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Tactics ONE Short Story



上を向いて歩こう


前編

by 道化師






…私は、あきらめは悪い方です。
それは、誰に言った言葉だっただろうか。今日も雨が降る中、私はひとり待ち続けている。
ピンクの傘は気に入ってはいるけれど、いつだって傘の内側からは寂しい色にしか見えない。
…ずっと、待ち続けます。
今はもういない彼に向かって、決心したはずなのに、いつまでも待っているつもりだったのに…。
いつのまにか待っている理由すら忘れてしまって…。
誰のために待っているのかも…忘れてしまった…?
いつか、なにかがはじけてしまいそうな、そんな気がしてた。
雨は変わらず降り続ける。
ずっと、ずっと…。

「何を、しているの?」
顔を上げると知らない女の人が、私の方を向いて訊いていた。
どことなく、雰囲気が…、同じような人、と思った。
「…何の用ですか?」
私は逆に訊ねる。私には用はないから。
「あの、用ってわけじゃないんだけど」
「…私は、ないです」
「えっと…、あ…、でもずっと前からいたみたいだから…」
「なんでもないです」
早くいなくなって欲しかった。きっと今の私は誰にいってもわかってもらえないから、
そんな私は、みじめな気がしたから。
でも……。
「今日は天気、よくないね…」
それでもめげずに話しかけてくる。
「…そうですね」
「私は、晴れのほうが好きだな」
「私もです」
「きっと、夕焼けが綺麗だよ」
「…今日は見えないです」
「うん。でも…」
その人は微笑んだ。優しく、暖かい瞳で。
いつかの、私のように。
何かを失うまでの、私のように。

「いつかは、かならず晴れるんだよ」

「…っ!…、そう……ですね」
私はどうにか、そう言った。
似ている…、そう思ったから。
私に似ているんだ、この人は。
この人も何かを待っている。
「信じていれば、いつかは晴れると思うよ」
見えても見えなくてもね、とも言った。
意味はよく分からなかった。けど、なぜかそのときの言葉が私には、よく響いた。
そして、じゃあね、と言ってその人は去っていった。
私も、もう家に帰ろうと思った。
だって…、
今日はあの場所にいても、晴れないだろうから。自然とそんなことを考えていた。


私があの場所で待っていると、また、あの女の人が現れた。
その日も、雨が降っていた。
「こんにちは」
どこか遠慮がちに、その人はそう言った。
「…こんにちは」
「よかった。やっぱりいたんだね」
ほっとして、にっこりと微笑む。
「私は川名みさき。あなたは」
「…里村、茜です」
「覚えていてくれたんだね」
「はい」
「よろしくね、茜ちゃん」
「………はい」
「私のこともみさきちゃん、て呼んでいいよ」
「…みさきちゃん」
なんとなく、しっくりこなかったけど、でも気にしなかった。
「うん。みさきちゃんだよ」
「なんでここに来たんですか?」
「うぅん。別にここに来たかったからじゃないんだ」
大人びた色をした傘の間から、長い髪が揺れていた。
「私にとっては、どこまででも同じだから」
「…よくわからないです」
「うん。言ってる私も良くわからないよ」
「ね。もっと近づいてもいいかな?」
「どうぞ」
そう言うと、靴が汚れるのもかまわずこの場所に彼女は近づいてきた。
「茜ちゃんは学校帰り?」
すぐ近くでみさきさんの声が聞こえて、顔が目の前にある。
「はい」
私は行っている学校の名前を言う。
「そうなんだ。私もちょっと前までは同じとこの生徒だったんだよ」
「やめたんですか?」
「卒業したんだよ、ちょうど桜が咲いていた頃に」
「今は、大学生ですか?」
「うぅん。いまは…、まだ、待ってるんだ」
「待って……る…?」
何かがつながったような気がした。私と、みさきさんと。
私たちは誰かを待つために、今ここにいる。
「私は卒業しても、まだ卒業できていない人がいるから」
「その人を…ですか?」
「うん。待つつもり」
「私も…………待っているんです」
自然と口に出していた。
「大変だね。お互い」
そう言って苦笑する。
「待っていることがですか?」
…まっていることは、つらいですか?
私は、聞かなければならないその言葉を、訊いた。
「うん。こんなかわいい女の子達を残していったひどい人を待つなんて、ね」
いつから私は待っていたんだろう…?待っていることは大変だった…?
ほんとは…。
「私は…」
私は………。
ほんとの気持ちが、ことばになる。
「…待つことが、つらいなんてもう、思ってないんです」
いつからか…もう、つらいというよりは、ただ寂しかった。
来てくれないことはわかってはいた。でも、…でも、認めたくはなかった。
自分の気持だって、とうに分かっていた。
待つことが……、待つことでしかわたしにはできることがなかったから…。
もう私の気持ちはここにはない。この場所には。
「…だったら、今度は別の場所で会おうね」
みさきさんが穏やかに、泣いている子をあやすように言った。
「…私は待つことをやめても、いいんでしょうか…?」
私は泣き出したくなる気持ちを抑えて、聞いていた。
「それは、私には……、わからないよ。ごめんね」
すまなそうにみさきさんが言った。でも、私はそれでよかった。
「…いえ、すいません。訊くことじゃなかったんです」
わからないこと…。
そう。言葉にしなくたって、わからなくたって、いいんだ。
私は、なにか肩の荷を降ろしたような、心がふっと軽くなった。だから、私は訊ねていた。
「どこで会いますか?」
「うーん。私が決めてもいいかな…?」
「いいですよ」
「じゃあ、公園がいいな」
「はい」
「おいしいアイス屋があるんだよ」
「行きます」
私は笑っていた。ほんとに久しぶりに。
どこまでも晴れわたったような、すがすがしい気分だった。
みさきさんも笑っていた。にっこりと。

そして、ある晴れた日に、私たちは公園で話した。
今度は、みさきさんの番だったから。



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