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Leaf Comic Party short story



こみっくパーティー


詠美ちゃんさまご乱心

by 五穀豊穣



 ジリリリリリリリリ………!!
 枕元で激しく自己主張する目覚まし時計をまどろみの中で止めて約10秒後、俺は慌てて跳ね起きた。
 いけね! 今日は詠美とデートの約束をしてたんだっけ。
 昨日のうちにハンガーに吊してあった服を慌てて身に着け、身だしなみを調える。
 が、どうも頭のセットが決まらない。寝相が悪かったのか、前髪が数本まとまった物が2本、まるで昆虫の触角のように額で跳ね上がっていた。
 時間を気にしつつ、取りあえず無理矢理ムースでまとめて家を出た。もう遅刻は免れないが、出来るだけ急ぐ必要があった。



「……わ、…わりぃ。寝坊しちまったよ。ゴメンな、待っただろ」
 ハァハァと息をきらせて俺が待ち合わせ場所に着いたのは、予定より20分後のことだった。
「…う、ううん。あたしだって時間ピッタリだったし、そんなに気にしてないから」
 笑顔を作って詠美は言ったが、俺を見上げる目が少し潤んでいた。
 俺はなんでもっと早く起きられなかったのかと後悔した。泣き虫のこいつのことだから、きっと俺を待ってる間に色々心配させたに違いない…。
「……ゴメンな」
   もう一度俺が謝ると詠美は返事の代わりに、ぴとっと俺にすり寄ってきた。半袖の腕に当たったモノが柔らかい感触を伝えてきた。
 ホント、可愛いヤツだよな。半年ほど前のことが嘘みたいに思える。…まあ、あの頃の詠美も別の意味で可愛かったが。
 そして俺たちは目的地へ向かうことにした。


 ……雲ひとつない夏の日差しにさらされた剥き出しの肌に、デパートのほどよく効いた冷房が心地良かった。
 俺と詠美はアウトドアフェアのやってる7階へと向かった。
 …詠美が同人作家として再出発して4ヶ月が過ぎようとしていた。
 初めの2ヶ月ほどは周りの目線もきつかったが、それにめげずに頑張る詠美の同人誌に、漫画に対する情熱が作品を通じて伝わっていったのだろう。詠美のスペースにもだんだんとお客が戻ってきた。
 このぶんだと今年の夏コミは忙しくなるに違いなく、その前に一度くらいは海に行っておきたかった。
 で、こうして2人で水着を見にやって来たってわけだ。

「あ〜楽しみだな、詠美の水着姿」
 俺が言うと、詠美は顔を真っ赤にした。
「…和樹のエッチ。あたしはお魚に会えるのが楽しみ」
 と目をキラキラさせて詠美が言う。相変わらずこうしたところが可愛い。
 …それにしてもデパートの中は思ったよりも人が多い。長びく不況のせいか、今年の夏は国内ですごそうとする人が多いらしく、展示場は人だかりでいっぱいだった。
 それに加えて、子供をターゲットにした昆虫の即売会も開かれており、カブト虫やクワガタに目を輝かせるガキどもで通路はごった返していた。こみパ会場ほどではないにせよ。
 目指す水着売場は先なので、急いでこの場を抜けようとしたが、どうしたわけか詠美の足取りが鈍かった。
「おい、どうしたんだよ、詠……」
 見れば詠美はガタガタと震えていた。顔色も青白い。そしてガチガチと歯を鳴らして何かをつぶやく。
「……な、なんで、なんで…アイツらがこんなとこにいるのよ……」
「詠美? …おい、どうしたんだよ詠美!?」
 だが詠美は俺の方を見ず、ひたすら『アイツらが、アイツらが』と繰り返すばかりだ。
 …待てよ、詠美が言う『アイツ』って…。まさか、このカブト虫たちのことを言ってるのか!?
 ったく、どこをどうしたら、ゴキブリとカブト虫を間違えるって言うんだよ?

 (注 ウソかホントか知りませんが、北海道から上京した学生がアパートにいた『アイツ』を珍しくて飼っていたという話があるそうです)

 とにかく俺は詠美を落ち着かそうと、かるく頬を叩いた。
「落ち着けって! よく見ろ、こいつらはカブト虫にクワガタだよ。ちゃんと角が生えてるだろ」
「う、ウソよ。あ、アイツらが変身してるのよ。そうよ、コスプレよ。『昆虫刑事』とか言って変装してるんだわ!!」
 …詠美のヤツ、またどこかで頭に良くない本を読んだな。あれほど程々にしとけって言ってるのに……。
「そんなわけないだろ。いいか、ここはデパートで、しかもスポーツ用品売場なんだ。どこをどう探したってアイツらなんかいやしないさ」
 と俺が説得するうちにようやく詠美の目に正気の光が戻ってきた。
 そして再び歩き始めたときである。
 
「な〜、姉ちゃん。カブト虫買ってくれよ〜〜」
 と姉らしき女の子の袖を引くガキがふと目に入った。半袖半ズボンによく日に焼けた手足。みそっ歯で物欲しそうに飼育ケースを見上げる顔は、ひと昔前ならどこにでもいただろう。今じゃあむしろ珍しく、だから気になったのかもしれない。
「ゴメンね良太、がまんして。あと8千円ためれば今年の夏こそ扇風機が買えるのよ」
 それを聞いたガキはピタリと駄々を止めた。どうやら聞き分けはいいらしい。……それにしても、今どき扇風機もないなんて…。
 よく見れば姉弟ともに、よく洗ってある…いや洗いすぎの服を着ている。しかも姉の方は後ろ髪を両サイドで輪ゴムで止めただけ。
 …いかん、いかん。他人様の『経済的事情』をどうこう言うなんて失礼だよな。
 そう思って足早にすれ違おうとしたとき、またしても詠美が発作を起こした。
「や、やっぱりアイツらよ。アイツらが地球を支配しようとしてるのよ!!」
 そう言って詠美は、さっきの2人の姉の方に指を突きつけた。
「あ、あんたアイツらの手先ね! アイツらに改造されて人間をテーサツしに来たんだわ」
 …か、改造って、ショッ○ーじゃあるまいし……。
 それにしたってなんでいきなりこの娘に…? と、よく見ればこの娘の前髪が額の所で二股に分かれて、ピンとおっ立っていた。見ようによっては触覚に見えなくもないが。まさか、これのせいで!?
 なんにせよ、これ以上詠美を放っておくと何を言い始めるか分かったもんじゃない。俺は突然のことに目を見開いてキョトンとしているその娘に謝ってその場を離れようと━━━
「よう、理緒ちゃん。おっ、良太も一緒か。相変わらず仲いいな」
「あっ、ふ、藤田くん。それに佐藤くんも。2人ともどうしてここへ?」
「うん、今日は部活が休みだったから浩之についてきてもらったんだ」
「こいつんち、一家そろってアウトドア派だからな。今展示会開いてるだろ、だからさ」
 やって来た高校生くらいの2人組は、どうやら理緒ちゃんとやらの知り合いらしい。
 藤田くんに佐藤くんか…。何かアヤシイ意味でのカップリングが出来そうなコンビだよな。って、いかん。俺もかなり同人に毒されてきたらしい。だいたい今はそんなこと考えてる場合じゃない。
 これ以上話がややこしくならない内に、謝っといた方がよさようだ。
「━━━その、さっきから連れが失礼なことばかり言ってすまなかった」
 と俺に口を押さえられてモガモガ言ってる詠美の頭を強引に下げさせる。
 すると藤田くんの方が、『失礼』という単語に反応したのか口を挟んできた。
 理緒ちゃんが、「よく分からないんだけど」、と言う。それはもっともなことで、だが俺としてもまさか、「その頭がゴキブリに似てるから」なんて言えっこない。どうしたわけか、この娘を傷つける言動は取ってはいけない気がした。それで俺は2人組のうちの藤田くんを手招きした。こいつの方が要領がよさそうな気がしたからだ。
 これまでのことをかいつまんで話すと「分かった。あとは俺が上手く言っとくから」と彼は言ってくれた。こいつを選んだのは正解だったようだ。
 ただこのままじゃ理緒ちゃんに悪い気がしたので、カブト虫を飼ってやることにした。扇風機を買うと嫌味だが、これくらいならまあいいだろう。
 良太だったか、理緒ちゃんの弟はカブト虫とクワガタの番(つがい)の入った飼育ケースを手にはしゃぎまくっていた。まあこいつにしてみれば棚ぼただからな。そのままでいてくれればいいものを、だがこいつは余計なことを言ってくれた。
「なあなあ姉ちゃん。早く帰ろうぜ。どっちが強いか決闘させるんだ。あ、そうだ。家にいるゴキブリも━━━」
「やっぱりアイツらなんだーーーーー!!!」
 これまでで最大のボリュームで詠美が叫んだ。
 その声に人が集まってくる。
 詠美をしがみつかせたまま、俺はデパートを一目散にあとにした。


 ……とんだ一日だった。
 公園のベンチで俺はどっと疲れが出て溜息を吐いた。
 あの後詠美は錯乱しまくりで、あろう事か俺にまで疑いをかけてきたのだ。
 詠美曰く、理緒ちゃんはアイツらの手先で彼女に噛まれた者はやはりアイツらの手先になり、俺が自分かわいさに詠美を売ろうとしたんだと。
 何とか詠美をなだめすかしたときにはとっぷりと日が暮れていた。
 結局水着は買えなかったし、どのみちしばらくはあのデパートに行けそうにないしな。
 あ〜あ、こりゃ今年の夏は海に行けないかもな。と溜息を吐くと。
「和樹、ゴメンね…」
 と詠美がしょぼんとした様子で言った。
「ま、いいさ。水着だったらよそでも買えるし」
「でもあたしのせいで……」
「いいって。ほらほら、お姫様にはそんな顔は似合わないぜ」
「…あたしお魚も好きだけど、和樹はもっと好き」
 …ホント、ういやつだよな、詠美って。

 どちらからともなく手を繋ぎ公園を後にする。行き先はもちろん俺の部屋だったりする。
「ねえ和樹━━━」
「ん?」
 と詠美の方を見たとき、額で何かがほどけた気がした。
 それは髪の毛だった。今朝ムースで無理矢理調えた寝癖が、ハラリとほどけぴんとおっ立った。そう、さっきの理緒ちゃんのように……。
「いやあ〜〜〜! やっぱりあたしをだましてたんだーーーー!!」

(おわり)

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