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Original Novel AOi-K Presents



Sunlight agein


by AOi-K



「隆一、私のこと全然わかってない!」
面と向かっていきなり怒鳴られた。
隆一と呼ばれた男は、なぜ怒鳴られたのか皆目見当がつかなかった。
ただ唖然とするばかりの男に、女はとうとうとまくし立てる。
「まさかそんなひとだなんて思わなかった!」
そういって逆を向いてすたすたと行ってしまう。
「おい、ミレイ!待てよ!」
隆一が呼びかけるが、そのころに美鈴はすでに人ごみにまぎれて
見えなくなっていた。
路上でいきなり口論になったため、通りがかる人が隆一を見ている。
広くない道の向こう側では女子高生がくすくす笑っている。
今から追いかけても間に合わない。
それよりも早くこの居心地の悪い状況から抜け出したかった隆一は
足早にここから立ち去ることにした。
きまりが悪そうに、美鈴と逆方向にすたすたと歩き出した。


デートといえないただの買い物。それがいきなり大喧嘩で中止。
行き先が無くなった隆一は、取りあえず自宅に戻ることにする。
「あいつ、何怒ってんだ?」
ポケットに手を突っ込んで、考えながら歩く。
「特に怒られるようなことはしてないのに・・・」
気の合った彼女とはいえ、いきなり言いがかりをつけられて怒鳴られるのは無性に腹が立つ。
だがこのときの隆一は怒りよりも不思議さが先立っていた。
いつものように目的地に向かって歩きながら話す。
それだけのことだったのだ。

自宅に着き、時計を見るとまだ宵の口だった。
なぜか起きている気になれず、見もしないテレビのスイッチをいれて
ソファーに寝転がる。
何か考えなければならない気がしたが、あまりその気になれなかった。
抜け落ちたような、何か腑に落ちないような気分で
ぶつぶつつぶやいてもただ狭い部屋に響くだけだと、うらみごとひとつ言わず
布団にもぐりこんだ。

「ん・・・」
布団から腕が伸び、枕もとの目覚ましをわっしとつかむ。
目をこすりながら文字盤を見入る。
「9時55分・・・」
寝癖だらけの頭を掻きながら、男はそうつぶやいた。
「・・・寝坊だあああっ!」
布団を跳ねのけて飛び起きる。
ついでに床の上に置いてあるシャツとスボンをつかみ、大急ぎで着込む。
その間わずか22秒。
机においてある整髪料を頭につけ、乱暴に後ろにとかす。
洗面所に駆け込み、手についた泡を洗い落としつつ、顔を洗う。
その間わずか65秒。
台所に突進して、とりあえずの腹ごしらえ。
インスタントの味噌汁を手早く作り、ジャーから米を丼に一杯。
生卵を割りつつ、醤油をかけてかき回す。
熱いのを我慢して味噌汁を一気飲み。
丼の中の卵ご飯を一気に流し込む。
ほとんど噛まずに一気飲み。
この間わずか95秒。
合計4分半で出撃・・・もとい登校準備完了!

「とりあえず落ち着いて・・・」
パスケースから時刻表を取り出し、電車の確認。
「10時13分が一番近いか・・・」
家から駅まで自転車で5分。
電車が向こうまで到着するのに20分。
何とか10時45分の授業には間に合いそうだ。
「コーヒー飲んだら行くか」
何気なくカーテンを開ける。
気持ちいい春の日差しが差し込んで・・・こなかった。

「雨降ってやがる・・・」
ガラス越しに打ち付けるしずくを見ながら、隆一がぼやく。
(自転車使えねえじゃないかよ・・・)
絶対に使えないわけではないが、今から下駄箱を漁ってカッパを探すのに
5分はかかる。
傘を差していくのはスピード的に大きなロスとなるし危険なので却下。
かといって何も用意せずに行けば電車の中で警察につかまりそうな格好になりそうだ。
「むむむ・・・」
少し考えた末、後者を選ばざるを得ないという結論に達した。
今から出ればタオルを装備して駅のトイレで拭く時間もある。
背に腹は代えられない。
早速タオルをバックに突っ込んで玄関を開けた。

「ぐあ・・・」
外の状態は思っていたよりひどい状態だった。
雨の量はいいとして、風である。
しかもやけに寒い。
どうやら濡れる心配より風邪をひく心配をしたほうがよさそうである。
一気に登校する気力が失せる。
サボろうかと一瞬思ったが、4分で準備を終えて急げば間に合う状況を
一生懸命作り出したのでさすがにそれはもったいない。


意を決してサドルにまたがり、ペダルを踏む。

ずりっ。

「うおっ!?」
落下感。
水分で滑りやすくなっていたのを忘れ、急に踏み込んだために
ペダルから足が滑る。
無様にすっ転ぶことになる。
「いてて・・・」
ようやく起き上がり、自転車のスタンドをかけた。
服を見ると、案の定かなり汚れていた。
ズボンが引っかかったようで、少しほころんでいる。
そして膝のあたりに痛みがする。
ぐっと服の上から押し付けてみると、赤い色が少しにじんだ。
「ってて・・・畜生・・・」
雨が無情に隆一の服を濡らしていく。
雨脚はいっそう強くなっているようだ。
なかば呆然としている隆一に、ざっ、と足をとめる音が聞こえる。
顔を上げてみると、そこには少女が立っていた。
中学生ぐらいだろうか。
「あの・・・大丈夫ですか?」
雨の音に消えそうな、小さな声。
一瞬の間を置き、隆一が答えた。
「あ、ああ・・・」
そのあとの言葉が続かなかった。
少女はこの雨の中、傘をさしていなかったのだ。
黒く短い髪の先からぽたぽたと雫が落ちていた。
「でも、怪我してますよ」
もう一度、血のにじんだズボンをちらりと見る。
「これくらい平気だけど・・・君は?」
立ち上がりながら隆一が言う。
「え?」
「いや、傘もささずに・・・」
少女は一瞬困ったような顔をして、答える。
「雨で濡れるのは自然なことです」
隆一が今度は困った顔をした。


そして再び隆一の自室。
既に学校のことは諦め、テレビをつけっぱなしにしてぼーっとしていた。
一度押入れに仕舞いこんだストーブをつけ、薬缶の注ぎ口から湯気だ出ていた。
シャツと上着を着替え、タオルを頭の上に引っ掛けたままだ。
かちゃ、と部屋のドアが開かれ、さっきの少女が現れた。
「ありがとうございました」
小さく頭を下げた。
少女は隆一のシャツに袖を通していた。
当然サイズが合うはずもなく、袖は折られている。
「いや、風呂ぐらいいいって」
小さく手を上げる。
「高畑さんは入らないんですか、お風呂?」
名乗った覚えはないが、隆一の名字を少女は知っていた。
一瞬考えたが、そんなことは玄関の表札を見れば分かると気付いた。
表札といっても、ただの名前が書いてある紙だったが。
「隆一でいい。君は?」
「観緒です」
観緒は隆一に促され、じゅうたんの上に座った。
「観緒ちゃん、あんな所で何やってたの?学校は?」
観緒がまた困った表情をする。
「いや・・・言いにくいならいいけど・・・」
「じゃ、隆一さんは?」
「俺は・・・ただ学校に遅刻しそうになって・・・自転車から落っこちた」
自嘲の笑いを浮かべる隆一。
「全く・・・雨ってのは困ったもんだ」
ただの話題振りだったが、観緒の表情がますます硬くなる。
雰囲気を変えようと、隆一が昨日の出来事を話す。
「何も言ってないのに怒るって、どういうことなんだろな」
「え?」
「いやさ、昨日そういって彼女に怒鳴られたからさ」
女性としての意見が聞きたい、と隆一が付け加えた。
女性として、の言葉に引かれたのか、観緒が話し始める。
「うーん・・・どうなんでしょうね。何か忘れたものがあるとか」
そう言われても、何も隆一は思い出せない。
「さあ・・・見当もつかないな」
二人とも、首をひねって考えていた。


部屋に帰って30分もしないうちに、雨はやんでしまった。
二人ともほとんど話題がないままだった。
「あの・・・私考えたんですけど」
しばしの沈黙を破ったのは観緒。
「え?」
「さっき『特に何も言わなかった』って言いましたよね」
一呼吸置いて隆一が答えた。
「ああ」
「私、少しの間隆一さんといて・・・」
「・・・」
「分かったような気がします。人って、そんなに偉くないです」
それはどういう・・・と答えるまもなく、観緒が続ける。
「言葉にしなきゃ、人ってダメなんです。ホントに彼女さんに好きって」
観緒が隆一の目を見ていう。
「本気で好きだって、言葉にした事ありますか?」
何も言わなかった。
いや、いえなかった。
「態度だけじゃ、どうしても伝わらないんです」
そこで言葉を止めた。
「すみません・・・偉そうなこと言って・・・」
観緒が申し訳なさそうにうつむく。
「雨も上がったし、美緒ちゃんもそろそろ帰った方がいい」
「でも・・・」
「服なら気にしなくてもいいよ。なかなか似合ってる」
「隆一さん!絶対後悔しますよ!」
観緒が一喝する。
「うるさいな。大声出すな」
そういうと、隆一は雫の落ちる窓の方を向いてしまった。
たたっ、と落ちる雫がひさしを叩く音だけが聞こえていた部屋の中に
もうひとつの音がし始めた。
それは嗚咽だった。
隆一が向き直ると、観緒が涙を流して泣いていた。
「私、言えなかったんです。好きだっていう、その言葉が」
「どうして・・・?」
「態度だけで、分かると思ってた。でも、伝える前に、二度と・・・」
そこまでいうと、観緒はまた泣き始めた。


「今日みたいな雨の日、私、死んじゃったんです」
ようやく泣き止んだ観緒が、ぽつりと言った。
「なんだって?でも現にオレの目の前に・・・」
「そうなんです。だからびっくりしました」
奇妙な現象に、隆一は戸惑う。
「どんなに人に話しかけても、答えは返ってきませんでした。でも・・・」
また観緒がうつむいた。
「そうか・・・オレだけが・・・」
不意の事故で急死した人間は浮遊霊となり現世をさまようと
聞いたことがあるが、隆一は今まで当然のようにそれを信じていなかった。
なのに、なぜか受け入れられた。
観緒がこうして目の前にいる。
それだけで十分だった。
「どうして隆一さんだけと話したり出来るのか分かりませんけど・・・遺言代わりに」
「分かった。なんでも気の済むまで話してくれ」
すう、と観緒が息を吸って続けた。
「ただの友達だって、最初は思ったんです。けど、私は好きだったんです」
隆一は黙って聞き続けた。

「そう意識したら、急にいつもみたいに話せなくなって」
「ちょっと体が熱くなって・・・、想うとたまらなくなって」
「これが恋なんだな、って分かって」
「言って欲しかったけど、少しも待てなくて」
「学校からの帰り道で別れたあとに、気付いたら、雨の中を走ってて・・・」
「伝えたかった事、伝えられなかったんです」
「いつでも言えるって、思ってたけど・・・」
「言えないまま、私は一人になりました」

観緒が「遺言」を続けていく。
それはまるで、ひとつの詩であるかのように紡がれる。

「独りぼっちになった私は、一人の男性に出会いました」
「優しいけど、素直じゃない人」
「もう、繰り返されたくない」
「これが、そんな私の遺言です」

一言一言が、隆一の心に重くのしかかった。
だが、それはすぐに消えた。
「何か」と共に。

「今日は君に会えてよかったよ」
二人はすっかり晴れた空の下にいた。
観緒は微笑み、それに答えた。
「私も、会えてよかったです」
すっと隆一が手を差し伸べる。
躊躇した観緒も、一瞬の後それに習い、手を合わせた。
観緒の手は暖かかった。
まるで死んだということが嘘のように。
「これからどうするんですか?」
「今から会いに行くさ」
その続きは観緒にも分かっていた。
だから隆一も口にはしなかった。
「観緒はどうする?」
「分かりませんけど、たぶんもう・・・」
その続きも隆一にはわかっていた。
「じゃ、これでさよならだな」
こくりとうなずいた。
「このまま、振り返らずに別れませんか?」
「分かった、それじゃ」
隆一が軽く手を上げると、観緒はまた笑顔を浮かべた。
そして二人は反対方向に、黙って歩き出した。

「ありがとう・・・」

数メートル歩いたところで、そんな声が聞こえたような気がして、
隆一は振り返った。
しかし、すでに観緒の姿はそこにはなかった。
その代わり、遠くの空に小さな虹が見えた。

少しだけ息を吐き、隆一はまた歩き始めた。
「好きだ」
その、ただ一言を美鈴に言うために。
それだけのために。
なぜか隆一は急ぎ足になっていた。
小さな水溜りには、輝く太陽が大きく映っていた。


―――I can't tell "I LOVE YOU”So please tell me・・・



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