『桜並木』

 

 

気がついたら、僕は桜並木の道を走っていた。もう4月なのに、肌寒い空気が、火照っている僕の頬にあたって気持ちがいい。

後ろを見ると、いつも一緒に遊んでいる悪友達が駆けてきてくる。僕は立ち止まり、息を整える。なぜ走っていたのか分からない。ただ何となく走ってみたかっただけだ。まだ、鼓動が早い心臓を落ち着かせながら、

「もう大丈夫だろう。」

と、つぶやき、煙草を吸いながら悪友達を待つ事にした。

「あいつら、相変わらず走るの遅いなぁ。」

とぼやきながら、ぼおっとしてみる。

 

ふと、周りを見てみると、辺り一面が鮮やかな桜色に包まれていた。まさに桜吹雪と形容できる場面だ。道の両側には、満開の桜の木が並んでいる。どこまでも、どこまでも…。この平凡な並木道を鮮やかに、そして華やかに彩るかのように桜の木が並んでいる。ついこの前までは、寒風吹きすさぶ中で、みすぼらしく枝を支えているのを見て、

「このまま、朽ち果てて死んでいくんだろうな。」

と、思ったりもした。そういえば、毎年同じ事を思う。結局、何も心配要らないのに、同じ事を思い、心配して、それが咲くのを見て、安心する。毎年のようにそれを繰り返し、思う。

空を仰ぐと、桜の花の向こうに真っ青な空が広がっている。そして、夜になると真っ暗になる。僕は子供の頃、その漆黒の世界が嫌いだった。暗いのが怖いわけではなかった。ただ漆黒の闇が自分を孤独にさせ、その孤独感が僕を怖がらせたのだろう。しかし、その度に母が、

「大丈夫だよ。何も怖くないよ。」

と、優しい声でつぶやいてくれた。暖かい布団の中で母の暖かい言葉を聞いて眠りにつくのが、昔の習慣だった。

今は、この明るい空があまり好きではない。嘘で塗り固められたこの僕もあの空の下では、本当の自分をさらけ出してしまうかのようで。皆、そういう感情を胸に抱きながら、成長して大人になって行くのだろう。

 

ふと、考えるのをやめ、前を向きなおすと、並木道の向こう側から、疲れ果てた感じの男達がフラフラになりながらも走ってきた。さっき、置いてきたいつもの悪友達である。僕は煙草をもみ消し、そいつらに笑いかけた。

「おせーぞ、おまえら。」

僕はそう毒づくと、一人が

「うるさいよ、おまえは。急に走り出しやがって。走らされる身にもなってみろ、この体力バカが。」

と、悪びれる様子もなく、そう言い返してきた。皆、さすがに走りつかれたのだろう、肩で息をしている。

ほんのつかの間の孤独がひどく長く感じたために、こうして皆と話していると、気がまぎれてくる。

「おい、とっとと行こうぜ。」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。こっちはまだ疲れてんだぜ?」

仲間達の声も聞かず、僕はまた前に進んだ。皆の息が整うのを待ちきれなかったのだ。

 

風はもう冷たく感じる事もなくなってきた。もう十分に春の予感をさせる暖かい風が僕らを祝福してくれた。どこまでも、果てしなく続くような長い並木道。この並木道を抜け出たら、僕らはまた一歩大人になれるような気がした。

いつのまにか、僕はまた走り出していた。この春の予感が僕をそうさせた。並木道の出口が見えてきた。

 

出口は光に包まれていた。そうして、僕らはまた一歩成長した。新しい人生の幕開けに。