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Original Novel happy Presents



ファイブフォースストーリー五力伝


黄金獣を捕獲せよ!





『パブリックランド』の首都『ランスロウ』から西へ馬車で7日。乱雑ながら整備された街道を進み、しばしわき道にそれれば『ダグザード』の町へつく。
 町とは言っても山脈のふもとにある小さな田舎で、特に名産があるわけでも、観光名所があるわけでもないので、最低限の施設しかなかった。
 そんな最低限の酒場でも、夕方ともなれば仕事がえりの男達でにぎわう。一日の疲れを癒し、明日への活力を身体に注ぎこむ。若者は将来の夢を語り、家庭を持つものはそれを命がけで守る。ほのぼのとした平和な夕暮れの時間が流れているはずだった。
 だが、いまはそんな活気に満ちているのとは程遠い、陰気な雰囲気に包まれていた。
 ほとんどの客達はどこかよそよそしく、怯えたような表情をしている。どうやら店の一角を占拠している丸テーブルの男達が原因のようだ。
 その内の一人がテーブルをドカッと叩く。
「ち、またジョンソンの一人勝ちか」
「ぼやくなよ。今日はついてるだけさ」
「け、胸くそわりい。なんかスカッとする事でもねえかなぁ」
 丸テーブルの男達が周りを見まわす。他の客達は必死に眼を合わさないようにしていた。
「へ、根性無しどもが」
 と男達がぼやいていた矢先、

 キイッ

 立て付けが悪いのか、耳障りな音を立て続けている扉を一瞥し、カウンターへ向かってきたのは旅装束の男だった。
 背の高い、がっしりとした体格で、年の頃は30前くらいだろうか。ダークブラウンの髪は長からず短からず。くせ毛をあまり整えていないせいかもっさりして見える。
「いらっしゃい。ご注文は?」
 マスターが無愛想にたずねる。
「そうだな、ミックスジュースでもくれ」
 男は口の端を上げて緊張感のない笑みを向けていた。まるでこの店の陰気を楽しんでいるかのようだ。
「聞いたかよ、ミックスジュースだとよ」「ついでにお子様ランチでも頼んだらどうだ?」
 続いて失笑が響く。丸テーブルの男達がいい遊び相手が見つかったとばかりにはやしたてていた。
「あんたらのおごりなら食べてやってもいいぜ」
 男のつぶやきにゴロツキ達は不意に静かになった。その内の一人、ジョンソンと呼ばれた男がふらふらと頼りない足取りで近づいてくる。
「とっとと消えうせな。ここはよそ者の来るところじゃないんだ」
「そうつれなくするなよ。はるばるランスロウからこんな田舎にやってきたんだぜ」
「なんだと!?」
 売り言葉に買い言葉、たちまちチンピラどもがテーブルから立ちあがる。その数五人。ほかの客達は我関せずと雲行きをうかがっている。
「へ、俺達を怒らせるとはな。『ノストラード・ファミリー』といやあこの辺じゃあちょいと有名なんだぜ?」
「だからよそ者だから知らないんだって」
「グ……」
 あげあしを取られる形になった連中の顔が一気に紅潮する。
「ケッ、お前のお袋でも見分けがつかねえくらいに切り刻んでやるぜ!」
 と各々腰のナイフを抜き放つ。対して旅人は武器らしいものは何一つ持っていなかった。
 はたから見れば絶体絶命のピンチに、男のダークブラウンの瞳が――それまでは口と同様、緊張感のかけらもなかった目が――不意に鋭く光った。その事に店内の何人が気づいたか。少なくともチンピラ達は気にも止めずに飛びかかろうとしていた。そのとき――

 ダン!グッシャア

「そこまでだ!」
 勢い良く扉が叩かれ(勢いよすぎでそのまま砕け散った)小柄な人影が現われた。
「群れるのは弱い動物の習性だぞ!」
 といきなり言い放ったのは拳道着に身を包んだ少年だった。浅黒く日焼けした肌はかなり鍛えこまれているようだ。ボサボサに伸び放題の黒髪の中に、鋭い目が光をはなっている。
「ちょっともうラクレス!先さき行かないでよ。迷子になったらどうするのって……この人達はお友達?」
 と言いつつ追いかけるように店の中に入ってきたのは17、8歳の少女だった。
 タイトなスカートと上着はどちらも黒。頭に載せているとんがり帽子もご丁寧に黒である。彼女が手に持っている杖を見て、魔術学園の制服である事を知らなければ、ファッションセンスを疑われても仕方ないところである。
「ああ友達さ。マブダチって奴よぉ。お姉ちゃんもどうだい?」
 チンピラ達が下卑た笑いを浮かべる。少女の年齢に似つかわしくない良質なプロポーションに見入られたか。それともややきつめの目尻が自己主張しながらも、全体的に整った顔立ちの中で見事にバランスを取っているところか。
「ダマされるなパティ。オレはこんなやつら知らない」
「そりゃあそうよね」
 まじめに答える少年――ラクレスに、黒髪の少女――パティは長い髪をかきあげながら答える。
「まあ状況は大体わかったわ。あんまり物を壊さないようにね」
「わかった」
 ジリっと前に出るラクレス。そんな二人のやりとりを聞きながら、チンピラ達はラクレスを取り囲んでいた。
「どうわかったか教えてもらおうじゃねえか」「ガキが、なめた真似しやがって」
 もはや標的は旅人からラクレスへ移ったようだ。手のナイフに舌なめずりしている。
「オレの名はラクレス。本気で戦うなら名を名乗れ!」
「うるせえ!」
 うなり声を合図に、五人が一斉にラクレスに踊りかかった。

 シュパン!ドタタタタタ!

 勝負は一瞬だった。風を切る音は一度だけ。だが、その場に崩れ落ちたのは五人。
 酒場にいたほかの客達は、ラクレスが無残になます切りにされるシーンを想像していたのか、目をそむけるものもいたが、たとえ食い入る様に見ていたとしても、少年の早業は見えなかったであろう。
 飛びかかった五人は皆、正確にみぞおちを打たれ気絶していた。
「あーあ、やっちゃった」
 常人の理解を超える戦闘が終了してから、パティはゆっくりと店の中に入ってきた。
「ちゃんと物は壊してないぞ」
「殺しちゃったんじゃないでしょうね?」
「食わない生き物はむやみに殺さない!」
 得意げに人差し指を立てるラクレス。その恐るべき戦闘力を目の当たりにした店内の人々は皆あっけに取られていた。ただ一人を除いて……

 パチ、パチ、パチ、パチ

 乾いた拍手が響き渡る。二人はようやくその出所を見ると、先ほどの当事者である旅人がカウンターに腰掛けたまま拍手を送っていた。
「お見事。やるなボウズ」
「オレはボウズじゃない。ラクレスだ」
 即座に訂正を入れる。子供扱いされるのはイヤらしい。
「OKラクレス。こいつはオレのおごりだ。危ないところを助けてもらったお礼にな」
 男は自分が頼んだミックスジュースを差し出す。
「ホントか?」
「男に二言は無いぜ」
 グラスを受け取るとうれしそうにストローを吸うラクレス。こんな無邪気なところは普通の子供と同じだ。
「お嬢さんもどうだい?お近づきのしるしに」
「いいんですか?じゃああたしアイスミルクティー」
 遠慮なく注文するパティ。この辺は甘やかされて育ったお嬢様特有のものかもしれない。
「まあ合格かしら……」
 パティがこっそりとつぶやく。どうやら品定めをしていたらしい。
「ン?なんか言ったかい」
「い、いえいえ」
 慌てて差し出されたミルクティーを受け取る。だが、少女の焦りは眼前のマスターの神妙な顔つきにかき消された。
「あんたら、大変な事をしちまいやしたね……」
「?大変な事ってなんだ」
 ズズズっとミックスジュースを底まですすりながらラクレスが聞く。
「あんたがさっきノシたやつらですよ。ノストラード・ファミリーの連中だ」
 苦虫を噛み潰したような顔でマスターがつぶやく。どうやらそうとうひどい目にあっているらしい。
「ほう、そのなんちゃらファミリーとやらはそんなにヤバイのかい?」
「ああ、一月前くらいからそこの『ダグザート山』に住みついてるやつらでさ。なんでも北の国境を超えてやってきたそうで。おかげで……」
 マスターの話によると、ファミリーのボスのノストラードは強力な魔術師で、町の自警団程度では相手にならず、やりたい放題やっているらしい。
 ランスロウの派遣騎士団に出動を要請しているが、「多忙ゆえしばし待たれよ」と返事がきたっきりである。
「つまるところ、自分のことは自分でしろって言われたようなものなのね」
 ミルクティをちびちびとかわいらしく飲みながら話を聞いていたパティ。こっそりと「パパってのんびり屋さんだから……」とつぶやいていたりする。
「それよりもマスター、その山に『ゴールデン・オルクス』がでたって聞いた事ない?」
「ゴールデン?なんですかいそりゃ」
「えっとね……」
 と手元の分厚い本を開きながら、パティはその獣魔〈アザ―〉について説明してくれた。

 ゴールデン・オルクスとは。野生の狼に似た獣魔『オルクス』の突然変異種。本来のオルクスは濃い茶色の毛並みだが、この変異種は美しい黄金色の毛並みをしている。
 もともと温厚な獣魔だが、外敵から身を守るためにはその鋭い牙と爪を振るって戦う。
 知能は高く、家族単位で生活している。危険度三星。ただし個体差あり。
 余談だが、ゴールデン種の毛皮は高値で取引されるため、その数は減少する一方である。
 一部の知識人は「乱獲を控えるべし」と狩猟者たちに自粛を求めている。

「……と言うわけなのよ」
 説明文を読み終え、一息ついて再びミルクティをこくこくと飲みだす。
「で、お嬢さんはそいつで毛皮のコートでも作るつもりかい?」
「違うわよ!保護して愛護協会から謝礼金をもらうんです」
 ちからいっぱい否定してから、コスイ事を言い出す少女に、男は思わず吹き出していた。
「ハハハ!そりゃあいいや。まあがんばって捕まえてくれ。そっちのボウズがいりゃあ安心だしな」
 そう言いながらパティのお尻のあたりをイヤらしい手つきでポンっとはたく。
「きゃっ」
 かわいい悲鳴を上げながら飛びあがったのもつかの間、
「なにすんのよ!このスケベ親父!」

 ブオン!

 全力でスイングした魔術師の杖がむなしく空を切る。

「おおっと。親父とはひどいな。俺はまだ29だぜ」
 軽やかにかわすと、男は出入り口へ向かっていた。
「それと、おれにはリョウ・サイファーってりっぱな名前がある。まあ『かっこいいお兄さん』とでも呼んでくれ」
 さりげなくずうずうしい事を言う。
「誰が呼ぶか!あんたなんか不合格よ!」
「お〜こわ」
 背中に猛烈な抗議の声を浴びながら、リョウと名乗った男は酒場を後にしていった。



「変な奴だったな」
「ふん!今度会ったら黒焦げにしてやるわ!」
 ブッそうな台詞をはくパティ。
 リョウが去った後、さすがにノストラードの連中を野ざらしにしておくのも哀れなので、ラクレスは保安官の事務所まで運んでやる事にした。
 五人目をリアカー(マスターに貸してもらった)に乗せ終えたとき、ふと奇妙な事に気づいた。
「パティ、ちょっと見てくれ」
 珍しく神妙な声でたずねるラクレスに驚きつつ、
「どうしたのこのナイフ、真ん中からぽっきり折れてるみたいだけど」
「五本ともなんだ」
「へ?あんたがやったんじゃないの?」
「いや、パティが『物を壊すな』って言ったから……」
 どうやらあの状況で律儀に約束を守っていたらしい。感心しつつもあきれながら、
「じゃあ誰が?」
「たぶん、あいつだ」
 あいつとはおそらくリョウ・サイファーの事であろう。しかしあの戦闘中、彼とラクレス達は五メートル以上離れていたはずである。その距離で、しかもラクレスにすら気づかせない早業で五本ものナイフをほぼ同時に叩きおったのだろうか。
 それが本当ならば、一体どのような技をつかったのか。
「ただのスケベ親父じゃあないってわけね……」


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