C a r n i v a l

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街が騒がしい。
まるで、ビンの中にたくさんのビー玉を入れて振り回したような。
昼前に始まった祭は夜になって最高潮を迎える。
公現祭。
神聖な意義もあれば、ただただ時間を忘れて騒ぐだけでもある。
その青年にとっては、傍迷惑な話だ。
この街に移ってきてまだ1週間。それは異分子である彼らが街になじむ時間もない。
でもそれは青年だけの事情。
「シン! 早くいこうよ。お祭終わっちゃうよ?」
そう元気に叫んだのは黒いサテンのドレスを来た少女だった。
気の強そうな澄んだ黒い目と癖のない肩まで伸ばした髪が印象的。
精一杯に着飾っているがその仕種や表情はまだ年相応の少女のそれ。
まるで今までの陰欝さが嘘のように元気に振舞っていた。
「クリス、この祭、一晩中やってて終わるのは明日の昼だぞ。そんなに焦るなって」
そういいながらゆっくりと黒のオーバーコートに袖を通していく。
「だからってゆっくりしてられないよ。受難劇とか始まっちゃうじゃない」
キリストの受難を土地の人が5年に一度役を決めてやっている。この街の祭のメインイベントでもあった。
「そんなに見たいものか?」
「そりゃね……。これでも1週間前までは教会にいたぐらいだもん」
それを壊したのは僕。でもそれを言い出せば君が悲しむ。
だから…………
「そっか。じゃ、急ごっか」
努めて明るく言うことしかできない。
「うん!」
そんな君の明るさが僕にとっては喜びであり、悲しみだった



少女は青年の腕を引いて走っていく。
青年は為すがまま。むしろそれを楽しんでいるようにも見える。
露店で溢れた町の景色が流れていく。輝くような笑みを浮かべ笑い、騒ぎ、生きている、その他大勢。
しかし、それは永遠に続くものでもない。
『人生は有限ゆえに面白みがある』
そんなことを言った哲学者がいた。
それは2人にとってはなおさら。
なぜなら2人はタイムリミットをきってしまったから。



夜の丘の上。
街のはずれ、教会の近くに小さな舞台が作られていた。
あたりには片づける為に残った者とアルコールでその場に座り込んでしまった者達だけ。
2人は奥の木の下に座っていた。
夜景がとても綺麗だった。眼下に拡がる蛍はドレスデンの街並。その中央を覆ってる黒い帯はエルベ川。
「綺麗だね」
それは少女にとって何一つ考えることをしない、自然な感想。
「そうだね」
「シン……、あれからもう1週間経ったね」
「ああ」
もう1週間が経ってしまった。
それはカウントダウンの声が大きくなっていくことに他ならない。
「…………私は、あの時シンと一緒に居られて良かったと思ってるんだ」
「それは、僕が弱かったから。最期に君の顔が見たいなんて思ってさ。そんな僕の我儘の結果だよ」
「だーかーら、それを感謝してるの。死に際に私の顔見たくなったって最高の殺し文句よ?」
「…‥……」
ふっと1月特有の湿った冷たい風が吹き込んでくる。
公現祭の前後は雪になるとよく言われる。
それは神の祝福か、それともただの自然現象か。
そんなことを考えていたら青年の顔に何かが飛んできた。
髪の毛。
隣に座った少女のダウンブラックの髪が風になびいていた。
横目に少女を見る。
黒髪を風になびかせ、惜しむようにこの夜景を見ていた少女の横顔は月に照らされて蒼かった。
それがただ月に照らされた結果だと信じれれば。
「ねぇ」
先にこの沈黙を破ったのは少女。
「なに?」
「踊らない? 街まで戻ればまだそういうのやってるよね」
立ち上がって手を後ろに組んで言った。
「そうだね。夜景には飽きた?」
「うーん、そういうわけじゃないけど」
僕から顔を離して、街のほうに向き直る。
「限られた時間だから、シンと一緒にやれなかったこともやりたいなって。君、一度も私と踊ってくれなかったでしょう」



喧噪の中、青年は少女の手を取りリードしていく。
それに任せるだけでなく、軽やかにステップを刻む少女。
決して上手いわけではない。
しかし、その2人は人を魅きつける『なにか』があった。
容姿? それとも華やかさ?
どれでもなく、ただ2人の存在自体がまわりの人を魅きつけるように。



「ねえ、私の話し聞いてくれる?」
そう少女がきりだしたのは、もう夜もかなり深け人も少なくなった頃。
少女と青年は、歩道に出されたカフェのテーブルに着いていた。
「あのさ、私たちにはあとどれだけの時間が残されてるの?」
「…………」
青年は応えられない。
それを見て少女が身を乗り出してきた。
「正直に答えてね。あとどれくらい残ってるの」
「……1週間」
そう、それだけなのか。
「どこか行かない?」
「え、どういう意味?」
唐突な提案に驚く青年。
「そのままよ。旅行に行かない? 2人だけで」
青年はふっとこめかみを指で叩きながら、難しい顔をして考えた。
しばらくして真顔に戻るとおどけて、
「場所はどこにいたしましょうか、お嬢様?」
「どこがいっかな? パリとかロンドンとかもいいけど、ウィーンとかは?」
「いつ?」
少女は、ハァと軽く溜め息を吐くと、
「明日。のんびりしてられないよ」
そうですか、と青年は呟く。
「それともう1つ」
今度は何?
視線で問いかける。
「キス、していい?」
答えは態度で。
肩に軽く両手を添えたら、少女は目を閉じた。
そのまま顔を近づける。
軽く少女のピンク色の唇に自分の唇を合わせる。
情欲的なものではなく、ただ触れあうだけの軽いキス。
「……ふっ」
少女は顔を離した。
「バカ、いちいちことわるな」
青年は軽くこずいてやる。
「私は、恐いのかな……」
少女の呟きは、しかし青年の耳に届くわけでもなく未だ明るい夜闇に吸い込まれていった。



帰り道、露店で黒いチョーカーを買ってあげた。
けして僕がつけた首の傷を隠すわけではなく、君がつけた喉の傷を隠すわけでもなく、
君が僕のものだという、ささやかなる証明のために。



期限まで1週間弱。
それは人としての死を選ぶか、人でないものとしての生を選ぶかの期日。

Special Thanks to …

S.Tominaga

Y.Izakari

H.Sakuma

Bloody Moon Project