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Tactics ONE Short Story



上を向いて歩こう


後編

by 道化師






「折原浩平君…、知ってるかな?」
私にとって、どこか見覚えのある公園で私はみさきさんと話していた。みさきさんの目が見えないことや、それでどうやって生活しているか、私は今どう生活しているか、今何を読んでいるか、どこで服を買っているか、そんな色んなことをお互いに話した。そして、唐突にみさきさんはそのことを私に聞いた。
「いえ、知らないです」
それはどうしようもなく、残酷な答えだったかもしれない。

良く晴れた、梅雨の終わりを感じさせる休日。
「そっか……。そうだよね」
みさきさんは、分かっていたかのように、寂しげにうつむいた。
「その人を、待っているんですか?」
「うん。いつ来るかは分からないけど」
それでも待つよ、とみさきさんは笑った。はかなげな瞳を精一杯隠して。
だから、私はみさきさんに話した。
…全てを。
だれかが、消えてしまった人が、いたことを。
私が待っていた、あの人を。
信じてもらいたいわけじゃなくて、ただ、私もその人のことを忘れていたのが悲しかったから。…折原浩平という人を私も知っているはずだったのに。
今では、どこか聞き覚えのある、かなしい名前。
「…アイスクリーム、食べよっか…?」
みさきさんがようやく言った言葉はそれだった。
「え…?あ、はい」
「私が買ってくるから、茜ちゃんはここで待っててね」
そう言ってみさきさんは歩いていった。目の見えないみさきさんが私は少し心配だったけれど。うしろ姿しか分からないが、アイスクリームをふたつ買って、そして、ゆっくりとこっちに近づいてくる。
私はおとなしく、待っていた。
そして、見ていた。
どこか足取りが不安なみさきさんが、此処に戻ってくるのを。
……泣きながら歩いてくる彼女を。
「…うぐっ…えぐっ………」
「みさきさん…」
私は急いで駆け寄った。今にも崩れ落ちてしまいそうなみさきさんを支えるために。
「…ごめん…、ね…」
みさきさんは少し笑って、そう言った。
「つらい…、んだよ。浩平君」
私にアイスクリームを渡して、みさきさんはベンチに座り、ただ泣いていた。
ひとり泣く彼女を、私はどうすることもできず、ただ一緒にいることしか出来なかった。

ようやく、落ち着いた頃には、みさきさんはすっかり目のあたりが真っ赤になってしまっていた。
「ごめんね、茜ちゃん」
「いいんですよ。私だって…、ありましたから」
冷たい雨のように、流れる涙は誰にも止められないのだから。
「まだ…、あのときのことがつらいんだ」
その時のことをおもいだすように、みさきさんはつぶやいた。
そして、ゆっくりと話し始めた。
この場所での、終わりと始まり。
この場所まで来て、そしてみさきさんが今日のようにアイスクリームを買っている間に、彼は消えてしまった………。

「まだ、ほんの数ヶ月前なんだけどね」
そう言ってみさきさんはやっと少し、笑った。
「つらくても、かなしくても、いつかは…ってね」
一言一言が、みさきさんの言葉が風のようにあたりを包む。
「だから、私は待つんだよ」
はっきりと、そう言った。
「みさきちゃんは、強いです」
私は正直に思ったことを告げた。
「そんなことないよ」
「でも………」
私は、聞いておきたかった。
「いつまで、待つんですか……?」
それを聞いて、軽く笑ったみさきさん。みさきさんは言う。
「そうだね。浩平君のことが嫌いになったら……かな?」
「…わかりました……。それなら…、必ず戻ってきますよ」
「だといいんだけどね」
「はい」
私はしっかりと、頷いた。
「ありがとう、茜ちゃん。私……待つよ」
「ずっと、信じるよ、浩平君のこと」
みさきさんは言った。光の失われた瞳からでも、その強い意志はわかる。
いずれ、必ずみさきさんは輝く時を取り戻す。
きっと。
それは……、
私には、できなかったこと。
きっとみさきさんなら、できる。
私には、足りなかったこと。
今なら、それが分かると思う。
だから、私は、歩き出す。これから。


「あの、ところで……」
みさきさんがもどかしそうに聞いた。
「…はい」
「アイスは……?」
「………ごめんなさい」
「も、もしかして食べちゃった…?」
「……ごめんなさい」
「ふえ〜ん」
「今度は、私がおごりますから」
「ぐすっ……、なにを?」
「おいしいワッフル知ってます」
「ほんとっ?」
「はい、行きましょう」
私はみさきさんの手を取った。
「うんっ」
雲一つなく、綺麗に晴れた青空の下。本当に、私たちは歩き出した。


FIN



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