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ファイブフォースストーリー五力伝


山中の出会い





 遠くからバサバサと鳥の羽ばたく音が、人里離れた山奥に響き渡る。大きさからして鷲だろうか、鷹だろうか。もしかしたら学園の図書館で見た獣魔辞典〈アザーじてん〉に載っていた羽妖女〈ハーピー〉や鷲獅子〈グリフォン〉かも知れない。
 周囲は岩肌が露出しており、身を隠す場所もない。こんなところでそんな恐ろしい怪物に襲われたら……。
――ブンブンブン――
 そんな不吉な予感を吹き飛ばすかのように、少女は激しくかぶりを振った。そして険しい山道を再び歩き出す。
「ひいひい……はあはあ……どうしてあたしがこんな思いしなくちゃいけないのよ……」
 肩で息をしながら、自分の運命に悪態をつく。年の頃は16、7才で背は女性にしては高く、手足もしなやかに伸びている。
 体にぴったりとフィットした革製の服が、年の割に豊満な胸を強調していた。タイトに切れ上がったスカートから伸びる足は、このような山道を歩くのには到底なれていない様子だ。
 いや、少女の服装そのものが山登りには向いていない。なにせ装備が、頭にかぶった大きめの鍔広帽子に(これのおかげで表情がわからない)手に持ったこれまた大きな樫の木の杖。背中には機能性ゼロの真っ黒なマントをはおり(しかも裏地は真っ赤!)、申し訳程度の大きさの背負い袋があるだけである。
 山をなめているか、またはその格好に特別な意味がなければ説明のつかない姿で、少女は杖によっかかりながら、ひいひいと山を登っていく。
「それにしても……おじいさまったらひどいわ。いくら修行のためとはいえ、か弱い乙女をこんな山奥に向かわせるだなんて……」
 そう言いながら黒服の少女――パトリシアは今朝のやり取りを思い出していた。

「ぐおっふぉ、ぐおっふぉ、パティや」
 大仰な咳き込み方で、小柄な老人がパティ――パトリシアを呼び止めた。
「はい、なんですか?おじいさま」
 パティは床に伏せっている祖父の枕元にまで近寄って返事をした。
 祖父のG‐ロトゥールは今年98才。もう足腰が弱って満足に立つことすら難しい年齢であるはずだが、なぜだかこのじいさんはぴんぴんしている。
 いつもなら家の誰よりも早起きして庭先で乾布摩擦でもしているはずだが、今日に限って珍しく布団に横たわりげほげほ言っている。
「ぐおっふぉ、どうやらわしはもう長くないようじゃ」
 と、いきなりとんでもないことを言い出す。だが、パティもなれたもので、このじいさんが年をとったふりをするのは、決まってなにかたのみごと――それもかなりの無理難題をふっかけるものと相場が決まっている――をするときなので、みかけだけ「そんな、おじい様、気の弱いことを言わないで」と心配して見せるが、内心(やれやれ、こんどはなに?)とうんざりしていた。
 普段なら父親が間に入ってくれたり(父はパティにはめっぽう甘いのだ)、ひとつ違いの弟に押し付けることもできるのだが、あいにくと二人とも今は留守である(父は軍人なので、隣国で起こった紛争の平定のために遠征中。弟はその従者として)。
 母はといえば、おっとりとした性格の人なので、じいさんの芝居にまるで気づかずに、本気で心配している。
「あの世でバーさんに会う前に、おまえに頼みがあるのじゃ」
「はい、なんなりと」
 そう答えるや否や、ロトゥールはがばっと上半身を起こし、
「うむ、実はわしの知り合いがカースホーリー山に住んでおっての。そいつに手紙を届けてほしいんじゃ」
「ええ!あんな山奥に人が住んでるんですか」
 パティは耳を疑った。カースホーリー山と言えば、近隣の山脈の中で、もっとも険しく、もっとも凶悪な獣魔が出没するという。山賊でさえ根城にしない危険極まりない山なのである。
「あやつは変わりもんじゃからのう」
 とロトゥールじいさんはどこか昔を懐かしむような遠い目をしていった。
「本来ならわしが自分でたずねればすむ事じゃが、あいにくと、う!」と思い出したかのように「ぐおっふぉ、ぐおっふぉ」と咳き込み、
「ごらんのとおりこのありさまじゃ。ジオもジェスも出かけておるし、ライザには家を守るという大事な役目がある。そこでおまえさんの出番という訳じゃ。魔術学院〈ゲートスクール〉も今はひまなんじゃろう?」
 そう言われてパティは(白々しい……)と胸の中でため息をついた。ちなみにジオというのは今出かけている父親の名前で、ジェスは弟である。その二人が出かけているときに合わせるかのように、ちょうど寝込むなんてタイミングがよすぎる。
「まあこれも修行の一環と思って、外の世界を見てくるのもよいじゃろう」
 ……やっぱりそれか。とパティにとっては、あたってもうれしくもなんともない予想が的中してしまった。
 祖父のG―ロトゥールは、名前の上に“G”〈偉大なるもの〉の称号をもつ、王国守護天使“五華泉”〈ごかせん〉の一人に数えられたほどの達人で、“拳術”〈アーツ〉と“気功術”〈プラーナ〉では大陸無双と呼ばれていた。
 現役を退き、弟子であり娘婿でもあるジオ(つまりパティの父親)にあとを託してから、今は弟子たちの育成に専念している。
 そのせいか、孫であるパティとジェスにも、口を開けば修行しろ、修行しろとやかましい。弟のほうはまじめで素直な性格なので、熱心に修行をしているが、パティはいつもサボる方法を考えていた。
 魔術学園に通っているのも、祖父から拳術も気功術も習わずにすむからである。「あたしにはスマートな魔術が似合うのよ」といつも弟の修行を眺めながら言うのだ。
「……おじい様、どうしても今日でなくてはいけませんの?」
「うむ、何せわしは明日とも知れぬ身じゃからのう」
 またもぬけぬけと言い放つ祖父に、パティはため息をつきながら(まあちゃっちゃと行って来ますか。ちょっとしたハイキングと思えばいいのよね)と開き直った。
「わかりましたわおじい様。その方にお手紙を届ければよろしいのですね?」
「おうそうじゃ。パティはよい子じゃのう。これがその手紙じゃ」
 そういってロトゥールは茶色の封筒を懐から取り出す。
「では頼んだぞい。わしは疲れたのでちと横になる」
 またもわざとらしく「ぐおっふぉぐおっふぉ」と咳き込みながら布団に潜る老人を無視し、パティは旅支度をするために自分の部屋に引きこもった。

「うむ、行ったか……」
 パティが旅立ったあと、ロトゥールはおもむろに布団から這い出した。
「あらお父様、お体の具合はよろしいんですか?」
 看病の用意をして戻ってきたライザが、不思議そうに父の顔を除きこむ。
 ライザは今年36才になるが、二人も子供を産んだとは思えないほど均整のとれた体をしている。パティと似た――いや、この場合パティがライザに似ているのだが――高身長に豊かな胸。もっとも今はゆったりとした部屋着なのでボディラインまではわからないが。長く美しい黒髪は肩にかかる辺りできれいに切りそろえられている。大きな黒い瞳がどことなく年齢に不釣合いなかわいらしさをかもし出していた。
「うん?ああ、もうすっかり気分もよくなったわい」
「まあ、それはよかったわ」
 おっとりとした性格を現したようなたれ気味の目を細めてライザが言う。
「どれ、朝の稽古でもしてくるかな」
 なんとなくバツが悪そうにロトゥールが起き上がり、大きく伸びをする。
「お稽古ですか」
「うむ、おまえもどうじゃ。軽く汗を流すのもいいもんじゃぞ」
「そうですわね。では支度をしますから、先に道場に行っててくださいな」
 実はライザもロトゥールの指導を受けているのである。気功術とは体内の気を制御することが基本なので、この使い手は肉体の老化が常人より遅いのである。ロトゥールが元気なのも、ライザが若さを保っているのもこの術のおかげであると言えよう。
「いそがんでもよいぞ。時間はたっぷりあるからの」
 そう言い残し、ロトゥールは屋敷を出て――結構良い屋敷に住んでいる――道場に向かいながら、パティの向かったカースホーリー山の方角を眺めて期待のこもった、それでいて心配そうな複雑極まりない表情でつぶやいた。
「……無事に帰ってこいよ」



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