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Original Novel kaeru Presents



Me・Her






「なぁ、トオル。リーディングの宿題見せちくりーよ」
「“ちくりーよ”って、何語だよ、それ」
「いーだろ? 優等生のトオルくんは、聞くまでもなく完全解答っしょ?」
 高瀬和明(たかせかずあき)が、俺に得意の揉み手ですり寄ってくる。朝の挨拶もなしに、席に着いたばかりの俺に対する開口一番がこれだ。
「完全解答なんて保証はねえからな。間違ってても責任は持たない。それと、写したってのがバレても責任は持たない。それが条件な」
 俺はグレイのショルダーバッグからノートを取りだし、手渡しながら告げた。
「サンキュ。恩に着るぜ」
 和明はそそくさと席に着き、自分のまっさらノートを埋め始めた。
 朝の教室は、予習を済ませて堂々と話に興じているヤツらだとか、その逆に授業の準備に追われて陰鬱にシャーペンを動かしているヤツに溢れている。例外的に、予習もせずに世間話に没頭しているヤツもいる。周りからすればチャレンジャーだ。
 俺はといえば予習にぬかりのないタイプで、そんでもって話好きなわけでもなく、朝の教室の傍観を決め込んでいる。
 ぺらぺらと、昨日のバラエティー番組がどうとか、ドラマがどうとか話してる集団。
 顔色変えて、英和辞典と和英辞典を交互にめくって頭を抱えているヤツら。
「おはよー。トオルくん」
「おー、友人A」
 そして、そのイヤミな傍観者に声をかける友人A。
「友人Aって何よ。私はアユム」
 まじまじと俺の頭を眺める。相変わらず、ウゼぇの。
「その金髪、段々違和感無くなってきたねえ。うん、カッコイイよ」
「そりゃドーモ」
「む、ホンキで褒めてるのに、素っ気ない態度ね。そーいうのムカツク」
 窓の外を眺めながらボーっと答える俺に、アユム――星埜亜柚夢(ほしのあゆむ)は不機嫌そうに腰に両手を当てて言った。
「素っ気なくて悪かったな。これは生まれつきなんだよ。そう言うお前こそ、いちいち俺の一挙一動に突っかかるのなんとかしろ」
「失礼ね。私はそんなに怒りっぽくないよ」
「何でもいいから席着けよ。1時間目はオメーの苦手な数学ちゃんだろ? 予習しとけ、予習」
「フン。予習ならカンペキよ。いつまでも数学が苦手な星埜さんだとは思わないでよね」 星埜はわざわざ、中指を立てて言いやがった。このヤロ。
「分かったから、それは今度の定期テストででも証明してくれや。俺は穏やかな朝を満喫してんだから寄ってくんな」
 俺は小動物にやるが如く、しっしっと手を振った。当然、星埜は怒った。
「ちょームカツクわ、あんた。『寄ってくんな』ですって? なんつー暴言吐いてんのよ。この毒吐き魔!」
「ウザい。去(い)ね」
 俺がとことん突っぱねると、さすがの星埜も怒りを通り越し、呆れて側を離れていった。左手には愛用のバッグがぶら下がっていた。教室に来てから、自分の席にも向かわずに俺の所に来たらしい。
 ご苦労さん。
 何に対してか意識せずに、俺は心の中で呟いていた。
 一人になった俺は、とりあえず机の横に置いたバッグから教科書類を取り出し、机の中にしまった。
 途中、机の奥に何か入っていることに気づいた。
 触れた感じ、何かの本らしいが……とにかく取り出してみる。
 マンガの単行本だった。そう言えば昨日、田所基裕(たどころもとひろ)に借りてたんだっけ。
『これ、おもしれーよ。絶対読んだ方いいって』
 とか何とか言って差し出されたのを、机に入れてそのまま忘れていったんだ。
 タイトルは「Me・Her」。超マイナー誌、月刊リミットの連載作品らしい。
 ……って、オイ。3巻から貸されてもどうしようもねえだろう。
「モトヒロ!」
 俺は相手が教室に来ていることを確認して、声を上げた。朝っぱらから彼女といちゃついていたヤツが、声に気づいて振り返る。
「おっす、平沼」
「はよー、トオルくん」
 彼女の牧村籐華(まきむらとうか)も俺に頭を垂れる。面倒だから無視する。
 席を立ち、俺は右手に持った単行本を掲げた。
「お前から借りたこのマンガ、3巻じゃねえか! 1巻から貸せよな」
「あ、ワリぃ。それの1巻、もう絶版でさ。今古本屋で探してるトコ」
 田所は屈託のない笑いを浮かべ、謝ってきた。
「連載中なのに絶版て……なんだよ、そりゃ」
 俺は拍子抜けして訊ねる。
「そーいう出版社なんだよ。まぁ、大丈夫だって。それ一話読み切りタイプだから、予備知識なしでも分かるように描かれてっから」
「俺そーいうの嫌いなんだけどな」
「とにかく読んどけって。いい話だぜ。泣けるぜ?」
「俺は泣きたかねぇよ」
 田所と話していると、ふと、右手から本の感触が消えた。
「ふぅん。「Me・Her」ねぇ。なかなか面白そうなモノ読んでるな」
 そこには、表紙をまじまじと眺める、担任の教師。伊園貴一(いそのきいち)の姿があった。
「あ、イソノ」
 しまった、と思いつつ、俺は呟いていた。
「相変わらず平沼くんは俺を“イソノ”って呼び捨てにするんだねぇ。せめて先生と呼びなさい、先生と」
 単行本から目を離し、俺を諭す30そこそこの担任。実年齢よりずっと若く、20代後半くらいにしか見えない優男。
 食えない教師だ。
「で、先生。それ、どうすんですか?」
 俺はマンガを指さして、質問した。
 横目で田所を見やると、「こりゃあだめだ」とお手上げのポーズを取っている。その隣ではくすくすと笑う牧村の姿。
「うーん。然るべき処置としては……」
 伊園はわざと考えるような素振りを見せる。
 さっさと言えよ、ちくしょうめ。分かり切ってんだからさ。
「没収します。プラスアルファ、放課後職員室まで任意同行願います」
「ヤな言い方すんな」
 俺が苦々しい顔で吐き捨て、伊園は没収した単行本を掲げて教室を見回した。
「みんなー。ガッコーにこういうモノを持ってきてはいけませんよー。見つけ次第、俺の今夜のオカズにしちゃうからねぇ。いやぁ、平沼くん若いねえ」
 教室が笑いに包まれる。
 このヤロ。俺がエロマンガ持ってたような言い方しやがって。
「さっさとホームルーム始めて下さい」
 俺はそれだけ告げ、席に座った。
「トオルくんでも……エッチなマンガ読むんだ」
「ああ、そう。全編ハードSMの裏エロマンガ。今度貸そうか?」
「い、いいよ……私、女だよ」
 ホンキで伊園の術中にはまっている三鷹琴美(みたかことみ)をヤケになってあしらう。
 まったく、朝っぱらからサイアクだ。
 こういう日は、最後までサイアクな事が多い。
 『今日の占い』は嘘っぱちかよ。
 早退したろか、こんチクショウ。


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