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Original Novel 五穀豊穣 Presents



王命の剣


3.夜のとばりの下で





 ホイニールと呼ばれる大陸の、西に突き出た巨大な半島には幾つかの国々があり、ダガール砂漠はその中央に位置していた。
 その広大な砂漠は、砂丘帯、砂岩帯、、渓谷、ステップ帯と別れ、中央に進むほど砂丘が多くなり、南北に向かえば砂岩帯にあたり、東西に近くなればなるほど気候もステップのそれに近くなっていく。
 そしてダガールの中央部近く、かつての要塞跡が点在する砂漠の一画に、夜のとばりの下で動く人影があった。


 サーラは『螢石』を回した。
 正確には石ではない。それは拳大の水晶をくりぬいて球状にした空洞の中に液体が半分ほど入っており、どういう原理でかは知らないが回転することによって輝くのである。それゆえ一般には『ランプ』とも呼ばれている。
 初めはチャプチャプと音をたてていたそれは回転が速まると共に無音になり、輝きもそれと共に増していく。やがて満足する光度になったのだろう、サーラは回転を止め、紐の根本を持って歩きだした。

 サーラは砦跡の外周部と内周部の境目を時折足を止めながら歩く。
 砦の規模はダガール砂漠に点在する大半のそれと変わらず、全き姿であったとすれば、サーラの足で一辺5,60歩ほどであったろうか。
 かつては陽射しから兵を守った、天井を支えていた柱もほとんどが崩れ折れ、所々に割れた壁があるばかりで、闇の中でその姿は、伝説のドラゴンがうずくまったようにも見えた。
 サーラはその柱のひとつに『ランプ』を近づけた。
 年月に風化しているが、それは今の砂漠によくある日干し煉瓦ではなく、きちんと焼いてある煉瓦であった。でなくては、いかに雨の少ない砂漠とは言え、数百年も前の建造物が姿をとどめていられるはずもない。
 かつて利用した水利がどこかでいきているのだろうか、砦の内部には灌木が外よりは多く群生していた。
 サーラは手頃な枝を採取し、ついでに手持ちの糸でネズミや蛇を狙った手頃な罠を仕掛け、また歩き出す。そうして歩くうちに、素焼きの壺が落ちており、幸い割れている様子もなかったので、その中に枝を入れ再び歩き出した。

 歩く間に砦跡を観察しながも、サーラは周囲への警戒を怠らない。追っ手のこともあるが、何よりこれまでの人生で培った、半ば本能的な用心深さがそうさせるのだった。危険は何も追っ手だけに限った事ではないからだ。
 その追っ手の事に関しては、今のところサーラはさほどに心配してはいない。おそらく生き残りはいないだろうし、いたとしても後をつけたりはしないだろう。自分がその立場であれば、中途半端に後をつけたりせず、事態の急変だけでも『組織』に知らせ指示を仰ぐであろうから。
 だがいずれにせよ、『組織』の方は遅かれ早かれ次の手を打ってくるのは間違いなく、今は時間が稼げただけでも良しとするべきであろう。何よりサーラ自身が今後の身の振り方を考えなくてはならないのだった。事態の急変───その大元である銀髪の男は、今彼女のかたわらにいるのだから。
 そんな事を考えているうちに、足元でチリンと軽く音がした。出かけにサーラが周囲に張った、不意の侵入を知らせるための物で、うっかり自分で踏んでしまったらしい。いつの間にか砦を一周していたようであった。


 パチパチとかまどの中で枝が爆ぜる。
 その上に置いた壺の中の水が湯に変わるまで、とりわけすることがなく、サーラはようやく靴を脱ぎ、疲れ切った足首を回した。
 本当は眠っている男の身の回りを調べたいのだが、下手に手を出すことはためらわれ、仕方がなく、男が唯一持っていた袋を調べるにとどめたのだった。
 中にはごくわずかな物しかなかった。食料でもあればと期待したのだが、あったのは、紺色のゆったりとした袖を持つ簡素な造りの長衣と、それに付随した腰帯がひと揃えあり、あとは真っ白な長い布と紐で出来たわけの分からない衣類らしき物と、そして木とは異なる、初めて見る材質の、平べったい小さな板には中央に穴が二つ穿たれており、そこにT字型にはめるとよさそうな細い棒がひとつあるおかしな物だけだった。
 サーラは軽い失望と共に首を捻るしかなかったが、ひとつ収穫もあった。
 紺色の長衣の内側に、銀糸で『アスラン』と刺繍があったことだ。しかも『魔法文字(ルーン)』で。
 一般に『ルーン』の識字率は著しく低く、それを名に持つだけでもこの男がただ者でないことが知れる。
 『アスラン』という名を胸に刻み込んで、サーラは出した荷を元に戻し、元いた場所に戻って眠っている男を眺めやる。
 外套に身をくるんだまま安らかな寝息をたてており、ボサボサの銀髪と灰色のヒゲにおおわれた寝顔は平和そのものと言った感じである。
(なんであたしはこいつを連れてきたんだろう…?)
 炎に顔の半分を照らされ、ぼおっと男を見ながらサーラは自問する。
 ここまで連れてくるのに苦労はしたし、男を担ぐときにどれだけ緊張したことか。もし男の気絶が擬態だったら、あるいは途中で目を覚まして襲ってくるのではないかと言う疑いを払拭するのにどれほど精神力を費やしただろう。
 …けれど、いざ男を背負ってみると、どういうわけかそれがピタリと止んだ。掴んだ腕越しに伝わる相手の体温は不快ではなかったし、出来るだけ起こさないようにとも思ったものだ。

(…あたし、誰かに何かしてやりたかったのかな?)
 子供のように膝を抱えて、サーラは炎をじっと見つめた。そこに誰かの顔を見出すように。
 いつまでそうしていただろう、かまどの中で火が消えかかっているのに気が付き、サーラは慌てて枯れ草と枝を放り込む。
 再び炎が勢いを増すのを確認して、サーラは深くため息をついた。そして何気なしに空を見上げた。
「あ……」
 短い感嘆。けれどその光景を表すのにサーラは他に言葉を知らなかった。

 一面の、ごくわずかに藍色がかった漆黒にちりばめられた落ちてきそうな銀の粒。
 見上げた目に映る壮大な光景は、吸い込まれそうであり、そのくせ届かない果てしなさを感じさせる。遠いのか、近いのか、人間にはとうてい測りきれない太古から続く営み。
 ───銀河。


『───砂漠(ここ)はなんにもない所だけどよ、たったひとつだけ素晴らしいものがあるんだぜ』
 不意に思い出が胸中をよぎる。今はもういない男が言った言葉だ。

 それはずいぶんと昔。何歳の頃だったかまではサーラは思い出せないが、初めて砂漠にやって来た日のことだったのは確かで。
 歩き疲れてロニーの背で眠っているところを、優しく、けれども何度も揺さぶる手に起こされたのだった。
『……んっ? なぁに?』
『わりぃな、寝てるところ。───飲むか?』
 寝ぼけまなこのサーラだったが、手渡された革袋から水を飲んでるうちに目が覚めてきて……そして何気なしに上を見上げたときだった。
『………うわぁ』
『どうだ、すごいだろう。…砂漠には慈悲がないって言うがな、この星空があるだけでももっと感謝するべきだと思うぜ、俺たちはな』
『……………』
 見上げた星空はあまりに大きく、深く、その全てを目の中に入れようとして、だが出来るはずもなく、視界が揺れる───。
『ん? どうした、サーラ? あまりに凄すぎて声も出ないか?』
『………ねぇ、ロニー』
『どうした?』
『……いるよね。あたしの側にいるよね。あたし、ちゃんとロニーといるよね?』
『…ああ。もちろんだ。ちゃんと側にいるぞ』
 あまりの心細さに背にしがみつくと、ロニーは後ろ手でサーラを軽くたたき、それでようやくサーラは安心して星空を見上げることが出来たの憶えている…。

 いったん精神が過去へと向かうとそれは止まらず、サーラはロニーがしてくれた昔話を思い出す。
『知ってるか? サ−ラ。砂漠にはな、凄いお宝があるって話』
『宝物? もしかしておっきな宝石?』
 ロニーの膝の上でサーラは見上げるようにして目を輝かせる。
 わずかに苦笑してロニーは答えた。
『ハズレ。…昼間な、砦跡で休んだろ。あれはそれを巡ってドンパチやらかした連中が造った物なのさ』
『ドンパチって戦争のこと?』
『ああ。色んな国から色んな奴らが集まってな。何十年も争ったって話だ』
『え〜〜〜っ!? ウソだよ、それぇ。そんなに長いこと戦争してたら人がいなくなっちゃうよ』
 疑わしげに眉をしかめるサーラの頭にロニーは手を置き、言う。
『まあ実際は、ずっとドンパチしてたわけじゃなかったらしいがな』
 戦っては講和条約を結び、あるいは他の勢力と手を組み、やがては裏切り…とその繰り返しであったらしいが、それを語って聞かせるにはまだサーラは幼かった。
『ふーーん。……じゃあさ、けっきょくその宝物って何だったの?』
『それはな───……』

 …チリン。
 かすかな鈴の音にサーラは回想から現実に引き戻された。
 音の源を探ろうとしてその顔が強張る。
「あ……」
 そう言ったきり声が出ない。大きく目を見開いたサーラの視線の先でむっくりと半身を起こそうとする人影がある。銀髪の男に仕掛けておいた鈴が鳴ったのだ。
 いつでも立ち上がれるような体勢で男の動向に気を配りながら、それとは裏腹に銀髪の男は半身を起こしたまま、緩慢な動作で辺りを見回す。どうやら寝ぼけているらしかった。
 だがその視線が不意に明瞭になり、サーラの顔の上で止まった。刹那の瞬間、炎に照らされた四つの瞳が交叉し、思わずサーラは身を固くするが、次に男がとった行動は完全に彼女の予想を裏切った。
 銀髪の男はサーラを見て幸せそうに微笑むと、支えの切れた人形のように後ろに倒れ込み、再び寝息を立て始めたのである。
「……ふぅ」
 ゆっくりと、大きくサーラは息をつき、額の汗を拭った。
 ほんのわずかな時間だったはずなのに、随分と長く感じられ、肩が痛くなるほどに身体が強張っていた。
 ゆっくりとサーラは立ち上がり、ため息をつきながら何度も肩や首を回す。半ば恨めしげに男を見やると、口を開けてのんきそうに眠っていた。その顔を見ているとわけもなく腹が立ってくる。
「……何なのさ、いったい?」
 呆気にとられたふうにサーラはつぶやく。倒れ込む際、男は何か言ったようだったが緊張していたせいかよく聞き取れなかった。いったい何を言おうとしたのだろう。
 気になりはしたが、諦めたように肩をすくめると、サーラはもう一度空を仰いだ。
 いつの間にか星の分布が変わっており、回想にふけっていた時間はサーラが思っていたよりも長かったらしい。
「…早いとこ寝たほうがよさそうだね」
 長かった一日は終わろうとしている。どうせあの様子だとしばらくは目を覚ましたりはしないだろう。そう決心すると、サーラは『炎玉』を取り出し、レベル2の『呪文(コード)』を唱えて火の消えたかまどに転がした。こうしておけば、壺の中の湯も冷めず、自分たちも充分暖を取れるだろう。

 再び外套を羽織り、サーラは横になる。
 しびれるようなだるさがゆっくりと身体をおおっていき、それが眠気に変わっていく。
 長かった、本当に長かった一日。
 まどろみながらサーラは思う。
 あの銀髪の男は何者なのだろう、と。
 追っ手を退けたこともさることながら、それよりも気になったのは、つい先程のことで。
 あんなふうに微笑まれる覚えなど全くなかった。迷子の子供が母親を見つけたように、安堵していたあの笑顔。本当に覚えなどないのに。
 どういうわけだろう、それがこんなにも気になるのは。
 気になりはするけれど、とにかく明日になってからだ、全ては。
 そしてサーラはまどろみに身を任せ、眠りに落ちていった…。



 そして翌朝。
 傍らに人の気配を感じ、サーラは目を覚ました。そして。
「…う、うわぁあああああっっっ!!」
 慌てて飛び起き、後ろ手をつきながらあとじさる。ヒゲづらの男の顔が近くにあったからである。
「どうしたでござるか?」
「……いっ、いったいいつの間に!?」
 ハァハァと息を整えながら、サーラは銀髪の男をジロリと睨み付ける。
 睨み付けられた方と言えば、キョトンと不思議そうに首を傾げつつも顔に笑顔を絶やさない。
「ははぁ、どうやら拙者が驚かせたようでござるな。なに拙者はあやしい者ではござらんよ」
「…………」
 全く説得力のないことを自信満々で語る男に、サーラは胡散臭そうに視線を投げつけた。
   それを全く意に介したふうもなく男は言う。
「ところでひとつ訊きたいのだが、ここはどこでござるか?」
「…砂漠だよ。見て分かんないかい?」
 不機嫌さを隠さずサーラは答えた。
「ははぁ。これが砂漠でござるか……」
 のんびりとした口調で言いながら、男はめずらしげに辺りを見渡した。
(……なんだ、こいつ。どっか変なんじゃないの?)
 その態度がおとぼけを装っているのか、あるいは本当にそうなのか、サーラはにわかに判断し損ねる。
「ところでもうひとつ訊いてもよろしいか?」
「…何?」
 わずかに目を細め用心するサーラに、さり気なく男は爆弾を落とした。
「…その、なんでごさるか…拙者について知っていることがあれば、何でもかまわぬから教えてはもらえぬだろうか? なにしろ自分の名前も思いだせぬのでござるよ…」
 本当に困惑したような声音で、あまりに意外なことを男は言った。
「………なんだって!?」


(つづく)

 

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