Back/Index/Next
Original Novel
happy Presents



ファイブフォースストーリー五力伝


山中の出会い





 パティが崖からスタントマン顔負けの決死のダイビングを成功させてからしばらくして、遥かに離れた位置に立っている一本杉の頂上辺りの枝に一人の男の姿があった。
「フッフッフ、獲物発見」
 口元に野性的な笑みを浮かべ、先程の獣達の狂的暴走〈スタンピード〉で起こった土煙の辺り……つまりパティがすこし前まで居た地点を眺めてつぶやく――言葉どおり、獲物を狙う猛禽類のような瞳で。
「では、突撃開始!」
 そう言い放った次の瞬間、男は高さ100メートルを超えるであろう大木の頂上から、
 シュバッ!
 ――と落下した。そう、飛ぶと言うよりこちらの表現のほうが正しい気がする。それほどまでに直線的に地表に向かって男は文字通り特攻をかけていった。
 地面まであと数メートル――と言っても落下開始から数秒しか経っていないのだが――と迫ったそのとき。男は手じかにあった枝につかまると、一本杉の幹を蹴り、なんと体操選手が段違い平行棒をかますかのごとく、下方向の力のベクトルを、そっくり横方向に変えてしまったのだ。
「イィヤッホウ―っ!」
 もちろん普通にやれば枝ごとぶち折れて地面にまっさかさまだろうし、遠心力にも枝は耐えられない。これは完璧な体重移動とキック力、そして〈クソ度胸〉が生み出した、まさに神業と言っても差し支えなかろう移動方法である。
 そのまま今度は限りなく直線に近い放物線を描きながら、男はパティがはまった泥沼の方角へ吹っ飛んでいった……

「フー、それにしてもひどい目にあった」
 所変わってここは小さな水溜り。おそらく近くの川から枝分かれした流れがひとつに集まってできた、天然のプールのようなものだ。泥だらけの服をここで洗い――呪文でおこした焚き火で乾かしながら――自分は水浴びに打ち興じていた。
 今や無防備にも一糸まとわぬ姿となったパティは「こんなところに誰も来ないわよね」と完全に油断していた。
「フーンフーフフーン♪」
 あまつさえ鼻歌など出る始末。
 それにしても、彼女は美しかった。幼くもなく、かといって大人でもなく。その狭間でゆれる絶妙な少女の魅力を発散していた。
 ボディラインは服の上からでもわかる通りしっかりと成熟していながら、それでいてまだ誰も手をつけていない聖域のようなオーラを発している。ややきつめの目尻は、その勝気な性格を現しているが、全体的に整った顔立ちの中で自己主張をしながらも見事にバランスを取っていた。
 どのパーツが欠けても、この少女の魅力は保たれないだろう。そんな彼女だった。
「さてっと。そろそろ服も乾いたかな?」
 パティが水から上がろうとしたそのとき、
「角度間違えたぁぁぁぁぁぁ!」
 ダッパ――ン
――激しい水柱を巻き上げ、何者かがかなりの速度で池に突き刺さった。ちなみに池の水深は一メートル強。余裕で足のつく深さだ。
――つまり、とっても危険な状態にある。
 パティは始め何が起こったのかわからず、ただ呆然とその飛来してきた物体を眺めることしかできなかった。水面に斜め40度の角度で文字通り突き刺さっている人間……およそ常識の通じる範囲ではそいつは死んでいる。ぼろぼろの麻布のズボンをはいていて、足は素足だ。おそらく男であろう下半身はかなり鍛えられてはいるが、サイズから見てまだ子供だろう。パティは確認するかのようにつぶやいた。
「……死んでるの……?」
「ぷはぁ!死ぬかと思った!」
 と突然少年は起き上がり、勢いよく水面に浮上した。ぽりぽりと後頭部をかきながら、
「いやあ、予定では崖の上にぴったり着地するはずだったんだけど。いやあ失敗シッパイって……うわあ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁl!」
 絹を裂くような女の悲鳴という表現がある。実際には絹を裂いてもそんな音はしないのだが、耳を貫くような悲鳴をそう呼ぶ。今のパティが発した悲鳴がそれだ。
 乙女が裸を見られたのだ、悲鳴のひとつも上げるのが社会的常識というものであろう。マナーと言い換えてもいい。だが、パティがこの様式美にこだわっていたかはともかく、彼女が取った行動の結果は、必ずしもこの美学を完成させるものではなかった。

ビカビカビカァァァァァァ!バリバリバリィィィィィィィィ!

 パティの手から青白い光が一直線にほとばしる。雷撃〈ライトニング〉の呪文だ。さっきの「きゃあ」を呪文代わりにして放った50万ボルトを超える高圧電流だ。フォースワールド第3階層に位置する攻撃呪文で、人間をイモリの黒焼き状態にできる。パティの使える中で最大の威力を誇る呪文だ。
 放たれた電気の渦は少年の頭上をかすめ、後ろの雑木林を焼き焦がしながらなおも直進し、やがて大気に放電しながら徐々に薄れて自然消滅していった。
 あとに残る残留電子がパチパチと小気味のいい音を立てている。そのノイズが収まって場に静寂が訪れてから十秒ほど経過して――
「ち、はずしたか」
「殺す気かぁ!」
 心底残念そうにつぶやくパティに、少年は0.05秒(ギャ○ンの蒸着並)のスピードでつっこんだ。もっとも、もともと制御が難しい呪文の上に正式な詠唱を飛ばしたものだから照準はアマアマだったのだが。
「フン、水浴びシーンを覗かれるのはかわいいヒロインの宿命だからしかたないとしても、覗いた加害者はほほえましい報復を受けるのが義務ってものよ」
「あれのどこがほほえましいんだどこが!」
 ようやく胸を隠して水につかるという恥じらいを見せながら、パティは少年に文句を言いつつ彼の見てくれを観察していた。
 まず外見。どこぞの山ごもり中の貧乏武道家よろしく、ぼろぼろなズボンと同じく端々が切れ切れになっている服。どうやら武道着のようだ。身長は150センチ弱。肌の色は浅黒く、なかなかに鍛えられた体をしている。そして問題のルックスだが、これがまだまだガキンチョで、どう見ても12、3歳にしか見えない。伸び放題のぼさぼさの髪、子供っぽい表情。顔中泥だらけで、とても彼女の合格基準には達していなかった。
「……不合格」
「なにが?」
 パティのつぶやきに頭に?マークを浮かべながら少年は首をかしげている。
「ナンデモいいのよ。それよりむこう向いててくれない。服が着れないじゃない」
「どうしてだ?着ればいい。そこに干してるやつだろ」
 少年はこともなげに答える。どうやら異性の裸に対しての意識がまだ確立されていないようだった。
「あんたねえ……あんたみたいなお子様にはわからないでしょうけど、乙女の肌はむやみに人に見せるものじゃないのよ。」
「そうなのか」
「そうなの!だからあっち向いてなさい!」
 そう怒鳴りつけられて、少年はようやくむこうを向いた。パティはいそいそと水から上がり、すばやく衣服を身につけた(もちろん乾いた布で体を拭いてからだ)。
「もういいわよ」
「おう」
 声をかけると、少年も水から上がりこっちにきた。さっきパティが作ったままの焚き火にあたりに来たのだ。そしておもむろに道着の帯に手をかける。
「きゃっ、あんたなにしてんの」
「何って見りゃわかんだろ。服乾かすんだよ」
 そういって少年は道着を引き絞り始めた。上着を脱ぐとその鍛え上げられた肉体があらわになる。パティはこんな風に男の裸を至近距離で眺めたことはなかった(あっても困るが……)。たとえそれが年下の男の子だとしても、やっぱり異性の体には違いない。
「あんたって……結構すごい身体してんのね」
「おう。鍛えてるからな」
 ほめ言葉と受け取ったのだろうか。少年は無邪気に喜んだ。ちなみについさっき殺されかけたことはきれいさっぱり忘れているようだ。
 これまでの状況から判断するに、目の前の少年からは邪気がまったく感じられない。どうやら危険はないとパティは判断し、この山についていろいろとたずねてみることにした。
「あんたってさあ――」
「さっきからあんたあんたって、オレはあんたって名前じゃないぞ」
「しょうがないじゃない。あんたの名前まだ知らないんだから」
 少年は根本的な問題に気づき、
「ん?そっか。いやあ、言わなきゃわかんねえよな。俺の名前はラクレス。ラクレス・デウスってんだ」
 後頭部をぽりぽりかきながら自己紹介をする。どうやら癖のようだ。
「フーン。じゃあラクレス君。この山に……ちょっとまってね」
 そう言うとパティはいそいそとかばんの中から手紙を取りだした。あて名を見るためだ。
「ええ……と。クロノス・デウスっていう人がこの山に住んでるらしいんだけどって……デウスってまさか!」
 パティが一人ノリツッコミの要領で実にテンポよく驚くと――
「クロノス・デウスは俺のじっちゃんの名前だ」
 とこれまたタイミングばっちりでお約束の答えがかえってきた。初対面でこの漫才コンビのような呼吸。ルックスは不合格だが、相性はいいのかもしれない……などとまるで関係のないことにパティは感心していた。



Back/Top/Next