心に秘める、名雪の想い


キーンコーンカーンコーン…
お昼休みのチャイムが鳴った。
今日のお昼は何にしようかと考えていたところで、香里が向こうからやってきた。
「あ、香里。お昼ごはん食べにいこう」
「そうね。でもその前にお客さんよ」
香里が促した方を見ると、教室の入り口に女の子が立っているのがみえた。
見覚えのない顔だ。制服の色からすると1年生みたいだけど…
とりあえず、行ってみよう。

「水瀬名雪さん…ですね?」
「うん、そうだよ」
間近で見ると、その子はとてもかわいい子だというのがわかった。
物腰も丁寧で柔らかい雰囲気を持ち、誰からも好かれそうな感じである。
でも…なんだろう。この悲しい眼は…?
この眼は、つい最近どこかで見た気がする。
「相沢さんがお呼びです。中庭で待っているそうです」
「祐一が?」
「はい」
「…うん、わかったよ。ありがとう」
「では…」
ぺこりとお辞儀をして女の子は帰っていった。

「相沢君、今日休みよね?」
近くで話を聞いていた香里がそう言う。
「うん…」
そう、祐一は今日は学校を休んだ。あの子の看病をするために。
「どうしたのかしらね?わざわざ学校に来てまで…」
「うん…」
「どうしたの? 暗い顔して」
「ううん、なんでもないよ。ちょっと行ってくるね」
「そう、いってらっしゃい」
そうして私は教室を出る。
「ついにこの日が来ちゃったか・・・」
そうつぶやきつつ、真琴と祐一が待つ場所へと向かった。


祐一が真琴をつれてきてから2週間。
私は…真琴に、家族として見てもらえていたのかな?
中庭に向かう途中にふと、そんなことを考えた。
普通におしゃべりはしたけど、真琴はいつもどことなくぎこちなかった。
祐一が家にいない時は真琴は部屋に閉じこもりっぱなしだった。
お買い物に行こうと誘ったときも……
…やめた。
真琴がどう思ってようと、真琴が家族であることには変わりないもん。
こんなこと考えたりしたら、お母さんや祐一に怒られちゃうよね。

「真琴、雪だるまつくろうか」
中庭で私がやったことは、ただ真琴と遊ぶことだった。
二人でひたすら雪だるまを作って、それを祐一が見てるだけ。
意味なんてなくてもかまわない。
それが、家族っていうものだと思うから。
「ほら真琴、雪だるまさんにおめめつけてあげよう」
「あぅ…」
「あはは、上手だよ」
「あぅー!」
無邪気に笑う真琴。
その顔をみて急に悲しくなった。
真琴がいなくなるのも悲しいけど、今まで私が真琴に対して何もしてあげられなかったことがもっと悲しい。
そう思うと、訊ねずにはいられなかった。
「ねぇ、真琴」
「……ぅ?」
真琴が、どうしたの? という風にこっちを見る。
無邪気な表情が眩しくて、思わずうつむいてしまう。
「真琴…私、言いたい事いっぱいあったんだけど…」
「あぅ…?」
心配そうにこちらを見る。
優しい子だね。
そんな優しいあなたに、私は…
(私は、真琴の家族として…)
そう言おうと思った所で―――
キーンコーンカーンコーン…
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
そしてこれが、真琴とのお別れを告げる合図。
「……」
私は顔を上げ、にっこりと微笑んで言った。
「私、真琴が家にきてくれて嬉しかったんだよ。家族が増えて、お母さんもそうだけど、私も嬉しかったんだよ」
「あぅ…」
「だから、まってるよ。帰ってくるの」
「……」
真琴の口が動いた。
「…ゅ…き…」
(また遊ぼう)
最後の方は言葉になっていなかったが、そういうふうに聞こえた。
私は「うん!」とうなずいて、身を翻した。
「じゃあね、祐一」
祐一に挨拶をして教室へと戻っていった。

「あら名雪、おかえりなさい…って、どうしたの?目がちょっと赤いわよ」
「あ、香里。ううん、なんでもないよ」
「ふーん…」
香里はそれ以上なにも言わなかった。


そして、時は流れて―――
季節は春。
新しい生活が始まる季節。
「遅刻しちゃう〜! お母さん、いってきまーす」
「あら、学校に行くの?」
「当たり前だよ…」
今日から新学期だということを忘れちゃってるのだろうか。
お母さん、たまにズレてるからなぁ。
「学校に欠席届け出しちゃったわよ」
「あはは。じゃあ、今日休んでもいいのかな?」
「そうするつもりだと思ってたから…」
手を頬にあてて困ったような顔をしている。
どうやら本気で言ってるみたいだ。
「心配しなくても大丈夫だよ。遅刻はしても、学校休んだりしないから。それじゃあ、ホントに行ってきまーす!」
そういって家を飛び出す。
続いて祐一も家から出てくる。
「名雪、もっと早く起きてくれ!マラソンは冬の間だけで十分だ!」
「私は毎日走ってるよ〜」
「陸上部といっしょにすんな!」
いつもの通りの何気ないやりとり。
でも、今日は特にこのやりとりを楽しく感じる。
春だから?
そう、今は春。
新しい生命が誕生する季節。
「そういえばな、名雪。俺、今日夢を見たぞ」
「あ、そういえば私も」
あれ? でも思い出せない。どんな夢だったっけ?
春だから、頭の回転が鈍ってるのかな?
「嘘つけ、年中熟睡してるおまえが夢なんてみるか」
「うー。私だって夢くらい見るよ。それで、どんな夢?」
「猫がいてな…」
そうだ、猫がいて、そして…
「となりで女の子が幸せそうに寝てるの」
「おう、そうだ。よくわかったな?」
「……祐一」
祐一がふと、立ち止まる
季節は、春。
あの時から、ずっと待ち焦がれていた季節。
「今日はちょっと、ものみの丘まで行きたい気分だな」
「うん、私もそんな気分」
「不良め、学校さぼるのか?」
「欠席届けはお母さんがだしてくれたよ」
にっこりと微笑んで言う。
「はは、じゃあ、安心だな」
「うん!」
「よーし、ものみの丘まで競争といくか!」
「負けた方がイチゴサンデーおごるんだよ」
「望む所だ。二人分だぞ」
「うん、望むところだよ。それじゃ…」
『ヨーイ、ドン!』
二人の元気な声が、静かな住宅街にこだまする。
そして、大事な家族が待っている丘に向かって駆け出した。
この声、届いたかな…?


季節は、春。
凍りついた世界がぬくもりによって溶解するように
あの冬に凍りついた家族の時間がようやく動き出す。
大好きなお母さん。
イジワルな従兄弟。
隣の部屋に住み着いたかわいいネコさん。
そして……その猫の飼い主。
今日からまた、みんな家族だよ。
ヨロシクね!



FIN