妖獣人魔

 

プロローグ

 

 怪物の8本もある腕が一斉に襲いかかる。

 腕の先には鋭い刃物のような爪が生えており、浦木康一(うらきこういち)の身体を容赦なく切り刻む。

 紺碧のうろこに包まれた体を。

 浦木はその全てを体中で受けながら、意に介さずとばかりに怪物につかみかかった。

「ぐおおおぉ!」

 そのまま力任せに怪物を床に叩きつける。クモに近いが岩のように硬い殻におおわれた腹部に向かって、紺碧のうろこに覆われた腕をやたらめったらと振り下ろした。

 ガキッ、ガキッ、ガスッ、バキィッ、ドシュッ

「ヤメロッ!、ヤメテクレェ!」

 仰向けに押さえつけられているため、身動きできない怪物――クモ男が懇願の悲鳴をあげる。

 ブルドーザー並の筋力で跳ね除けようとするが、浦木はそれをさらに上回る力で押さえつけた。

 紺碧のうろこに包まれた腕の先には、クモ男を上回る大きさと鋭さを持ったかぎづめが、血を求めるように鈍い光を放っていた。

「お前なんかっ、死んじまえぇー!」

 砕いた殻の亀裂にかぎづめを刺しこみ、怪物のはらわたをえぐり出す。

 ズブリッ、グジュリッ、ズルッ、ビチャッ

「グアアアアアァァァ!」

 クモ男がこの世のものとは思えない断末魔の悲鳴を上げあばれる。その悲鳴は逆に、浦木の嗜虐心(しぎゃくしん)をあおった。

「痛いか?苦しいか?楽になりたいか?」

 なおも怪物を内部から引き裂きながら、残忍な笑みを浮かべる。

 鋭い牙の並んだ顔に。

 そして惨劇はさらにエスカレートした。

「もっと鳴けよっ!叫べよっ!わめけよっ!苦しんで見せろよっ!」

 引き抜いたかぎづめをクモのように複眼で構成された頭部に叩きつける。

 ガキッ、ガキッ、ビチュッ、ズブッ、ズブズブッ

 いつのまにか、深い悲しみのような紺碧の身体は、激しい怒りの紅に変わっていた。

「ハアハア、死ねよっ!」

 大きく息を吸いこみ、身体の内から燃えあがる怒りの炎を一気に吐き出す。怒りに任せて放たれた紅蓮の炎は、むなしくジタバタともがくクモ男を包みこんだ。

「ギイヤャアアアアァァァァァァァァァァ……」

 黒く炭化した死体を、康一はなおも叩きつづけていた。

 何度も、なんども。

「もうよせ、康一」

 敗後から声がかけられた。それは優しくいたわるように、

 そして悲しく寂しがるように。

「もう、死んでる」

 いつのまにか現われた男は、今の浦木の姿を見ても臆することなく近寄り、肩に手を置いた。

「お前は十分戦ったよ。仇は討った」

 いつのまにか、浦木の身体のうろこはもう元の紺碧に戻っていた。

「だからもう泣くんじゃない」

 いつのまにか、浦木の頬に涙が伝っていた。

 ゆっくりとからだのうろこが薄くなっていく。鋭く伸びたかぎづめも普通の爪になり、長く伸びた尻尾もきれいに無くなっていた。

 そして牙の並んだ口も、額から伸びた2本の角も引っ込み、元の人間の姿になる。

 だが、頬を伝う涙だけは、今日起こった出来事が夢の中の出来事ではない事を証明しているかのようだった。

「ぼくは……うっ……ううっ……」

 涙はとどまる事を知らず、ただ静かに流れるのみだった。