Back/Index/Next
Original Novel
happy Presents



ファイブフォースストーリー五力伝


山中の出会い 





「……そうゆうわけなのよ」
「わかった。パティ、俺に任せろ」
 そんなこんなでこの山にきた事情を一通り話し終えて――ついでに自己紹介もしておいた――どうにか彼を道案内にすることに成功した。
「でもその前に、ちょっとやっとかなきゃならないことがある」
「やっとかなきゃならないことって?」
「晩飯のおかずだ!」
 ラクレスがにっこり笑って人差し指を、なぜか自信満々でおっ立てる。
 パティはハアッと軽くため息をひとつつき、
「おかずね、いいわ。その狩りかなんかに付き合ったげる。で、なにを取るの?やっぱり魚?」
「うんにゃ。牛」
「牛?こんな山奥に牛なんかいるの?」
「いやあ、さっき見つけてさ。とっ捕まえようと思って飛んでったら、ねらいがずれて池にボッチャン。そしたらパティがいたんだ」
「……フウン……」
 ここでパティはさっきの大動物達の猛進撃の中に、牛がいたような気がしていちおう納得した。
「お、こっちの匂いに気づいたみたいだ。向こうからやってくるぞ」
 言われて振り返る。だがそこには壮大な岩山が広がるばかりで、牛らしき姿はどこにもない。
「なにもいないじゃない」
「もっと向こうだよ」
 またも振り返る。視点をもっと遠くに向けると――いた。確かに牛らしき生き物がこっちに近づいてくる。ひどく鈍重な動きで。
 まるで重戦車がゆっくりと進軍するように。
「どんくさい牛ね、さっさと捕まえちゃえば」
「まあもう少しひきつけてから」
 ラクロスは両手を胸の高さまで引き上げて構えを取った。左手を開き、右手を第二関節まで折り曲げる。パティはどこかで見たことのある構えだなと思ったが、よく思い出せなかった。
 その間も牛はこちらに近づいていた。距離が近くなると……
「へ?」
 間抜けな声をあげながら、パティは遠近感という言葉の意味を再確認することとなった。その牛がただの牛ではないことにようやく気づいたのである。
 まずその体。彼女は牧場で飼われている乳牛を見たことがあるが、それと比べて異様に筋肉が盛り上がっている。角も遥かに大きく、ひどく攻撃的だ。唇からは低い唸り声とよだれをもらし、その目は血に飢えた野獣のものだ。
 だが、これらの特徴も、その牛のサイズが通常の二倍強もあることに比べれば些細なことだ。
「ちょ、ちょっと、なによこの牛!でかすぎるわよ!生体力学無視しすぎよ!」
 確かに。身長が正確に二倍になれば、体重は八倍になる計算である。つまり、あのお化け牛は並の牛の八倍以上の骨格の強さ――これは筋力の強さも意味する――を持っているはずなのだ。
「たっぷり牛肉が食えそうだろ」
「あのねえ……は!ひょっとしてあれは暴狂牛〈マッド・オックス〉?」
 パティは獣魔〈アザー〉辞典を斜め読みした時のことを思い出した。あの時は「ようはでっかい牛じゃない。たいしたことないわ」と一笑に付したものだった。
 だが今、目前に迫っている魔物は、ただのでかい牛では到底すまされない代物だった。
 その筋肉は鋼のごとき光沢を持ち、おそらく生半可な斬撃では傷を負わせることすら難しいだろう。そしてそこからひねり出されるパワー。今も邪魔な木を枯れ枝のごとく――パティより背の高い木だ――バキバキとはねのけている。そして空腹時に獲物を前にした肉食獣の瞳。
 こいつの前では、貧弱な人間など、血の詰まったバルーンに過ぎないだろう。
 今思えばパティがダイビングをするはめになった元凶はおそらくこいつだったのだ。
 ほかの動物達が逃げ出すのも無理はない。本能で危機を察知した彼等は懸命だ。
 それに比べて、自分はなんて愚かなのだろう。こんなわけのわからん子供のたわごとに付き合って、絶体絶命のピンチにおちいってしまうとは。
「こうなったら、イチかバチか、ありったけの攻撃呪文をぶつけるしか――」
「そこでみてな」
 一言、傍らの少年がつぶやいた。パティは始め何を言っているのかわからず、「へ?」とまたも間抜けな声で聞き返してしまった。
「オレがやるっていったんだ。あいつはオレの獲物だからな。お客さんはのんびりしててくれ」
 自信に満ちた声でそう言いきると、ラクロスは大きく深呼吸を始めた。
 一瞬で大きく肺いっぱいに空気を吸い込み、静かに少しずつはいていく。
(これって、もしかして気功術?)
 この呼吸法には覚えがあった。祖父のG―ロトゥールが昔教えてくれたもので、「毎日繰り返すことが肝心じゃ」といっていたと思う。気功術の基本にして極意らしい。
 という事は、ラクロスも気功術がつかえるということになる。はたしてどの程度のレベルで使いこなすのかわからないが、本人が任せろと言うのだから任せることにした。
「じゃあおねがいね」
「まっかせなさいって!」
 かくして、暴狂牛VS気功術使いの世紀の一戦が今まさに始まろうとしていた。

 暴狂牛までの距離は約4メートル。やつの突進力なら一瞬で0メートルに変化する間合いだ。
 ラクレスは油断無く正面からその血走った瞳をにらみ据えながら、それでいて自信に満ちた表情をしていた。
 右手は力を入れず、平にして胸元から拳三つ分空けて相手の攻撃に備える。左手は指だけを握り締め、脇を締めて右手で受けた相手を打つ。拳術『覇の構え』――彼が師である祖父クロノスから叩き込まれた『天覇活殺流』拳術。その攻防一体の基本的な構えである。
 そして、師から授けられたもうひとつの術『気功術』を発動させ、彼の力を最大限にまで引き出す。
 一回吸って十回吐く。単純なようだが、達人になると十分間吸い続けて、同じ時間吐き続けることが可能だという。ラクレスにはそれができた。
「よし、『気』は十分に練れた!」
 裂帛の気合いと共に、ラクレスは『気』を吐いた。全身に『気』が満ちているのがわかる。眠っていた筋肉の一筋、血の一滴まで感じることができた。戦闘準備完了と言ったところだ。
 対する暴狂牛もやる気満々らしく、目の前の生意気な獲物を、そのご立派な角で突き殺し、ささやかな食事にありつこうと洗い吐息をはいている。
 辺りに奇妙な静寂を感じる。まるでこの一帯だけ時が止まったかのように。
 その場にいる当事者――二人と一頭だけが、この空間を動かすことが可能だった。
 ――刹那
「ぐぅるぁああああ!」
 野性の雄叫びを高らかにあげ、暴狂牛が沈黙を破った。ラクレスの読みどおり、4メートルの距離など意に介さず、小錦20人分はある体重を二本の角に乗せ、大迫力の頭突き(バッ○ァローマンのハリケーンミキサー並)をかました。
「きゃあぁぁぁ!」
 はたから見ていたパティも、たまらず悲鳴をあげ顔を背ける。見てはいられなかったのだろう。うずくまって、両手で耳をふさいでいた。
 まあ自然な反応だろう――ラクレスは漠然とそう思った。確かに目の前の暴狂牛は、この山に潜む獣魔の中でも屈指のパワーを誇っている。だが――

 バスッ!

 なにやらいい音がした。切れのいいストレートがキャッチャーミットに突き刺さるような。
「え?」
 パティが恐る恐る顔を上げる。きっと無惨に串刺しとなったラクレスの姿を想像していたのだろう。だが、そこにはにわかには信じがたい光景が広がっていた。
 受け止めているのである。暴狂牛の突進を、身長150センチにも満たないような少年が。まるでピッチャーフライを取るかのように片手で簡単に。
「上には上がいるってね」
 足を地面にめり込ませながら、不敵な笑みを浮かべて言う。
「今度はこっちの番だな」
 ラクレスは残った手――握り締めた左手を腰だめに構え、
「覇!」
 気合と共に『気』を込めた拳を暴狂牛の眉間にねじ込む。指だけで拳を作るのは、貫通力を増すためだ。力は面よりも点の方が効率よく伝わる。そして――
 
 パキュッ
 
 となにかが割れる音がした。
 ラクレスがこぶしを引き抜くと、暴狂牛は眉間が在った場所――今は代わりに穴があいている――から勢いよく血飛沫を吹き上げた。巨体がゆっくりと地響きを立てて、地面に崩れ落ちる。
 かくして、獣魔の中でも危険度五つ星の暴狂牛は、一撃でこの世から強制退去させられるハメとなった。



Back/Top/Next