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Original Novel kaeru Presents



Me・Her3 空回る傀儡少年


2.新しい季節は



 その夜。いつものように自室のベッドでマンガを見ながら横になっていると、ケータイが着信音を奏でた。
 液晶画面を見る。が、それは登録された番号ではなく、発信者名は表示されていなかった。090から始まる番号だから、相手もケータイであることくらいは分かる。
「はい」
 俺はとりあえず、丁寧な口調で応えた。
『あの、平沼透くんでしょうか?』
 若い声。恐らく同い年か、それより下くらいの女の子だ。
「ええ、そうですけど。どちら様ですか?」
『私、トオルくんと同じ高校に通っているものなんですけど……2年5組の、倉上聡美(くらかみさとみ)と言います』
「倉上、さん?」
『は、はい』
 正直、知らない。面識はないはずだ。相手の一方的な認知であるものと思われる。
 俺はとりあえず、相手から用件を切り出してくるのを待った。
『…………』
 が、なかなか返答がない。俺は痺れを切らして、自分から口を開いた。
「あの、それでどういったご用ですか?」
『用というか、その……お願いなんですけど』
「ええ、どうぞ」
『付き合ってください』
 あん? いきなりヘビーなセリフが聞こえたが、幻聴か?
「えーと、それはどういう意味ですか?」
 念のため、確認を入れる。かなりマヌケだが、勘違いでフライングするよかマシだ。
『だから、その。私、トオルくんのことが好きなんです』
 あーあ、来たよ来たよ。俺にしてみれば、こーいうのが一番困るんだよね。
 一目惚れではないにしろ、いつも遠くから見てました、みてえなパターンなんだろ。
 自慢じゃないが、俺は学年でトップ5をキープする成績優秀者だから、一方的に認知されていても不思議ではない。
「あー、えーっとなぁ……」
 場つなぎに、唸る。
 夕方青アザ作って嘆く高瀬のことを嘲笑った俺だが、ヤツのとった行動は敬意に値すると思った。一瞬だけどな。
「悪いんだけど、俺、君のこと知らないんだ。だからイキナリは答えられないね」
『分かってます……だから、明日……いや、今度の日曜日にでも会ってくれませんか?』
 ま、予想済みの返答だわな。私のことを知って下さい、ってことね。仲を深めるにはそれしかないモンな。
 はっきり言って面倒くさい。相手が可愛いとか、ブスだとか、そんなことには関係なく、恋愛のギブアンドテイクっつーのが苦手な俺だから。
 でもここでかすめるのが、田所のセリフ。
『何事もケーケンだぜ』
 確かにそうだろう。
 俺の今のパーソナリティには、恋愛の経験が欠けているのは絶対的事実。恋愛を経験することによって、考え方が変わることも充分にあり得る。
 それがいい方であれ悪い方であれ、人には絶え間なき流動ってのが必要なんだ。
 と、思う。現段階での俺の持論。
「倉上さん」
 俺は口を開いた。
『は、はい』
「日曜日なら俺も都合がいいから、会おうか。待ち合わせはどこがいいかな? 倉上さんの都合のいい場所でいいよ」
『ありがとう! えっと、待ち合わせは……』
 パッと声が明るくなる。
 その初々しさに、つい俺も女の子っていいもんだなぁ、とか思ってしまった。
 ぐはっ……それはもしや、オヤジ的思考か? ……かなり自己嫌悪。
『えと、うーんと……角倉公園に、午後1時でいいですか?』
「角倉公園?」
 つい、大声で聞き返してしまう。
 正直なところ、先日のクラスメイトの覚醒剤事件のせいで、角倉公園には余り近寄りたくなかった。
 西紀のヤロウ、俺の頭に変なトラウマ刻み込みやがって。
 まあ、そう恨めるくらいだから、大分俺も立ち直ったんだと思う。
 そんな俺の一瞬の葛藤を察したのか、倉上は狼狽していた。
『角倉公園だとまずいですか? 確か、トオルくんの家ってそこの近所じゃ……?』
「そうそう。別に問題ないよ。角倉公園に、午後1時ね。分かった」
『都合が悪くなったりしたら、私のケータイにお願いします。それじゃ、これで』
「ああ、おやすみ」
『おやすみなさい』
 通話終了のボタンを押す前に、電話の向こうで「やった!」とキャピキャピした声が聞こえた。
「なぁに、トオルちゃん。愛しの彼女とラブラブコールってヤツ?」
 俺はビビって飛び上がりかけた。
 一人で思考を巡らせているときの、なごみネエの冷ややかな声は本当に心臓に悪い。
 ペースメーカーがスパークするね、きっと。
 息を整えて、振り返る。
 ライトグリーンのパジャマに着替え、半眼で見下ろすなごみネエが案の定聳えていた。
「このデバガメが」
 このセリフは、脈拍を整えるためのものだ。
「扉開けっ放しの部屋に、デバガメも何もないでしょ。そんなにプライバシーを尊重してもらいたいなら防音壁に変えて二重に施錠でもしときなさいよ」
 有無を言わせぬ、機関銃の如き口調。なごみネエの特殊スキルだ。
 平沼和(ひらぬまなごみ)。17歳。俺の姉。
 全然なごめねえよ、こんな姉じゃ。
「そーいう問題じゃねえだろ。相手のプライバシーを本当に尊重する気があるなら、聞こえても聞かないモンなんだよ。はん、別にいいけどな。やましいコトなんてこれっぽっちもしてねえんだしよ」
「そうね。別に私にも関係ないけど。ただ、お堅いトオルちゃんにも春が来たのかなぁって、しみじみと思っただけよ」
「ほっとけ」
 なごみネエは薄笑いを浮かべたまま、向かいの自室に戻っていった。
 何が言いたかったんだ? いつもの通り、ただの冷やかしかよ。
 とりあえず、俺はケータイのメモリーに倉上との約束の日にちを記録した。
 心のどこかが妙にほのぼのしている。
 俺もそこらの野郎共と変わらないことを自覚すると同時に、それはそれでやるせなかった。
 くだらないが、俺にとっては大事なプライドなんだ。



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