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Doukeshi Original Novel


飛べない鳥たち


第1話

by 道化師





軽々と疾走していくマウンテンバイク、それは緩やかな下り坂をかなり速いスピードで下っていく。少し気分が高揚するのが分かる。まだまだ春の始まりとは言え、朝のひやりとした空気は寒いとも思えるが、学校に着けば、少しは暖かいと感じられるかな、と考え速度を緩めようとはしない。



霞ヶ丘高校、東門の入り口から軽くカーブして入り、自転車置き場まで一息でたどり着く。所定の位置に置くと、まだ他に登校している奴は少ない。当然だ、何故ならまだ朝の七時前。部活の朝練を始める連中ならまだしも、普通の高校生、特に入学したばかりの新入生が早朝に学校に来る理由はない。真新しいバッグを肩にかけ、彼、兵藤慎一は校内に入っていく。特に目的があったわけでなく、彼なりには、この高校を誰もいないうちに探検しよう、と思っただけだ。



「開いてない………。これじゃ校内に入れないじゃないか」
残念なことに昇降口からすぐの入り口はしっかりと錠が下ろされており、ガラスをぶち破りもしない限りは入れそうも無い。

「しょうがないなあ。………とりあえずぐるっと回ってみるか」

そこまで呟いた後、ちょっと独り言が多いかな、と思い直し、もごもごと口の中で残り言おうとした言葉を飲み込んだ。



何故か長く張り巡らされた池のある中庭をのんびりと歩く。中学とは明らかに違う、大人びた雰囲気を感じさせる、どこか格調が高い中庭のデザイン。その中にあった木製のベンチに座り、辺りを眺める。昼時などはここらも昼食を食べる連中で賑わうのかもしれない。

背凭れに体重を預け、空に目を移す。

雲ひとつ無い青空、しかし、今の瞬間に間違いなく彼の目は捉えていた。―――屋上に誰かの姿があったのを。

「なんだ、入れるんじゃないか。よし、ちょうどいいや。挨拶してこよう」
類は友を呼ぶ、この早朝に学校内に入り込み、飄々と屋上に向かう人間なんて、この高校には三人といないだろう。だから、その貴重で奇妙な二人が出会う確率なんて、考えるまでも無い。



重苦しい空気を取り払うように開かれる金属質な色の扉、それをぐっと押すと、寒い風がひゅうひゅうと吹き抜く屋上に、フェンスに凭れ掛かるように絹崎亜矢がいた。さらりと舞うように風に揺られる綺麗な髪、風は下にいるときよりも幾分か強いようだ。

(そんなことより………、これは、困ったな………)

誰にでもなく自分に、慎一は呟く。無理もないことだった。

困ったことに、彼女は屋上からの景色に見とれているのか、こちらに気づいていない。

分かっているくせに、彼女は高校の屋上と言う危険区域バリバリのフィールドで、煙草を吸っている。

気づいて欲しいのだが、彼女は風の強いこの場所でフェンスに凭れているから、短めのスカートからパンツが丸見えだ。

………………。

(あ〜〜〜〜〜〜っと…………)
静かに扉を閉じて、歩き出しながら声を発する。
「あのさ……」

「えっ?」

亜矢が振り向いて、ちょっと驚いた顔をする。右手に持っていた煙草は相変わらず薄い煙を出している。

「寒いだろ? ここ」
近くまで歩き、彼女の眼を見て聞く。完全に身体が慎一の方を向いているので、もうスカートの中が見えることはない。
(別にそれはいいんだけどね……)
一人言い訳を胸の中でしてから、慎一はそのまま言葉を続ける。

「たばこ、吸うのはいいんだけど、先生が来る前に止めた方がいいよ」
「……………」
「まあ、まだ時間はあるから、好きなだけ吸えばいいさ」
「……………」

亜矢は何も言わない。さっきから驚いた顔を少し崩して、煙草を一度吸っては吐いている。
その目はまるで、あんた誰? と聞いているように不信感がある。

「………あんた、誰?」
いや、実際言ってもいたのだが。

「…………はっ?」

つい慎一は聞き返していた。ようやく口を開いたかと思えば、何を今さらという感じだったからだ。

「いや、だから。…………なんで、ここにいんの?」
ちょっと独特のイントネーションで、ぶっきらぼうに言う。髪も染めていないで、すらっとした長い黒髪の、喋らなければいかにも大人しそうなレベルの違いすら感じるお嬢様、にそんなこと言われたのは慎一にとっては初めてだった。

「僕は暇だったから来ただけだよ。そっちこそ、何でこんな所で煙草なんか吸ってるんだい?」

「私? 私は、高い所が好きなもんでね。かははっ。ほら、バカと煙は高い所が好きって言うじゃん!」

(う〜ん、一瞬でも儚げなご令嬢を期待してたんだけどな……)

そして、そろそろ付いていけないな、と慎一は思い始めていた。だってそうだろう? 何でこんなシチュエーションで、出会ったことも無い綺麗過ぎる美人に、目の前で堂々と煙草は吸われるわ男っぽい口調で話されるわ、あまつさえ爽やかににかっと笑いかけられて思いっきり砕けた会話をつづけられるだろうか。

「あー、そう。んじゃあ、そろそろ僕は教室にでも行くんで、それじゃ」
「まだ誰も来てねえんじゃねえの?」
「いいよ、別に」

此処にいても頭痛が増していくだけだろう。
「あそう。じゃあな」
(じゃあなって………。中学のときの悪友みたいだよ)
何度吐いたか分からないため息と共に、慎一は扉の方に戻っていく。

「あーっと、ちょい待ち」

亜矢が掌をかざして呼び止める。言葉とは裏腹にその仕草は上品で、細長くて綺麗な指だった。

「……何?」

もう一度亜矢がにかっと笑い、そして言う。

「私、絹崎亜矢。あんたは?」

どうやら名前を聞いているようだ。何の脚色も、飾り気もなく、ただ純粋に。
それがおかしくて、ちょっと気分が良くなった。

「兵藤慎一。絹崎さんね……、憶えておくよ」
「亜矢でいーよ。これからもよろしくな!」
三本の指をちゃっと伸ばして、言う。

「えっっと……? よろしく、……って?」
「同じクラスだろ? たしか。どうせまた後で会うさ」
「知らなかったよ………。ふぅ、先が思いやられるな、亜矢」

昨日が入学式だったとは言え、確かにクラスメイトぐらい覚えているべきだろう、と少し反省して、両手を腰に当てて慎一はやれやれ、と言った仕草をする。

「かははっ!」

それを見て亜矢が笑う。さっぱりと笑い飛ばす。さっきまでの気分を吹き飛ばすように。

……だからだろうか、こんな奴も悪くないな、と慎一は思い始めていた。





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