7.親友

 教室の、まさに教卓の真ん前の席で深春は昼食を摂っていた。目の前には、教卓に弁当箱を広げている尾海知加子がいる。深春が教卓の前の席を割り当てられてからずっと続く、いつもどおりの昼食風景だ。
「みぃちゃん、久々のピザパンの味はどない?」
 知加子が聞く。彼女は基本的にネガティブな性格で、その声はよく注意しないと聞き取れないくらいの大きさだ。しかし深春と知加子の長い付き合いにそんなことはまったく関係ない。
「うまいで〜。これぞほっぺたが落ちるほどなんたらってヤツやなぁ〜。しかもビッグサイズでお得や」
 深春が両手で持っているのは、たっぷりのったチーズと豪勢な生ハムが特徴のピザパンである。この学校の食堂に置いてあるパンの中では人気メニューだ。
「喜んどるみぃちゃんの顔見ると、あたしも幸せやね」
 知加子が本当に嬉しそうに微笑むのをみて、深春は照れ笑いしてしまう。
「やっぱなぁ知加子。自分、恥ずかしいこと平気で言うやっちゃな」
 知加子の頬が赤らむ。うつむく顔と一緒に、小さな丸眼鏡も下を向いた。
「そ、そーかな? でも、あたしホントに嬉しいんや。みぃちゃんがそうやって美味そうに食べとるとこ見るとね」
「何や、知加子。私のこと食い意地張っとる言いたいんか」
 イタズラっぽく深春が言うと、知加子は慌てて首を振った。
「ちゃうよ。でも、いつものみぃちゃん見とると、食いしん坊やなぁって思うことはあるかもね」
「仕方ないやろ。いつもろくなモン腹に入れてないんやし……」
「あかんよ、みぃちゃん。最低限の食べ物はとらんと、倒れてしまうで」
「わかっとるで。まあこうやって、たまにええモンおごってくれる友達がいるおかげで、あたしも元気にやってられるんやな。元気に生活して、目一杯ギター弾いて……サンキュな知加子」
 知加子がにっこりと微笑む。
「どういたしまして。喜んでもらえて、あたしもホントに嬉しーよ」
 深春は水筒に入れて持ってきたウーロン茶で、最後の一欠片を流し込む。
 少し落ち着いたところで、深春は窓際の生徒の向こう、校舎の屋上を眺めた。本来、生徒が屋上に出ることは禁止されていたのだが、そこには数人の生徒が固まっていた。端的に、「不良」と称される学生達である。晴れた空の下、適当な昼食でも摂りながらタバコでもふかしているのだろう。
「まぁた屋上出とるヤツいるで。あれほどセンセーらが駄目やっちゅうとんのに、懲りない連中やな」
 深春の呟くような言葉を受けて、知加子も屋上に目を向けた。
「……んー? あれ、うちらのクラスの東城くん達やない?」
「ん、そーか? そー言われてみれば、東城達に見えんこともないなぁ……クラス内にもおらんようやし」
「そうや。東城くん達やね。いつもの4人組の」
 知加子が眼差しを屋上に固定したまま、うんと頷く。深春は視線を知加子に戻した。
「にしても知加子、目ええなぁ〜。こっからあの屋上まで結構あるのに、よくそんなはっきりと見えるモンや」
「……あのなぁ、みぃちゃん。あたし、メガネやて」
「あははっ、そーやったな。すっかり忘れとったで」
 深春はカラカラと笑った。
 そんな深春を見て、知加子が優しく微笑んだ。
「相変わらずやね、みぃちゃん。でもあたしな、そんなみぃちゃん大好きやで」
「うわっ、やっぱハズいやっちゃ自分っ。んなこと……思っとっても口には出さんモンやで」
「別に、ええやん。ホントのことやし」
 消極的な性格の知加子が、はっきりと言う。
「まぁ……あたしもそー思っとるで」
 幼い頃からずっと一緒だった知加子。かけがえのない、親友である。
 これからもそう、ずっと親友だ。
 しかしその時――深春の心の中で、黒い影が広がった。
“いつまで知加子は、あたしのことを覚えていてくれるんやろ”
 唐突な思考の浸食。それは瞬く間に躯を支配した。
 恐い。どうしようもなく恐い。
 こうやって確かな好意を伝えてくれる親友が、そのつながりを絶対的に裁ってしまう瞬間。それはいつなのか。
 いつまで自分は、彼女の親友でいられるのか。
 “永遠の盟約”は絶対だ。
「あたしら、ずっと親友やで」
 深春は言い聞かせるように、噛み締めるように、その言葉を紡いだ。

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