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Original Novel kaeru Presents



Me・Her3 空回る傀儡少年


6.エピローグ:俺はお前の犬じゃねえ



 <パーコレイト・シネマ>の前に立つ。
 雨は未だ降り止まず。しかし確実に弱まっていた。
 安臭いビニール傘のはしから滴る雨水が、俺の足元で跳ね上がる。
 ワガママ娘、なごみネエの姿は、やはり見あたらない。
 別になごみネエのことが心配なワケじゃない。そもそも、アイツに何かあったなんて事もあり得ない。
 でも、俺は倉上をほっぽってここに立ってる。
 ジーンズの裾を、泥水で汚しながら。
「アイヤァ、意外と早かったアルね」
 うつむく視界。見慣れた緑のスニーカーが見えた。
「フザケンナ、似非中国人」
「コリャまたシンガイね。ワタシャネイティブチャイニーズよ」
「俺は生まれも育ちもジパングだ。その名も平沼透。お前も名を名乗れ」
 すっ、と傘を押し上げて、ネイティブチャイニーズは俺をのぞき込んだ。
「平沼和。17歳。平沼透の姉」
 本来なら、ここで拳でもぶち込んでやるところなのだろうが、俺の全身は既に萎えていた。
 萎える、と言うよりは……受け入れていた。
「ぶち壊しにして楽しかったか?」
「楽しい……うーん……楽しいと言えば楽しいかな」
「ぬけぬけとよく言えたもんだ」
「それよりも」
 すっ、となごみネエの両腕が伸びてきて。
 俺の体は、いつの間にかなごみネエに包まれていた。
 俺の方が体格は大きいのに、包まれていた。
 もう傘なんか要らないと思った。
「それよりも、嬉しかった。分かってたけどね」
「何が」
「トオルがここに来ること」
 この展開は何かまずいと思う。俺となごみネエは姉弟なんだから。
 それとも、これはまだ姉弟のスキンシップという領域に収まっているのか。
 それは誰が決めることなんだろう。
 俺が、ここからは……姉弟を越えた触れ合いだ、と思った瞬間から、俺となごみネエの関係は変わるのだろうか。
「ちくしょう。この傀儡師が」
 言ってから思った。
 俺は、なごみネエの傀儡。操り人形。
 とてつもなくシャクだ。俺はなごみネエの操り人形なんかじゃない。
 俺は俺で、人とふれあう――そして、なごみネエともな。
「ははっ」
 なごみネエは失笑した。
「私が人形使い? で、あんたが人形か……そりゃ違うでしょ」
「当たり前だ」
「あんたは自分の意志で、ここに来たんでしょ」
「……いい加減、離れろよな」
 なごみネエは俺から離れた。
 雨はもう止んでいた。
「大体、何でこんな古くせえ映画館なんだよ」
 郊外もいいトコの<パーコレイト・シネマ>は客入りがないに等しい。何故経営し続けているのか謎だ。赤字もいいところだろう。
 なごみネエは、右手で遠くの店を指さした。俺はここで初めてなごみネエの左手に青の紙袋があることに気づく。
「あの店でアクセサリ買ってたのよ。新しくできた、面白いお店なのよね。で、映画はついでよ」
 紙袋の中には、その店で買ったものが入っているらしかった。
 そして、もう1つの疑問。
「一緒に映画を観る予定だったオトコはどうしたんだよ? フラれたか」
 なごみネエはきょとんとなった。
「気づかないなんて、結構マヌケね。ご覧の通り、至極快調ですわよ」
 ご覧の通り快調……って、まさか――
「目の前にいるじゃない」
 そう。やっぱり俺は操り人形だった。
「さぁて、折角だから『千と千尋』でも観ていきましょう」
「帰る」
 俺はなごみネエを無視して、傘を片手に帰路に着いた。
「ちょ、待ちなさいよ」
「ヤだ。そんなに観たいんなら独りで観てけ」
「そんな冷たいこと言うんじゃないの。ホラ、行くよ」
 強引に俺は古ぼけた映画館に引っ張り込まれた。
 操り人形の、糸が解けることはずっとないかも知れない。
 それでも別に構わない。
 認めたくはないが――そう思う俺は、俺のようではなくて、でも多分俺なのだろう。


――了――



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