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Doukeshi Original Novel


飛べない鳥たち


第2話

by 道化師






「兵藤君、宿題やってきた? 悪いんだけど、見せてくれないかな?」
「うん、いいよ。…と言っても僕のだって合ってるかは分からないよ?」
「ああ、いいよいいよ。ありがとう」

そう言って、クラスメートの男子の一人が彼の机から離れていく。見ると、そいつの元には同じように何人かが群がって、睨むようにノートを見ている。

(ふう、県下一の進学校って聞いていたんだけどな……)

先ほどまで読んでいた本にまた目を通す。

「大変だねえ。あいつら自分の力でやればいいものを」
「はは、その方が確かに身にもなるしね」

顔を上げて、隣にいる雪春に返事をする。入学式から連続で遅刻をし続けている雪春は、否応なしに印象に残る。その度の言い訳は聞いていて面白かったりする。

「雪春はやったのかい?」
「俺? まっさかあ!? やるわけねーじゃん、忙しいの、俺は」
慎一が問いかけるとさも当然のように雪春は返す。宿題をやらないのが当然では、まずい気もするが。

「ふうん…」
本にまた目を通す。雪春はこういうときさっぱりしていていい。見ると、次の授業の用意をしてから、教科書を枕に寝入り始めていた。

「ありがとう、兵藤君。今度はちゃんとやってくるよ」
さっき借りていった奴がノートを返しに来た。流石に移すのはそう時間も要らないようだ。
「どういたしまして」

おそらくやってこないだろうな、と思って受け取る。

このクラスの奴らは特待生でもあり、極端な成績を持ったものが多い。言ってみれば某私立大などで行っている一芸入試のように、個性を重視した結果のクラスといえる。例えば、何故かスポーツ推薦の生徒もいるため、授業には参加していても成績が芳しくないものも多い。それでも彼らの個性ゆえか、勉強を全く疎かにしているものは少ないようだ。

(悪い奴らじゃないんだよな。なら、結構いい環境だよ)

個性の無い奴が多いよりも、頭が悪くても『何か』を分かっている人のほうが大事だからだ。

ぶつぶつ考えていると、次の授業の先生が入ってくる。雪春はまだ寝ていて、起こしても無駄なことはよくわかっている。

慎一は授業の方に集中することにした。





―――昼休み。絹崎亜矢が立ち上がると、近くの女子が可愛らしいお弁当箱を持ちながら猫のように呼びかける。

「ねえねえ、絹崎さん。一緒にお昼食べない?」

女子Aが呼びかけてから数秒ほど、亜矢は興味なさそうに答える。
「私? んー、わりいけど、購買行くんで。ほんじゃ」

ちょっと呆気に取られている女子をすり抜けて、教室を亜矢が出て行く。誘った女の子にしても、『いいですよ、ご一緒しましょう』ぐらいの返答を期待していたのに、今のような発言と、片手をひらひらと上下させるジェスチャーは彼女の外見からすれば信じられないことだったのだろう。

何故なら、絹崎亜矢という人間の外見だけを噂で広めると、『勉強もスポーツも出来て、礼儀も携えた学内一の飛び切りの美人』という根も葉も花も無いいかにも『清楚で可憐なお嬢様』な噂が出来上がるだろう。しかし、そんな予想を今の発言で砕かれた。

「え……?」

その女子があまりに亜矢に似合わない言葉に声を出したのは、亜矢が完全に出て行ってしまってからだった。





そのころ、亜矢はといえば既に階段をとんとんとリズミカルに降りて、購買のパンの奪い合いに向かって行った。勿論楽勝であった。時にはその容姿を利用して道を開け、時には邪魔な標的をさり気なく蹴りどかしたり、自分の望みどおりの昼食を得られた。

教室に戻ろうとして、階段を登っていると、ふと思い立ち、そのまま教室のある階を抜かして階段を登っていった。

そして屋上。普通なら開けることの出来ない扉をヘアピン二本を駆使してさっと外す。その間三十秒。彼女にとってはこれぐらいの技術は当然の嗜みと言える。

〈何の自慢にもならねえけど……な〉

と、呟いてから滑り込むように青空が広がる屋上に躍り出る。戦利品と買ったジュースを手に持って、日陰の丁度いい位置に座り込む。たまにはこんな昼食も悪く無いだろう、と思ったかどうか。

特製焼きそばパン、チョコチップメロンパン、ダブルチョココルネ、フレンチトースト、そして定番のあんぱん、あとはペットボトルのレモンティー。がさがさとメロンパンの包装紙を破り、豪快にかぶりつく。

「うん、最っっっ高!! やっぱうめ〜」

はぐはぐと食いつき、胃に収めていく。ふわりと甘い、独特の香りが漂う。

「そんなに美味しい?」

突然、亜矢の頭上から声がする。小さくなったメロンパンから空に向かって視線を移すと、給水塔からは兵藤慎一が顔を出していた。

「ああ、もっちろん! 私こういうのに飢えてんだよ」
子供のように、文句の無い笑顔で慎一に向かってぐっと親指を立てる。

「ちょっとは驚いて欲しかったんだけど、………よっと!」

残念そうに慎一は言うと、さっと飛び降りて、亜矢の横に立つ。よく見ると、弁当箱を抱えている。もう食事は終わっているようで、そのまま亜矢の前に腰掛けた。

「珍しいね、ちゃんと鍵はかけておいたはずなのに。こんな所で昼飯なんてさ」
「………、そりゃ、おまえ。鍵抜けが出来るのは造作もねえってことだよ」
もぐもぐ、ごくん、と飲み込んでからにやりと笑って亜矢が言う。

「まあ……、そうだね。そっちは購買? 見たところ結構な量だなあ」
(ていうか、食いすぎのような……)

「おう、私けっこー大食いだからな。言っとくけど、やらねえぞ」

「……………いらないよ。はぁ………、ゆっくり食べな」

すっと立ち上がり、そのままさっきの給水塔の上に手をかけて登り上がる。
眩しい太陽の下、涼しげな風を浴びるには最高の場所だ。慎一は頭の後ろに手を回して空を眺めた。亜矢は食事を再開し、楽しそうに食べている。

同じように、眺めるは、一面の空。



慎一は柔らかな陽射しを感じていた。

きっと、今自分の心の中には、鳥がいるんだろう。ひとひらずつ羽根を数えるように過去を思い出し、あの日見た光景をまざまざと瞼の裏に描く。

人である身の自分が言う。馬鹿な妄想はよせ、所詮お前は人間だ、と。

ふわりと落ち着いていく思考、それはまるで羽根が落ちるように。
いつまでも青い空に、もう一度思いを告げる。

「………ねえ……聞こえる?………」

慎一がポツリと空に向かって言う。実際には此処にいるのは豪快に食べている亜矢しかいないので、彼女が聞き手だ。

「ああ、聞いてるよ」
「どうでもいいことなんだけど………さ」

雲が流れていく、空はまだまだ青く、手を伸ばせばきっと届く。

「……空を飛びたい……ってのも有りかなって………思うんだ」
「ふうん………」

自分は何を言ってるんだろう? 慎一は自問自答する一方で、何故かすっきりした気分だった。誰にだって夢がある。それを、ようやく誰かに言えた気がしたから。

……亜矢なら、言っても………
(どうにかなるなんて、わけじゃなんだ……けど……)

まだ瞳は空に染まっている。ぱっちり開かれた黒い眼が、今は空色。

「そんなのも、悪くねえな。……誰だって思うさ」
「うん、そうだね」

小さい頃、褒められたときに頭をくしゃってなでられた時の様に、包み込まれた気持ちだった。



(空を飛びたいっていうより…きっと)
眼を閉じる。ふわっと、空に意識が浮かび上がった気がした。

そのまま、眠ってしまいそうになる。…………だが、

「あーーーーっ、食った食った! 気持ちいいぐらい食っちまったぜ」
その空気は、亜矢の言葉で打ち消される。墜落していく一羽の小鳥が思い浮かぶ。

その後、カシッ、カシッ、という音が聞こえてから、
「………す〜〜っ、………はぁーーっ」
亜矢はポケットから取り出した軽めの煙草を吸いだした。今度はその小鳥は捕らえられて火あぶりにされている。

亜矢は肺一杯に吸い込んで、その何とも言えない苦味を喉の奥で味わっていた。

「ふうっ、……慎一、おまえ中々良いこと言うな」

慎一は気分が吹っ飛んだ状態だったが、さっきの話の続きだと分かった。

「そこまで言われると、寧ろ恥ずかしくて照れるんだけど。……でも、うん。…ありがとう」
慎一の鼻にも煙草の香りが少し漂う。吸ったことはなかったが、悪くない香りだった。

「空を飛びたいってか……、くくっ、正直な奴だ」
「飛びたいって言うか………」
「私もあるぜ、そういうの」
「えっ、……それは、何かの夢…とか?」

亜矢は煙草を軽く吸って、薄い煙を空に向かって深く吐く。

「かははっ! そいつは、言えねえよ。………まだ、な」
「なっ、何だよ、気になるじゃないか」

「ま、気にすんな! さあ、行こうぜ、授業始まっちまう」

ぎりっと煙草を握りつぶして携帯吸殻入れに入れる。そしてそのまま走り出していった。

「しょうがない、保留だ。僕も急ぐか!」

彼は、彼女の後を追う。





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