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Original Novel kaeru Presents



Me・Her3 空回る傀儡少年


5.カネダハジメ少年の事件簿



「トオルくんて、3人姉弟の末っ子なんだ……へえー」
 まあ、血のつながりはないんだけどな。俺は3歳の時に引き取られてきたんだから。
 しかし、倉上にはいちいちそんなことを話す仲でもない。
 <えんぶりよん・はうす>という、角倉公園の近場の喫茶店で、とりあえず俺と倉上は腰を落ち着けていた。
 田所と星埜が言うとおり、ルックスは及第点――と言うのも偉そうだが――だった。
 身長は、172センチの俺より15センチほどは低いだろうか。肩ほどの髪は茶色がベースで、それに金のメッシュが入っている。あっさりとした、ライトグリーンのセーターを身につけていた。
 目尻がちょっと下がっていて、しかし目はくりっと大きい。
 まだ大して口も利いていないし、互いに干渉するような話題には触れていないから真意は掴めてはいないが、なんとなく、話しやすかった。
 性格が合う云々ではなく、これは単に人間同士の相性なんだと思う。
 お互いに昼食は済ませていたので、サンドウィッチ一人前を注文し、それをわけて食べている。ドリンクは、俺はミルクティー、倉上はこの店の特製シナモンティーだった。
 シナモンの香りが、ミルクティーの香りを覆い隠すように、俺の鼻孔をくすぐってくる。
「そう言う倉上さんは?」
 ここはこう聞き返すのが話の流れから行って適当らしかった。
 倉上はやや顔を緩ませて答えた。
「私の家も、トオルくんと同じ姉弟構成だよ。でも、私は次女で、上にお姉ちゃん、下に弟がいるの。お姉ちゃんは今大学4年で、弟はまだ中学2年。結構歳の離れた姉弟なんだよ」
 正直、驚く。3人姉弟で長女、次女、長男という組み合わせには未だ巡り会ったことがなかったからだ。単なる確率論的な問題なんだろうけど、純粋に珍しいと思える。
「へえ、奇遇、かな?」
「そうだね。奇遇だね」
 妙にキザったらしく、俺は言ってしまった。
 何だか俺は舞い上がっているらしい……ひょっとして、この倉上聡美と言う少女に少なからぬ好意を抱き始めているのかも知れなかった。
 好きなんて感情は曖昧なものだから、断言できるものではない。
 ただ、余計な気を遣わなくてもいいし、落ち着く……と言うのが率直な思いだ。
 何だか――そう、家族と。
 なごみネエと話しているみたいだ。
「あ……」
 そう思ったとき、俺はつい、声を漏らしてしまった。
「どうしたの?」
「い、いや……何でもないよ」
 俺はこのとき、パンドラの箱を開けようとしているかのような心境だった。
 意味がはっきりしない表現だけど、俺もよく分かっていないんだよ。
 とにかく漠然と、タブーとされる領域に足を踏み入れたような、そんな気分がしたのだ。
「ところで、倉上さんって部活やってるの?」
 俺は反射的に話題を変えていた。
「部活はやってないけど、同好会なら」
「何の同好会?」
「え……あー、油絵同好会」
 何か歯切れの悪い回答だった。
 油絵同好会。何か疚(やま)しい活動でもしてるんだろうか? 何故言いにくそうに明かすのか、俺には理解しがたい。俺としては、芸術結構じゃないかと思う。
「へえ。じゃ、油絵とか結構詳しいんだ?」
「そうでもないよー。ただ適当に……そう、適当にやってるだけだからね」
「適当でも何でも、今度描いた画、見せてよ」
 俺が言うと、倉上はどうしてか泣き笑いのような表情をした後、うん、と頷いた。
「今度、ね」
 チャーチャララーラーラーラーラー。
 窓の外を眺め、ミルクティーに口を付けると、俺のケータイが着信音を奏でた。
 発信者は――平沼和。
 げっ、なごみネエだ。何だよ、一体。
「あいよ、何ですか?」
 俺は無視を決め込もうとしたが、着メロをならしっぱなしにするわけにも行かない。
 俺は不機嫌に出た。そりゃそうだ、今俺はデート中だということをなごみネエは知っているはずなのに、それでも無遠慮に電話してきやがったんだから。
 せめてメールにして欲しいもんだ。
『今すぐ、<パーコレイト・シネマ>に来て』
 不躾になごみネエが言った。
「あ? <パーコレイト・シネマ>? 何言ってんだ、今は無理――」
 プッ、ツー、ツー、ツー。
 き、切りやがった。
 何だ、なごみネエのヤツ……俺が今取り込み中だって事を知ってるクセに強引な電話を。「何かあったの?」
 倉上は心なしか不安げに俺に訊ねた。
「いや、何でもないから……ちょっと待って」
 俺はそう言うと、着信履歴から“平沼和”をダイヤルする。
 程なくして――
『お掛けになった電話は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため、かかりません』
 ……ヤロウ。電源切りやがったな。
 俺には何のつもりか見当もつかなかった。
 大体、なごみネエは“オトコと2人で”映画を観る予定のハズなんだから。
 大方、一緒に映画を見る予定だった男の都合が悪くなったとかで、急遽俺を引っぱり出そうとしたんだろう。
 知ったこっちゃねえ。1人虚しくコメディー映画でも観てポップコーンにでもかじりついてるがいいさ。
 今なら『ドクター・ドリトル2』でも上映中だろ。
「今の電話……」
「何でもないよ。姉がギャーギャー騒いでただけ」
「<パーコレイト・シネマ>って……何かの用事だったんじゃないの? 大丈夫?」
「気にしないでいいって。ところで、これからどうしようか? とりあえず映画でも観に行く?」
 それにしても、<パーコレイト・シネマ>なんて場末の映画館を何故指定したんだろうか。あの周辺は、映画館以外何もない。
 カラオケ、ファミレス、小洒落たショッピングモール。そう言った娯楽要素からはかけ離れたところだから、男と2人で行くような場所では決してない。
 いや、どちらかというと柄の悪い連中がたむろしている地域だ。極道さんの事務所もあるとか何とか。
 俺の頭を、ほんのわずかに黒い想像が駆けていった。
 なごみネエに何かあった? ……いや、そんなドラマみてえな馬鹿げた展開はあり得ん。
 無視だ無視。
「あ、そうそう。私ね『千と千尋の神隠し』観たいの。トオルくんは、アニメなんて嫌い?」
「んー、どっちかって言うと好きな方かな……特に宮崎アニメはお気に入りかも」
 なごみネエについての思考を頭から強引に閉め出す俺。
 “宮崎アニメ”という単語が俺の口から出た瞬間、倉上の表情が明るくなった。
 どうやら彼女もファンらしい。
「じゃあ決まりだね。この近く……確か<ゼロ・シネマ>だったかな? とにかく映画館あったよね。そこでやってるはずだから行こうよ」
「オーケー」
 俺は冷めたミルクティーを飲み干し、オーダー表を持つと、倉上とカウンターに向かった。
 オーダー表をカウンターのウエイトレスに渡す。
 愛想の悪いウエイトレスは笑顔1つ浮かべずに受け取ると、レジに打ち込みを開始した。
「あ……何だか雲行きが怪しくなってきてる」
 背後で、右手にある窓の外を眺めた倉上が呟いた。つられて俺も空を見たが、確かに今にも雨が降り出しそうな空模様だった。
「1382円になります」
 俺は取りだしていた財布から、金を払い、お釣りを受け取る。
「ありがとうございました」
 別に有り難そうでも何でもない、ウエイトレスのセリフ。
 愛想を振りまかれたところで常連になるわけでもないが、俺は独り、
『教育がなってねえな』
 とか心の中で店に悪態をついた。
 喫茶<えんぶりよん・はうす>。これからは進んでこの店を利用することはないだろう。
 自動ドアをくぐって、俺と倉上は黒雲立ちこめる外に出た。
 案の定、空気は暑く湿っていて、雨の臭いが混じっていた。
 降雨の前兆だ。
「はい、これ」
 俺が空を眺めていると、倉上が小銭を差し出してきた。どうやら喫茶店の割り勘分らしい。
「いいって、ここくらいは俺がおごるよ。でも映画はそれぞれで、な」
 倉上は微笑して頷いた。
「ごめんね。ありがと」
 今は男女同権の世の中といえど、やはりこういう場面で金をケチるようなのはみっともないと思う。
 チャラーララーラーラー……
 俺のケータイが『カウボーイ・ビバップ』のエンディングテーマを奏でた。メールの着信音だ。
 送信者は――平沼和。
 って、またかよ!
 俺は苛立ちながらも、用件を確認した。
 件名は――『たさかた』。何だこりゃ?
 そしで、肝心の用件は空欄のままだった。
 『たさかた』? なんだよ、そりゃ。意味わかんねえっ。
 件名だけの、しかも日本語にあらざるメールなんか送ってきやがって……
 打ち込みミスか、それともただのイタズラか。
 あるいは……この4文字が、何かを意味する暗号であるということは?
 って、何を俺は『ジッチャンの名にかけて!』、みたいなことを考えてるんだ。馬鹿らしい。
 俺はもう1度、なごみネエのケータイに電話を掛ける。
 が、相変わらず電源が切られているようだ。
 何なんだよ……俺に『たさかた』の意味を考えろってのかよ、チクショウ。
「トオルくん、どうかしたの?」
 倉上が、訊ねると共に、俺の手を握ってきた。
 なにやらイキナリ接近してきたな……彼女は、俺の心が大分自分に近づいたと思ったらしい。
「いや、何でもない。多分……そう、何でもないよ」
 そう適当に答えながらも、『たさかた』なんて馬鹿げた4文字に振り回され続ける俺の脳味噌が憎い。倉上の手の温かさを、今の俺の脳味噌には認知できる余裕がなかった。
 俺の知識を総動員しても、そんな地名や人名は出てこなかった。実際にあるとしても、俺の脳内辞書プライオリティで相当下の方だから、答えには繋がらないだろう。
 とりあえず、文字を逆さに読むと、『たかさた』。
 はい、除外。
 次、文字の並べ替え。重複順列で、考えられるのは11通り。
 たさたか、たかたさ、たたかさ、たたさか……どれも意味をなしそうにない。
 となると、ここで一旦詰まる。他に考えられるのは……
 金田一少年の某チャプターのあれか。キーボード配列で考えてみる、と言う。
 かな入力で、『たさかた』に対応するのは『QXTQ』。
 ローマ字で『たさかた』と打ち込んだとき、かな入力に設定されていれば『かちとちのちかち』。
 ダメじゃんかよ! なんだバカヤロー!
 怒鳴り声を上げそうになったとき、俺の頭を冷やすかの如く雨が降り出した。
「あ、降って来ちゃった……早く映画館行かないと、土砂降りになっちゃうよ」
 と、倉上が言い終わるまでもなく、本降りになる憎き空。
 鉄砲水だった。
 幸い俺と倉上はまだ喫茶店の前に突っ立っていたので、そのひさしで雨を凌ぐことが出来る。
 久々の大雨を目の当たりにして、知恵熱をあげていた俺の頭も少し現実に引き戻された。
「普通これだけの豪雨だったら、一時降って止むもんだろうけど、一応傘買いに行ってくるよ。ちょっと待ってて」
 俺は倉上の返事を待たずに、すぐ隣のコンビニへと走った。
 ちょっとの間雨にさらされるだけで、俺のコートの背中はびしょぬれになっていた。
 コンビニに駆け込み、透明のビニール傘を2本買い込む。
 会計の間、店内に響く猛烈な雨音。
 俺は建物を打ち付ける雨の音が嫌いだった。心のどこかにある、潜在的な恐怖を掻き立てれるような気がするからだ。
 なごみネエ。一体何なんだよ。
 『たさかた』のローマ字入力をかな入力設定で打ち込んだときは『かちとちのちかち』。
 1文字置きに“ち”が入るのは……4文字全ての母音が“ア”だから。
 母音が“ア”? それってつまり、ケータイでメールを打つとき、それぞれの行で一番初めに画面に出る文字って事じゃないか?
 と言うことは、4文字それぞれについて、それぞれの行5文字で入れ替えてみればメッセージになるのでは?
 なんとなく、当たりのような気がした。
 たさかた、たさかた……
『たすかた』
 助かった? いや、違う。これは――
『たすけて』――助けて、だ!
 でも、まさかな……そんな馬鹿らしい話。
 しかし、こじつけようと思えばそう取れるし、『たさかた』という暗号めいた4文字が本文ではなく件名になっていたことも、切羽詰まっていたから、と取れないわけではない。
 つまり、最悪、三流のドラマ仕立てで考えるならば。
 なごみネエは誰かに監禁されている。初めの電話、その次のメールは犯人の隙を盗んで送ったもの。メールはまさに必死の思いで送ったもので、本文にスライドする暇なく、件名の、しかも『たすけて』という文字のそれぞれの行の頭しか打ち込む余裕がなかった。
 ……って考えてもあちこち無理がありすぎだ。馬鹿らし。
 俺は傘の会計を済ませると、まだ土砂降りの空の下、倉上のところまで戻った。
 倉上に2本買ったうちの1本を渡す。
「ゴメン、倉上さん。ホンットに悪いんだけど、急に用事が出来たんだ。必ず埋め合わせはするから。今日は、ゴメン」
「えっ、ちょっ……」
 俺はそれだけ言うと、倉上の顔を見ずにその場を去った。
 湿度が高く冷え切った空気は、俺のため息をはっきり形にしてくれた。



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