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Original Novel kaeru Presents



Me・Her3 空回る傀儡少年


1.いのちみじかしこいせよオトコ



 12月も半ば、関東圏の冬。
 雪国にすれば取るに足らない寒風も、半ば温室育ちの関東人には堪えるの何の。
 氷点下にもならない街を、分厚く防寒具を着込んだ人がちらほらと往来している。
 東北生まれの俺とは言え、それは物心つく前のこと。今となっては完全にこっちの気候に順応しちまって、分厚く着込む集団の一部と化している。
 街を歩く。シャツを何枚も重ね着し、入念にコートでガードを固めた体は思いの外重い。
 それでも、寒風に震えるよりゃマシだ。
「トオル、いくら何でも、着込みすぎだぜそりゃ」
「何言ってやがる。モトヒロの感覚神経がイカれちまってんだよ。スマートな振りして、実は目一杯皮下脂肪蓄えてんじゃねえのか?」
 放課後の街を、俺と共に歩くクラスメート、田所基裕(たどころもとひろ)は、誰もが認める暑がりである。
 だからといって寒さに強いとは限らないはずだが、コイツの場合は素直に寒さに強かった。それも極端に。
 交通がマヒするほど冷え込む降雪日も、田所はコートはおろかマフラーすら身につけようとしない。
 かと思いきや日差し暖かな小春日和にマフラーを巻いてきて、汗をかきかきファッションだと言い張る。
 説明が面倒なので、一言で片づけよう。
 変なヤツなのだ。
「お前さ、元々東北の生まれじゃなかったっけ? 何で生まれも育ちもこっちの俺よりも寒がりなんだよ」
「俺の体はデリケートなんだ」
「そう言う問題かよ。ま、お前がいいならいいけどな」
 田所は俺から視線を外し、両手に連なる店のウインドウを眺めはじめた。どこもかしこも流行で固められたマネキンが、反射光に目がくらむくらいの照明を浴びて突っ立っていた。
 俺らの側に聳えるのは巨大百貨店の<WithUs>。若者でごった返す、この辺のカリスマ的デパートだ。
 チャーチャララーラーラーラーラー♪
 その時、金曜ロードショーの昔のテーマソングが、俺の制服のポケットから鳴り響いた。
 俺は素早くケータイを取り出す。
 発信者名は――『高瀬 和明(たかせかずあき)』。友人の一人だ。
「あいよ」
 いつもの無愛想な声で電話に出る。
『愚痴ってもいいか』
 電話の向こうで、高瀬はそれだけぼそっと告げた。
 何だ……いきなり。
「長くなるんだったら、やめてくれれば助かる」
『……じゃ、やめとく。長くなりそうだから。いや、長くして欲しいから』
「あん? 何だよ」
『じゃな』
「お、おいっ」
 プッ、ツー、ツー、ツー。
 いきなり切りやがったよ、高瀬の野郎。
「何だ、カズアキから?」
「おうよ。『愚痴ってもいいか』って聞かれて、すぐに切られた」
 俺は省略して説明した。それでも大差ないだろう。
「相変わらず自分の頭の中でしかものを捉えられないヤツだな。あいつの話って、主語が飛び飛びに変わっているにもかかわらず、平気で省略することが多いからな。相手に意志を伝えようってよりは、ただ自分の話したいことを話してるだけって感じはする」
 田所が顎に手を当ててうなった。
「いや、今回の場合、そういう分析にも値しないよーな感じだったがな……」
 ワケわかんねえよ、まったく。
 チャーチャララーラーラーラーラー♪
 と、また着信メロディが鳴り渡った。発信元は、またもや高瀬。
「あいよ」
 さっきと全く同じ調子で応対する。
『今どこ?』
「どこって、あー……<水崎ショッピングモール>だけど」
 俺は周りを見回して告げる。
『おう、奇遇だな。俺も今そこにいんだけど、モールのどの辺? 正確な位置で』
「<WithUs>の前。水崎駅の西口から出てまっすぐ行ったトコ」
『おーおー。それなら、今その通りにいるぜ。ちょっと待ったって、すぐ行くからよ』
 プッ、ツー、ツー、ツー。
 猪突猛進野郎だ。こっちの反応を聞きもせずに、一方的に事を運びやがる。
「何だって?」
 田所が訊いてきた。
「カズアキ、どうやらこの通りのどっかにいるらしくて、今こっちに向かってくるとさ」
「何だよそれ、オレらに待ってろってこと?」
「そうでしょうな」
 田所が不機嫌に舌打ちする。たとえ1分でも、待たされることに関して異常なまでに田所は短気だった。恋人の牧村籐華(まきむらとうか)ともよくそのことでケンカするらしい。
 田所はポケットからメンソールタバコを取り出し、ホストよろしくジッポで火を点けた。鮮やかなもんだ。
「一本どう?」
 田所がマルボロの箱を差し出してくる。俺は礼を言うと、一本失敬した。
 口にくわえると、田所が火を点けてくれる。
 タバコは久々だ。深く吸い込み、肺の奥まで煙を染み込ませる。すぐに体をニコチンが巡るのが分かる。
 一種の麻薬だよな、これもさ。
「かーっ、うめえや」
 俺は言った。
「何、また久々に吸ったん?」
「ああ。俺、自分でタバコ買うときなんてねえからさ、こーやって人からおこぼれ頂戴して吸う程度」
「その割にゃ、大分仕草がこなれてるな」
「中学ンときさ、1日2箱半くらい空けるヘビースモーカーがいて、いつも吸わされてたんだよ」
「1日2箱半? チュウボウで? 今頃肺ガンで死んでんじゃねえのか、ソイツ」
 田所が呆れて言った。
「どうだろうなあ、マジで死んでたりして。卒業式以来会ってねえから知らねえ」
 そういや、アイツは今何してんだろう。
 そんな風に思うことも、高校2年も終わりにさしかかった今、皆無に等しくなっていた。
 そんなもんでしょ。
 肺にため込んだ煙を吐き出す。
 12月の北風が、吐いた煙を人混みの合間を縫って運んでいった。
「おっす、待たせた!」
 おっす、じゃなくて、ワリィ、だろ?
 俺は思ったが、口に出すのはやめた。
「おせー、カズアキ」
 田所が不機嫌に言い放ち、駆けつけた高瀬はここで田所の存在に気づいた。
「あ、モトヒロもいたのか。まあいいや」
「まあいいや、ってなんだよテメエ」
 田所は突っかかる。高瀬の言葉は悪気がなくとも、充分に人を怒らせる魔力を備えているのだ。
 単に無神経とも言う。
「モトヒロ気にすんなって。カズアキの言葉に気ぃ張りつめてたら胃潰瘍になるか、コイツ刺し殺しちまうぜ」
「うぉ、なんだよ、それ。ひでえ言い草じゃねえの」
 やはりというか、高瀬自身はそういう自覚はない。
「で、さっきの愚痴って?」
 俺は面倒ながらも訊ねてみた。
「あー、それがさー」
 高瀬は、俺と田所がタバコを吸っていることで連鎖反応を起こしたのか、一緒にタバコを吸い始めた。ラークだった。
「4組の稲葉涼(いなばりょう)って知ってる?」
 いなば、りょう。聞いたことはある。記憶のどこかに引っかかっているが、はっきりしない。
「あ、あのオトコオンナだろ」
 女の子との交際範囲はこの中で一番広い田所は、すぐにピンと来たようだ。
 オトコオンナ――そのフレーズを聞いて俺も思い出した。性別は女。にも拘わらず、“涼”という一般的には男の名前を付けられて、それが災いしたのか本当に男のような、がさつで乱暴な人間に育った――とか、恐らく根も葉もない生い立ちを囁かれる哀れな女子。
 今の時代の、もやしみたいな男連中よりだったらよっぽど強い。
 ここで俺は高瀬の右頬が、うっすらと青く内出血していることに気づいた。
 まさか……稲葉にやられたのか。
「俺さぁ、その稲葉涼に告られたんだよね」
 告られた? ボコられたんじゃなくて?
 俺と田所がノーリアクションでタバコをふかしていると、高瀬は1人言葉に詰まった。
「ちょいと、何とか言ってくれよ」
 田所は、ふーっと、ため息と共に紫煙を吐き出した。
「お前のそのアザ見りゃ、大体何があったのか予想できるよ」
 田所も、俺と同じ洞察をしたらしかった。さすが学年トップ10だ。
「と、とにかく聞いとけよ。今日さ、手紙で呼び出されたんだ。『放課後、校舎裏に来てくれ』って」
 俺と田所は同時に吹き出した。
「くははっ、メチャクチャ古風だなぁ、おい。ヤマトナデシコの次元かよ」
 田所が容赦なくこき下ろす。
「そんで案の定、そこで告られたんだけど……断ったら、グーだよ」
 高瀬は右頬のアザを指さしながら、げんなりと言った。
 ……それはちょっと理不尽じゃねえか。
 俺は素直にそう感じた。
「ホラ、良くあるだろ。『どうせフラれるなら、ハッキリと嫌いって言ってくれた方が楽だったのにぃ!』って言うヤツ。それを実行したんだよ」
 田所が眉を寄せて訊いた。
「何、お前。それで、『嫌い』って言ったの?」
 頷く高瀬。
「『オトコオンナは、タイプじゃねえ』って」
「お前ホント、ストレートしか投げれねぇヤツだな。そりゃピッチャー返し喰らうってもんだ」
 おお、なかなか上手いこと言うね、田所。
「そりゃ、嫌いなら嫌いって言った方がいいんだろーけどよ、言い方ってのが肝心なんだよ。お前さ、稲葉相手にストレートな断り方したって『俺の屍を越えて行け』って言ってるようなもんだぜ」
「それよりも何よりも、カズアキに告る女の子がいるとは思っても見なかった」
 俺が口を挟む。
 2人に畳み掛けられて、高瀬はぐうの音も出なくなっていた。
「お前ら、傷心の人間相手に、鬼だぜ」
「傷心なのは稲葉だろ、バカ。言ってもムダだろうけど、今度からもう少し頭を使って喋るこったな」
 見た目に不機嫌になる高瀬。
 そりゃ、正論でもボロクソに叩き付けられたらムカツクわな。
「なあ、3人いることだし、テキトーにどっかで食わねえ?」
 俺が提案する。
 田所がタバコの火を靴でもみ消し、言った。
「あー、そうだな。俺はパスタがいいね。この辺に専門店なかったっけ?」
「あ、確かその角曲がったトコ」
 高瀬はケロリと、店の位置を指さした。コイツは怒りの感情に関してはトリ頭並みだ。
 ひょっとしたら、そういう部分に稲葉涼は惹かれたのかも知れない。
 まあ、とっくに終わったことなんだけど。
 俺たち3人は、パスタ専門店に向かって歩き始める。
 途中、田所が俺に訊いた。
「ところでトオルさぁ、誰かと付き合う気、ないワケ? 自覚してるだろーけど、クラスの女子のみならず、学年全体の人気者だし。お前の隣の席に座ってる、三鷹琴美(みたかことみ)。アイツも最近、お前に気があるみたいだけどな。気の強そうなヤツから、お嬢様タイプまで幅広く……ヨリドリミドリじゃねえか」
 三鷹が俺に好意を寄せているらしいことはなんとなく分かっている。でも、俺は相手から来ない限りどうもしないし、そもそもオレ自身、三鷹が好きだと言うほどでもない。
「さあね。俺がよっぽど気に入った相手なら付き合うだろうが、今はいらねえや」
「お堅いねえ。色々と喰っちまえばいいのによ。何事もケーケンだぜ」
「奥手のトールくん、つーコトで片づけといてくれや」
 誰かと付き合う気がないか?
 そう訊かれた瞬間に、俺の脳裏に姉――なごみネエの姿が浮かんだ。
 それはすぐ、三鷹の裸にすり替わった。

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