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Original Novel kaeru Presents



Me・Her






「ひーほー。ひっさびさに熱唱したぜぃ。なぁ、トオルよぉ」
「酒クセぇよ、バカ。たかがビール1本で酔っぱらいやがって」
 千鳥足の高瀬和明の隣を、足取りに気を付けながら歩く。何でヤロウに肩を貸してやらにゃならんのだ。
 時刻は午後8時を回っている。放課後、久々にカラオケでも行こう、って言うことになり、俺と和明、星埜、三鷹の4人で学校から離れたカラオケボックスを借りること3時間。歌いすぎで喉が痛い。
 カラオケのメンバーとしては、三鷹琴美は今回初だ。いつもは田所と彼女の牧村がメンバーに入っているのだが、今日は都合が悪いとかで参加していない。
 おとなしそうな三鷹がカラオケ好きで、しかも巧いとは意外だった。
「琴美ちゃんて、歌うまいねぇ。ジュディマリ、また聞かせてよ」
 星埜がカラカラと、隣の三鷹に声をかける。
「私こそ、誘ってくれてアリガトね。楽しかった。また、一緒にカラオケ行こうね」
「琴美ちゃん好きだー! 俺と付き合ってクレー!」
 無意味にハイテンションな和明が叫び、三鷹が少しうろたえた。
「酔っぱらうといつもこーだから、ほっといてイイよ。て言うか、関わり合いにならない方が得策だね。ロクな男じゃねえから」
 俺は冷たく言い放ち、星埜が同調する。
「それは言えてる。琴美ちゃん、無視よ無視」
「はぁ……」
 午後8時はまだまだ昼と同じ、喧噪に満ちた繁華街を4人で歩く。俺たちと同じように団体で歩く連中が、通りを行ったり来たりしている。けばいネオンが鬱陶しい。
 俺の肩により掛かって酔っぱらっていた高瀬が、ふと自分の足で歩き始めた。やっと酔いが醒めてきたらしい。
「なぁ、トオル。2組の瀬戸さんって、可愛いよな」
 ……瀬戸渚。コイツもか。
 嫌なことを思い出した。
「俺の好みじゃねえ」
 俺はそう突っぱねる。
「大体その瀬戸さんとやらは、俺らのクラスの西紀が売約済みなんだよ」
「ところがな、そうでもないらしいぞ」
「あん?」
 高瀬がニヒヒ、と笑った。
「どうやら、最近2人の仲が荒れてるらしい。これは俺にもチャンスがあるって事だろ」
 俺の中で、可塑性の憶測が、次第に硬質に変わっていく。
 大してモテそうもない西紀が、瀬戸渚という高嶺の花と付き合っていること。
 西紀と瀬戸の仲が、最近荒れてきていること。
 西紀がやたらに、クラスメイトに金を借りて回っていること。
 そして2人は、病的なまでに痩せてきていること。
 くそ……俺はもう首を突っ込んでしまっている。
 でも俺は、2人を助けてやろうなんて気はこれっぽっちもない。
 自業自得なんだよ。裁かれちまえ。
『は、早く出せよぉっ。持ってンだろ、オイ?』
 聞こえた。
 紛れもない、西紀の声だった。
 繁華街から少し外れた、左手の路地裏からの声。
 ……なんていうタイミングだ。
「何、何か、もめてるよ?」
「や、やめとこうぜ。危ないモンにはかかわらねえ方がいいだろ」
 高瀬と星埜が気づき、顔色を変えて呟いた。
「今の声……西紀くんじゃない?」
 三鷹は鋭かった。
「ここで黙っててくれ」
 俺は1人、ずかずかと路地裏に足を踏み入れた。後ろで静止する声がかかったが、もはや俺は歩を止めようなどとはこれっぽっちも考えてはいない。
 足音を轟かせて、暗闇の悪――西紀に近づく。
「金を払ってもらわなきゃ、渡せないんだよ!」
「るせぇ! これが見えねえのか! さっさと出せっつってんだよ!」
 西紀が小さなナイフをちらつかせて、覚醒剤の売人とおぼしき人を脅している。
 ヤツが正気を失っていることは明白だった。クスリが切れかかっているのだ。
 暗闇でも分かる。売人は、俺と同じか……むしろ年下の少女だ。頑なに西紀の要求を拒否するが、刃物を突きつけられ、おびえていた。
 かつかつ。
 足音を轟かせて進み、俺は西紀の背後に立った。
「あ、アキラ……!」
 さらなる暗闇から、得体の知れない声が上がった。どうやらもう1人いたらしい。
 恐らく、瀬戸渚だ。シルエットが、自分を抱いて震えている。
「何だ、テメエはっ!?」
 売人に意識を集中していた西紀は、瀬戸の声で俺の接近に気づいた。ナイフを俺に向けるその手は、アル中の中年みたいに震えてやがった。
「何してんだよ、西紀ぃ!」
 俺は声を荒らげた。知れず、大声になっていた。
「な……何だ、平沼か? ちょ、丁度よかった。金貸してくれよ。今日は3000でイイからよぉ」
 気味の悪い声を上げるんじゃねえ。虫酸が走る。
 この、ヤク中が。
「ケーサツ行けよ、愛しの彼女と2人仲良く」
「な、んだと? テメエ、テメエもかよ! ヒラヌマァッ! お前まで、俺を裏切ンのかよぉっ!」
 西紀が俺に、バタフライナイフを向けた。
 俺の頭の中で、何かが音を立てて切れた。
「このクズヤローが! ヤク中に仲間なんかいるわきゃねえダロ! 甘ったれんじゃねえ!」
 西紀がナイフを構え、横に薙いだ。
「うああああああっ!!」
 狂った叫びと共に。
「アキラやめてぇっ!」
 瀬戸の声が、俺と西紀の鼓膜を貫く。
 それでも、西紀のナイフを薙ぐ右腕は、止まらなかった。
 ひゅっ!
 俺は、後ろに退く。制服の袖が切り裂かれた。
「分かってんだろ、西紀よぉ? お前と瀬戸を繋ぐのは、心じゃなくてクスリなんだよ! テメーは、ただのパトロンなんだよ!」
「うるせえええ! しゃべんじゃねえよっ!」
 西紀の、やり場のない、一閃。
 喰らってやるわきゃねえよ。お前の気持ちなんて分かりたくもねえよ。
 負け犬になんて、同情の余地はねえんだよ!
「トオルくん!!」
 熱くたぎる頭に、三鷹の叫び声が響いた。
 三鷹が走ってくる。
「来るな、三鷹! 来たって何も出来ねえんだよ! それより、ケーサツ呼べ!」
 俺はポケットからケータイを放った。
 三鷹がそれを受け取り、俺を困惑して見る。
「早く! コイツらを……早く!」
 俺は叫んだ。
 三鷹は涙を流していた。そして、頷いた。
「やめろぉおおお! 頼むからやめてくれぇっ!!」
「お前らは取り返しのつかないことをしたんだ! どうしようもねえんだよ!」
 三鷹は震える手で、110番をプッシュした。
「ちくしょぉおおおおあ! このクソアマあああああ!」
 西紀がナイフを腰だめに構え、三鷹に突進した。
 この……馬鹿が!
 救いようのない馬鹿が!
 俺は水たまりを蹴り、跳び上がった。
 西紀の後頭部に、かかとを叩き込む。
「がぁああっ……!」
 西紀はそのまま地面を転がり、意識を失った。
 痩せ細った体が水たまりに浸かり、その横に、鈍く光るバタフライナイフが落ちている。
 覚醒剤の売人は、放心状態でへたり込んでいた。
「うっ、うぅ……ぅあああああっ!」
 瀬戸はその場に泣き崩れた。
 三鷹が震える声で事情を告げ、程なくして、パトカーが駆けつけた。


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