1.折原浩平、中学1年生

「う〜む。やっぱり長森さんってカワイイな」
「そうだよな〜」
「うんうん。分かるな〜その気持ち」
 昼食時を間近に控えた4時限目。
 体育の授業中、男子がバスケットボールをしている傍ら、隣で別個に行われる女子体育ではマット運動が本日のメニューだった。
 長森瑞佳(ながもりみずか)が4段重ねの跳び箱を跳んだのを見て、側に座り込んでいた試合待ちの野郎共が恍惚としたため息を漏らす。男子は青地に白のストライプが入った冴えないジャージ、女子はワンポイントのTシャツにブルマーというありふれた服装だ。
「はぁ? お前ら自分の言ってることが分かってんのか? 相手は長森だぞ、長森。あのズン胴でペチャパイ娘のどこがいいんだ」
 呆れた声で突っ込むと、野郎3人の恐ろしいまでの眼光が向けられた。
「ぐぁっ……何だよ、その目は」
 折原浩平(おりはらこうへい)13歳。年相応のあどけなさが抜けきらない顔をしている。
「この助平。そんなことは関係ないんだよ」
「そーだぞ……でも、やっぱりもう少しボリュームが」
「オレたちはなぁ、純粋に長森さんを愛してるわけよ。お前みたいにカラダ目的の恋愛何てしないんだよ」
 思いっきり不純な輩だと決めつけられている。
「……いつオレがカラダ目的の恋愛なんてしたんだよ。つーかお前ら、中1の会話じゃないぞ」
 浩平は一応の反論を試みるが、3人とも聞き留めた様子はない。
「しかし、どうしてお前と長森さんが一緒に登校して来るんだぁっ?」
 唐突な質問に、浩平は頭上に疑問符を浮かべた。
「おぉ、そう言えばそうだった。んなこと最近はこれっぽっちも疑問に思った覚えがないぞ。小学校の頃は鬱陶しいあいつを追っ払おうとあれこれ策を弄したんだが……気付けば横にいるんだよな、あいつ。そうだな、丁度……」
 浩平はしばし考え、これだ、と思った例え話を口にする。
「レストランでコースものを注文すると、食後にコーヒーが出てきたりするだろ? そんな感じ」
 ドムッ、ドムッ……
 突然3人が黙り込んだため、ボールをドリブルする音がやけに際だって響いた。
「きさま……長森さんと食後のコーヒーごときを一緒にするとは……」
 ゴゴゴゴゴ……と、怒りの音が聞こえるくらいに連中は憤慨していた。
「な、なんだよ?」
 目にも止まらぬ早さで、3人は浩平の体を掴み、四方八方から訳の分からない締め技をかける。
「ぐぁあっ! やめろっ、折れるって!」
 3人とも聞く耳を持たない。
「思い知れッ、オレたちがどんな気持ちでお前と長森さんの登校風景を見ているかっ!」
「ぎぃえぇっ! お前らだって、コーヒー豆農家やコーヒー愛好家に失礼だぞっ!」
「エル、オー、ブイ、イー、LOVELY長森!」
「ぐぉえっ、わけわからんこと言ってないで放せっ!」
「死してもこの手を放すまじ!」
「ぐあぁっ!」
 冗談抜きに、浩平の意識が飛びかける。
「お前ら何やってるんだ! 今はプロレスの時間じゃないぞ! おとなしく観戦していろ!」
 体育教師の一喝で、体育館中がシーンと静まり返る。試合中の生徒達までもが一時動きを止め、向こうで授業中の女子も何事かと目を見張った。自分たちの間抜けな体勢に視線が集中し、さすがに3人とも浩平から離れる。
「ハァー。浩平……何やってるんだろ」
 遠くで浩平の姿を目撃した長森は、呆れたように呟いた。長森は、浩平が仮にも被害者であることに気付いていない。
「うっ、今長森さんが呆れた顔をしたぞ」
「しまった、好感度ダウンだ」
「折原っ、お前のせいだっ」
「……お前らなぁ」
 好き勝手なことを口々にぼやきながらも、3人はおとなしく座り直した。
 やっと解放された浩平は、関節を適当に動かして異常がないか確認する。
 ……何なんだ、こいつらは。
 ずいぶんと前から長森を知っている浩平にとってみれば、長森がそんなに魅力的な女の子には見えない。今朝も無理矢理布団を引き剥がされた事をきっかけに一悶着あったばかりだった。
「う〜む……」
 さっぱり見当が付かない。仕方なく、1つずつ要素を検討することにする。
 まずはルックス。遠くに突っ立っている本人を眺め、吟味する。
(普通だろ。いや、それ以下? ぬぅ、わからん……)
 次。オスらしく、プロポーションに注目。
(寸胴、ペチャパイ。豊胸手術でもすすめるか? まぁ、まだ成長途中ということにしておこう)
 とりあえずラスト。性格。
(世話焼き。鬱陶しい。マヌケ。からかうと面白い)
 浩平の評価はどこまでも辛辣である。
 結局魅力を発見できず、向こう側に目をやると、丁度長森が5段の跳び箱に挑戦するところだった。浩平の注意がそちらに向いた。
 前の人が着地し、ホイッスルが鳴ると同時、長森は走り出す。
 跳び箱から10メートルほど距離を置いたところから腕を目一杯振り、本人にとっては精一杯であろう加速がついていた。
 十分なスピード。これなら跳べる。
 浩平がそう確信したとき、長森はテンポよく踏み切り版に足をかけた。強靱なスプリングが跳躍力を与え、小さな足が跳び箱の左右へと軽やかに浮き上がった。薄汚れた布の部分に手が伸び、しっかりと捉える。
 が、
 ゴギィッ!
 太い木の棒が折れるような音がした瞬間、長森の体は跳び箱の最上段と一緒に前方にすっ飛んでいた。
 ズシャァッ!
 見事に顔から着地する。
「おぉ、アクロバット跳躍。やるな、長森」
 アクシデントに、心配するどころか意味不明にガッツポーズを作る浩平。
 長森は動かない。跳び箱の最上段と並んで、しゃくとり虫の如き体勢でマット上に転がっている。
「大丈夫か!?」
「長森さん!」
「みずかっ!」
 担当教官や友人たちが一斉に駆け寄る。
「はふんっ……痛いよー」
 長森は上体をむっくりと起こし、情けない声を上げた。顔が真っ赤だが、特にケガらしいケガはしていないようだ。
 それを見た浩平の脳裏に何かが閃く。
「謎は全て解けた! ジッチャンの名にかけて」
「折原、それ多分違う」
 唐突な浩平に、友人は律儀に突っ込んだ。
「そんなのはどうでもいい。やっと長森の魅力に気づいたって言ってるんだよ」
「……ふーん、んで、その魅力とは?」
 浩平は拳を握って力説した。
「心身共に打たれ強いとこだよ」

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