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Original Novel happy Presents



ファイブフォースストーリー五力伝


野望と書いて夢と読む





 ラクレスがマクドーガル家に弟子入りしてから3日が過ぎた。
「ふう、たった3日なのに、4ヶ月ぐらいに感じるのはなぜかしら?」
 と、言ってはならない疑問をパティが口にする。
 い、いや、何かと忙しくって。ほら、年末年始はいろいろ。決してネタが思い浮かばなかったわけじゃなく……
「フ~ン。ならいいけど。こういうのってペース守んなきゃその内出来なくなるわよ」
 へへェ、ごもっともでござい。
「ところでパティ、さっきから誰と話してるんだ?」
 ラクレスが不思議そうな声をあげる。ここはマクドーガル邸の庭。屋敷の豪華さに比例してかなり広く立派である。
 その中ほどに、小山ほどもある岩が置いてある。
「ううん、ただの独り言。気にしないで」
 心臓に悪い娘だ。
 そ知らぬ顔でなぜか岩を眺めながら応えるパティ。ラクレスの姿は見えない。
「分かった。では続きっと。48、49、50……」
 なんと、姿の見えないラクレスが数を数えるたびに、中央の岩が上下し出したではないか!
 賢明なる読者諸君ならもうお分かりだろう。ラクレスが岩を持ち上げているのである。
 しかも腕立て伏せで……
 この重量数百キロ、いや、もう数tと数えたほうが良いだろう大岩を背中に乗せ、身長150センチほどの少年が腕立てをしているのである。
 この脅威を通り越して摩訶不思議な現象を前に、パティは別段驚いた風も無い。
 それもそのはず、パティもラクレスが上京してきた翌朝、ラクレスが日が昇ると同時に早起きし、どこからとも無くこの岩を運んできて「朝のトレーニングだ」と言い残して腕立てを開始したときにはさすがにビックラ仰天した。
 だが、その行為が100本3セット、朝夕毎日繰り返されるともうさすがになれてしまった。
 今ではご近所の名物「動く岩」になってしまっている。
「100、101、102!終了!」
 威勢良くカウントを終え、背中の大岩を振り払うラクレス。

 ズシン!

 庭に大きな地響きが響き渡る。毎朝の「動く岩」はこれで終了。次は夕方になる。しかし……
「ねえ、なんで102なんて中途半端な回数なの?」
 パティが当然の疑問を発する。ラクレスは得意そうな顔で、
「毎日一回づつ回数を増やすんだ。そうしたら、来年の今ごろはきっとすごい回数できるようになるぞ!」
「はあ、まあがんばって」
 子供が腕立て伏せを初めてこの方法を取ると、40〜50回くらいで限界を知ることになるのだが、きっとラクレスはそこまで考えていないのだろう(ちなみにすごい回数というのは3桁の足し算が出来ないためである)。
「ふむ、やっておるな」
 その様子をほがらかな顔で、パティの祖父G―ロトゥールが眺めている。
「あ、おはようございます!町の師匠!」
「おじいさま、おはよー」
「おはよう。日々の鍛錬こそが明日へつながるのだ。精進せいよ」
「はい!」
 ラクレスはロトゥールを町の師匠、クロノスを山の師匠と区別した。解りやすい判別法ではある。
「じゃあ町の師匠!いっちょ手合わせしてくれ!」
 ブルンブルンとやる気満々に腕を回すラクレス。
「う、ゲフン、ゲフン、今日はちと風邪気味でな。またにしよう」
「ちぇ」
 残念そうに俯くラクレス。しかし、ロトゥールが組み手を受けないのには訳があった。では、ラクレスがやってきた3日前に時間を戻してみよう。

 ここはマクドーガル家の食堂。むやみに大きな部屋の真ん中に、これまた無為に大きな長テーブルが備え付けられている。
 一般のテーブルマナーでいえば、客人がテーブルの端に座り、反対の端に家主が座る所だが、なぜかマクドーガル家では一箇所に集まって(つまりみんな端によって)わいわいと団欒していた。
 パティの旅の経過報告をきいて、
「なにはともあれ、無事に帰ってなによりじゃ」
 満足げにうなずくロトゥール。
「まったくだ。あんな山に行かせやがって、かわいいパティがケガでもしたらどうしてくれる」
 ぶすっとした顔で、ジオが文句を言う。

 ガツ、ガツ、ガツ、ガツ

「何を言う、かわいい子には旅をさせろというじゃろう」
「じじいはろくなこと考えねえな」

 ハグ、ハグ、ハグ、ハグ、

「じじいとは何じゃじじいとは!それが師匠に向かって言う言葉か!」
「うるせえ!師匠だろうと家の教育方針に口出すんじゃねえ!」

 ジュル、ジュル、ジュル、ジュル

「言いおったな!よかろう、今日という今日は堪忍袋の緒がプッチンじゃ!」
「それはこっちのせりふだ!表へでろい!」

 ズズ、ズズズー、ズズズズ〜

『さっきからうるさい!』
 ついさっきまでけんかしていた二人が、実に息ぴったりのタイミングで、先ほどからの擬音の方角へ突っ込みを入れた。
 そこには、テーブルの上に皿を何枚も重ね、今もスープを一息で飲み終え、ドン、とどんぶりを置き、
「プハ〜今のやつおかわり!」
 と一息つくラクレスがいた。
「はいはい、たくさんたべてね」
 心なしかうれしそうに母のライザが料理を運んでくる。
 今テーブルについているのは、旅の報告をしていたパティと、それを聞いていたジオとロトゥール、そして次々と運ばれてくる料理をご飯粒ひとつ残さず食べているラクレスであった。
 向こうの厨房(これも屋敷に比例して立派である)で料理を作っているのは、母のライザにメイドのマーサ、ミーシャ、モイラの三人組、そして……
「できたよ姉さん。大好物のカレー」
 ピンクのエプロンをして、カレーの香ばしい匂いを周囲に撒き散らしながら、15、6歳くらいの少年が鍋を運んできた。
 パティやジオと同じ黒髪に鳶色のやさしげな瞳。全体的に華奢な印象を受けるが、顔の輪郭はジオに似ていないことも無く、目元は母のライザに似ていた。
 彼がパティの弟のジェス、ジェスター・マクドーガルである。
「わお、いーにおい。パパもおじい様も、ケンカはカレーの後にしましょ」
 そう言われて二人は
「一時休戦じゃな」「いたしかたない」
 とおさまってしまった。簡単なものである。
「そ、それうまそうなにおいがする」
 だらだらとよだれをたらしながら、ラクレスが目を見開く。食べたことの無いものでも、その香りで本能的にうまそうと判断したのだろう(どうやら嗅覚も発達しているようだ)。
「ハハハ、たくさん作ったから、ラクレス君は大盛りでよそってあげるよ」
「うう、おまえはいいやつ」
 ラクレスが感動している間に、全員がテーブルについた。
『いっただっきまーす』
 皆が手を合わせる。なんとなくラクレスも真似してみた。
 メイド達も一緒にテーブルについている。どうやらマクドーガル家では家族同然の扱いを受けているらしかった。
 それぞれが自分のペースで食事をし、ある程度落ち着いてからロトゥールが切り出した。
「さてラクレス、まずはよくぞ来た」
「おう!」
 4杯目のカレーをたいらげながらラクレスが聞き返す。
「お主を招いたのは、そろそろ広く世界を知るべきじゃと思ったからじゃ」
「そうか、じっちゃんに聞いてるぞ『世界は広い、おまえよりも強い奴はいくらでもいる』って」
「うむ、修行はやはり強いものとせんとな。そこでじゃ」
「なんだ?」
「お主の実力を見てやろう。食後の運動もかねてな。道場へ来い」
「おう!手合わせだな」
 イスから飛び降り、うれしそうに腕をグルングルン回すラクレス。やる気満々のようだ。
「おじい様、大丈夫?こいつめちゃめちゃ強いわよ」
 ラクレスの実力を知っているパティが、心配そうに祖父の顔をのぞき込む。
「む、案ずるなパティ。わしは拳術〈アーツ〉天覇活殺の伝承者。G〈偉大なる者〉の称号を持つロトゥールじゃぞ、まだまだ若いもんには負けんわい」
「ぎっくり腰になんなよ」
 からかうようにジオが突っ込みをいれる。
「ふん、どいつもこいつも年寄り扱いしおって」
「よし!やるか!」
 やる気満々のラクレスはすぐにでも始めそうだ。
「あわてるな。こっちじゃ」
 さっそく歩き出すロトゥールに、意気揚々とラクレスは付いて行った。

 食堂を出て庭を横切ると、木造のかなり立派な建物が目に入った。中に入ると、優に百人が稽古できそうな広さだ。
 そこの中央にて二人は向かい合い、
「準備運動はよいか?」
「いつでもいいぞ!」
「では始めるとしよう」
 ロトゥールが静かに宣言した。いつのまにかほかの者達も見学にやってきている。
 こうして向かい合うと、どちらも体格は似ている(150センチそこそこしか背がないところも)ようだが、内容には多分に差がある。
 ラクレスはまだ成長途中だが、すでに鍛えぬかれた鋼のような筋肉をまとっている。
 対するロトゥールは、98歳とはとても思えない鍛えられた体をしているが、衰えはさすがに隠せない。
 ラクレスは右手を平にして、胸から拳三つ離した位置で構え、左手は指だけで拳を作り、脇をしめる。
 右手で受け、左手で仕留める『覇の構え』、拳術天覇活殺の基本形である。
「フム、基本は叩き込まれとるようじゃのう」
 対するロトゥールは、両腕を肩の高さに構え、ひじは自然に曲げる。手を平にして相手にかざし、足は肩幅。
「これぞ天覇活殺『天の構え』!」
 そして相対する二人は、ほぼ同時に息を強く吸い、ゆっくりと吐き出していった。
気功術〈プラーナ〉を使う者独特の呼吸法。達人になると百度に分けて吸い、同じ回数吐くことができるという。二人にはそれができた。
『覇!』
 どちらも『気』が十分に練れたのだろう。裂帛の気合とともに、全身に気合が充満しているのが見ているものに大気を奮わせ伝わる。
 ロトゥールは一見して隙だらけな構えだが、ラクレスはなかなか打ちこめずにいた。
 戦いには間合いというものがある。いかに相手を自分の間合いに捕らえ、必殺の一撃を決めるかが勝負の分かれ目であろう。
『天の構え』は文字通り天よリ見下ろすの様に完全に受けに回り、あらゆる状況に対応する不破の構え。それゆえ扱いの難しい達人向けの構えである。
「おぬしに破れるかな?」
「破る!」
 道場内をぴんと張り詰めた空気が占領していた。この静寂を打ち破るのは果たしてどちらの男か。

 先に仕掛けたのはラクレスだった。
「覇!」
 独特の呼吸法から〈気〉を練り、それを拳に乗せて放つ気功術〈プラーナ〉、天覇活殺は気功術を使うことを前提に作られた拳術だ。
 ラクレスの高速の突進。パティにはラクレスの掛け声がしてから、フっと姿が消えたようにしか見えなかった。次の瞬間、

 ドガァ!

 さっきまでロトゥールがいた地点の床が吹き飛び、ラクレスが拳をめり込ませている。
「天覇疾風拳か。基本的な技だがあれほどのスピードとパワーなら一撃必殺だな」
 冷静にジオが解説してくれる。
「見えたの?パパ」
「もちろんさパティ」
 ジオの導体視力もそうとうなもののようだ。
「疾風拳は相手に突進し、そのスピードに乗せてぶん殴るわかりやすい技だからな」
「は、それよりおじい様は?あんなことされたら」
「うむ、それがなパティ、じじいはラクレスパンチでこなごなに砕け散ったよ。たぶん見えなかったろうが、パパには脳みそをぶちまけながら血煙に消えていくじじいの姿がはっきりと……」
「勝手に殺すな!」
 怒号が向こうから響いてくる。
 どうやらロトゥールはすんでのところでラクレスの攻撃をかわし、背後に回ったようだ。
「なかなかやりおるな、今度はこちらから行くぞ?」
 にやりと不敵な笑みを浮かべ、ロトゥールが気を練り始めた。ラクレスも身構える。そして、
「覇!」
 ラクレスめがけてロトゥールが駆け出した。またもパティには見えなかったが、ロトゥールは横っ飛びでラクレスに蹴りを放つ。

 ガシィ!

 初弾は受けたラクレスだが、そのままの姿勢で

 ダダダダダダダ(中略)ダダダダダダダダダダダダダン!

 高速で蹴りを浴びせられたからたまらない。
「ぐはぁ!」
 吹き飛ぶラクレス。ロトゥールはハアハアと肩で息をしながら、
「これぞ、天覇疾風重段脚。丸一日は立てまいて」
「大体90発くらいか?」
 ジオが数えていたようである。
「バカもん!どこに目をつけておる。きっかり百発蹴ったわい」
 祖父の、G―ロトゥールの実力を垣間見て、さすがにまずいとおもったのか慌ててパティが駆け寄る。
「ちょっと、大丈夫?ラクレス……」
 と言おうとしたそのとき、

 しゅば!

 とラクレスが立ち上がった。ダメージはまるで無いように見える。
「いててて、やるなあ町の師匠。山の師匠といい勝負だ。じゃあ今度はお返しに…」
「いや、今日はここまでとしよう。もともとお主の力を見るだけじゃからな」
 そういってロトゥールはそそくさと道場を後にした。
「くうぅ、おまえのじいちゃんつええな。めちゃめちゃ痛い蹴りだったぞ」
「あんだけ蹴られて痛いですむの?」
 パティはラクレスに出会ってから、自分の常識を壊されてばかりだった。
 まさか自分の家族があんな非常識な強さを持っているとは思わなかったなである。
「世の中広いようで狭いのね……」

 あとでこっそりとジオがロトゥールの部屋へ行ってみると、
「ひ、しみるぅ〜」
 と情けない声が聞こえてきた。
「もう、としがいも無く張り切るからですよ」
 メイドがしらのマーサが言う。
「じいさん、入るぜ」
 中では、ロトゥールがメイドたちに氷で両足を冷やさせているところだった。
「やっぱりな……」
「やっぱりとはなんじゃ!っつつつつつ」
 かなりダメージを受けているようだ。しかし攻撃側が痛いとは……
「じいさん。ほっぺたもきてるぜ」
 見ると、右頬になにか鋭利なもので切りつけたような傷がぱっくり開いていた。
「完全にかわしたつもりが、風圧だけでこのざまよ。しかも、奴を蹴った時の感触。そうとう頑丈に鍛えこまれておるわ。それでもって天覇活殺の奥義のひとつを受けてすぐに立ち上がりおった。クロノスの奴め、よくぞあのような怪物に育て上げたものよ」
 遠くの山中で「ハックション」と聞こえたかどうかは定かではない。
「後はもっと技を磨かんとな。さすれば無敵の存在となろう」
「最も強き者……か」
 どこか遠くを見つめながらジオがつぶやく。その目には羨望と嫉妬、そして畏怖の光が複雑に混ざり合っていた。比率は定かではない。
「まあ社会勉強のほうはパティに任せれば大丈夫じゃろう。あの子は賢い子じゃからな」
「パ、パティに任すのか!?」
 本気でうろたえるジオ。さっきまでの余裕が嘘のようである。
「ほほほ、安心せい。ラクレスはまだそんなことには頭が回らんじゃろう」
 そんなことの内容はご想像にお任せする。
「いや、しかしよ、おれがあいつくらいの年にはもういろいろと……」
「お前と一緒にするでないわ!お前はおなごの尻ばかり追っかけておったからのう」
 どうやらジオはそうとうがんばっていたらしい。
「ホントね。さんざん苦労させられたわ」
『いつのまに!?』
 文字通り、いつのまにかドアの前にいた妻ライザからの鋭い指摘に、息ぴったりに驚くジオとロトゥール。この二人、実は仲良しなのかもしれない……
。しかし、称号〈イニシャル〉を持つ男二人にまったく気づかせないとは、ライザ、恐るべし!
「ラ、ライザ、昔のことじゃないか。過ぎたことはきれいさっぱり水に……」
「昔のことはね。でも――」
 ニッコリと笑いかけながら、ポケットから四角い箱を取り出す。
「は!そ、それは!」
 どうやらマッチ箱のようで、表面に『スナック貴婦人の館』とイラスト付で書いてあった。
「これはどういうことかしら?」
 妙に落ち着いた声音が逆に内に秘めた闘志を感じさせる。
「上着のポケットに入っていたんだけど」
「ご、誤解だライザ!この前の戦の打ち上げに若い兵達をねぎらってやろうと酒場に行こうとしたら間違って……」
「あなた、とりあえずこっちへ」
 相変らずニッコリ顔を崩さぬまま(ぴくりとも表情が変わらないことが逆に恐怖を誘う)、ジオの襟首をつかんでずるずると引きずっていく。
「待てライザ!話せばわかる!」
「ゆっくり話しましょうね」
「ああ、命だけは……」
 最後は泣きそうに哀願しながら引きずられ、見えなくなるジオ。そして――

 ドス、ゴチ、バキャ、ビシ、バシ、ドゴォ……ズバァ!ブシュゥゥゥゥゥゥゥゥー……

「ぎにゃあぁぁぁぁー」
 なにやら断末魔っぽい悲鳴が響き渡る。やがてそれは小さくかすれ、消えていった。
 ロトゥールは大きくため息をつき、
「やれやれ、成長せん奴らじゃのう」


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