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Original Novel kaeru Presents



Me・Her2 ↓平沼家の人々↑


2.レアモノ大セール



「ビックリしたよ。私、みやびネエが泣いたトコ、小3の時以来見てなかったし」
 変な興奮冷めやらぬ、といった様子で、なごみネエは俺の部屋でぺらぺら喋っていた。
「って言うか、俺はみやびネエが泣いた姿を見た記憶がない」
 机でメンズノンノをめくりながら、俺はぼやいた。ベッドに腰掛けるなごみネエは、俺の背後でまだ喋り続ける。
「でしょ? それだけ貴重なのよ、みやびネエの“泣き姿”ってのはさあ」
「何だよ泣き姿って」
「最後にみやびネエが泣いたときはね、私のせいだったんだよね」
 聞けよ、人の話。
「忘れもしない、みやびネエが小5の時よ。ネエが初めて家に連れてきたボーイフレンドに、私がイタズラしまくったのよ」
 さも楽しそうに、なごみネエは思い出に浸っているらしかった。
 俺も自然に、振り返ってしまう。話術にはめられた。
「何やったんだ?」
 なごみネエはにんまりと笑った。
「色仕掛け」
 おい。
「みやびネエがキッチンに飲み物とお菓子取りに行ってる間にさ、あはーん、てな具合に、その人にすり寄ったワケよ」
「そんなんで引っかかるかよ」
「馬鹿ね。実際にあはーん、だけなワケないでしょ。あの手この手を使ってサァ」
 うげぇ。なんつー小3だ。
 高3になった今の、なごみネエの恋人関係を知りたい。いや、やっぱ知りたくない。
「その人、小5でもけっこーマセてたみたいでさ、私が右手でちょちょいとまさぐ……」
「もーいいもーいい。分かりましたよ、シリガルさん」
「尻軽じゃないわよ。私は従順なんだからね。ただイタズラ好きなお茶めっ子だっただけよ」
 お茶めっ子。そんな造語で済ませられる次元じゃねえやな。
「そんで、その子がソノ気になった現場に、飲み物その他抱えてみやびネエが来たもんだから、それこそドラマのワンシーンよね」
「阿鼻叫喚。地獄絵図だな」
 こんなぶっ飛んだ話を、さも楽しい想い出のように語る姉が恐い。
「いやぁ、でも私のバージン守られてよかったわよ。あの勢いだと、そのまま犯されかねなかったから」
「そんな汚れたバージン捨てちまえ」
 サスガのなごみネエも、俺のこの言葉にはカチンときたみたいだ。
「相変わらず、口がお上手ねぇ、トオル?」
 すっ、となごみネエは肩に手を回してきた。そのまま首を絞められるかと思ったが、今回は違ったようだ。
「ねえ。私がまだバージンかどうか、知りたい?」
 ぐあっ……何言ってんだ、コイツ。
 今度は俺を血祭りに上げたいらしい。
 なごみネエは、そのまま体を密着させてきた。
 ぐはっ。分かっちゃいるが……この女体のほわほわした感触はっ。
 頑張れ、俺。
「知りたかねえよ。勝手にどっかでよろしくやってくれや」
 強がりにしか聞こえない声音で、俺は突っぱねた。
 くすくすと笑うなごみネエ。
 チクショウ。手玉にとってやがる。
「試してみよっか? ね?」
 耳に息吹きかけるな。頬に胸をくっつけるな。
 とにかく頑張れ、俺。
 正義は俺にある。
「トオルちゃんのココは、どのくらい成長したかなぁ……?」
 ふにっ。
 なごみネエの右手が、右手が……
 ゴールデンボールに。
 わーにんわーにん。
 俺は悟りの境地に達した。
「あんたたち、何やってるの。家では近親相姦は御法度よ」
「あぁら、みやびネエ。いいトコだったのにぃ」
 ……助かった。と思う。
 が、俺の本能は、どこかで残念がっていた。
 チクショウ。
「みやびネエ、おめでとう」
 みやびネエは、部屋の戸を開けたそのままの体勢で立っていた。
 俺は無理矢理立ち直り、そして今一番伝えるべき言葉を言った。
「おめでと、みやびネエ。幸せになってね」
 なごみネエもそれに続いた。
 みやびネエは、嬉しそうに微笑んだ。
「アリガト、トオル、なごみ。ちょっと波瀾万丈だけど、嬉しいんだ」
「あんまり惚気(のろけ)んなよ、こっちがハズいってえの」
 俺は反射的に毒突くが、それは気心知れた姉弟のスキンシップというモノ。
 だと思う。
 もっとも、俺は直接的な血のつながりはないんだけど。
 なごみネエはベッドにだらしなく横になり、聞いた。
「西原さんは、帰ったの?」
「うん。たった今」
「……となるとさぁ、みやびネエ。今9月で、ネエのお腹は3カ月でしょ。妊娠から出産まで10カ月だって言うから、来年の6月、産まれるんだ」
「4月だよ、バカ。1年は12カ月だぞ」
 俺はまた毒突いた。
 寝転がったままのなごみネエの蹴りを喰らう。ダルシムみたいな妙なリーチがあって、これがまた結構痛い。
「そうねえ。来年の4月っていうことになるのかな。だから、今年度は大学に通って、来年一杯休学することにするの。1年間、赤ちゃんの世話が出来るのよ。楽しみ」
「え、みやびネエ……つまり、大きい腹を抱えて、来年の2月くらいまで大学に通うのか?」
 俺はちょっと呆気にとられる。妊婦が大学構内を歩いていたら、しかも講義を受けていたら目立ちまくりだろ。
「そうなるわね」
 しれっと答える。みやびネエの性格からすれば、予想済みの答えだった。
「……恥ずかしくねえ?」
「何を言うのよ。大きくなったお腹は、愛情と幸せの証明よ? 恥ずかしくなんかないわ」
 ヘタをすれば、みやびネエは宗教でも興しそうな性格である。
 一方、寝転がっていたなごみネエはいきなり立ち上がると、みやびネエの腹を撫でて言った。
「早く産んで産んでー。私、赤ちゃん見たい」
「来年の4月まで待ってね。元気な赤ちゃん産んでみせるから」
「男の子かな、女の子かな」
「それは、まだ分かる段階じゃないみたいね。超音波検査でも」
「男の子だったらいいな」
 みやびネエが微笑む。
「なごみネエの子供じゃねえだろ」
「私は元気な男の子の方がいいの。ね、みやびネエもそうでしょ?」
「うーん……私は女の子の方がいいかなぁ」
 なごみネエは頬を膨らませた。
「えー、どうして?」
「女の子に色々と可愛い服着せて、手を繋いで歩きたいの」
 ま、考え方は人それぞれらしい。
 俺はまだ子供はどっちがいいとか、そんなこと考える立場じゃないし。そもそも未だに付き合っている子がいないから。
「ふふん、トオル?」
 カレンダーをぼけーっと眺めていた俺を、いつの間にかなごみネエの視線が捉えていた。
「何だよ。変な声上げんなよ」
「今彼女ほしーな、とか考えてたでしょ」
「何言ってやがる。なわきゃねえだろ」
 ややニアミスだが、別に図星でも何でもない。
「何よ、恥ずかしがることないじゃない。健全な男子ならみんなそう思うでしょ」
「……勝手に思っとけ」
「何なら私が夜伽(よとぎ)役になったげよーか?」
 ……このアマは。
「どこまでそのネタ引っ張る気だよ。仕舞いにゃ殴るぞ、クソアネキ」
 俺は意外と、マジに怒っていた。何でこんなに腹が立つのかは知らない。
 俺の様子を見たなごみネエも、さすがにビビッたようではあった。
「な、なによ。そんなにムキになっておこんないでよね」
 久々に、なごみネエの動揺した声を聞いた。
「ねえ、トオル、なごみ」
 黙って扉の前に立っていたみやびネエが、ここで口を開いた。
「西原さんとの結婚が認めてもらえて、私、とっても嬉しいの。でもね、やっぱり……大学在学中の妊娠って、失敗なのよね。好きな人との子供が出来たことは嬉しい。でも、私は大学生で、まだやるべき事が残されてたのよ」
 みやびネエの顔には、後悔の念が見て取れた。
「どうあろうと、いずれは私と西原さんは結婚していたと思う。それでも……今妊娠してしまったということに関しては、浅はかだった。責任感に欠けていた、そう言わざるを得ないの」
 俺は言葉を探した。
「妊娠してしまったのはしょうがないだろ。みやびネエは、これからをどう幸せに生きていくかを考えろよ。産まれてくる子供と、西原さんと手を取り合ってさ」
 なごみネエが横でうなった。
「へえ……トオル、結構気の利いたことも言えるようになったのね」
「一般的なことを言っただけだ」
 みやびネエはまた、目に涙を浮かべて言った。
 今日はみやびネエの“泣き姿”、大セールのようだ。
「アリガト……これからも、2人ともよろしくね。赤ちゃんの面倒、みてあげてね」
「おうよ」
「早く赤ちゃん見てみたいよ」
 この夜は、家族5人で酒を飲みつつ騒いだ。
 家族の一抹の不安は、それだけで吹き飛んだ。



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