4.チビチビ食人(くいびと)のランチタイム

 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン……
「……んぁ? もう終わりか」
 授業終了を告げるチャイムを目覚まし代わりに、浩平は体を起こした。学級委員長の号令に合わせ、適当に起立、礼をする。
 4時限目の終わり、すなわちランチタイムの到来というわけだ。
「天気もいいし、たまには中庭で食うとするか……」
 窓の外に目をやった浩平は、バッグから弁当の包みを取り出して教室を出る。養母である叔母の由起子さんが早起きして作ってくれたものだ。
「浩平」
 廊下に出て左に折れた直後、背後から声がかかった。
 長森だ。浩平は振り返る。
「ひょっとして、お弁当中庭で食べるつもり?」
「ああ、天気もいいしな。せまっくるしい教室よりだったら断然いいだろ」
「だったらね、私も一緒に食べていいかな?」
「ああ。別に構わないぞ」
 浩平が了承すると、長森は自分のクラス――浩平の隣の教室へと入っていった。
 長森と一緒に昼食を食べるのは……久しぶりだな。
 ふと、浩平は思っていた。
 程なくして小さな包みを抱え、とことこと長森が出てくる。
「久しぶりだね、浩平とお昼一緒に食べるの」
「……そうか? 3日に1回は食ってるような気がするが」
 長森の嬉しそうな声に、浩平はわざと水を差すように応えた。
「えっ、そんなに多くないよ〜。最近なんか雨続きだったし」
「そうだったか? まあ、何でもいいけど」
 取るに足りない内容の会話を交わしながら、校舎から中庭へと出る。この中学校では中庭に芝が敷き詰めてあり、校内と行き来するのに靴を履き替える必要がない。
 四方から校舎に囲まれた、いわゆる学校のエアポケットとでも言うべき中庭。西側にはまだ樹齢の若い桜が植えられていて、初秋というこの時期には葉を散らせた、寂しい印象を周囲に与えている。しかしそのほかにも色々な植物が点々と植えられ、周囲に集まるように、多くの生徒が昼食に舌鼓を打っていた。
「うわぁ、人、たくさんいるね」
「だろうな。この天気じゃ、俺と同じことを考えるやつがいても不思議じゃない」
 2人は周辺を見渡して空いている場所を見つけ、向かい合うように陣取る。だいぶ後れをとったようだったが、なかなかいい場所を確保できたようだ。降り注ぐ日射しも丁度いい強さだった。
「いい気持ちだね、浩平〜」
 爽快感に、思わず長森は無防備に寝転がった。
「横になりたい気持ちもわからんではないが、パンツ見えてるぞ」
「えっ!」
 慌てて飛び起きて、顔を真っ赤にする。
「ひどいよ〜」
「お前なぁ、指摘してくれた礼を言うならまだしも、それは恩を仇で返すってヤツじゃないのか? そもそもお前の“ネコさんパンツ”なんか見たって、色気のかけらすら感じん」
「うぅっ、柄まで見てるっ……」
「チェケラ〜。基本だぜベイベ」
「……何、それ」
 浩平は弁当の包みを開け、淡々とおかずを口に運び始める。恨めしそうに見ていた長森も仕方なく弁当に取りかかった。
 もぐもぐ……
 はぐはぐ……
 周囲の騒がしい昼食風景とは裏腹に、そこだけが妙に静かになる。人に気を遣うなどと言うことを知らない浩平は食べることだけに集中し、長森自身、浩平と一緒に昼食を食べることだけで何かしらの充足感を感じているからだった。端から見れば、変なカップルである。
 もぐもぐ……
 はぐはぐ……
 そして当然、育ち盛りの男の子の方が食べ終わるのは早い。
 ゴキュッゴキュッ……
「ぷはぁ〜……食い終わった。由起子さん、ゴチっす」
 水筒のウーロン茶を飲み干し、浩平は昼食を終えた。
「早いよ、浩平。ゆっくり食べないと消化に悪いんだよ?」
 まだ半分も食べていない長森が、箸を置いて指摘する。
「バカだな、長森。ゆっくり食べてたら途中で腹一杯になっちまって、うまい料理もうまく感じられないんだぞ。空腹感が続いている間を見計らってかき込むように一気に食う。それが究極の食事方法だ」
「えー? ホントなの、それ?」
「ふん、疑うならお前は一生チビチビ食人でいろ。食べ物の本当のうまさも知らず、生涯に幕を降ろすがいい」
「凄いヤな言い方だよ〜……そんなに言うなら、急いで食べてみるもん」
 意を決したように、長森がタコさんウィンナーとふりかけご飯を頬張りだす。
 もぐもぐ……ごっくん、もぐ、ごっくんっ……
 咀嚼と飲み込む速度がちぐはぐで、苦しそうにあえいでいる。
 それを見た浩平は、噛み締めるように言った。
「長森。やっぱりお前はとてつもなく面白い奴だ」
「うぅ〜……ひほいよ〜(ひどいよ〜)」
「そうやってこれからも俺を笑わせてくれ」
「…………」
 もはや涙目になる長森だった。
 弁当を包みにしまい終えた浩平は、教室に戻ろうと腰を上げた。
「えっ、どこ行くの?」
「どこって、教室に戻るに決まってるだろが」
「ひどいよ、私が食べ終わるまで待っててくれたっていいのに」
 本当に恨めしそうな視線を受けて、浩平は仕方なさそうにまた腰を下ろした。
「それにしたってお前、食べるの遅いぞ。もうちょっとガバ〜ッといけないのか?」
「無理、やっぱりこれが限界だよ」
 と言いつつタマゴ焼きを4分割して口に運ぶ。
「見てるこっちがじれったくなるような食い方するなよ」
「う、うん……」
 そういわれると箸を動かすのは早くなるが、結局噛んで飲み込むのにかかる時間が同じなせいで無意味だった。
 浩平は嘆息し、校内の時計に目をやってから言った。
「ところでだ、長森。世の中には3人、自分とそっくりな人間がいるって聞いたことないか?」
 突然話題を変えられて、長森はちょっと考えた。
「う〜ん……聞いたことあるようなないような。それがどうかしたの?」
「その“聞いたことあるようなないような”ヤツの1人に、会ったんだよ」
「ええっ? 浩平とおんなじ顔した人に?」
「いや、顔は全然違う。ついでに言っとくと、性別も違う」
「……じゃあ、性格が似てるの? 浩平と性格が似てる人がいたら、周りが大変だよ〜」
 なぜか心配そうに顔をゆがめる長森。
「性格も全く違うぞ、多分」
「それじゃあ、似てるって言わないんじゃない?」
 長森にそう言われると、自分の言ったことが意味不明に思えてくるが、それでも浩平は首を横に振った。
「でも、似てるんだよな……何となく。雰囲気というか……根本のとこというか」
「どういうことか、よく分からないよ」
 気付けば、浩平に返答することに夢中の長森は、食事の箸を止めていた。
「長森……とりあえず弁当食え。考えて説明するから」
「うん」
 もぐもぐ……
 相変わらずのスローペースで長森は食べるのを再開した。
「昨日の帰り、いつもの川に行ったんだけどさ。そこで会ったんだ。名前は道城深春で、確か高2って言ってたな」
「ミハルはん?」
 食べ物が口の中に詰まっているから発音が変だ。
「ギターのめちゃくちゃ上手い人で、2曲ほど聞かせて貰った」
「いいな〜。わたしも聞きたいよ」
「それがタダじゃないんだ。俺は200円払った」
「1曲100円ってこと? ……結構高いよ」
「まあそうなんだが、聞く価値はあったぞ。選曲自体はあんまよくなかったけど」
「ふーん……それで?」
 切り返されて浩平は詰まる。
「それでって、それだけ」
「……どこが似てるの?」
「いや、だから何となく」
「結局説明になってないよ……」
 平然と言ってのける浩平に、長森が疲れた顔を見せる。
 長森が食べ終わるのを待って、2人はそれぞれの教室に戻った。
 浩平が教室に足を踏み入れたとき、丁度5時間目開始のチャイムが鳴り響いた。

←Back | Next→