HM開発室秘話


「みなさん!ただいま帰りました!」
静かな研究室に元気な声が響き渡る。
私は仕事を中断し、その声の元へ向かう。
そこには学校から帰ってきた娘達が立っていた。
「やあ、お帰り」
私が声をかけると、彼女たちはこちらをむいて丁寧に挨拶をする。
「あ、長瀬主任! ただいまです!」
「ただいま帰還いたしました」
マルチとセリオ―――
私の可愛い娘達である。が、正確には、この「娘」という表現はあてはまらない。
なぜなら、彼女たちはロボットなのだから……
彼女たちは、その性能をテストするために、現在学校に通学させている。
そして、帰ってきてから学校で得られたデータをまとめているのである。
「よし、さっそくデータの整理をするから、スタンバイしてくれ。」
「はい!」
「かしこまりました」
元気に返事をしたほうがマルチである。セリオは、相変わらず淡々としている。
「お、マルチは相変わらず元気だねー。よしよし」
マルチは頭を撫でられると嬉しいらしく、恍惚の表情を浮かべる。
それが可愛くて、よくこうやって頭を撫でてしまうのだ。
「はい! 何事も気合です! 学校で教わりました!」
「ははっ、そうかそうか」
カプセルに入るマルチ。そして、データの収集が行なわれる。

ふぅ…マルチのやつ、いつにも増して元気だな。
学校でなにかあったのかな?
「長瀬主任」
「ん?」
開発チームの村田君が私を呼ぶ。
「マルチのデータをまとめていたところ、面白いデータが得られました」
「ふーん、どれどれ…」
データを見ると、どうやらある特定の人物とのやりとりがあったらしい。
階段での出来事、放課後の出来事がそこに記されている。
「この人物と接触をしているとき、データに大きな変化が見受けられますね」
「ふーむ……」
なるほど…マルチの元気のモトはこれか…
「村田君、うちのデータベースを使って、この男子のことを調べてみてくれ」
「はい、わかりました。えーと…名前は…藤田浩之、か……」
ピクッ
「浩之さん…」
マルチ?
今、一瞬表情に変化があったように見えたが…気のせいか?


数日後…

「長瀬主任!」
学校から帰ってくるなり、こちらに元気よく駆け寄ってくるマルチ。
「ん? なんだいマルチ?」
「今日は、浩之さんと"えあほっけー"っていうゲームで遊んだんですよー!」
にこにこしながら、とても嬉しそうに喋る。
「へえ、面白かったかい?」
「はい! とっても "えきさいと" しました!」
「ははっ、そうかそうか。よかったな、マルチ」
「はい! よかったです!」
最近のマルチは、学校での生活がよほど楽しいらしく、帰ってくると
このように真っ先にその日の出来事を話してくれるのだ。
表情も嬉々としており、見ているだけでこちらも元気が沸いてくる。
「じゃあ、いつものようにデータ取るよ」
「はい!」
相変わらず、元気に返事をしてカプセルに入る。
「…ふう、浩之さん、か…」
ぼそっと呟くと、村田君がそれを漏らさず聞き取る。
「主任、どうしたんです?」
「いやね、マルチのやつ、ここんところずっと "浩之さん" のことしか
しゃべらないなーって思ってね…」
マルチが学校に通うようになってからというもの、学校には浩之君しかいないんじゃないかと
思えるくらい、彼の話しかしない。
この一週間で、「浩之」っていう名前を何回聞いただろうか。
藤田浩之―――
マルチにとって、 "浩之さん" はどういう人間なのだろう?
彼女の話を聞いていると、恋人同士と思えるくらいである。
マルチにそれだけ好かれる人間…、是非一度、会ってみたいものだ。
そんなことを考えていると、どうやら私は難しい顔をしていたらしく、村田君が言った。
「主任、ひょっとして嫉妬してるんですか?」
「はは…かもね。恋人のことを話す娘を見てるようでね…」
実際、マルチが浩之君のことをしゃべっているときは、いつにもまして幸せそうに喋る。
それこそ、私が浩之君をうらやましいと思ってしまうほどに。
「でも、いい表情じゃあないですか。セリオのやつも、これくらい喜怒哀楽がはっきりしたらいいんですけどねー」
「君、セリオもあれで表情をちゃんと出しているよ。今度よく観察してみなさい」
「はぁ、そうですかね…?」
セリオ…やっぱりキミは、学校に長めに在学させておいた方がよさそうだ。
開発スタッフですら、君のことを誤解してしまうくらいだからね…


テスト期間終了後…
その日、思いもよらない言葉が、マルチから発せられた。
「長瀬主任!」
「ん? どうしたマルチ?」
何かを決意したかのように、私の名前を呼ぶ。
こんな表情のマルチははじめて見るな…
いったいどうしたのだろうか。
「あの…あの…」
震えるマルチ。
その表情は、何か悪いことをしでかし、親に怒られることを覚悟している子供のようである。
「いいよ、言ってみなさい」
マルチを怯えさせないように、やさしく言う。
「はい! あの…わ、わ、私の解体、一日だけ…待って欲しいんです!」
「え!?」
話を聞いていた研究員たちがいっせいに驚きの声をあげる。
私も一瞬耳を疑った。
いつも素直で言うことを聞いていたマルチが、一日待ってくださいと言ってきたのである。
この言葉は、人間で言えばいわゆる「わがまま」というものである。
あの素直なマルチが、こんなわがままを言うとは…
「一日だけでいいんです! どうしても、やっておかなければいけないことがあるんです! お願いします!」
心の底から申し訳なさそうに言う。しかし、その瞳からは、断固たる決意が伺える。
なるほど、そういうことか。
マルチがわがままを言ってまでやりたいと思うこと。
いままでのいきさつから考えても、それはひとつしかない。
「まったく、わるい娘だね。約束を破るのかい?」
ちょっと意地悪っぽく、厳しい顔をしてみせる。
「あぅ…それは…」
案の定、極端に困った顔をするマルチ。
それを見かねたのか、村田君が口を挟んでくる。
「あの、主任…」
「君は黙ってなさい」
「しかし…」
村田君は不満そうな顔をして言うが、それを遮って私が言う。
「マルチ」
マルチにしゃべりかけると、ビクッとして体を硬直させ、今にも泣き出しそうである。
うん、十分に反省したようだね。
そして、考えを覆さなかったことから、その決意が並みならぬものだということもわかった。
それを認識した私は、声をやわらげ、マルチに言ってやる。
「そんなわるい娘には罰だ。一日外で頭を冷やしてきなさい」
「あ…」
マルチの表情が、先ほどとは打って変わってぱっと明るくなる。
「ありがとうございます! 長瀬主任!」
よっぽど嬉しかったのだろう。
何度も頭を下げて、「ありがとうございます」を連発している。
「いっておいでマルチ。そして精一杯働いてきなさい。これから生まれてくる妹たちに、お姉さんの仕事ぶりをみせてあげなさい」
「はい! がんばります!」
いい表情だ、マルチ。
いままでの中で、とびっきりの笑顔だよ。
「では、さっそく行ってきます!」
そしてマルチは嬉しそうに飛び出していった。
「おいおい、車に気をつけろよ…っていっても、車にぶつかったくらいで
壊れるようなやわな代物でもないか…」
苦笑して、仕事に戻ろうと振り返ると、ニヤニヤしながら村田君が話し掛けてきた。 「主任」
「ん?」
「カッコイイじゃないですか。単にボーっとしているだけのダメ親父じゃなかったんですね」
「おいおい…。僕の仕事ぶりを見てないのかい?」
「見てますよ。公園でハトに餌をやるっていう素晴らしい仕事をね」
「だろう? 生き物は大切にしないとね。」
「ま、とにかくこれで仕事が大幅に遅れましたよ。減給確実ですね」
彼は、はぁっと溜め息をつきながら仕方なさそうに言った。
「だろうねぇ…すまないね。勝手な判断でこんなことしちゃって」
「いいんですよ。むしろ、ダメって言ったら主任を縛り付けてでも僕が行かせてるところですよ」
「僕にはそういう趣味はないよ…」
「茶化さないで下さいよ…」

浩之君、君は幸せものだよ。これだけ愛されているうちの娘を
独り占め出来るんだからね…


そして翌日…
聞きなれた、元気な声が研究室に響き渡る。
「ただいま戻りました!」
仕事を終えたマルチが帰ってきた。
私はマルチのところに歩み寄る。
「お帰りマルチ。君のご主人様は喜んでくれたかい?」
「はい…」
顔を赤らめて答えるマルチ。
「そうか、それはよかった」
うんうん、と私がうなずいていると
「長瀬主任…」
と、あらたまった雰囲気で私の名を呼ぶ。
「なんだい?」
マルチはこちらに向き直り、想い出を懐かしむように喋りだした。
「今日まで本当にお世話になりました。私は幸せでした。不出来なロボットでしたけど、皆さんにこんなに親切にしていただけたのですから。
これから生まれてくる妹達も、きっとみなさんに愛されてくれると信じています! だって、長瀬主任に作っていただけるんですから!」
……
今ほど、科学者をやっていてよかったと思ったことはなかった。
同時に、この娘を科学の礎のために犠牲にしなければならないということに
強い抵抗を覚えてしまった。
「嬉しいこと言ってくれるじゃいないか。マルチ…前言撤回だ。おまえは僕の最高の娘だよ」
くしゃくしゃっと頭をなでてやる。
「あぅ…長瀬主任…ありがとうございます…」
嬉しそうに微笑むマルチを見て思った。
この娘は、もっと幸せになるべきだ。
科学者失格と言われてもかまわない。
娘に幸せになって欲しいと願うのは、どの父親も同じだろう。
「じゃあ、マルチ…最後の仕事だ」
「はい…かしこまりました!」

こうして、HMX-12型の性能テストは幕を閉じた。

…と、上には報告した。


数日後…
外で一仕事終えた私は、研究所で村田君を探す。
「やあ、村田君」
「あ、主任、おかえりなさい。またハトに餌やってたんですか?」
ここ最近、私は毎日決まった時間に外出するようになっていた。
彼も、私の行動にはもう慣れてしまったらしく、さも当たり前のようにそんなことを言う。
もちろん、本来の目的は餌をやることではないのだが…
「まあね。でも、今日はもう一つ、大事な面接をね」
「はいはい、そうですか。…なんか嬉しそうですね?」
「ああ、面接の方が上手くいったものでね」
面接をした相手が、あまりにも期待通りで楽しかったことが、どうやら顔に出ていたらしい。
マルチの目に狂いはなかったか…
わが娘ながら、なかなかの目利きだよ。
「ところでさ、君、ちょっと引き受けてくれない?」
ニコニコしながら村田君に尋ねると、彼はあからさまに嫌そうな顔をして言う。
「…今度は何をやらかすつもりですか?」
「ちょっとさ、娘をかくまって欲しいんだ」
すると、彼は訝しげな顔をして言う。
「はぁ? 主任、結婚してましたっけ?」
「いや、娘っていうのは…これなんだけどね」
そういって、懐から一枚のDVDを取り出す。
そこには、「HMX-12(TEST TYPE)」の文字が記されている。
「DVDディスクですか?これが何の……あ!!これ、まさか…」
「そう、僕の娘だよ」
そう言った瞬間、彼の顔から血の気がひいていく。
彼は、周りを気にしながら小声でまくしたててくる。
「主任、まずいですよ。機密保持の為にこのディスクは破棄しろっていう上からの絶対命令だったじゃないですか!」
心なしか口調も早口で、かなり焦っているようだ。
「僕はあまのじゃくだからね…命令には逆らいたくなるんだよね」
「冗談言ってる場合じゃないですよ! これがばれたら、いくら主任でも減給じゃすまないですよ!」
「まず首がとぶだろうね。親父も執事がクビになるかもね。怒られるだろうなー」
クックックと笑っていると、彼は呆れた顔をして言う。
「それをわかっていながら、僕にどうしろっていうんですか?」
「だから、ちょっとの間かくまってほしいんだ」
「ちょっとって、どれくらいですか?」
「そうだねー、たぶん、HM-12量産型が発売されるまでくらいかな…」
「ずいぶん先の話ですよ?」
「だろうね。2〜3年はかかるしだろうね」
「はぁ…」
ため息をつく彼。
「わかりましたよ。ただし、タダじゃ嫌です」
どうやら、何を言っても無駄と悟り、諦めたようだ。
やれやれといった感じで言う。
「さすが話がわかる。で、何が欲しい?」
「このディスクのバックアップとらせてください」
「だめだめ。ウチの娘は、もう嫁ぎ先が決まってるんだよ」
「なるほど…じゃあ、今夜おごってください」
「了解。…ありがとう。すまないね、毎度毎度」
「まったく、上司思いの有能な部下でしょ?給料上げてくださいよ」
「仕事をがんばれば給料は上がるよ」
「給料上がる前にクビにならなきゃいいですけどね」
「はは…まったくだ」


そして数年後―――
HM-12シリーズが発売された。
HM-12シリーズは、上からの要望どおり、必要最低限の性能だけしか装備させず、
低コストで量産ができるという形式を採用した。
必要最低限だけなので、メイドロボットとしては申し分ないが―――


その日、手元に届いた発売当日の顧客名簿の中には期待通りの名前があった。
待っていてくれよ…

「やっと…この日が来たか」
「まったく、寿命が確実に縮みましたよ」
私が感慨深く言うと、村田君が相変わらず呆れた口調で場を冷ます。
「そりゃそうだ。いままでの数年分は減っているだろうね」
「はいはいそうですね。ところで、本体はもう送ったんですか?」
「ああ。マルチ本体をね」
ニヤリ、と笑うと、彼は目を丸くする。
「え? 本体も隠してたんですか? 隠せるような場所は無かったと思いますけど…」
本体の方も、念のためということで廃棄処分が決定されていたのだが、やはり魂と本体、両方そろってこそ "あの" マルチである。
彼にとっても、その方がいいだろうと思い、残しておいたのだ。
「いままで来栖川家で働いてもらってたんだ。名前を変えてね」
マルチ本体は、HM-12シリーズのテスト運用という名目で、あの家に置いてもらっていた。
あそこの娘さん達は話のわかる方だったので、セリオを通じてお願いしたのだ。
親父の猛反対を押し切れたのも娘さんたちのおかげである。
ちなみにセリオは、来栖川家の下の娘さんが気に入ってしまったらしく、その彼女といっしょに暮らしている。
思ったとおり、彼女を理解してくれる人がいたのだ。
マルチの本体を来栖川家に託したのも、その人の所なら大丈夫だろうと考えたからである。
「…主任、相変わらず抜け目無いですね…」
「まあね。セリオが上手くやってくれたんだよ。まったく、姉想いのいい妹だよ。あそこなら確実だったからね。」
「ウチは確実じゃなかったですよ」
村田君は心底まいっていたらしく、愚痴をこぼす。
「信用してたよ。有能な部下クン!」
「給料上げてくださいよ」
「だから仕事をがんばれば…」
「はいはい、わかりましたよ……。それにしてもマルチ、幸せになるといいですね」
「きっとなるさ。だって、マルチが好きになった人のところに嫁げるんだからね…」
「また父親気取りで…目が潤んでますよ」
「言うなって。君も娘を持てばわかるさ…」
「マルチは、僕にとっても娘同然ですよ」
彼も、遠い目をして言う。
我々開発チームが最も理想としていたメイドロボット。
人を愛し、愛されることが出来るメイドロボット。
それが、マルチであり、セリオだったのである。
"作品" がたくさん売れることでなく、彼女達が幸せになってくれることが、我々開発チームの一番の望みなのだ。

少しの沈黙―――
その沈黙を破るように、彼がゆっくりと口を開く。
「…今夜、久しぶりに飲みますか?」
「いいねぇ。娘のお祝いといくか。当然、オゴリだろうね?」
「おごって欲しかったら給料上げてくださいよ」
「だからそれは…」
「ははは…」


浩之くん、サラリーマン二名が体を張って守った娘だ。
絶対に、幸せにしてやってくれよ……



FIN