A f f e c t i o n

1841 / 1 / 14

Continuance of 「Moonlight」



そして夜は深けていく。



ドアを開けると、脇の棚の上に置いてあるマッチ取りランプに火を灯す。
ぼぅ、と薄暗い明かりが周りの闇を浸蝕する。青年はそのランプを持ったままベッドのほうへ。ベッドの脇においてある鏡台にランプを預けると、そのまま倒れるようにベッドに沈む。
その後ろに付いてきていた少女もそのまま真似するように。ベッドに倒れ込む拍子に、その長い黒髪と、黒いサテンのドレスの裾が広がる。

心臓の音。お互いの鼓動が聞こえる。

「ドレス……、着替えないと皺になるよ」
青年がそう言うと、少女は体を横に、青年のほうへ向け、顔に掛かった髪を緩慢な動作で振り払う。
「そんなに私の着替え見たいの?」
もう慣れたもので、青年もそのくらいの軽口には動じない。
「汗かいたから、シャワー浴びてくるね」
そういうとバスルームのほうへ向かった。
しばらくして水が滴る音がしだすと、青年は夜会服を脱ぎ、それを放り投げる。そしてひろいダブルベッドに横になった。

10分後、少女が黒い下着姿で出てきたとき、青年は熟睡していた。
しょうがないな、と呟くと青年の背中に自分の頭をくっつけるようにしてベッドの上に乗る。

誰かに触れてないと不安と恐怖に呑み込まれてしまいそうだった。



コンコン
扉をノックする音が聞こえたのは昼の2時頃だった。ちょうど昼食を街中のカフェで済ませてきた後だった。
吸血鬼なのに陽の光に当てられてもなんともなかった。
陽の光にあたれば灰になると云うのは迷信だったのか。それともまだ吸血鬼になりきってないだけのか。
忙しなくノックを続けられる。青年は面倒だから居留守を使うつもりだった。
だが、そのしつこさに少女が読んでた本を、パタン、と閉じる。そして、しょうがないよね? という表情で青年のほうを向いた。 少女は無言で立ち上がって近づくと、ドアをゆっくりと開ける。
突然だった。
そこに立っていたのは3人の男だった。2人は黒いオーストリアの軍服と、もう1人は白い儀礼服を着た司祭。
2人の軍人は真新しいフリント=ロックガンを構えていた。こちらに向けて。
「教会法により最寄りの教会に出頭してもらいます」
事務的な司祭の声。
片時も司祭と2人の軍人の視線は青年と少女を放さない。
青年にはこの男の服装に見覚えがあった。
2週間前に街の人を煽動して青年を狩ろうとした者達。
狂信的に、純粋に主を信じ、力により仕えている者達。
まぎれもなく、吸血鬼などをを消し去る為に存在する、異端審問官だった。
狭い部屋で、5人の視線が交錯する。
2人の軍人は銃をこちらに向けたまま入ってくる。
後退りする少女。ベッドの上で何もできない青年。それらを冷やかに見つめる司祭。
そのまま少女がベッドまで押し戻されたところで、片方の軍人が肩から下げた鞄から手錠を2つ取り出す。意識が青年から鞄に移る。
その瞬間、青年の腕が翻る。もう1人の持つ銃を掴み思いっきり引き寄せる。突然のことでバランスを崩して無防備になった胸に膝蹴りを入れる。
その軍人が崩れ落ちる向こう側に、慌てて銃をこちらに向ける姿と銃口が見えた。
その驚きと怒りと殺気が滲む目を見て。
青年の目蓋は諦めによって閉じられる。
銃声。その音は衝撃となって耳朶を打った。
あまりの大きさの音に聴覚が失われる。
音のない世界。
だが、それでも凶弾が自分の体を引き裂かなかったことに気づいた。
少女が銃を叩いて軌道を逸らしていたのだ。
軍人は単発なので使えなくなった銃を捨て、腰からサーベルを抜剣する。そしてそのまま青年に斬り掛かっていく。
ぎりぎりで避ける青年。だが対抗手段がない。再度、斬り掛かってくる。とっさに鏡台の上にあったランプを掴み盾にする。ガラスがはじけ手と顔に血の線を引く。
同時に、何かなまぬるい別のモノが顔にかかる。
目の前でサーベルを振りかぶった、その顔が綺麗に弾け跳んでいた。
横を見ると少女が掴んだ銃から紫煙がたなびいていた。
だんだん、聴覚が戻ってきた。



あまりに現実離れした光景。
割れたランプのガラスはそこら中に広がり、血の海の中で光っていた。鏡台の下には顔の半分がなくなった男が。ドアの前には、司祭が−−最初の流れ弾に貫かれたのだろうか?−−胸に大きな朱い染みを作っている。ベッドの上には気絶した男が一人。
そしてベッドの脇に、銃を持った、今にも泣きそうな、少女。
少女が青年のほうに飛び込んでくる。
ガラスで足の裏を切るのにも構わずに。
「うっ……うあああっ…………」
青年が少女を抱きしめたとき、初めて少女は声を上げて泣き出した。



戸が、キィという音を立てて開く。
中に入ってきたのは、2人。
少女は青年に抱えられて入ってきた。少女の両足からはかなりの量の血が流れている。
少女をいたわるようにゆっくりとゆっくりと中を進んでいく。
両脇には木の長椅子、正面には説壇、そしてその奥には咎人の像。
外は騒がしい。もうすでに夜闇が街を包んでいるというのに。
だが、青年は迷わずに歩いていく。
そして長椅子の最前列、説壇の前にたどり着いたとき、
「とうとう、最後だね」
少女の声。青年は気をつけながら長椅子に座らせ、自分もその横に座る。
「最後か……」
ランツ=リストの話によれば、あと1時間くらいしか正気を保ってられないらしい。
だから、痛みも無い自殺を望むことは果たして馬鹿なことだと言えるだろうか?



2人の無言に耐え兼ねたのか、この教会は乱入者をもう1人付け加えた。
「まったく、こんなところにいたのか。君たちのせいで外は非道い騒ぎだ。どうやらバチカンは、君達だけでなくこの街の吸血鬼を根絶やしにするつもりらしいな」
「いったい、いまさら何の用でしょうか?」
昨日、出会った吸血鬼、ランツ=リストへの青年の対応は、冷ややかだ。
「話を聞いてると、あんまりにも君達が馬鹿らしくて、愚かで、可哀想でね」
「それはどうも」
ランツはどんどんと中へ踏み込んでくる。
そして青年たちの前に立つと、危ないものは預かっとくよ、と言って、青年のバッグを取り上げその中から拳銃とナイフを取り出す。
「私はね、トラジェディはそれほど嫌いじゃないが、コメディは大っ嫌いでね」
そういうと、シガレットケースを出して葉巻を取り出す。
「2人とも死にたくもないのに、どうして悲劇に見える喜劇のような結果を選ぼうとするのか、不思議に思えて仕方がない」
火を付けた後に煙草を銜える。
「それは私達に残された道がこれしかないから」
少女の言葉は硬い。
「そうか」
そういうとランツは左手の人差指と中指で葉巻を挿み、右手に持った拳銃の撃鉄を起こす。
「ならせめてもの情けだ。苦しまないように逝かせてやろう」
そして銃口を少女の目の前に突きつける。
「やめろ!」
青年の叫んだ声は、ランツが青年を軽く眼差した瞬間、青年の躰とともに吹き飛ばされた。激しい音がして壁に叩き付けられる。
「シン! 大丈夫!?」
背中を強く打ちつけたのだろうか、壁に背をもたれて呻いていた。
「大丈夫だ、彼は。それよりも今は自分のことを考えたらどうだ?」
ランツは無理矢理に少女の手を自分の右手、引き金を握る指に重ねた。
それが痛かったのか少し顔を歪める。
「さあ、指を引け。死にたかったらな」それが痛かったのか少し顔を歪める。
動けない。誰一人として。時が止まったような沈黙の静寂。
「ほらどうした? 死にたいんじゃなかったのか?」
少女の指が、痙攣したように震える。
その指にゆっくりと力が込められていく。
シンの瞳。少女のほうを痛みに顔を曇らせて見ている。
その蒼い吸い込まれるような瞳が少女を見つめている。
まるで白痴のように、少女と少女の選ぶ道を。青年の行為の審判の結果を。
かけられた力は限界まできて、
「嫌! 嫌ぁぁ! 嫌だよ、恐いよ……」
撓められた。
ランツは銃を下げると、青年のほうに近寄り肩を貸して立ち上がるのを手伝おうとした。だが振り払う。なにかランツが言った様な気がしたが気にしない。
ゆっくりと、だが出来るだけ速く、少女に向けて歩みを進める。
そして泣いている少女の頭を抱いた。
それが唯一できる贖罪だと知っているから。



最初にその『衝動』に取り付かれたのははシンだった。
絶望していた。もうすぐ自分が死んでしまうことに。
だからせめて自分が好きだった場所で死にたいと思った。
だが。
それは気紛れな神によって阻まれた。
『衝動』はクリスに感染っていった。
その頃にはシンの『衝動』は消えて、『感情』が生まれた。
そこで初めて、
シンはクリスに『衝動』が感染っていることに気がついた。
だが同時に自分に対して『感情』を抱いていることも。
最後の最後で思わぬ伏兵によってクリスの『衝動』は消えた。
『感情』と『感情』。
その2人の心のピースは音を立ててはまった。
いままでは『衝動』に操られたように、
これからは『感情』に衝き動かされる。
永遠という幻想付きで。
なぜなら。
『死への衝動』と『愛する感情』は天秤の両端にあったとしても、
人を狂わすというところでは同じものだから。



「さて、お楽しみの最中に悪いのですが、そろそろ日が昇ります。外には狂信者がいっぱいいるようなので早めにはじめないと」
そういうとランツは小さな水筒を取り出した。
「それは……」
「分かるでしょ? 血ですよ」
そしてそれを水筒の蓋に汲み分ける。青年は自分の前に出された即席のコップを手にとった。
「これが1週間分です。飲んでください」
この薄暗い中で自分の顔が映るくらいに、存在を持った液体。
青年がまず。その液体の中には自分の頼りない顔が映っていた。それを一息で飲んだ。錆びた鉄のような匂いが漂う。
続いて、汲み直されたものが少女へ。少しためらっていたがゆっくりと嚥下した。
その儀式めいた様なことが終わると慌ただしく、
「さてと、これを渡しておきましょう」
2枚の切符を渡した。教会の扉を明けながら続けていっていた。
「ビザンティウムまで行けます。いいですか。心中に失敗した若い男女は街を捨てなければならないのですよ。駅まで送りましょう」
ランツは前を向いていた。外の様子を伺うために。
だから、後ろでシンとクリスが軽い口付けを交わしていたことには気づかなかった。





1841 / 5 / 1



風が疾る。
地中海性の暖かい海風だ。周りでは深緑の草原が風に身を踊らせている。
この豆粒のようで本国からも軍船の基地以外に期待のない小島。
昔から『地中海の真珠』ともいわれる小さな島。
ここには追うものも追われるものももう、いない。
たまに人のいい国教会の神父がやってくることもあるが、
それもまったく害のない、人のいいお爺さん。すぐに仲良くなれた。たまに来るときには3人でテーブルを囲んでお茶を飲んだりする。
やっとシンとクリスはゆっくりとした時間を過ごせていた。
まるで彼らの間が深い、永続的な愛情を持つようになっていくように。

Special Thanks to …

S.Tominaga

Y.Izakari

H.Sakuma

Bloody Moon Project