Back/Index/Next
Original Novel
happy Presents



ファイブフォースストーリー五力伝


山中の出会い





 そういういきさつがあって、パティはこの山を登り始めたのだが、獣魔には遭遇しなかったものの、思っていたよりも山道は険しかった。
「このままじゃ野宿するはめになっちゃうわね……何とかしないと」
 と焦るパティだが、目的の一本杉もまだ見えてこない(そのすぐ下に手紙の届け先があるらしい)。確か頂上の近くにあるはずだが……それともここは山のまだまだ中腹で、頂上からは遥かに遠い位置にあるかもしれない。
 しかし、無情にも太陽は西の空に向かって進んでおり、夕焼け空になるのは時間の問題かと思われる。
「うー、こんなことなら飛翔〈フライ〉の呪文を覚えとくんだった。もっともあたしの階層〈レベル〉じゃまだ無理か……」
 後悔先に立たずとはまさにこのことである。パティは学園での自分の授業態度が、お世辞にも優等生だとは思っていなかった。
 ちなみに、彼女が今着ている服は、なんと魔術学園の女子の制服なのである。もっとも、儀式的な要素が強いので、平時は皆私服で通っているが、式典などの時はこれを着る。
 しかし、パティはこの服が結構お気に入りで、遠くに出かけるときなどはもっぱらこれである。簡単な防御呪文も付与されており、普通の服を着るよりもずっと丈夫で安全なのだ。大きな樫の木の杖も、彼女の魔術制御をほんの少し助けてくれる。つまり、魔術師としてはこれが冒険に適したスタイルなのであった。
 まあスタイルはさておき、パティが使いたがっている飛翔の呪文だが、これを使うと術者が中空を自在に飛び回れるという便利なもので、魔術の偉大さを具現している(つまり、普通の人は絶対できない)ものの代表と言っても良いだろう。
 だが、それだけに制御が難しく、扱う魔力も大きい。魔術階層も第4階層以上の魔力が要求される。パティはいまだ3階層で、それも気に入った呪文しか覚えていない。自然、使える数は限られてくる。
 そんな事を悔やんでいると、
ドドドドドドドドドドド
ドドドドドドドドドドドドド
ドドドドドドドドドドドドドドド!
――といった地鳴りにも似た轟音と共に、山道の向こう側、つまり頂上のほうから土煙が上がっているのが見えた。
 よく目を凝らすと、土煙の正体が程なく判明した。なにやら大勢の小動物たちがこちらに疾走してくるのである。
 それは暴走と言ってもよかった。彼らに生まれつき備わった生存本能がそうさせているのだろうか。
 パティはそんな動物たちに道を譲りつつ、すばやく呪文を唱えて彼らのうちの1匹、土色の毛色をしたウサギを抱きかかえた。母によく似た、それでいてやや吊り目気味の大きな瞳でウサギを見つめる。
「ねえウサギさん。そんなにあわててどこ行くの?」
『やばいよやばいよ。あいつが来るよ。早く逃げなきゃ食われちまうよ』
「あいつってだあれ?」
『あいつはあいつ。おっきくて乱暴者で、おまけにとっても強いんだ』
 あまり要領を得ない返事が返ってきたが、とりあえず危険な獣魔が迫っているというのは間違いなさそうだ。
――おっとその前に、彼女が話しているのは間違いなくただの野ウサギである。そして彼女は別にウサギ語が話せるわけでも妄想癖があるわけでもない。これこそが動物と会話することを可能にする動物会話〈スピークウィズアニマル〉の呪文の効果である。見てのとおり動物と意思の疎通ができるようになるもので、別に声に出す必要はなく、思考を相手に直接伝えることができる。
 パティはこの魔法を真っ先に覚えた。町の犬や猫とおしゃべりするのは楽しいし(彼女は大の動物――かわいいやつ限定――好きなのだ)、応用すれば人間との会話にも使えるからである。これで当事者の前で内緒の話を交わしたこともよくあった(ただ、魔術を使える人間ならば、この呪文を使っている事はすぐわかるので、学園ではおいそれと使えないのだが)。
「さて、どうしたかしらね……」
 ここで彼女は考えていた。これから出会う相手が自分の手におえるものかどうかを。
 ウサギにとって大きくて強いものであっても、それが人間にとってもそうとは限らない。ましてパティは魔術が使えるのだ。半端な獣魔ならば一撃で黒焦げにできる自身が彼女にはあった。
 あわよくば退治してやろうとも考えていたとき、さっき小動物たちが疾走してきた頂上側から、さっきとは比べ物にならないほどの規模の土煙が巻き上がっている。

どどどどどどどどどどどどどどどど

どどどどどどどどどどどどどどどどどどどど

どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど!!

 どうやら小動物ではなく、大動物達(牛や馬、鹿など)が逃げ出してくるようだ。
「ちょ、ちょっとまってよ!きゃあぁぁ!」
 道幅いっぱいに突進してくる獣達からパティは逃げようと身を翻したが、所詮人間の身、野生のスピードにかなわずすぐに追いつかれてしまう。
 ここでパティは意を決し――
「なむさん!」
 祈りの言葉と共に、少女は崖下に身を躍らせた。
 自然落下は思ったより急な加速をパティの体にもたらした。崖の高さは人が一人身元不明の仏になるのに十分な高度を持っている。では彼女は自殺志願者なのか?
 いや、そうではない。その証拠にパティは杖に精神を集中し、早口で呪文を唱え出したではないか。
「ぉ大いなる力よ!ぅ我が門〈ゲート〉の導きにし、従い、大地の枷を弱めたまえぇー!浮遊落下〈フォーリング・コントロール〉!」
 呪文を唱え終わった瞬間、パティのからだがまるでタンポポの綿毛のように、ゆっくりと落下し始めた。大いなる力に満ちた世界『フォース・ワールド』と自らの体を使って交信し、その力でこの世界の法則に干渉する。それこそが彼女達が「魔術師〈ゲートユ―ザー〉」と呼ばれる所以である。
 呪文は省略することもできるが、その分制御が難しくなる。動物会話程度の呪文なら即唱えられるが、大呪文ともなれば正式な呪文――門を開くキーワードと思えばわかりやすい――を唱えても失敗の可能性がある。今の浮遊落下は第二階層に属する呪文で、呪文なしでは万一ミスる可能性があった。だからパティは、落下中に呪文を唱えるという危険な冒険をする必要があったのである。
「フウ、間に合った。これで一息つけるけど、この呪文って落ちてくだけなのよね―」
 ふわふわと落下の感触を楽しみながら、少女はのんきなことを考えていた。
 だがのんきにしていられたのもつかの間、パティは自分が今まさに落ちようとしているところを見てもがきだした。
「イヤー!服が汚れるー!」
 無駄とはわかっていても空中でバタバタと手足をばたつかせたが、やはり自然の力には逆らえない。
 やがて彼女の体は雨水がたまってできた泥沼にずぶずぶとはまっていくこととなった。



Back/Top/Next