Back/Index/Next
Summon night 2 Another Story



時詠みて糸紡ぎし者


Chapter 1

「異界より訪なうもの」

by 夕凪鶏一




 スラムで盗賊まがいの家業をこなし細々と生きてきた少年は、ある日街をひとつ地図の上から消してしまった。上級者でも時たま起こしてしまう、<召喚術>の暴発。少年が起こしたのはその中でも最悪の、誓約に縛られない<召喚獣>の召喚だった。制御の効かない獣ほど、怖いものはないと言うことだ。これが悪魔であったり、機械兵士であったりしても同様の被害があったはずだ。<召喚獣>の有する力とは、人が抗えるレベルの力ではない。
 多数の死傷者が出たスラムの中心に居たにも関わらず、少年は無傷であった。召喚された竜は散々暴れまわった後にふっと姿を消してしまったそうだが、それは少年が無傷である理由にはならない。街が灰になってから駆け付けた<召喚師>の話では、すぐ傍に控えていた鬼が、彼を護っていたらしい。
 全ては気がついた牢獄の中で聞かされた。その時、少年に事情を説明してくれたのが、後に彼の師となるラウルという上級の<召喚師>であった。出会いとはかくも不思議なものだ。
 街を消したその日のうちに、少年は各地に散らばる<召喚師>達を束ねる派閥の1つである、<蒼の派閥>の本部が置かれている聖王都ゼラムへと連れて来られた。見せしめのために公開処刑でもされるのかと身構えていたが、意外にも少年に与えられたのは首切りの刃ではなく、屋根のある寝床と食事であった。
 後日聞かされた<蒼の派閥>のお偉方の決定に寄れば、大勢の人間を傷つけ街を破壊した罪は重いが、派閥としては少年の大きな力を失うのは本意ではない。そこで、少年を派閥の<召喚師>育成学校に入学させきちんとした<召喚師>にし、社会に貢献する働きをもってその罪を償うとしたらしい。
 理由はともかく、少年はそこで暮らすことになった。スラムよりも綺麗でちゃんと食事ができて、油断していても後ろから刺されない程度に平和な場所だった。
 少年はそこで育ち、いつしか青年になっていた。けれども、彼はそこが嫌いだ。
 どんなにスラムより住みやすくても、そこには彼が愛した自由が無かった。





 王都に本部を置くだけあり、<蒼の派閥>本部は広大な敷地を持っている。その中に宿舎や校舎、本部となる施設や大小の研究所が立ち並び、その様相は小さな村か街のようだ。無論、<召喚術>などという危険極まりないものを扱うのだから、それ相応の設備がある。
 本部建物からやや外れた敷地の端に、周りを小さな森に囲まれた小さな小屋がある。屋根の下にはで延々と地下へ続いていく階段があり、その下には巨大な半球状の空洞がある。それが、地下儀式場である。
「<蒼の派閥>の<召喚師>見習いマグナ、ただいま参りました」
 マグナとは親がつけてくれた名前ではない。スラムに居た頃に自分で自分につけた。特別な由来や意味は無いが、いくつか挙げた候補の中で1番強そうだったからだ。即席の名前ではあるが、結構気に入っている。
 地下儀式場は見上げるような天井から壁、教室の倍はある床までが全て頑丈な岩を削り出して造られている。それは下手に殴れば手首を痛めそうなほど硬い。多大な労力と金と時間をつぎ込んで地下数十メートルに空洞を造ったのは、もちろん火薬以上に危険な<召喚術>が暴発などをした場合を想定されているからである。いざとなれば天井部を破壊し、大量の土砂でこの空間を埋めたててしまえる。
「おお、マグナ。待っていたぞ」
 儀式場の中央は周りよりも3段ほど高くなっている。ロウソクとは段違いの明るい光を放つ石が据えられた灯台に囲まれた広い祭壇のような場所には人影が2つ。そのマグナから見て左に立っている方が、軽くてを振って出迎えてくれた。
 髪に白い色が目立つようになったが、まだまだ元気そうな初老の男性。その人柄を表すような穏やかな眼差し。マグナの師であり後見人である、彼がもっとも尊敬する<召喚師>、ラウルである。
 その隣りにぶっちょう面で立っているのが、数多く居る教師役の上級<召喚師>の中でも、マグナがもっとも嫌う男。その名もフリップ。彼が担当する授業はことごとくサボらせてもらっている。
「時間ギリギリか。てっきり試験を受けるのが怖くなって逃げ出したのかと思ったぞ」
「大方ネスティが起こしに行くまで眠りこけていたんじゃろ?」
 フリップの放った嫌味に、絶妙なタイミングでラウルの笑いを含んだ言葉が重なる。マグナはむっとする前に、誤魔化すように引き攣った笑いを浮かべてしまう。見事に図星を射抜かれては、反撃のしようが無い。
「随分と余裕ではないか、どこの馬の骨とも知れぬ『成り上がり』がっ・・・!」
 苛立ち紛れに吐き捨てられたフリップの一言が、しんと静まった儀式場の空気を冷たく震わせた。またかと言う表情で頭の後ろで腕を組むマグナとは対照的に、ラウルの変化は劇的だ。温和な笑顔は影も無く消え、刃のように冴えた厳しい表情が浮かぶ。それは普段は見せることの無い、実戦を知る<召喚師>の顔。
「その言葉、試験監督として不謹慎では?」
 ラウルの迫力に圧されてか、フリップは不機嫌そうに顔を歪める。派閥内部での地位は同等のものだが、正面からぶつかった場合は間違いなくラウルの勝ちだ。産まれ持った資質もあるだろうが、主に椅子に座って書類と戦うフリップに比べ、ラウルは王都の外にたびたび現れる<はぐれ召喚獣>と呼ばれる化け物の掃討の指揮をとることが多い。実戦を生き抜いてきた経験で言えば、フリップは圧倒的に不利だ。
 長くなるのかなぁとうんざりしていたが、ラウルのお陰でさっさと済んだ。やれやれといった様子でマグナは姿勢を正す。
 派閥内でのフリップの成り上がり嫌いは有名であり、今更驚くことでもない。そして運の悪いことに、マグナは成り上がりである。
 成り上がりとは<召喚師>の隠語で、平民の出である<召喚師>を指す。ごくたまに居るのだ。それまで無かった<召喚師>の力が、ある日突然開花してしまう者が。それが幸か不幸かは本人の考え方次第だが、家名の無い<召喚師>というのは仲間内で馬鹿にされることが多い。
 <召喚師>の素質は完全に血で継がれ、身分の高い低い、歴史の古さ新しさなどは関係無いと言っていい。どれほど遠くても先祖に<召喚師>の素質を有した者がいたのなら、その子孫が<召喚師>として目覚めても何ら不思議でない。長い間貴族待遇を受け、変なプライドを育ててきた先祖代々<召喚師>をやっている連中は、元平民の<召喚師>の存在が許せないらしい。もっとも、フリップにはもう少し込み入った事情があるのだが。
「・・・ふん。それでは試験を開始する!」
 気分を変えるためか、フリップは必要以上に大きな声で試験開始を宣言する。さして広くもない儀式場に響くその声と共に、僅かづつではあるが自分の鼓動が速くなっていくのを感じる。スラムを出て以来、緊張するなんて久しぶりだ。
 いつの間に取ってきたのか、ラウルが小さな盆に載った5つの石を差し出す。透き通った色合いの、宝石のような石。<召喚師>が術を発動させる際に使用する、極めて純度の高い<サモナイト石>だ
「目の前の<サモナイト石>を用い、お前の助けとなる下僕を召喚してみせよ」
「承知致しました」
 マグナは5つの色の中から赤い<サモナイト石>を掴んで深呼吸すると、おもむろに左手の杖を水平に構え、重ねる様に石を持った手を伸ばす。ここまではいい。こんな構えだけなら素人にでもできる。
 もう1度深呼吸をして肺に酸素を満たすと、マグナははっきりと通った声を張り上げた。
「我が声を聞きし者、我が声に応えし者。見えざる縁の糸に結ばれた、まだ見ぬ魂の兄弟よ」
 赤い石の中にほのかな明かりが灯り、内側から輝きを放ち始める。呪文の詠唱と同時に注がれたマグナの魔力に反応して、己が属する世界との繋がりを強めている。この状態の時に魔力にのせて言葉を送れば、それは石と界の繋がりを辿って空間を越えてゆく。
 この試験、<護衛獣召喚の儀>は、通常の召喚とはいささか目的が違う。まず異界への門を開き、魔道具や魔術書などの繋がりを辿って対象を探すのが普通の<召喚術>。この方が自分が欲しい<召喚獣>を高い確率で捕まえられる。何の道具の手助けも借りず、ただ己の魔力と相性が良い<召喚獣>を召喚するのが、<護衛獣召喚の儀>である。
「我は全てを認める。縛る鎖は互いの信頼のみ」
 マグナが詠唱する呪文の欠落に気づいた時、フリップは呆けてラウルは目を細めた。
 マグナは<召喚獣>を召喚するにあたって絶対に必要となる、誓約の大部分を削除して召喚を行なおうとしている。ある程度の自由意思が残されて召喚される<護衛獣>とはいえ、その能力と意思は誓約によって縛られ、主に逆らわない様にされる。マグナはそれを無しで術を組み立てている。
「や、奴は何を考えているのだ!?」
 外界の音は遠い。肉体から離れていたマグナの意識は、掴まえたという確かな手応えを感じる。正確には、差し出した手を誰かが握る感触とでも言えばいいのだろうか。マグナの魔力にのせた言葉に応えるモノが居る。それをはっきりと感じることが出来た。
「古式の<召喚術>など使いおって。いつの間に覚えたのやら」
 成長した我が子を見守るようなラウルの温かい視線の先で、マグナは術の締めを高らかに詠う。
「門は開かれる。いざ来れ、異界の友よ!」
 手の中で形を崩した<サモナイト石>が赤い光の流れとなって宙に昇り、異界へと続く門へとその姿を変える。渦巻く水のような門の中心から、真昼の太陽にも負けない光の柱が迸り、爆発のような衝撃波が儀式場にあるもの全てを叩く。
 この爆発、空間と空間を無理に接続させたために起こる派手な反発のせいで、どんなに巧妙に隠れたとしても<召喚師>の居場所はすぐにばれてしまう。<召喚術>が暗殺向きではない所以でもある。ただ、この衝撃波はなぜか術者には被害を与えないので、周りを囲まれてしまった時などは便利なのだが。
 荒れ狂っていた暴風のような<召喚術>の余波が弱まっていくのを感じながら、マグナは心の中でガッツポーズをしていた。間違い無く召喚は成功した。どんな異界の住人を喚んだのかまでは知れないが、自分との相性だけは良いはずだ。ただそれだけを目標に召喚を行なったのだから。
 空間に満ちた光と風が引き、元の薄明かりが戻ってくる。マグナは目を庇っていた両腕を下げ、きつく閉じていたまぶたを開く。衝撃波を食らって幾つか灯台が倒れたようだが、それ以外は先ほどと変わらない儀式場の中央。
 マグナから数歩だけ離れた場所、向かい合うように佇む小さな人影を除いて。
「ここ・・・どこ?」
 その第一声に、全ての人間の動きが停まった。召喚した当人にいたっては凍ってしまっている。全員が全員、『ハトが豆鉄砲を食らったような顔』を見事に再現して見せているのが、ある意味では壮観だ。
 界と界を繋ぐ役目を果たした赤い石が、元の形に戻ってぽとりと落ちた。
「おにいちゃん・・・だれ?」
 その舌足らずな高くて細い声は、威厳や威圧といった類の迫力がまったく感じられない。どちらかといえば、恐れや不安を大量に含んだ、迷子のような声。
「へ?」
 間の抜けた言葉が自分の喉から発せられたと気づいた時、マグナの意識は脳内のお花畑から現実へと引きずり戻され、それを直視することとなった。
 自分の胸にも届かない背丈。肩のあたりで切りそろえられた、さらさらとした黒髪。ぴんと立った獣の耳。小さな両手に大事そうに抱えられた水晶らしき玉。鬼界シルターン独自の服装、藍色の生地を使った着物の腰の辺りで、白い艶やかな毛並みを束ねたようなふさふさとしたしっぽが揺れている。将来が期待できそうな、なんとも可愛らしい少女だ。
「ほう、シルターンの妖狐か」
 顎に手を当てて考え事をする構えのラウルは、不安げに辺りを見回している少女の耳としっぽを見、最後に水晶球に目を留めてニコニコと微笑んでいる。この予想外の事態を前にいち早く回復したのは、もちろんこの人だ。
「人身に変化してまだ日が浅いようじゃが、将来が楽しみといったところか」
「はぁ」
 気のない返事を返しながら、マグナはじっと自分を見上げている狐の少女を見下ろした。小さくて細い体格は、どう見ても<護衛獣>向きには見えない。いっしょに並べられてはどちらが護衛か分からなくなりそうだ。
 一瞬の思案の後、マグナはしゃがんで視線の高さを少女のそれに合わせる。
「初めまして。えーと、俺の名前はマグナっていうんだけど」
「!?」
 少女は自分の身体を庇うように水晶球をきつく抱くと、じりじりと後退してマグナから離れようとする。初めての場所、見たこともない人と、小さな少女を警戒心の固まりにするには充分な要素が転がっている。仕方ないといえば仕方ないが、召喚とは半強制的に行なわれることであって、召喚される側の者の都合というのは往々にして無視される。どんな場所でどんな主人に仕えるのかは、前もって分かるものではない。
「やはり誓約無しには異界の者とは付き合えんか」
「俺はそうは思いません」
 間髪いれずラウルの声に自分の声を重ね、マグナは立ち上がった。言葉の中に込められた強い確信と想いに、ラウルは続けようとした言葉を飲みこんで、顔中で喜びを表現するように笑う。
「<召喚術>はリィンバウム最強の武器だって教えられましたけど、俺はそうは思わない。誓約で無理矢理に縛らなくても、お互いに言葉を交わす事だってできるんだから、絶対に分かり合えます。俺はそう信じています」
 決意に良く似た表情を浮かべるマグナと楽しそうなラウルの顔を交互に見て、やや離れた位置にいた少女は話しの展開が読めず、不思議そうに小首を傾げた。
「ともかく! お前と共に試験を受ける<護衛獣>はここに召喚された!」
 完全に無視されていたフリップが、苛立ちを隠そうともしないトゲトゲした口調で叫ぶ。
「マグナよ、お前の<護衛獣>と共にこれより始まる戦いに勝利せよ!」
 フリップの声が大気の中に消えると同時に、ひどく粘着質なものを高い所から落としたような湿った音が響き、ロウソクの頼りない明かりの中に青と黒の2色の水溜りが複数現れる。唐突な宣言にマグナが反論できないでいる内に、水溜りはプルプルと震えながら身を起こす。
「ちょっ・・・! 待ってください!」
 半球状に盛り上がった水溜りの中、ぎょろりとした1つ目がぐりぐりと全方位を見回すように動く。空気に触れる表面を除いて強酸性なゼリーの体と、全身を制御する為の小さな脳と、人のそれに良く似た目玉。グロテスクな外見に底無しの食欲を秘めた<召喚獣>、見たままにジェルと呼ばれる下級な生き物である。
 いきなり現れた醜悪なジェルの姿には少々驚いたが、はっと息を飲んだマグナが走る。ジェル達はこちらを見ていない。それはそうだ。労せずとも食える獲物が目の前に居るのだから。
「バカっ! 逃げろって!」
 異界から来たばかりの少女は、こういった事態に慣れしていないのだろう。状況が読めずに棒立ちしていた所をジェルの視線に射竦められ、その無機質な食欲から逃げられずに震えていた。
 声も出せずに震える少女の恐怖を楽しむかのように、先頭の黒いジェルが体から指ほどの太さの触手を幾本も伸ばし、見せ付けるように振り回す。触手が空を切るたびにピュンと鋭い風切り音が地下儀式場の薄暗い空気を揺らす。
 黒いジェルはすでに目の前。もう少女が手を伸ばせば、その粘性の体に触れられる距離にある。1つだけしかないジェルの目が少女を捉える。ガラス玉のようなその表面には、泣き出しそうな少女の顔が少々歪んで映る。
 するすると、半透明な触手が何本も持ち上げられ、少女の身体へと近づいて行く。それに触られた瞬間に、色の薄いすべすべとした少女の肌は醜く焼け爛れ、灼熱の痛みを骨が溶けるまで味わうことになる。
「このっ・・・!」
 間一髪、横から少女の前へ跳びこんだマグナは手にした杖で触手を弾き、少女を片手で抱えると全速力で触手の射程外へ走った。哀れな獲物を捕らえようとした触手は空振りし、その酸で石床を溶かして穴を穿つ。
 あれが触れていたらと思うと、ぞっとする。
「相変わらず身のこなしは軽いのう」
 戦場からやや離れた位置に立っているラウルの足下に半泣きの少女をそっと置き、マグナは少しばかり焦げてしまった杖を剣に見立てて構える。
 置き去りにしてきたジェル達は、すでに転進を終えていた。彼らには体の向きなどという概念は存在しない。あえて言うならば、目が向いている方が正面か。
 腹を空かしたジェルが移動すると、床が白煙を上げてボロボロに崩れる。ジェルは強酸性の体で獲物を包みこみ溶かして食う。肉や野菜も食べるが、石や鉄でも食ってしまう究極の雑食生物だ。そのままにしておけば、儀式場を丸々食い尽くしてしまいかねない。
 舌打して、マグナは後ろ腰のポーチから1枚のカードを抜いて口に咥えると、続いて白い石を取り出す。どの界にもあてはまらず、どこにあるのかすら解っていない正体不明の界。それに対応した無色の<サモナイト石>。マグナはカードを高々と頭上に放り投げ、白い石を握り締めた手を水平に構えた杖に重ねる。
「我と汝の誓約の下に命じる。輝きを纏いて闇を払いし光将の剣よ、我が杖に宿りてその力を示せ」
 ひらひらと回転しながら舞い降りたカードが、ぼうっとした光をまとう。カードは道標である。一度誓約を交わした<召喚獣>の魔力を刻み付け、次回からはその魔力を辿ることで召喚したい対象を確実に見つけられる。刻めるなら何でもいい。大体は杖だったりカードだったりする。遺跡などから見つかる大昔の武器でも、特に業物と呼ばれるような物には時に魔力が刻まれている物があったりする。
 マグナの言葉をのせた魔力が、石と界の繋がりを辿って誓約を交わした異界の住人の下へと届く。呼応して白い<サモナイト石>が内包していた無の属性の力を解き放ち、薄く開いていた門が本格的に開いた。空間そのものを揺るがす衝撃波と共に飛び出した白い光の塊が、掲げられたマグナの杖に吸い込まれていく。杖全体が発光しながら徐々に形を変える。
「いくぞ!」
 杖の表面から光の破片が剥がれ、その下に隠されていたものが姿を現す。ひたすらに直線のみで構成された、斬り突く意思をひたむきに表現した刀身。何の装飾もされていない武剣。湯気のように光を立ち昇らせる、異界の剣。
「なるほど。憑依召喚をアレンジした独創の術か」
 満足げに頷くラウルの足元に座り込んでいた少女は、光の剣を手にジェルの群れの中へと走っていく青年の後ろ姿を見つめていた。
 黒いジェルが振るう触手を、マグナは軽快なステップで楽々と回避する。必要に迫られ、幼少の頃より鍛えられてきた身のこなしをもってすれば、単調に振り回すだけの攻撃など鼻歌でも歌いながら避けられる。
 あっさりと間合いを詰める。ジェルが対応する暇などやらず、足首から始まる全身の捻りを乗せた強烈な突きを繰り出す。狙うのはただ1点。体の9割を占める強酸性の細胞の動きを統括する、ジェル唯一の弱点。それは小さな脳。
 手応えはそれほど無かった。剣の切れ味もあって、水の塊を突いたかのようだ。切っ先がジェルの脳を破壊したのも気づかなかった。力を無くして崩れるジェルから剣を引き抜き、マグナは床を蹴って左に跳ぶ。それと同時、黒いジェルに隠れるように進んでいた青いジェルが触手を槍のように突き出した。ジェルが半透明で助かった。
 仲間だったものを貫いた青い触手を尻目に、マグナは黒いジェルの残骸を回りこんで青いジェルに迫る。もう1本触手の槍が放たれるが、狙いが甘く移動しているマグナには当たらない。が、やや姿勢が流れていた。反撃に剣を薙いだが、浅くジェルの身体を斬っただけだった。マグナは慌てずに手首を捻り、剣の軌道を突きへと変える。
「おにいちゃん、うしろ!」
 悲鳴のような少女の鋭い警告の声。群れの中に深く入りすぎてしまったマグナの背後に、もう1体の青いジェルが置き去りにされていた。偶然見逃されたそいつは、全身を使って高く跳びあがり、投網のように空中で身体を四方に広く伸ばした。逃げ場を塞ぎ、そのまま覆い被さって食うつもりなのだ。
 それに気づいても、マグナは剣の動きを止めない。身体を押し出すように踏みこんで、光る刃を正面のジェルに突き刺す。そして柄に両手を添えて強引に振りぬき、剣の動きに逆らわずに身体を回して最後のジェルに向き直る。
 しかし、最後のジェルは目の前に来ていた。もはや剣を戻して構える暇はないし、回避が間に合う距離でもない。もう手を伸ばせばとろく所、ジェルの内部の気泡や小さな脳の形まではっきり見て取れる。被ったら熱そうだなーと、考えてみたりする。
 半分以上諦めていたのだが、救いは突然もたらされた。横合いから飛んできた燭台が、尖った先端でジェルを刺し貫いた。いくら身体が強酸性だとは言っても、鋼の燭台を一瞬で溶かすほどではない。燭台は一直線にジェルの体を切り裂いて進む。突然の燭台の乱入でジェルの落下の軌道がずれた。
 光りを放つ刀身が煌く。面積を広げるために身体を薄くしていたのが災いして、急所の防御が綻んでいた。光りの剣は易々と脳を両断し、コントロールを失ったただのジェルはべしゃりと床に落ちる。それで終わりだ。
 剣を降り抜いた姿勢のまま握っていた剣が光に包まれ、フッと強く輝いた。すると剣は元の杖に戻り、ついでに砕けて散った。練習用の安くて造りが粗末な品だったので、異界の力を宿して戦闘する負担に耐えられなかったのだろう。最後まで保ったのだから良い方だが。
 身体にこもっていた力を抜き、精神の緊張を解いて大きく息を吐いた。すっぱい匂いが混じった空気が肺に流れ込む。命がけの実戦は久しぶりだが、まだ身体は鈍っていなかった。最後に後ろをとられたのが痛いが、動きは悪くなかったと自己評価する。
 額に浮いた汗を拭い、マグナは気楽な足取りで戻ると、立ちあがって目元をこすっている狐の少女に向き直った。
「さっき助けてくれたよね? ありがとう、助かったよ」
 少女はやや頬を赤らめ、こくりと頷く。今は試験中なのでラウルは助けてくれないし、フリップがマグナを助けるなんてありえない。とすれば、残っているのはこの少女しかいないと言うわけだ。
 燭台よりも小さな身体でどうやって投げたのかは知らないが、彼女は華奢な外見をしていても立派な<召喚獣>だ。重い燭台を吹き飛ばすくらいの力を持っていてもまったく不思議ではない。
 身体がだるいと感じたマグナは、どっかりと床に腰を下ろした。<護衛獣召喚の儀>を行って、続けてモンスターを1人で相手にして、その間中ずっと召喚状態を維持していたのだ。並みの<召喚師>ならとっくに倒れているような量の魔力を放出したが、総魔力量には自信がある。この程度で倒れていては、街1つを焦土に変えることはできない。
 後ろに手をついてくつろいでいるマグナの隣りに、心持ち狐耳を倒した少女がおずおずと座った。つぶらな瞳でマグナの緩んだ顔を見つめていた少女は、手もとの水晶球に視線を落とす。それを何度か繰り返して、ようやくといった感じに小さな声で言った。
「ありがとう」
「え?」
 何事か話し合っているラウルとフリップをぼんやりと眺めていたマグナは、少女に話しかけられて驚いた様子だが、すぐに表情を微笑へと変える。
「お礼なんていらないさ。俺も助けられたし。お互い無事で良かったって事で、な?」
 少女もつられて笑い、こっくりと頷いた。あどけないというか、その真っ直ぐな笑顔は見ている方も嬉しくなってくる。やっぱり笑っていた方が可愛いなと、マグナは思った。
「・・・わたしのなまえは、ハサハ」
「改めて初めまして、ハサハ。俺はマグナ。よろしくな」
 マグナの差し出した手を、ハサハの小さな手が握る。マグナの手の中にすっぽりと隠れてしまう華奢な手は、ほのかに温かくて柔らかい。妖怪であっても、こうしていると人と違う所などそんなに多くはない。このハサハにしても、耳としっぽがなければ人間の少女と変わらない。
「おーい、マグナ!」
 アーチ状の天井で反射し、エコーのかかったラウルの声。どうやら試験の結果が出たらしい。やれやれと呟き、服についた埃を払ってマグナは立ち、気負いのない足取りで歩く。その後ろに続くハサハ。
 不機嫌の極みのようなフリップと、上機嫌といった顔のラウルを見れば、おのずと試験の結果は見えた。まったく、ギャンブルには向かない人たちだと、心の中で苦笑。
「<召喚師>見習いマグナ。この試験の結果を持ってお前を、」
 咳払いのあとでぼそぼそとした声で話し始めたフリップは、最後には苦虫を噛み潰したような顔で告げた。
「正式な<召喚師>と認める」
「おめでとう、マグナ」
 分かっていたはずなのに、言われた途端に身体が熱くなるのを止められない。それは感動であり、興奮であり、様々な感情が混ざった炎だ。跳びあがって喜びたい所だが、そこは自制する。
「なお、派閥の一員となったお前にはいずれ任務が下される。心して待て」
 早口に言い終えて去っていくフリップについて、マグナの肩を叩いてラウルも去っていく。後に残されたのはガッツポーズをするマグナと、いまいち状況がわかっていないハサハ。
「これで一人前だあ!」
 歓喜の叫びと共に、ここに1人の<召喚師>が誕生する。




"Back/Top/Next