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Original Novel happy Presents



ファイブフォースストーリー五力伝


黄金獣を捕獲せよ!





「じゃあここに停めておきますね」
 宿屋の主人に確認を取るパティ。
 ここはダグザードにある唯一の宿。料金は安いが、その分設備も最低ランク。主人が温厚そうな人物である事が救いのようだった。
「ええ、馬車馬はこっちの馬小屋に入れてください」
 主人は馬小屋を指し示した後、不思議そうな顔を向けてくる。
「おや、馬はどうしたんですか?」
 そう、パティが乗ってきたと思われる馬車には馬がいなかった。
 それなりに大型で、しっかりとした作りの屋根付馬車は、少なくとも2頭以上の馬で引くタイプのものだ。しかし、ここにあるのはその馬車部分だけ。この宿屋まで乗ってきたことには違いないのだが……
「ああ、いいんです。こいつが引きますから」
 パティの言葉に主人が眼を丸くする。なぜなら、彼女はかたわらの少年を指差していたからだ。
「またご冗談を……」
「こっちでいいんだな」
 妙なジョークだなと主人が思ったのもつかの間、ラクレスはさも当然とばかりに馬車の取っ手をつかむと、軽々と引き始めた。
 目の前で起こったことが信じられないように、主人は目をぱちくりしている。
 それもそのはず。馬2頭で引く馬車を、身長150センチほどの少年が軽がると引いているのだ。普通はびびる。
 だが、この馬車をランスロウからずっとラクレスが引いてきたことを知ればさらに言葉を失ったろう。しかも、普通の馬なら7日かかる距離をわずか3日で走破したのだ。
 ちなみに、当然の事ながらパティは御者台で「ハイよー」とか言ってただけだ。
 彼女にしてみれば「馬を使うと停める場所や飼い葉代が気になるのよね。それにこれも修行の内よ」だそうだ。
 というわけで、ラクレスは誇張ではなく「馬車馬のように」こき使われているのだった。
 ばしゃを停留所に置き、
「まあそう言うわけです。じゃあ部屋へ案内してもらえますか?」
「え、ええ。わかりました。こちらです」
 今だに信じられないものを見たという顔をしながらも、彼も宿屋のプロ。客を待たせるわけにはいかない。気を取りなおしてパティ達を部屋へ案内するのであった。



 あてがわれた2階の部屋へ入るパティ。その後にラクレスが続こうとするが、
「アンタはあっちっ!」
「なんでだ?」
「アンタね、乙女と同じ部屋で寝る気?世が世なら一晩三万は固いわよ!」
「そうなのか……」
 いまいちラクレスは理解できないようだ。まあしょうがないと言えばしょうがない。彼は長いあいだ山で祖父と二人で暮らしてきたのだから、男女の仲とかそう言う人間関係の機微に極端に鈍い。
 当初はラクレスを馬小屋にでも入れて宿代を浮かそうと思ったが、3日間馬車を引かせっぱなしだった事もあり(夜もパティは馬車の中、当然ラクレスは野宿である)、さすがに後ろめたくなって結局パティは2部屋とった。
「荷物を置いたら晩ご飯にしましょ。下の食堂よ」
「メシか!イヤッフー」
 うってかわって上機嫌なラクレス。こういうところは分かりやすくて扱いやすい。
「飯か?いやっふー」
 とつじょ、背後からどこかで聞いたような野太い声が続く。
「あ、アンタはさっきのチカン!」
「チカンはひどいな。いっしょにどうだい?お嬢さん」
 今の会話を聞きつけたのか、となりの部屋からでてきたのは先ほど酒場で別れたリョウ・サイファーだった。
「ふっふっふ、ここであったが百年目!」
 すかさず攻撃呪文の準備に入るパティ。バチバチと両手から放電現象が起こっているところを見ると、最大威力の攻撃魔法、雷撃〈ライトニング〉を放つつもりらしい。
「まあそうバチバチしなさんな。さっきの件は飯をおごるってことで許してくれよ」
 ひるまず交換条件を出してくるリョウ。その提案はパティの怒りを揺るがすのに十分な効果を発揮した。この娘、いいとこのお嬢さんのくせに妙に金にがめつい守銭奴なところがある。
 その証拠に、両手の放電現象はゆっくりとおさまった。
「まあいいわ。本来なら黒こげにして首と胴を切り離して別々の川に流すところだけど、それで手を打つわ」
「俺は吸血鬼か……」
 不死身の人魔〈アゼル〉吸血鬼も、そこまでされると復活できないという。もっともただの言い伝えだが。
「メシにいくなら早くしようぜ。オレ腹へったよ」
「ハイハイ。行きましょ。リョウのおごりでね」



 宿屋の1階は食堂になっていて、宿泊客以外にもそれなりの人数がテーブルについていた。その窓際の一角で、リョウ・サイファーは青ざめた顔でパティに交渉を持ちかけた。
「なあ、このガキの分は別にならないか?」
「なりません」
0.05秒で即答され、ガクっとうなだれるリョウ。
そのかたわらのラクレスは、4杯目のオムライスをたいらげ、「おかわり!」と声たからかに宣言しているところだった。
「メチャクチャ食うな、お前」
「うまいもんは食えるときに食う!」
 心底うれしそうな顔でうなずくラクレス。ほどなくしておかみさんがタルのような身体をゆさゆさと揺らしながら5杯目のオムライスを運んできた。
「ハイ、おまちどうさま。じゃんじゃん食べてね」
「オウ!まかせろ!」
 しっかりと伝票に書き足してから、やはり大きなお腹をゆさゆさ揺らして厨房へ去っていく。どうやら夫婦で宿を経営しているらしい。
「くそ、こうなりゃやけ食いだ!おかみさん、鶏肉のフライとトマトスープ追加ね」
 負けじと食べ始めるリョウ。かなり立派な体格の彼と、子供のラクレスが張り合うのもなかなかにこっけいである。
「ところで、リョウはなんでこの街に?」
 スパゲティのフォークをカチャカチャさせながらパティが問う。マクドーガル家ではあまりマナーには厳しくなかったようだ。
「まあちょいとしたたのまれ事をね。君達はたしか……」
「ゴールデン・オルクスを捕獲するのよ!」
 グッと拳を握って力説するパティ。
「保護すれば愛護団体から50万もの謝礼金が出るのよ!他の人に先を越されてなるもんですか!」
「ふーん。オルクスも大変だな。ちょっと毛皮が珍しいからって騒がれて」
「外敵に怯えて暮らすより、安全で快適な生活の方がいいに決まってるわ!」
「そんなもんかね」
 気のない返事のリョウ。ひょっとしたら以外と人情家なのかもしれない。
「それよりもノストラードの連中には気をつけろよ。昼間の件で目をつけられてるだろうからな」
「大丈夫よ。たかが野党でしょ。こいつの敵じゃないって」
 今もオムライスをがっついているラクレスを見る。
「オウ!拳術〈アーツ〉天覇活殺に敵は無いぞ!」
「天覇活殺?」
 その名にリョウが反応する。
「じゃあ師匠はG―ロトゥールか?」
「ああ、町の師匠だ」
 ふんふんとうなずくリョウ。なにか心当たりがあるらしい。
「知ってるの?」
「昔世話になったのさ。少しね」
「ふーん」
「さて、飯も食ったし。風呂入って寝るか」
 約束どおり伝票を持って(その金額に一瞬目頭を押さえてから)支払いをしていった。早めに去ったのはこれ以上ラクレスに追加注文をさせないためかもしれない。
 G―ロトゥールが自分のおじいちゃんである事をなんとなく言いそびれてしまったが、まあ世間話程度にしかならないと思って気にしないことにした。
「じゃああたしもお風呂に入って寝よーっと。アンタもそれ食べ終わったらお風呂に入るのよ」
「フロか、めんどうだな」
 ラクレスは山にいるあいだ風呂に入る習慣が無かったので(水浴び程度で十分だった)いまだに苦手だった。
「だめよ。ちゃんと清潔にしなきゃ」
「う〜、わかった」



「ふ〜、いい気持ち。旅の疲れがほぐれるわ」
 浴槽に肩までつかってパティがリラックスしている。
 マクドーガル家の風呂ほど立派ではないが、一人で入るには十分な大きさの湯船につかって、パティは上機嫌だった。
 しなやかに伸びた四肢、年のわりに豊かに実った胸がほんのり桜色に上気する。少女と女の狭間でゆれる、絶妙な魅力がそこにはあった。
 そんな女湯の隣では……

「フ〜、いい気持ちだ。旅の疲れがほぐれるぜ」
 浴槽に胸までつかって(でかいのでそこまでしかつからないのだ)リョウがリラックスしている。
 鍛えぬかれた四肢、分厚い筋肉に包まれた胸板が熱く上気する。男盛りのマッチョナブルあふれる魅力がそこにはあった。
「さて、そろそろかな?」
 おもむろに壁に耳を当てる。むろん女湯がわだ。すると、
「♪ふーふん、ふーふん、ふふーふん」
 楽しげな鼻歌が聞こえてくる。もちろんパティのものだ。
「ふふふ、隣りで美少女がスッポンッポンでいるんだ。覗かないほうが失礼ってもんだな」
 とまあ自分勝手なりくつで壁をのぼりはじめるリョウ。
 作戦パート1。壁の上からこんにちは。
 ほぼ垂直で、なんの取っ掛かりも無い壁だが、彼は器用によじ登っていく。
「ちい!つまったか」
 天井付近までたどり着いて小さく舌打ちする。壁と天井の隙間はほんのわずか(指が入るかは入らないか程度)しかなく、そこから女湯を視忍することは不可能だった。
「ならばあ!」
 作戦パート2。湯船の中からおじゃまします。
 大きな湯船を使うと、女湯と男湯がつながっている場合がある。さっそくもぐり始めるリョウ。
 しかし、無情にも浴槽の底には鉄格子がはめられていたのだった。
『いや、これはこれで水中でおがめるかも……むふふふ』
 などとにやけ面でまつこと数分。だが一向にパティの裸は現われない。
『もしや、身体を洗っているのか?』
 危険な状態だった。もし彼女がそのまま身体を洗い終わって出ていってしまったら、今までの苦労が全て水の泡である。
『いかん!猛烈にいかん!あのボインをおがまねば、死んでも死にきれん!』
 即座に湯船から脱出する。こうなったら最後の手段。
 作戦パート3。窓の外からアイウォンチュー
 その名の通り窓から覗く、オーソドックスな作戦である。それゆえに危険が伴う諸刃の剣でもある。
「まずは……」
 慎重に事を運ばねばならない。音を立てないように男湯の窓をあけ、スルスルと外側の壁をはう。いよいよ女湯の窓にさしかかろうというその刹那!
「おっさん、なにやってんだ?」

 ビクゥッ!

 壁に張りついたままの姿勢でリョウは硬直した。客の少ないこの宿だから、邪魔ははいらんだろうという考えは、浅かったと言うしか他に無い。考えてみればラクレスが風呂にくる可能性は十分にあった。
 しかし、パティを覗くという強烈な欲求が、その可能性を意識の底に深く沈めていたのだろう。
 ここはなんとかしのぎきらねばならない……
「や、やあラクレス君。星がきれいだね」
 女湯の窓に向けて壁をつたっている最中という、猛烈に説得力の無い姿勢で言い放つ。
「ああ、ひるま晴れてたからな」
 だが、ラクレスには効果的だったらしい。ホッと胸をなでおろす。
「ところでラクレス君、実は部屋に石けんを忘れてきたらしいのだ。とってきてくれないかな?」
「ここにあるやつを使えばいいだろ」
 風呂場には当然石けんもシャンプーもある。だがここで引き下がるわけにはいかない。
「い、いやおれはマイ・石けんでないと身体が洗えないのだ。頼むよ。風呂上りのコーヒー牛乳をおごるから」
 コーヒー牛乳と聞いて、ラクレスの目がキュピーンと光った。
「わかった!とってくる!」

 ドビューン

 目にもとまらぬスピードで出ていくラクレス。ちなみに服は着ていない。
「ふう、やっと邪魔者が消えたか。では続きを……」
「氷風〈クール・ウインド〉!」

 ピッキーン!

 強烈な冷風がリョウの体を包む。あっという間に全身に霜がおり、固まった身体は壁からはがれて地面にべチャッとひっくり返った。
「あれだけガタガタやられたらバカでも気づくわよ!そこで朝まで反省してなさい!」
 ピシャッと窓を閉めるパティ。フォースワールド第2階層に位置する呪文、氷風〈クール・ウインド〉を全裸で受けたリョウは、翌日朝日が昇り、その熱で氷が溶けるまでその場に固まりつづけていた。常人なら間違い無く凍死である。
「こ、殺す気か……」


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