのが琴音ちゃんのやることじゃねえか!」
「もう…一生懸命頑張りました。わたしもう、頑張れません…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「後は北川達だな…」
 これで席がとれなかったら最悪だ。
「琴音、万が一学食で食えなかったら、北川をふっ飛ばしていいぞ」
「そんなことしませんよ。わたし、暴力嫌いですから」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 この世の全てに裏切られたと言いたげに、哀しく自分を嘲笑し続ける琴音。  
 
「本当はもう藤田さんとお会いすることもないだろうって思っていたんです…だけど、こうなってしまったのは、何かの縁ですね」
「冗談だろ?」
「本気…です」
 
 琴音の瞳は、生気を失っていた。
 
「なんでだよ、そんなことして誰か喜ぶのかよ?」
「今までわたしを迷惑に思ってきた人たちは、安心できますよ」
「そんなことのために死んだりするのかよ」
「一番いい方法だと思いますから…」
「いいわけないだろ」
 
 目に映る意志は、一つ。
 
「…どうしてですか、わたし爆弾と同じなんですよ? …いなくなったほうがいいじゃないですか」
 
 自殺。
 
「なに言ってんだよっ」
「さよなら…」
 
 
「馬鹿野郎ッ!」
 
 瞬間、鳴り響く、と形容されるような音で、琴音の片頬が鳴った。
 
「誰にも迷惑かからないだって? ふざけんなよ。…家族はどうするんだよ? そんな目にあわせるために父さんや母さんは琴音ちゃんを生んだのかよ? オレはどうするんだよ!? …琴音ちゃんを目の前で死なせたオレが、傷つかねえと思ってんのかよ!?」
「藤田…さん……」
「自分のことしか考えてねえだろっ!?」
 
 必死の説き伏せが、功を奏した。いまだ問題は残ったままだが、藤田は琴音に自殺を思いとどまらせた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 俺達を見つけて、名雪が手を振った。
 用意されたわりあい端の方の席。周りには同じクラスの奴がいて、俺達が全く知らない生徒には見られにくい、いい位置取りだった。
「はじめまして、姫川琴音です」
「いらっしゃい琴音ちゃん。えっと、こっちが香里でね」
「この辺が北川だ」
「俺は空気かっ!」
「冗談だ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ごめんな、痛かったろ?」
 
 そして藤田は琴音を家に送る。だが、神はなんと非道なのか。
 
「…げて…さい」
「え?」
「逃げて、逃げてくださいっ!」
 
 その道で、また暴走が起こった。
 俺が商店街で受けたのとは、規模がまるで違う。夢の中なのに、弾ける大気やエネルギーの散らす火花さえ感じられた、凄まじい暴走だった。
 
「藤田さん!?」
「言ったろ。オレに使えばいいって」
「そんなっ…わたし、できませんっ」
 
 だが、藤田は暴発寸前の琴音に近づき、しっかりと抱きしめた。
 頂点に達しようとする震え。
 そして、炸裂音。
 
 
 
 
 
「藤田…さん…?」
「オレはなんともないぞ、琴音ちゃん、何かしたのか?」
「いいえ、わたし、藤田さんに使いたくなかったから、我慢して…あっ…!」
「できたんだな…コントロール」
「…藤田さんっ!わたし、藤田さんを守りたくて、できましたっ」
 
 半泣きで飛び込んでくる琴音。
 そして、夢は終わった。
 
 
 
 
 
 もし俺が藤田だったら、作り話ではないあの場面で、命をかけられただろうか。
 こいつには敵わない。
 目を覚まし、いの一番に思ったのは、そんな事だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「席が取れてよかったね」
「命拾いしたな、北川」
「どういう意味だっ!」
「あれに巻き込まれずにすんだものね」
 香里が指差したパン売り場は、いつもながらの混雑ぶりだった。
「…平和ですね、パン売り場」
「はぁ!?」
 テーブルについていた全員が、素っ頓狂な声を上げる。
「あの混み様が平和だって?」
 再び北川が叫ぶ。
「はい、列になってるだけいいですよ。わたしの学校はもっとひどいですよ…みんな、並びませんから。ほとんど奪い合いです」
 
 
 
 
「琴音、オレがいく、どけぇっ!」
「は、はいっ!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ、邪魔だっ、消えろっ!」
「させるかっ!」
「ぐおっ」
「大丈夫ですか!」
「うう…」
「ひどい…。わたしが代わりに行きます」
「無理だ、琴音ちゃんっ」
「わたしだって足手まといなんかじゃありませんっ、行きますっ」
 
 
 
 
「あっ、わたしは学食でしたから。食券売り場は、きちんと並んでましたよ」
 あらぬ妄想に気付いたように、琴音があわてて付け加えた。
「ここも食券制をやればいいのにね…」
 この人数が、できた順に取り合いをしているので、すこぶる効率が悪い。
「琴音ちゃんは何にする? Aランチでいいかな?」
「はい、それでお願いします」
「じゃ私がとってきてあげるね」
 軽やかな足取りで、名雪はAランチに向かっていった。
「…考えたわね」
「おととい散々俺達に責められたからな…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…というわけで、香里にあらぬ誤解を掛けられそうになったというわけだ」
「猫好きも節度を持たないとね」
「うー」
 今日までの出来事を話し、スケッチブックを見せたりして昼食は続きます。
 自分がニセ学生として無断で侵入しているということを、忘れてしまいそうです。 
「ここのほうがおいしい…」
 Aランチを食べて、わたしは自然にそう漏らしていました。お世辞じゃなく、学食にしてはおいしいです。
「だよな。俺も前の学校よりうまいと思った」
 それにしても、ここの学食はびっくりすることだらけでした。
 講堂のように広く、パイプ椅子ではなく、しっかりとした椅子にテーブルが備えられていました。
 メニューも、購買の品数も豊富でした。
 手巻き寿司があるのもびっくりしましたが、冬なのにアイスクリームまで売っていたんですから。
「俺と名雪は他にもいろいろ聞かせてもらったけどな。そんなに動物好きになったきっかけって、何かあるのか?」
「それかどうかはわからないですけど、わたしが勝手に思い込んでいるのならありますよ」
「聞かせてくれよ」
 北川さんも促したので わたしは、あのイルカとの思い出を話しました。
 家族で旅行し、水族館へ行った時の話。
 風で飛んでしまったお気に入りの麦わら帽子を、濡らさずにイルカが拾ってくれた思い出。
 今でもうれしくて、そして今は胸がちくりと痛むその話を。
「だから猫だけでなく、イルカも好きです。グッズもたくさんあるんですよ」
「ここだと寒いから水族館の水槽で見るだけだもんな」
「わたしが好きなラッセルさんも、イルカをよく描くんです。元から好きな方でしたけど、それを知ってからもっと好きになりました」
ラッセルって?
海の絵で、青が綺麗な絵を描く奴…有名だろ
新入生かな…
水瀬に匹敵する猫好きって…
あのスケッチブックの絵、メチャクチャうまいんだけど
 後ろの方で、わたしを話題にした会話が聞こえました。
「…やっぱり、わたしが珍しいからでしょうか…」
 後ろを気にする素振りをしながら、続けます。
「珍しいだけじゃ、趣味にまで聞き耳をたてたりしないと思うけどな」
 マンガのように咳ばらいはなかったですけど、椅子を引く音が急に増えました。
「…同席させてやってもいいか? そうしたがってるみたいだし」
「構いませんよ」
 どっと、周りの人達が集まってきました。
「趣味が悪いわね、あんた達」
 香里さんが口調は冗談ぽく、指をばらばら振りながら鋭い視線で辺りを見まわしました。
「琴音ちゃん、本当にうらやましいよ」
「あなたと違って、アレルギーのない猫好きだもんね…」
「うん、それもあるけれど。かわいくて、絵の才能もあって、それに超能力までおまけしてもらってさ」
「おまけ…ですか?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「おい名雪」
 まずい。
 あれほど、超能力の話題は最後にこそっとやれと言ったのに。名雪は人に隠すべき話題かどうかの範疇がわかってない! 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「うん、おまけだよ。神さまが琴音ちゃんにおまけしてくれたんだよ」
「水瀬さん、今超能力って…」
「大騒ぎはしないでよ。TVとか来たら嫌だから」
 ぱちりと、名雪さんが目配せしました。
 ……。
 大丈夫。この人たちとは、もう会わないんだから。
 手もとのコップを、ふわりと浮かせました。
 ちょっとの静けさ。
 そして、
「おぉ、お…」
「え、え?」
「ねえ、ちょっと、私起きてるよね?」
 尊敬の視線でした。
「すごいもの見せてもらっちゃった…」
「大丈夫なのか、負担とかかかったりしないよな」
「科学が負けるなんて…」
「お前ら手を出すな。彼女には俺が仕える」
「アホかお前」
「少し静かにしろお前らッ」 
 わたしよりも年上の人達が、小さい子供のように目を輝かせています。
 でも、その視線が、嫌ではありませんでした。
 嫌なはずの視線。
 自分が特別だと思われていること……。
 
 
 
 みんなは、チカラが収まったとたん、気軽に声を掛けてきた。
 わたしは、きっとチカラがもの珍しいから、それだけでくると思っていた。
 浩之さんのように真面目に見てはくれない、見世物のように見ている、そう思っていた。
 でも、そうじゃなくても、こんなに多くの人が集まってくる。
「誰も怖がらないでしょ。琴音ちゃんが超能力少女なだけだったら、この時点でみんな引いてるはずだよ」
 名雪さん…。
 そうか、相沢さんはこれを教えようとして…!
「…わたし、でもこのチカラで、ずっと一人で…」
「今は大丈夫なんでしょ?」
「はい」
「もったいないよ、もっと生かさなきゃ」
「……目立つのは、あまり好きじゃないんです…」
「ね、琴音ちゃん。例えば香里ってテストで学年一番だよ。でも全然とっつきにくくなんかないよ」
「そういうあんただって、陸上部の部長さんでしょ」
「え?」
 そうなんですか?
 わたしの学校の学年一位は、みんな近寄りがたい雰囲気を持つ人ばかりでした。
「本人しだいなんじゃないかな? 超能力なんかなくても、みんな、琴音ちゃんと友達になりたがってたと思うけどな」 
「そうそ。せっかくかわいく生まれたんだから、利用しなきゃ損よ。こういう連中手玉に取れるのに」
「普通の奴より、特別なほうがずっといいと思うけどな、俺も。な、北川」
「お前ら初めから俺に視線を向けつつ語るなっ」
 もしかしたら、わたしは、みんなの心を疑っていただけなのかもしれない……。
「なんか深刻な顔しちゃったぞ…」
「おい、お前だろ」
「ほらほら、美人が台無しだよ。(失敗したと思ったら、これからやればいいんだから、ね)」
 名雪さん…。
「ふぁいとっ、だよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 俺は、名雪を過小評価していたようだった。
 そう、下級生と上級生を結びつけたり、励まして士気をあげたりできない人間が、運動部の部長になんて選ばるわけがない。
 名雪には初めから計算があったんだ。
 俺よりもうまく、琴音に自信をつけさせる計算が。
 他人と違っても、気にしないでいればいいと言ってやれる自信が。
「ねえねえ、さっきのスケッチブック、見せてくれない? 私も絵が大好きなんだ」
「どんな猫飼ってるの? やっぱりアメリカンショートヘヤーだよね」
「なぁ、ウチの学校に転校する予定とかない?」
「その節は僕が手取り足取り…」
「はいはい、下心丸出しの連中は下がってね、怖いから」
 ……ありがとうな、名雪。
 
 
§
 
 
「おなかいっぱい…」
「今度からAランチ頼んだ回数数えてあげようか」
「香里、もしかしてひどいこと言ってる?」
 琴音を先頭に、香里と名雪、俺と北川の順で俺達は学食から戻りつつあった。
 あとは無事に学校から送り出せば、俺の任務は完了だ。
「おい、あの子、なかなかいい線いってるよな」
 企みが思った以上にうまくいって上機嫌の俺に、北川が話しかけてきた。
「一つ屋根の下に二人も年頃の…、俺、お前の良心を信じていいか?」
「少し頭を冷やせ」
「でも、惜しいよな。ほんとのウチの1年だったら俺が…、…でも、できれば、もう少しな、こう発育してれば…
 会話が小声の独演に変わった矢先、
 ガコンッ!
「ぎゃはぁっ!」
 後頭部を押さえ、北川がうずくまる。
 直後、ガラガラと音を立て、足元に凹んだバケツが転がってきた。
「用具箱から落ちたんだね」
 名雪が振りかえった先に、俺も視線を移す。
 廊下に添え付けの掃除用具箱が、かすかに揺れていた。だがあの位置からの自由落下では、到底北川の頭には当たらない。
 (…まさか、な。)
「きっと天罰だよ…」
「自業自得ね…」
 名雪と香里が、冷え切った視線と言葉を投げかけた。
「待てっ。俺が何をした?」
 (…いや、きっと。間違いなく。)
「俺はただ自分の願望を…」
 察した俺は何も応えず、素早く北川と距離をとり、背を向ける。
 刹那。
 掃除用具箱が勢いよく倒れる音と、北川の断末魔が聞こえたような、気がした。
「こと…」
滅殺、です…
「!!」
「あ、相沢さん、何でしょうか…」
「い、いや、最後まで気が抜けないなと思っただけだ」
「そうですね。あ、また緊張してきました…」
 背後の残骸に一瞥を加え、歩き出した琴音の背中に、目の錯覚かの一字が見えた気がした…。
 
 
§
 
 
――あ…あの、名雪さん、わたしいつもあまり食べませんから、イチゴムースどうぞ
 
――わ、ありがとう〜〜〜
 
――……屈したか
 
――5分前からずっとそれだけ見つめてたもんね…
 
――しあわせだよ〜
 
――ふふ、名雪さんは本当にイチゴが好きなんですね
 
 
 
 
 ……。
 さっきまでの学食でのやりとりが、何気なく思い出される。
 呆れたような、けれどそれを面白がっているような、いい笑顔だった。
 琴音が笑顔を見せてくれて本当によかった。
 栞。お前が言ったとおり、思い出に時間は関係ない。
 自分の心が舞いあがってるのに気付き、ふと思う。どうして俺は、こんなにも琴音を気にかけるのだろうか。
 奇妙な夢の主人公。それで気にかけているのは事実だ。『今までの人生』が辛すぎた、という同情も理由の一つかも知れない。
 だが栞にも、最初はこんなに積極的にしなかったはずだ。そして関係が深まった今、栞にはもっとからかうような態度をとっている。
 どうして俺は、こんなにも優しく…
「…祐一、香里知らない?」
 珍しく困った顔で、名雪が話しかけてきた。
「戻ってないのか?」
「うん…ちょっと部室に寄ってから戻るって言ったんだけど…」
 その言葉通り、主のいない後方の机と椅子は、ぴったりとくっついていた。
「ちょっとトイレに行ってくる」
 くぐったドアをまた通りぬけ、来た道を戻る。
 探す気はなかった。だがそれは、ある種の予感のようなかもしれない。
 1階廊下。 
 その突き当たりの鉄の扉を押し、誰もいないはずの中庭へと足を進めた。
 
 
 画用紙を広げたような雪。
 その上に寒さに固まった木々が置かれた風景にぽつんと、美坂香里が立っていた。
「何やってんだ、こんなところで」
「…寒いわね、ここ」
 俺の問いかけに、質問を無視して答える。
 短い言葉が、即座に真っ白な息に変わっていた。
「食後にこんな場所にいると、胃に悪いぞ」
「ほんと、そうよね…」
 俺の背後には重い鉄扉。一面の雪が、昼の高く登った太陽の光を乱反射していた。
「琴音を見て、栞のことでも思いだしたのか? いくら待っても、今日は来ないぞ」
「……」
「そんな訳ないか。家で毎日顔を合わせているもんな」
「…栞って誰……」
 静けさにさえかき消されそうな声が、香里から漏れる。
「あたしに妹なんていないわ」
「一言も妹だなんて言ってないけどな」
 俺の言葉がこの場になかったように、香里に変化は、なかった。
「……相沢君…」
「……」 
「…相沢君は知らないと思うけど…」
「……」
「…この場所って、今はこんなに寂れてるけど…雪が溶けて、そして暖かくなったら…もっと多くの生徒で賑わうのよ」
 瞼の向こうになら春が見えるのだろうか、目を伏せて呟く。
「休み時間にお弁当を広げるには最高の場所…」
 俺の目を見ないようにして、呟く。
「今そんなこと言っても、まったく説得力ないけどね」
 疲れきった笑顔を見せるため、ようやく香里は顔を上げた。
「…それは、暖かくなるのが楽しみだな」
「その頃、あたしたち3年生ね」
「もう1回2年生って可能性もあるけどな」
「あたしはないわよ。こう見えても品行方正で通ってるから」
「だったら揃って3年だな」
「あたしがその時この学校に居たら、ね」
「転校でもするのか?」
「…そうね」
 あいまいに頷く。
「この街は、悲しいことが多かったから…」
 俺も、もう敢えて言葉にはしなかった。
 好きなだけ、香里に続けさせる。
「暖かくなったら、この場所で一緒にお弁当を食べるって約束したこと…」
「……」
「そして、そんな些細な約束をあの子が楽しみにしていたこと…」
 白い息を一つ余計に吐き出して、
「全部、悲しい思い出」
 香里は、そう結んだ。
「……何で今日は学食に来たんだ」
 昨日学食に行くのを拒んだはずなのに、今日はどうして。
「なんとなく、よ」
「……」
「少しは気が紛れると思ったから…」
 何の気を紛らわせようとしていたのか。
 隠されてるがために、変に見通せる気がする。
 いつか出会った1年生の言葉が、やけに耳につきはじめた。
「名雪が……私を心配して気を使ってるの分かるから、付き合いで、ね」
 その言葉で、はたと気付く。
 名雪が琴音のことを漏らしたのは、香里のためもあったのかと。
「あたし、そろそろ教室へ戻るわ…」
 それ以上の会話を拒むように、香里が腰をあげ、新たに雪に跡を付け帰る。
「ここは、寒いから…」
「……寒いんだったら、来るな」
 同時に、寂れた中庭に5時間目の予鈴が鳴り響いた。
 
 
 いろいろ考える事はあるような気がした…。
 だが俺は思考を中断して、午後の退屈な授業に参加する事にした。

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