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ALICE SOFT ATLACH=NACHA


その物語の名は


Atlach=Nacha

by 赤祭



……蜘蛛……

そう蜘蛛がいる

まるで小山のような大岩の狭間の奥の奥…

巨大な化け蜘蛛が眠っている

その八つの瞳の裏に浮かぶ倒すべき銀の男を想い

身じろぎもせず半世紀以上の年月を傷を癒す為に眠り続けている

繰り返される夜は全てその男のため

そのクロガネの爪は男を引き裂くため

その顎は男を砕き食い千切る為に

その夢はその憎い男の為だけに

そしてその心は…

今も忘れられない愛しい存在…

その男…

シロガネの為だけの物であった





 男と少女の笑い声が響き渡り,初音はあたり一面にサツキが咲き乱れる野原に一人立っているのに気がついた。 「ここは……ああそうか…」

 初音はよくこの夢を見る。

 自分が最も幸せだったころの夢。

 また男と少女の声が聞こえてきた。

 『兄様、美しいですわね。こんなに沢山、山の神様の御陰かしら? 兄様はお会いになられたことはございますか? 』

 『いや、神とあったことは無い。 所詮、皆、ただの生き物だ。恐らくはそのような物は居ないのだろう』

『ですが兄様、里の者は皆、神を信じております。』

『そう、そしてその供物はおまえ自身なのだったな 』

『 兄様………  』

(そう、確かこの頃は蜘蛛になってから3年くらいだったかしら?) 

 銀に至っては数えるのも馬鹿らしい程の時を生きてきているとのことだ。

(ふふっ、可笑しな物ね、こんな子蜘蛛があのシロガネと戦おうとするなんて )

 初音は すっ と二人の側によると手を爪に化え二人を薙ぎ払い、

全てを元の闇に還した。





 闇の中、初音は過去の影と向き合っていた。

 闇の中でただ何も言わずに、互いに哀れみを込めた瞳を相手に投げ掛けていた。

 影が目を細めると、その隣に男が現れた。

 初音は俯いて ふうっ と疲れたような息を吐くと、その背後に闇を溶かしたような巨大な化け蜘蛛が浮かび上がった。

『どうして? どうして貴方は兄様と戦おうとするの? 貴方は兄様を愛しているのでしょう? 』

「いいえ もう私はシロガネを愛してなんかいやしないわ 」

『どうして貴方はその様に愛する人を憎むようなことを言うの? ここは夢の中よ、自分に正直になっても良いのよ 』

「愛してなんかいないっていっているでしょう! 」

 そういって苛立ち紛れに蜘蛛に鋼糸を吐かせる。

 糸がシロガネを突き抜けると、その影は っすう と消えてしまった。

 影は目を閉じ『なら… ならどうして今も生きて兄様と戦っているの? 』

「生きる為よ! そうしてシロガネに私を裏切ったことの復讐をしてやるため 」

『素直じゃないのね… なら、何故逃げないの? 兄様の手も届かない遠くに、勝算はあまりに無いのよ?  』

「それは…… 」

 珍しく初音が言い淀む。

『貴方は兄様に忘れられるのが怖いのでしょうね。 それゆえあの社で勝てないのを承知の上であの娘を殺めたのでしょう? それ程愛しているからこそ、あの場で殺されて兄様の心に棲み着きたかったのでしょう? それすらも叶わなかった今、敵となることで少しでも多く想われたいのでしょう。 』

「ッ………そうね、そうなのかもしれない。情人でなくても、シロガネを唯一、脅かす敵でいられるのならシロガネは常に私を見ていてくれる 」

『なら夢の中だけでも貴方は私になってくれないかしら? 私は忘れたくないの、あの頃のことを 憎しみだけで戦いたくは無いもの 』

「それはできないわ。もうあの記憶は私には眩しすぎる。貴方が私になりなさいな、せいぜいよい夢を見せて頂戴 」

 そう言い微かに微笑んで、初音は再び意識の底に沈んで行く。次に目覚めた時に起こる血戦を予感し、まだ見ぬ未来に、ほんの僅かの希望を抱いて




そうして、女は今は無き四百年も昔の,幸せの記憶にまどろみつつ、涙を流す。

愛されたいが故に憎み、共に時を過ごしたいが為に殺し合う女は自らに問いつづける

 『こうするしかなかったのだろうか?』と

女は泣きながら物語を紡ぎ続ける

その物語の終幕は近い…


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