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ToHeart and Kanon CrossOver Story



Schnee Traum


第八話 1月23日(土曜日)<前編>

by あるごる


 
 夢…
 
 
雪のない初夏の街の風景
 
 
友達とふざけ会うその視線の先に
 
 
僕はいつも一人の女の子を見ていた
 
 
そのこは自分とは違う存在に見えた
 
 
あまりにもその子はきれいだったから
 
 
 
僕は、その子が………
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ……。
 琴音と出会った日の夢を、再び見た。
 1週間前には、気にかかる程度だった夢。中身は全く思い出せなかった夢。
 今なら、分かる。
 それは、幼い日の些細な思い出。
 俺は、その子――姫川琴音という女の子――が、好きだった。
 学校帰りに偶然見かけて、大人の雰囲気に、心を奪われた。
 同学年の女の子など、彼女の不思議な雰囲気に比べたら、まるで相手にならなかった。
 でも、あまりに綺麗すぎたから。
 きっかけを持とうにも、どう話しかけたらいいのか当時の俺には分からなかった。
 だから毎日急いで帰って、毎日通る道に居座って、顔を覚えてもらって、
 向こうから話しかけてくるのを待っていたんだ。
 でも、そのうち琴音は俺の街から姿を消してしまって、俺の一方的な片思いは終わりを告げた。
 ずっと過去の海に沈めていたが、傷は癒えていなかったのだろう。 
 家に連れてきてしまったことも、
 ことさらに優しく接したのも、
 きっと心のどこかで、あの日の失恋が澱んでいたから。
 だが、留まることなく時は流れていく。
 今の俺には、栞がいる。
 そして琴音には、俺ではなく…。
 ……。
 そうだ、あとで名雪に話したら散々バカにされたんだった。
 
 
 
 
 ――ダメだよ祐一、そんなことじゃ
 
 ――女の子と仲良くしたかったらね、はずかしがらずに毎日遊ぼうって誘って、お菓子をおごって、いっぱいプレゼントあげなくちゃ
 
 
 
 
「……」
 それが、7年前の冬頃。
 俺はそれを聞いて、誰かにそうしたはず。
 ……。
 やはり、そこだけアルバムのページが破られたように、思い出せなかった…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 どこでしょう?
 目の前に広がっているのは雪景色。
 雪、雪、雪。
 白い家々。見たこともない造り。見たことのない人々。
 見たこともない、街……
 
 
 いいえ、この街を、わたしは知っている……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 もう遠い昔のような、家を出た日の夢でした。
 静かに開けたカーテンの向こう。
 晴れ上がった空。
 広がった雪の街の光景。
 霞が晴れるように、記憶が蘇ってきました。
 あの道は……ここを離れたときの、道。
 わけも分からず、ママに手を引かれて歩いた、あの日の光景。
 覚えてる道は、住んでいたときの道。
 そう、わたしは、
 この街に住んでいた…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ちょっと待てよ、そんな格好でどこに出ていく気だ!?」
「わたしのせいなんです、わたしのっ…謝りに行かないと…」
 
「まさか琴音も…猫好きなのか?」
「はいっ!」
「ねこ〜〜ねこ〜」
 
「でもわたしを案内してくれたのは、あの子なんです」
「彼はただ自分の住処に戻って来ただけです。これ以上は余計な事をしないで下さい」
 
「そうなんですか。……家の方、心配してますよ?」
「病気なのにベッドを抜け出してる女の子だって、家の方は心配してますよ?」
「あ…あの、わたしいつもあまり食べませんから、イチゴムースどうぞ」
「わ、ありがとう〜〜〜」
「……屈したか」
「5分前からずっとそれだけ見つめてたもんね…」
「しあわせだよ〜」
「ふふ、本当にイチゴが好きなんですね」
「いまのはちょっと科学的で、格好よかったですよね」
「もうっ…からかうと、教えてあげませんよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 昨日とはちがい、普通の時間帯に目が覚めた。
 奇妙な夢だったが、もう驚かなかった。
 今日の夢は、ずっと見たいと思ってた琴音ちゃんの夢だった。
 泣いて暗く落ち込んでいたところから、幸せそうになっていく姿の連続写真。
 夢の終わり頃の琴音ちゃんの顔は、本当に幸せそうだった。
「…なんかオレ、悪役なのかなぁ…」
 この街にいたほうが、琴音ちゃんは幸せなのかもしれない…。
 だが脳の片方で、それを断固拒否するオレがいた。
 理屈じゃなく、肌で感じる感覚。
 一週間過ごしても、馴染むことがないこの街の空気。毎日見る、誰かの記憶らしき奇妙な夢もそうだ。
 何かを巧妙に隠しているような、肝心なところを隠されているような気分がする。
「なんかおかしいんだよな、この街…」
 自分で思いついたこの二つの考えは、頭が完全に覚めても、朝メシを食ったあとも、一向に消えようとはしなかった。
 
 
 
 
 
 
§
 
 
 
 
 
 
「大丈夫ですか」
 美坂さんが手を止め、額に手をやったので、たまらず声を掛けました。
 さっきから、何度も何度も少し描いては胸におでこに、手を置きます。
「はい、たぶん」 
「病気を治すほうが優先ですよ」
 雲が動いて、昼の日差しがまた降ってきました。
 昨日までは、全く意識しませんでしたが、光に照らされた美坂さんの顔色は冴えていなくて、病人だということを嫌でも思い出させてきます。
「早くうまくなって、祐一さんに見せたいですから……まだ、全然うまくなった気がしないです」
「それはそうですよ、2日3日で急に上達しませんから。大丈夫です、ずっと続ければ、上達はしますよ」
「ずっと…」
 自分が外に出した言葉に、自分で傷ついてしまいました。
 そう、わたしは知っている。
 自分が『ずっと』美坂さんに絵を教える事なんてできないことを。
「ずっと、ですか…」 
 わたしが暗い顔をしたせいでしょうか、美坂さんの表情も重くなりました。
「好きなら、絶対うまくなりますよ。わたしだって、最初から誉められるような絵が描けたわけじゃないんですから」
「そう、ですか」
「ぼーっとしている代わりにずっと手を動かし続けてたら、少しづつ周りの景色に似るようになったんですよ」
「わたしも、ベッドで結構描いてました。でもモデルさんがみんな逃げてしまって…」
 遠く、祐一さん達の校鈴が届きました。
 また、手が止まりました。
「本当に、大丈夫ですか?」
「ちょっと、まずそうですね。すみません、今日はこれで帰ります…」
「明日は日曜ですから、お休みにしましょう。病気を治すほうが先決ですよ」
「はい。では月曜日にまた、お願いします」
 顔色は悪いけど足取りは不思議にしっかりしたままで、美坂さんは並木道の方に消えていきました。
 少しだけ、祈りました。
 美坂さんの病気が治ってくれる事と、
 もうすぐ来るだろう現実が、消えてなくなればいいのに、と…。
 
 
 
 
 
 
§
 
 
 
 
 
 
「祐一、放課後だよ〜」
「あ…あぁ」
 まともな意識を取り戻したのと、周りが起立しだした音が聞こえたのはほぼ同時だった。
 寝ていたわけでもなく、ただ意識だけが現実世界から欠落していた。
「祐一はまっすぐ帰るの?」
「……」
 帰りづらい。
 今日、琴音は朝食の時間を俺達と外した。
 正直言って、顔を合わせても何を話したらいいものか分からない。
「ねえ祐一?」
 しかしこれ以上、問題を先送りすることはできない。
 元から、早く終わらせなければいけなかったんだ。
 こんなに、別れたくなくなる前に。
 俺が、歯車を回してしまった。
 何らかの覚悟を決めねばならない時が来たのだ。
「名雪、今日一緒に帰るぞ」
「ごめん祐一、今日も私部活…」
「終わるまで、待ってるから」
「え?」
「昼飯は勝手に食うから気にしなくていいぞ。秋子さんに電話してくる」
「え、祐一、ちょっと待って」
 名雪の慌てた声を無視して、俺は公衆電話へ向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ……帰りづらい。
 あの家も、わたしの居場所じゃないのだから。
 美坂さんと分かれたわたしは、ふわふわとこの街に来た時のようにさまよっていました。 
「……また、この道…」
 おなかの減り具合も忘れて歩いていたのは、生徒手帳を忘れた時歩いていた道でした。
 雪の道。
 この街を離れるように離れるように進む夢。
 …じゃあ、あの夢の道を逆に辿ったら、そこには何があるんでしょう。
 決まってます。住んでいたのなら、その家があるはず。
「今までどうして思いつかなかったのかな」
 そう口に出した瞬間、周囲の風景が二重にぶれました。
 不吉な予感が血に混じって身体を巡りはじめました。 
 ……わたしは、前もこの言葉を口にした。その時の思いつきは、自分の頭を打ちつけたくなるようなバカなこと。
 今度もまた、いけないことをしようとしているのでしょうか。
 でも、知りたい。
 夢が本当に夢でないのかどうか。そして、何がわたしを、
「ぁ…」
 膝が笑い出すほど恐れさせているのか…。
 
 
§
 
 
 歩いては振り返り、歩いては振り返り、日光で輝く雪の道を見て。
 だんだん、振りかえる回数が少なくなります。
 薄れていく夢の部分。
 反対に、強くなる記憶と、心臓の鼓動。
 鼓動だけが、二歩も三歩も先に進んで行きます。
 そのふたつがピークに達する余裕も与えられず、わたしは決定的な場所に着いていたのでした。
 
 
『姫川』
 
 
 目に飛び込んだのはそう書かれた、表札。
 押さえきれない震え。
 ママ「だけ」に手を引かれた夢と、眼前の事実を結びつけるのに、そう時間はかかりませんでした。
 ここに、もうひとつの家がある。
 わたしが帰ってもいい場所が…。
 
 
 
 
 願いさえすれば、わたしはこの街に居続けることが出来る…。
 
 
 
 
 視界が一瞬で黒赤青黄、白と目まぐるしく変わって、
 次にまともな意識を取り戻した時、わたしの目の前は自分の吐く荒い息で真っ白になっていて、表札は『水瀬』に変わっていました。
 身体中が湿って、手も足も赤くなっています。服にはところどころ、雪と泥が。
 弾んだ息はまだ収まらなくて、白く、白く、白く。
 湿って色が変わったところから、身体がひりひりと冷たくなってきます。 
 わたしの、いる場所…。
 寒さに耐えられなくなったわたしは、黙ってその玄関をくぐりました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「くそっ」
 もう2時半を回ったのかよ。
 だるさ充満の身体にムチ打って、今まで行ったところにもう一度足を伸ばしたが、ぜんぜん収穫はなかった。 
 そして今、オレは荷物を抱えて商店街を一周してため息をついたところだった。
 駅員も、結局見てないって言うし、1週間無駄にして、結局ダメかよ。
 この広い街が恨めしい。
 温かみのある壁や路面の色も、現実まではあっためてくれないか。
 おいそこの掲示板、でかいだけじゃなくもっと役に立てよ。
 …もう1週間経ったのか、お前を見てから。
 ほんとにあっという間だったよな、1週間。そう、これ見て歩きだしたとたん、後ろから
「……ヒロ、くん?」
 ためらいがちな声が、オレを呼びとめた。
「あゆ、か」
 そう。オレはあゆと出会ったんだ。
「元気ないね」
「あぁ。探せるのも今日まで。あゆと会えるのも今日限りなんだ」
「そうなんだ…」
 変に悲しげだった。
 ダッフルコートの後ろの羽だけが、オレたちと違って元気よく揺れていた。
「でも、あきらめちゃダメだよ」 
「…つったって、諦めるな、なんて言われたってなぁ」
 何だよ、見つからないからって他人に当たんのかよ。完全なダメ野郎だな、オレは。
「ヒロくんからあきらめちゃったら、それでおしまいだよ」
「!」
「ボクの探し物なんて、どこで落としたのかも、何を落としたのかも分からない。でも、落としたってことはわかってるから、きっといつか見つけられると思うんだよ」
「……」
「ボクはこんな変な応援しかできないけど……でも、あきらめちゃったら本当にダメになっちゃうと思うんだよ」
 …オレってほんと、バカだな。
 今のあゆの言葉は、超能力の特訓中、オレが琴音ちゃんに言い続けたそのまんまじゃねえか。
 オレから諦めたら、今日までやって来た時間、あゆに付き合ってもらった時間まで無駄になっちまう。
 琴音ちゃんは見つかってないけど、まだこの街から出たって確証だってねえんだ。
「そうだ、オレはまだ諦めないぜ。今日しかいられないんだったら、今日中に見つけてやるぜ」 
「うん、その意気だよっ」
「おぉ、オレは燃えたぜ。勝負はツーアウトフルカウントからだからな。ついでに、あゆの探し物も見つけてやるぜっ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……」
「……」
 会話がない。
 名雪といてここまで息苦しい思いをするのは、あゆに無理やりひっぱってかれた時の帰り以来だ。
「百花屋に行こう」
 会話といえるのは学校を出るときのその一言と、いいよと言う返事だけだった。
「話ってのは、琴音のことなんだけどな」
「うん、きっとそうだと思ったよ」
 部活疲れだろうか、あまり顔の筋肉を使わないで名雪が答える。
「やっぱり帰さなきゃいけないんだよ、俺達は」
「…私もそうしなきゃいけないってのは、わかってるよ…」
 
 
 
 
 
 
 
 そして、俺達4人は、交差した。
 
 
 
 
 
 
 
「おっあゆ、と……あぁっ! お、お前は、学校に侵入してきた…」
「矢島…」
「そうだ、やじまぁっ!」
「オレは藤田だっ!」
「まさかあゆ、たい焼き代欲しさにこんなやつに身体を売ったのか…」
「ボクはそんなに安くないもんっ」
「待てっ、誤解されるような言い方をするな!」
「誤解じゃなくて真実だろっ!」
「オレだって買う女くらい選ばせろってんだ!」
「祐一、声が大きいよ…」
 名雪の声ではたと見まわすと、ギャラリーの視線をものの見事に集中させていた。
 俺達のいる場所が、賑わう週末の商店街ということをすっかりと忘れていた。
「……」
 向こうも状況を理解したのか、一旦口を閉じる。
「えっと…」
 そうか、名雪はあゆの事知らないんだよな。
 だが、とりあえず奴を問いただすほうが優先だ。
 ボリュームを落として再び俺は切り出した。
「んじゃ藤田、人の学校にまで侵入して、この街で一体何をしてるんだ?」
「人を、探してるんだ…」
 打って変わって真剣な顔で、(自称)藤田はそう言った。
「人を?」
「心配するな、見つかるにしろ見つからないにしろ、今日帰る…」 
 浮かんだ色が、沈み切っていた。
「たしか、むらさき色の髪をした女の子なんだよね」
 あゆの声に、俺と名雪の動きが止まる。
 紫色の髪の女の子? 
 そういえばこいつの名前、『藤田』?
「……なぁ、もしかしてその子、超能力少女なんかじゃないよな?」
 藤田が目を開ききって、そのまま止まる。
 
 
 
 
「「姫川琴音」」
 
 
 
 
 声がピタリと重なった。
「なんでお前が、琴音ちゃんを知ってるんだ…」
「詳しく話します。長くなるので、とりあえずあそこへ」
 名雪が、百花屋を指差した。
 
 
§
 
 
 それぞれの自己紹介に加え、オレが名雪を、あゆが藤田を紹介した。
「えっと、よろしくねあゆちゃん」
「…あ…名雪さん、よろしくお願いします」
「そんな堅苦しくならないで。私もなゆちゃんでいいよ」
「ううん、やっぱり名雪さんって呼ぶよ」
「残念」
 名雪はそう呼んでほしかったらしい。
「なんならオレがそう呼んでもいーけど?」
「さすがに遠慮しておくよ…」
「残念」
 どうやら藤田には、お調子者の気があるらしい。
「お前に言われたくないな」
「俺がなにか言ったか?」
「いや、何かバカにしたよーな気がしたから」
 そして、栞並に鋭かった。
「それにしても、あゆは相沢の幼なじみだったのか、灯台下暗しってヤツだな」
「一向にその自覚はないんだけどな」
「ひどいよぉ祐一くん…一緒に何度も遊んだのに」
「そこだけは俺も悪いと思ってる。だが犯罪者の知り合いは欲しくない」
「犯罪者?」
「でも藤田くんって祐一に似てるよね」
 食い逃げの話をしようとしたのを遮って、名雪があさっての方向の話題を持ち出した。
「うんうん」
 なぜかあゆも同調する。
「は?」
「オレと? 具体的にどこらへんが?」
「雰囲気って言うか、性格って言うか。あ、髪形も少し似てるよ」
「たっく、そのせいでオレはえれー目にあったんだぜ」
「うぐぅ」
「まぁこいつのことだから、間違えて攻撃してきてだな…」
「鋭いな相沢。不意打ち食らって首をちょっとやられたぜ」
「…」
「…」
 二人同時に、あゆを見てため息をつく…。
「うぐぅ、二人ともいじわるだよっ!」
「ほら、初対面て思えないほど、祐一と息が合ってるよ」
「あゆに関わればな…」
「誰でもそうなるぜ」
「うぐぅ…」
「それにしても、うれしくても悲しくてもいっつもうぐぅだな、オレが聞いた限りでは」
「確かに、俺が聞いた限りでもそうだな」
「うぐぅ、もう、二人とも知らないもんっ」
「ほらやっぱり」
 何がおかしいのか、名雪は弾けんばかりににこにこしていた。
「ん、じゃ、オレがあゆとあった辺りから話そうか」
 
 
 
 
 
 
§
 
 
 
 
 
 
「…ということは、あの並木道で会ってた可能性もあったわけだな」
 相沢がコーヒーをせわしなくかきまわしていた。
 真冬だというのに、花盛りの植物の山。
 対して北国らしい、厚い壁とシックな内装。
 そして、予想してたが女子でほぼ満席。
 今日までのこの街の印象、奇妙さ、寒さ、普通っぽさを袋詰めにした場所。
 オレの見た百花屋は、そんなトコだった。 
 ちんたらとコーヒーを口にしながら、今日までの琴音ちゃんとオレの行動の報告会が続いていた。
 言ってみれば情報交換なんだが、ほとんどオレが聞き役だった。向こうがしてくる質問は本当にわずかなもんだった。
 聞くまでもねえかのように。
 琴音ちゃんは、自分のことをそんなにぺらぺらと喋るタイプじゃなかったと思うけど…。
「あそこであってりゃ1週間もサボって、人の学校にも侵入しなくてすんだんだけどな…」 
「捕まってたら、きっとおおごとになってたね」
 (相沢が話した範囲での)少ない手がかりから出る答えは、
 ……家内不和、か。
 それじゃオレにも相談できねぇよな。あの様子じゃさもありなん、って感じだ。
 でもよ。
 本当にそれだけなのかよ。何でじゃあオレに手紙を…
「お前と違って足には自信があるからな、でも、捕まってりゃ逆に琴音ちゃんの耳にオレの名が入りやすかったかもしれないけど」
「うぐぅ。今日はなんだか知らないけど、ヒロくんがすごくいじわるだよ…」
 でももし今朝見た夢の通りなら、逆に早く見つけなくてよかったな。
 琴音ちゃん、あんなに楽しい思いをしたんだから。
「で、これからだけど…、オレ、琴音ちゃんに会ってもいいか」
「止める理由はないな。直接家に来いよ」
「ねえ祐一、もう一杯いい?」
 大きいイチゴサンデーのグラスを通路側に押し出して、水瀬が祐一を揺すった。
 ……どうもこのノリにだけはついて行けねーな。あかりの天然ボケもかなわねーだろう。
 ブブブブ、ブブブブ、ブブブブ、
「うぉっ!」
「わ」
「へ」
「ぶっ」
 オレが叫んだため3人までビビらせてしまった。
 原因はバイブレーションにしていた胸の携帯だ。たっくビビらせやがって。
「ったくどっちだよ…はいもしもし」
『ヒロ、私よ』
「志保か」
『頼まれたの見つかったわよ、ほんと苦労したんだから』
「あぁ今いーわ、後にしてくれ」
『なんですって? 人が苦労して苦労して得た情報教えようという時にずいぶんな物言いじゃないの!』
「わりぃわりぃ、でも今、琴音ちゃんを保護してくれてた家の人と会って、喫茶店にいるんだ」
『そうなの?』
「どこからだ?」
 相沢が聞いてきた。
「向こうの悪友から」
「タメか?」
「中学時代からの腐れ縁。いちおー染色体上では女だ」
『ちょっとアンタ、人が場にいないと思って適当なこと吹き込んでんじゃないわよ!』
「…本当に悪いんだが、その電話ちょっと代わってくれないか?」
 相沢は妙なことを言い出した。
「少し、確かめたいことがあるんだ」
「こんなバカでよければ…、おい、向こうさんがお前に話があるそうだ。オレたちとタメだけど、無礼な話し方すんなよ」
 オレは志保のバカ騒ぎの続く携帯を手渡した。
「名雪、ちょっと席を外すからどいてくれ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 適当な位置がなかったので一旦外に出て、応答する。
「もしもし」
『あ、どうもはじめまして、長岡志保と申します』
「あぁ、長岡さんはじめまして、俺は相沢祐一といいますが」
『ダメな友人に代わって礼を言わせて下さい、今日まで姫川さんを保護して頂いてありがとうございました』
「いやいや別に。…それより、同い年だからタメ口にしてくれないか、なんか調子がでない」
『では、お言葉に甘えて。そうさせてもらうわ』
「一つだけ聞きたいことがある。琴音…いや姫川さん、『幼馴染み』という言葉にやけに過敏に反応してたんだ。なにか心当たりは?」
『あるわ』
 きっぱりと長岡は言い切った。
『今あなた達と一緒にいる藤田浩之、あいつには幼なじみがいるのよ、親どうしも仲がいいから、生まれる前からっていうくらいの長さの』
「仲は…いいんだろうな」
『名前は神岸あかり。仲は、本人たち以外はみな恋人同士って断言するくらい。でも本人達はまったく自覚がないから困るのよ、ね』
「そうだったのか…。超能力のトレーニングの事もあったから、辛かったんだろうな、姫川さん」
『……ちょっと、なんでそれをあなたが…』
「おかしな夢を見たって言うしかないな」
『夢!?』
 声が露骨に動揺していた。
 何の気なしに口にしてしまったが、冷静に考えればオレがそれを、しかも夢で知っているというのは異常極まりない。
「信じなくても構わない…やっぱり、本当にあったんだな」
『そう…。確かにあったわ、春頃。中庭で何度かやってるの私も見かけて…制御できるようになったような話してたんだけど…』
 この1週間続いていたのは、常識では絶対ありえないはずの現象だった。
 他人の口からの裏づけは、その異常さをさらに強く思い知らしめた。
『あいつ、女心わからないからね…』
「わかった、ありがとう」
『じゃ、これ他人の携帯らしいし、とりあえず切るから。ヒロ、いや藤田に、後で掛け直すって言って』
「あぁ」
『あ、そうだ、ちょっと聞いてもいい』
 向こう側、長岡は俺を呼びとめた。
『あなたにもいるの、幼なじみ?』
「あぁ、水瀬名雪って言うんだが。従兄弟でかつ同居人だ」
『…水瀬さん、大切にしてあげなさいよ』
 その言葉で、電話は切れた。
 
 
§
 
 
「ねえ祐一、ここにも寄っていい?」 
 返事も聞かず、名雪はあゆを引っ張って小さな駄菓子屋に向かって行った。
 何が嬉しいのか、名雪はさっきからあゆを引っ張ってはそこかしこに寄っていっていた。
「よく食うな…水瀬」
「……」
 藤田浩之。
 現時点では、北川並のお調子のりな奴。普通の奴よりずっと付き合いやすい。
 だが、
 一度も来たことのない街を1週間も駆けずり回って探すなんて、とんでもない奴だよお前は。
 (やっぱりお前には叶わないな。)
 お前相手にだったら、あの異常な事も話せるかもしれない。
「それとも、女子高生ってのはあんなもんなのか…」
 店先のゴムボールを一つ手にとる。
「藤田」
 下手(したて)で、それを放物線を描くように投げる。
「? お、おい」
 藤田は軽く手でキャッチし、ぽいと店頭のかごに戻した。
「さすがにお前は無理か」
「何がだよ」
「空中に止めるかと思ったんだけどな」
「……!」
 動揺が走った。
「……藤田、全くの他人の過去を夢で見るなんてこと、信じられるか?」
「信じるさ。……今のは、オレと琴音ちゃんしか知らない特訓法だ」
「出会って、ピンポン玉回すのを野球ボールまで動かせるまでトレーニングして、絶望した琴音を殴って説得するまでみんな見た夢でも」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「信じるさ。オレも、似たような経験してたからな…」
 自分の行動をみな見られたっていう恥ずかしさより、同士がいたっていう安心が上回った。
 異常な夢。
 異常さだけならオレと大差ねえぜ。
「説明の必要がなくて、逆に助かったぜ。言いづらい事も、結構あったからな」
 どのくらい動揺を押さえられたのかはわからないが、笑い顔を作ってオレは返した。
「まぁ、琴音に関しては嘘はつかないほうがいい」
「まいったな」 
「お前の夢の方は、どうなんだ」
「オレのは誰なのか、さっぱりわかんねえ…この街が舞台だってことだけはわかるんだが」
 そこまで話したとたん、まだ生々しい赤い空気がオレの目の前を包み込んだ。
 ほの赤く染まった空気が、路面に残る雪を血のように赤く、いやどす黒く変えていく。
 …ダメだ。
 これ以上口にしたら、この場で地獄に舞い戻されて、倒れる……。
「とても一言じゃ表せねえ…おまけに、結末は、最悪だ…」
「そうか」
 オレは、場を濁すしかなかった。
「あ、たい焼き屋さん」
 オレのコートがぐっと引っ張られた。
 力点には、ものほしそうな目でオレと屋台を交互に見比べるあゆがいた。
 ラッキー。
「そうだな、琴音ちゃんへのおみあげにでも買っていくか」
「こいつを甘やかすと癖になるぞ」
「うぐぅ…だって、お金ないんだもん…」
「いつもの食い逃げがあるだろ」
「だから、あれは違うんだよっ」
「「食い逃げ?」」
 オレと水瀬が声を会わせて聞いた。
「な、なんでもないよっ」
「まいっか。たっく、しょうがねえなぁ」
「よぉ、早くしろよ。こっちは準備出来てるぞ」
 会話を聞きつけ、すっかり上機嫌になっている屋台の親父に、オレはたっぷりと仕事してもらった。

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