m_1.htmlTEXTDmWr61ナオヌ亰ヌTales of Marie Before Lost Memories-1

ACT.1

 一面の銀世界。
なだらかな丘以外に視界を遮る物もなく平原は雪に覆われていた。
空は青く晴れ渡り、日光が雪に反射し地面は一層白く見える。
時折吹き付ける風の音以外には何も聞こえない。
地平線を境にする青と白の静寂の世界。

 このような景色にそぐわない灰色の影が丘を登っていた。
特に急な斜面と言う訳でもないのだが、 その動きは緩慢で遠目には老人のようにも見える。
その女は血の跡と思しき茶色の染みの付いたマントを羽織っていた。
赤毛だと思われる髪にも血が付いていて、雪焼けした顔に髪がへばりついている。
顔や腕など肌が露出している所は例外無く傷だらけで未だ血が流れている所もあった。
吐く息は荒く、緩慢な動きのわりには本人は必死なのだというのが判る。
傷だらけではあるが、明らかに軍隊の隊章のついた胸当てや肩当て、 腰に下げている剣がこの女を軍籍にあると明かしていた。
そして、こんな所を軍籍の者が一人で血だらけになりながら歩いているというのは どう見ても敗残兵以外の何者でもない。

 2日前、女が属していた傭兵部隊は野営中に襲撃され壊滅していた。
指揮系統の混乱から兵士達は四散し、容易く各個撃破の対象になった。
女の所属する小隊も逃走中に追撃を受け、全滅していた。
他に生き残りがいる可能性はあったが、女には知る術もない。
第一、女には自分が何処にいるのか、見当もつかなかった。
この2日間というもの眠りもせず、雪に残る足跡を消すことすら忘れ、 ただひたすら追っ手から逃げていた。

 どれほど歩いたのか、 やがて平原が終わり森が広がっても女はただまっすぐ歩いてゆく。
立ち止まりもせず歩みを緩めるでもなく、 まるでこの先に何があるのか知っているかのように森の中へ入る。
無論、女には自分が何処に向かっているのか判るはずもなかった。
とりあえず西へ向かっているという事だけは太陽で分かったがそれ以外には見当もつかない。
いや、まともにそれを考える余裕が無かった。

 追っ手は追撃を受けた日以来見ていない。
平原で後ろ振り返った時も姿は見えなかった。
だからといってそれが逃げ切れたという保証にはなりはしない。
どこまで行けばいいのか?
女には判らなかった。
ただ足が動く内は歩くだけだけのこと・・・・・ それだけだった。

 森に入って半日が経った頃だろうか。
日没と共に雲行きが怪しくなりはじめる。
しばらくして雪が降り始め、風も強まってきた。
こうなると吹雪になるのも時間の問題になる。
はたして、たいした時間も経たずに横殴りに雪が叩き付けてくるようになった。
足跡はこれで完全に消えるだろうが慰めはその程度だった。
密生した森の中にも関わらず、吹雪の勢いは激しく、 吹雪いてくる側には頭や肩だけで無く全体に雪がこびり着いてくる。
頻繁に落とさないと雪の上に更に雪が付いてきて相当な重量になった。
しかも雪は直ぐに凍って氷のようになってしまう。
これが遮蔽物の無い平原ならば立っている事すら困難だったろう。

 視界は狭まり、もはや真っ暗な森の中を手探りで進むような状態になった。
実際、何も見えず何度も木にぶつかってしまう。
端からみれば滑稽な構図だが、 視界が皆無で吹雪の中では人間の感覚などそれこそ何の役にも立ちはしない。  
寒さも相当応えた。 最初の内は雪が体に積もっても歩いているせいもあって、 問題にはならなかったがしばらくすると体全体が冷えてくる。
そうなると動きも自然と緩慢になってしまう。
暗闇の中、耳は吹雪に塞がれたも同然だった。

 雪が深くなり1歩を進むのも困難になってくる。
このままではもしかしてではなく、確実に雪の中で行き倒れになるというの事を 女も自分自身に認め得ざるなくなった。
しかし都合良く吹雪が凌げる場所があるわけもない。
せめて吹雪がしのげるだけの幅のある大木でもあれば良いのだが・・・・・  
時間の感覚はとうに無くなっていた。
森の中に入ってからの距離も判らなくなっている。
ただ機械的に足を前に交互にだしている・・・・・

 一体どれだけ進んだのか。
膝が岩と思われる物に当たった。
暗闇の中ではどれだけの大きさかは判らなかったが、 少なくとも高さは女の背よりもあるのが手を伸ばして分かった。
乗り越える事はできないが、この岩(ひょっとしたら崖かも)に沿って進めば、 吹雪いてくる反対側に回り込めるかもしれない。  
他に選択肢がある訳でも無し、岩を右手伝いに進む。
吹雪は後ろから吹いてくる事になり、幾分は楽になったような気がした。  
岩は右側へ緩やかに曲線を描いていた。
完全ではないがこれで吹雪いている方向の反対側にきたような気がする。
と、するにこの岩はそう大きなものではなかった事になる。
確かに風も雪も完全に防げている訳ではないが、 少なくとも先ほどより凌ぎやすくはなっていた。

 更に岩陰を周りこんだところでいきなり何かにぶつかる。
高さは腰の辺りで厚さはそうないが、幅はかなりあるようだ。
手探りで柵のようなものだというのが判った。  
柵にせよ何にせよこれを作った人間がおそらく近くにいるだろう。
どうする?
敵では無いにせよ、友好的とも思えなかった。
この辺りの村や町へは度々徴用が行われていたはずだった。
要するに略奪、放火、殺人、強姦・・・・・  
敵、味方問わずに軍籍の人間に対しては激しい憎悪がある。
憎悪の原因はさておき、女にも自分が憎悪を受けるであろう事は判っていた。

 剣を使うか?剣は生きるために使う物。
ならば今が使う時ではないのか? ・・・・・
しかし腕は傷と寒さのせいで上げることすらできない。
こんなでは脅すこともできないだろう。    
・・・・・ただ、吹雪がしのげればよいのだ。
別に奪おうとかいうのではない。
納屋かなにかにもぐりこんで吹雪が止むのを待つだけでいいのだ。
この吹雪で夜更けに出歩く人間がいるとも思えない。

 柵を乗り越えるにも一苦労だった。
そう高さがある訳でもないのだが足を上げる事ができない。
前のめりになって柵の向こう側に頭から落ち、 ようやく柵を越えられた。  
しばらく進むと岩の近くの大木(かどうかはさだかではないが)に、 寄り掛かるようにしてある小さな小屋のようなものにぶちあたった。
手探りで小屋の周りを一周してみて扉と思しき物を手探りで見つけだす。
こんな状態では判らないが、一応中に人の気配は無かった。
あるいは気配を殺してこちらを伺っているのかもしれない・・・・・

 扉に近づくと扉の外側にかんぬきが架けられていて、 金属の錠が下ろされているのがわかった。
つまり人は居ないという事だ。
吹雪は先ほどよりもさらに強まってきている。
方向が変わったのか岩のこちらでも吹雪いてきた。  
一時、思案に暮れた後もっとも簡単な方法を実行した。
剣の柄を逆さに握り、蝶番の方に叩きつける。
手が思うように動かせず苦労したが、何回か繰り返した後、 木が腐っていたのかくぐもった音がして扉が傾いだようだ。
もう2、3回繰り返してから手で押してみる。
力を込めると鍵の部分を残して扉は外れたようだった。

 捩じ込むようにして体を中に入れると生臭い臭気が鼻につく。
どうも動物の毛皮のようだ。
扉をできるだけ元に戻すと暗闇の中、 匂いの元を探ってみる。
手探りではあるがやはり動物の毛皮のようなものが干してあるようだ。
それを力任せに引っぱり下ろす。
濡れたマントはそこら辺の床に投げ捨てた。  
吹雪がおさまるか、日が出れば言う事は無いんだが・・・・・
毛皮にくるまり横になる。

 体を横たえることができるのは久しぶりだった。  
傷は疼き、所々痛む場所がある。
服も体も濡れているし、床は冷たく堅い。
空腹感は通り越していて何も感じなかった。
用心の為、胸当てをしたままではあるがそれでも体を休める事はできた。
毛皮の匂いは特に気にもならなかった。 (血の匂いならこっちの方が酷いくらいだ)
寝るつもりはなかった。
しかし久々に横になると疲れが一度に噴出してくる。
(まぁ、少しだけ、雪が止むまでの間。少しだけだ・・・・・)
目を閉じるといつの間にかまどろんでいて・・・・・
・・・・・やがて、眠りについていった・・・・・・
外では吹雪が相変わらず吠え狂っている音が聞こえている・・・・・

 突然、犬の吠えたてる声で目が覚めた。 一体どれだけ眠ってしまっていたのか。
外れかけた扉の隙間から日の光が差し込んでいる。  
まず頭に浮かんだのは追っ手ではないかという事だった。
次に自分が何処にいるのかを思い出した。
小屋の持ち主だろうか?
どちらにしろまずい状況に置かれているのは間違いなかった。  
傍らに置いてある剣を取り、それを支えにして起き上がろうとする。
しかし立ち上がろうとしても立て膝になるのが精一杯で足が言う事を聞かなかった。
両手も震えていて力を入れようとしてもできなかった。  
さらに頭まで酷く痛む。
朦朧とする意識を繋ぎ止めているのがやっとだった。
剣を持ってはいても戦うどころ話ではない。
逃げなければ・・・・・
しかし・・・・・どうやって?

 突然、扉が蹴り破られ、何者かが踊り込んできた。
そのはずみで剣が滑り肩から床に倒れてしまう。
再度立ち上がる間も無く、 剣は踊り込んできたその何者かに踏み付けられてしまう。
「動くなっ」  
男の低い声が聞こえる。
動きたくても動けないのだが、相手にそれが判るわけもなかった。  
顔をずらして相手を見ようとするが、臑の辺りまでしか見えない。
しかしそれで十分だった。
相手はすでに剣を抜いている。
こっちは剣を抜くどころか立つ事すらできないのに?
ここでこれ以上自分に何ができるというのか?
男の持つ剣は外からの光を反射して一層白く見える。

 目を上げているのも疲れた。
全身の力を抜いて目を閉じる。  
今までにも死を意識した事は何度と無くあった。
しかしこれで終わりなのか?
こんな所で、こんな不様な形で?  
それと意識する間もなく涙が溢れてくる。
声は殺しているが止めようと思っても涙は止まらなかった。
なんでこの期に及んで涙なんか出てくるんだ?
今まで涙なんて流している奴はダメな奴だと聞かされてきた。
だから涙を流した事など無かった。
強ければいい。
強ければ涙を流す必要は無いのだ。
それをこんな最後の最後で・・・・・

 突然、髪の毛を掴まれ無理矢理に顔を上げさせられる。
髪を引っ張られる痛みはあったが死を前にして気にはならなかった。
「・・・・・女か・・・・・」  
初めて相手の顔を見る事ができた。
声の割りには若い男だった。
警戒の色がありありと伺える。
しかし・・・・・
人の髪を引っ張っておいて言う事はそれだけかい? 殺すんならさっさと殺せっ!  
頭では言えるのだが口が動かず言葉にはならない。
今度は突然、手を離され顎と頬を床にぶつける事になった。  
痛みと共に全身から力が自然に抜けていくのが感じられる。
(好きにすればいいさ・・・・・)
そして・・・・・
なにも見えなく、 聞こえなくなっていった・・・・・
・・・・・・・・・・・

 女は倒れこんだままぐったりしている。
それでも油断はできなかった。
その程度の芝居をうつなぞ誰にだってできる。
女の持っていた剣を小屋の反対に蹴飛ばす。
剣を女の首にあてたままで女の付けているベルトを探ると案の定、 短刀が2本あった。  
女の方はぴくりとも動かない。
額に手を当てるとかなりの熱があるのが判った。
どうやら本当に意識を無くしたらしい。

 さて、この疫病神をどうしたものか・・・・・ 古くなっていたとは言え、扉は壊されている。
干していた毛皮は3枚が駄目になっていた。
全く、厄介なのが来たもんだ。  
外にでも放っておくか?
放っとけば長くはもたないだろうし、 似たような奴等への警告と見せしめにはなるだろう。  
ふと手に持った女の短刀に目をやる。
そのうちの1本に汚い字で女の名だろうか、 マリーと書かれていた・・・・・


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