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Kyouichirou Takabata TIME LEAP



W+Ending


前編

AOi-K



ポットに入っているコーヒーをコップに入れて、そのまま一口すする。
さすがに熱さに顔をしかめるが、和彦はそのまま飲み下す。
時計を見ると、深夜の2時を差している。
「やる前かわかってたが・・・こいつは時間がかかりそうだ」
横目でちらりとさっきまで向かっていた机に目をやる。
机には原稿用紙の束と物理に関する資料、百科事典のような厚さの
本が開いたまま積み上げられていた。
「気分転換と行くか・・・」
和彦は部屋を出て、向かいの窓を全開にした。
背にしたドアには『研究室97』の札が張ってあった。

「あれからもう8年も前になるな・・」
和彦がコーヒーカップに口をつける。
あの事件・・・鹿島翔香のタイムリープ現象のことである。
一週間の間、一定条件で意識時間がリープする現象である。
和彦曰く『映画のフィルムを細切れにして、順番を順不同に並び替える』現象だ。
今製作している論文は、まさにそれに関してまとめ、
物理学と絡めたものだ。
題名は『時間と空間の連続性及びその跳躍の可能性』。
その論理が完成すれば人類が光速を超えることが論理上出来るはずだ。
しかし、高度であること、相対性理論を理解し突き崩すこと、
独自すぎて資料がなく、矛盾を調べるのに時間がかかりすぎること。
条件が悪すぎて、8年経った今でも半分も終わっていないのだ。
大学の教授となり、以前より資料が豊富につかえる今でも、
進度はほとんど変わっていない。
和彦自体、論理を完成させるまでにあと10年と踏んでいる位だ。
論理が完成しても、またいろいろ問題が起きてくるだろうから、
一生涯の研究になる覚悟もしている。
「さて、そろそろ続きか・・・」
和彦は部屋に戻り、論文を作成していった。

ぴりりり、と近くの携帯電話が呼び出し音を発する。
「ん・・・」
机に突っ伏したまま寝てしまった和彦が、けだるげに電話を取る。
液晶表示を見ずに、ただ通話ボタンを押して耳に当てる。
「はい、もしもし・・・」
『和彦君!今どこにいるのよ!』
女の怒鳴り声が聞こえる。
逆の耳まで通りそうな声に、和彦の意識は一気に覚醒した。
「か、鹿島か」
『鹿島か、じゃないわよ。今日は何の日?』
言われて自分の時計と書き込みでスケジュール帳と化したカレンダーを照らし合わせる。
 [鹿島と出かける AM10:00以降]
 [学会で発表する資料が完成次第TEL]
サインペンで走り書きした筆跡は確かに自分の字だった。
「あ・・・」
『あ、じゃないわよ。ちなみに今は11時過ぎ』
「すまん、すぐに行くよ」
話しながら、和彦は白衣を脱ぎ捨て、ロッカーの中のスーツに着替えた。
『はいはい・・・』
そういって和彦は電話を原稿の上に置いた。
手鏡で顔を確認すると、そこには鋭角的な切れ目の顔が写っている。
原稿を枕に寝たせいか、頬のあたりに心持ち鉛筆の字が写っているようだ。
今度からメモ以外は水性のペンで書くことにし、念入りに洗面台で顔を洗った。


「おそーいっ!」
待ち合わせの駅前広場で翔香は待っていた。
「すまん、うっかりしてた」
少し足早に駆け寄り、和彦は言った。
「研究もいいけど、恋人の約束忘れないでよね」
「今度からは気をつけるよ。二度と忘れない」
「ふうん・・・」 翔香が下から和彦を見上げる「それなら信用するわ」
翔香は和彦の性格はよく知っている。
『守れない約束は元からしない』。
これが和彦の信条なのだ。
「罰として今日の買い物の荷物、全部和彦君に持ってもらうからね」
翔香が笑いながら言う。
どうやら機嫌も直ったようだ。
「覚悟は出来てるよ」
和彦が肩をすくませて言った。

「あ、若松さん!」
二人が歩いていると、翔香と同年代ほどの女性が駆け寄ってきた。。
服装はスーツではないが、落ち着いた感じだ。
細い体系にショートカットとよく似合った。
「ああ、川崎さんか」
「お久しぶりです。元気ですか?」
「寝不足だけど、一応」
和彦が苦笑いしながら言う。
「和彦君、知り合い?」 
「ああ、鹿島は知らなかったか。川崎亜季さんだ」
和彦は何も言わずに亜季を紹介した。
「川崎亜季です。よろしく」
「鹿島翔香です。和彦君とお知り合いですか?」
そう聞かれて、亜季はくすくすと笑う。
「そういう関係じゃないから、気にしないで」
「べっ、別にそういうわけじゃ・・」
翔香の顔が上気する。
「デートですか、若松さん?」
「ご想像にお任せします」 和彦が軽く言う。「今日は仕事のほう、休みですか?」
「ええ、久しぶりに浦和君と会うことになってるわ」
「浦和・・・君?」
「ああ、高校一年のときにクラスメートだった浦和涼介。
そいつのご相手が川崎さんだ」 和彦が続ける。「川崎さんは西高だったけど、
いろいろあったらしい」
「へえ・・・」
『いろいろ』の内容を実は和彦もあまり知らない。
和彦のもうひとつの信条、『我関せず』である。
二人の知り合ったきっかけが『家族の死』であればなおさらだ。
「亜季さん、お待たせしました」
少し身長が低めの童顔の男が亜季のもとにやってきた。
「約束の時間15分前だから、別に待ってないわよ」
亜季が時計を確認して言った。
「あれ、若松君じゃないか」
「よう、久しぶりだな」
涼介がちらりと翔香を見る。
「・・・説明するのが面倒だ。鹿島、自己紹介」


別段目的地が無い二組はそうこうしているうちに4人の団体行動となっていた。
和彦は翔香に『せっかくの二人きりの時間』云々と文句を
言われるかと思っていたが、結構楽しんでいるようだ。
和彦、いやすべての男にとって女の買い物には苦痛を覚えるものだ
(大体男に女の服の良し悪しがつくわけがない)が、亜季のおかげでかなり
スムーズに終えることが出来た。
しかし結局荷物は和彦と涼介が持つ羽目になった。
お互い大変だな、と和彦がアイコンタクトをする。
涼介はそれに苦笑いで返した。

時刻はすでに夕方となり、二組は頃合いで分かれ、和彦達は
翔香の自宅にいた。
塾の講師として働いている翔香は、通勤のために両親に無理を言って
アパートを一室借りて一人暮らしをしている。
収入は多くは無いが、生活が苦しくなるほどではない。
和彦の家という選択肢は二人が働くようになってからは選ばれなかった。
和彦の自宅は『部屋』ではなく『研究室』と化していて、とても
一緒に過ごす気にはなれないからだ。
「夕食、食べていくでしょ?」
「ああ、俺も手伝うよ」
そういって二人は台所に入っていった。

「・・・炊飯器のスイッチ入れてなかった・・・」
いきなりの翔香の一言だった。
すでに料理はほぼ完成状態にあった。
魚のムニエルに鶏がらのスープ、揚げ物など。
翔香もさすがに25歳ともなると、炊事の腕も達者である。
しかし、今日は出かけることもあり、少し気が緩んでいたのだろう。
炊飯器の中は、米が水に浸かっているだけだった。
「どうしよう・・・」
翔香が困っていると、サラダをドレッシングで合えている和彦が横から口をはさんだ。
「クリームソースの缶詰があっただろ?それでリゾットでも作ればいいさ」
「生米で作れるの?」
「リゾットは生米で作るものだ」 和彦が戸棚から缶詰を取り出す。
「こいつを少し水で薄めて、米と一緒に鍋の中で15分ほど煮込んでやればいい」
「・・・・」
翔香は缶詰を和彦から受け取った。
「焦がさないように気をつけてな・・・どうした?」
「どこでそんなこと覚えたの?」
「俺も、こんなことがあったのさ」 和彦は苦笑いした。
「そのときに付けっぱなしにしてたテレビが料理番組になってて、
ちょうどリゾットの作り方をやってたのさ」
一瞬の沈黙の後、二人は笑った。

リゾットも完成し、二人はテーブルに料理を運び始めた。
「カロリー高そう・・・」
翔香が揚げ物を運びながら言う。
「一晩くらい大丈夫さ」和彦がサラダを盛りながら言った。
最後のガラスープを、翔香が鍋ごと運んでくる。
少し作りすぎたのか、少し重みがある。

突然の浮遊感があった。
熱いスープを両手で抱えたまま、スリッパが滑り後ろに転びそうになったのだ。
「危ない!」
しかし後ろにはスープ皿を取りに行った和彦がいて、運良く受け止められた。
スープもこぼれずに済んだ。
和彦は鍋をテーブルに置き、翔香を起こした。
「鹿島、大丈夫か」
翔香の顔を覗き込み、和彦が言う。
「和彦君・・・」
無表情だった翔香が、突然吹き出した。
「ふふっ、ごめんなさい、なんでもないわ」 翔香はそういいながら深呼吸した。
「ありがとう。和彦君」
「どういたしまして。約束もあるしな」 和彦が笑いながら言う。
「まだ有効期間内だから、危なくなったら助けてやるさ」

夕食を食べながら、二人は話していた。
「論文、進んでる?」
「まあな。あと10年で完成予定だ」
「10年かあ・・・」 翔香がカレンダーをちらりと見る。
「ねえ・・・私たちって、ずっとこのままなのかな・・・」
「?」
「論文が完成してからって思ってたけど、10年も先じゃ私たち35歳よ」
「まあな・・・」 翔香が言おうとしていることが、和彦にもわかった。
「俺も君も、こうやってなんだかんだで8年の付き合いだしな」
「そうやって逃げるの、ずるいよ」
翔香がむくれる。
「・・・あくまで俺に言わせる気だな・・・」
和彦は苦笑いしながら言う。
翔香はただ笑っているだけだ。
「気の利いた言い方は出来ないけど、いいのか?」
翔香はゆっくりとうなずいた。

ひと時の沈黙のあと、和彦は立ち上がって、翔香の正面に立った。
「かし・・・いや、翔香。結婚しよう」
「うん、いいよ」
翔香は和彦に抱きついた。
「心臓どきどき言ってるよ」
翔香がいたずらっぽく言う。
「あたりまえだ・・・」
和彦が頭をかきながら言った。

―――――後編に続く。



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