8.あんみつ

「いい天気だね、浩平」
「おかげでこの季節なのに暑くてたまらん。ったく、嫌になるな」
 土曜日の午後、晴れ渡った秋空の下、浩平と長森は2人でなじみの商店街を歩いていた。2人で過ごす時間は、朝をのぞいては久々になる。長森は毎日吹奏楽部の練習で忙しく、平日の放課後や休日さえも返上して学校に行くことが多いからである。
「この商店街も、浩平と来るの久しぶりだよ。なんか、新鮮な感じ」
「何言ってんだ。久々だとしても、新鮮な感じなんてしないぞ」
 ぶっきらぼうな浩平の言葉に、長森は頬を膨らませる。
「浩平は感受性に乏しすぎるんだよ」
「あのなぁ、よく見ろよ、ここらの町並みはここ数年変化を見せたことがないんだぞ? 変わったことと言ったら自販機の中身くらいのもんだ。あ、そういやあそこのファーストフード、一昔前まではリサイクルショップだったな。新鮮といえば新鮮か」
 長森は思わず頭を抱えてしまった。
「だから、見た目だけの話じゃないの。大切なのは、思い入れだもん」
 2人の側を同じ学校の生徒や周辺の高校生が歩いている。ここの商店街は、学生のたまり場と化していた。カラオケやゲームセンターがあるだけで、そこは格好の娯楽スペースとなるのである。
 浩平はふと思った。
「なあ、長森。こーやって2人で歩いてると、俺たちなにやら恋人同士っぽいな」
「えっ?」
 長森は拍子抜けする。
「周り見て見ろよ。何か俺らのこと、“かわいらしいカップルねぇ”なんて具合に微笑ましげな視線を送ってる女子高生がいるぞ」
「ち、違うよ浩平。絶対そんなことないもん」
「そりゃそうだ。俺だってそんな風に思ったことなんてないしな」
「あ、あっさりだね浩平……」
 長森は少し残念そうな顔になる。が、浩平はその様子になど目もくれない。  やがて、前方に見知った人間が見えた。
 小柄な体に大きなギターケースを背負い、体の大部分が見えないが、深春であることが分かった。その隣には、長髪でジーンズ、革ジャンを身につけた野暮ったい男がいる。2人は向き合って、なにやら話し込んでいるようだった。
「お、センパイだ」
 浩平は長森を差し置いて駆け寄る。
「わわっ、どうしたの!?」
 駆け寄った浩平は、背後から声をかけた。
「おう、センパイ」
 ギターケースが回転し、次いで大きな瞳が浩平を捉える。横で話し込んでいた20後半くらいの男は、浩平を一瞥し、怪訝な顔を深春に向けた。
「知り合いの子?」
「んー、そんなもんや。ここらの中学生」
「そう……まぁ、いいや。とにかくミハルちゃん、あまり無理な要求は聞けないからね? じゃ、俺は仕事に戻るよ」
「ええやん藤野さん、もっと勉強したってーな」
 深春は甘えるような声を出す。
「う〜ん……こっちだって色々大変なんだよ」
 男は深春の方へ軽く手を挙げると、すぐ側の店の中へ入っていった。
 2人のくだけた様子を見ていた浩平の胸中に、嫌な感覚がわき上がる。本人が未だ経験したことのない“嫉妬”という感情だった。
 浩平は深春のことを、いつの間にか好きになっていた。
「何してたんだ、センパイ?」
 浩平の声は、知らず不機嫌になる。
「何って……楽器屋の前でするコトっちゅうたら大体見当はつくやろ」
「楽器屋?」
 深春が指さしたのはショーウィンドウのエレキギターだった。店の上には<Fruity Gloove>と銘打ってある。何故かレンガ造りの、レトロな雰囲気漂う楽器店だった。入り口から見える店内には多種のエレキギターがずらりと並んでいる。
 浩平は少々拍子抜けした。恐らく今店に戻っていった男はただの店員だろう。深春とは……なんでもないはずだ。
「こないだエレキ買うために金貯めとるって言ったやろ? あたしが狙ってるんはな、このショーウィンドウに飾ってあるギターなんや」
「……これ、桁間違ってるんじゃないのか?」
「んなことないで。25万や、25万。このまま買ったら税抜きで諭吉様が25人も拉致られてまうんや……あわれ諭吉殿や」
「げっ……ぼったくりだぞそれ」
「今必死こいて値切っとったんやが、なかなか上手く行かないもんやなぁ」
「一体いくらまけろって言ったんだ?」
「ん〜。大体15万」
 しれっと答える。
「センパイ……一生ついていくぜ」
 タッタッタッタ……
 そこに遅れた長森が到着する。
「置いて行かないでよ、浩平〜」
 深春の目が息切れしている長森に注がれ、それに気付いた浩平は言った。
「こいつは、長森……あれ、名前なんだっけ?」
「瑞佳だよ。ひどいよ〜忘れるなんて」
「そうそう、長森瑞佳。えっと、腐れ縁の、世間で言うところの友達らしい。決して恋人なんかではない」
「いちいち説明しなくていいよ〜」
 長森が赤面し、深春は破顔した。
「相変わらずやな〜浩平は。瑞佳ちゃん言うんか、よろしくな」
「よろしくお願いします」
 長森が律儀に礼をする。
「あたしは道城深春。見て分かるとおり、ギターなんか弾いたりしてるんや」
「浩平からギターが凄く上手だって聞きました。私も聞きたいな〜」
「別に構わんよ。いつでも聞かしたるで」
「ありがとうございます〜」
 深春と長森は早くも意気投合していた。2人とも、本来から人当たりのいい性格なのだ。ただ浩平が絡むと、その歯車が微妙に噛み合わなくなる。浩平にかかれば、相手が誰であろうと同じだった。
「立ち話もなんやから、そこらでテキトーになんか食わんか? あたしな、いい店知っとるで。腹にたまるもんやないけど、美味いもん食わしたる」
 深春の提案に、浩平と長森は頷いた。


 3人は商店街の片隅にある主に和菓子をメニューに置いている喫茶店に入って、腰を落ち着けていた。
 窓際の席で、浩平と長森が並び、向かい側が深春というポジションである。
 3人は街路を通り過ぎる人波に目をやりながら、注文のメニューが届くのを待っていた。
「……しかしな、瑞佳ちゃん?」
「はい?」
「こいつと一緒にいると、色々と大変やろ?」
 深春が浩平を指さしながら訊ねた。
「はい。すっごく大変ですよ〜。朝は起きないし、私のスカートはめくるし、この前なんか靴の中に3匹も青虫入れられちゃいました。こんなおっきなクモも背中に入れられたし」
「……瑞佳ちゃん、そんな仕打ちされてんのに、なんで今一緒にいるんや」
 妙にこざっぱりと語る長森に、深春は哀れんでいると言うより、呆れた調子で聞いた。
「え、いや……なんだか、放っておけないと言うか何というか」
 ……こいつも変なヤツやな〜。
 深春は思った。
「何か、さっきからひどい言われようだな。心外だ」
「あのなぁ、浩平。普通の女の子やったらそんなコトされたら一発で絶交やで? 少しは瑞佳ちゃんの……えぇっと……寛大、な、心に感謝せんとあかんよ」
「そうか。悪いな、長森」
「……すらりと言われると、全然重みがないよ」
「海の底より深く反省してるぞ」
「水深30センチの泥沼並やろ」
 程なくして、注文のメニューが届いた。
 あんみつだった。
「これ、そんなに美味いのか? 単に色とりどりの寒天とフルーツ缶詰に砂糖水ぶっかけただけに見えるんだが」
 浩平が、スプーンで洒落た器の中身をつつきながら聞くと、深春はニヤリと笑った。
「百聞は一食にしかず、ちゅうところかな。とりあえず、食ってみい」
 2人は深春に促されて、それを口に運んだ。
「おいしい!」
 初めに感動したのは長森だった。
「う〜ん。マッタリとしている中にコクがあって、その上さっぱりとシャキシャキした感じが効いている」
「マッタリしてさっぱりって、どういう食感やねん」
「いや、オレにとってはそんな感じだ」
「おいしいよ〜」
 浩平と深春のやりとりには目もくれず、長森はぱくぱくと食べ続けている。  少なくとも、この店に長森が通い詰めになることは間違いなさそうだった。 「でも、生クリームがないのが残念だ」
 浩平のこの言葉に、深春は過敏に反応した。
「な、生クリームやて……? 邪道や、邪道! そんなんは邪道や! 生クリームなんかぶっかけてもーたらもはやあんみつとは言わん。あんみつはなぁ、読んで字の如くあんこで勝負なんや」
「うぅむ。こだわりだな」
「こだわりや」
 周りの客を無視して熱弁を振るう深春。
 その店のあんみつは極上の味で、3人はすぐに平らげてしまった。
 氷の浮かぶ水を飲み干して、深春がギター片手に立ち上がる。
「もう行くで。美味かったやろ?」
「はい、とっても」
「マッタリとしたなかにコクがあってその上……」
「それはもうええっちゅうねん」
 深春は会計を済ませようと、カウンターに向かった。
「お会計はご一緒でよろしいでしょうか?」
 カウンターの店員が訊ねる。
「いや、別々で」
「えっ、オレらも払うってこと?」
「当たり前やろ、自分で食ったもんの代金くらい、自分で片づけるもんや」
 浩平はポケットをしばらく漁ったあと、長森に視線を送った。
「おっ? 何か、奢ってあげたそうな顔をしているな」
「えぇっ? してないよ……」
「悪いな、長森。じゃあ、お言葉に甘えて、オレの分も出してくれ」
「どうしてそうなるの……私だってそんなに余裕ないのに」
 そのやりとりを見ていた深春は、しびれを切らしたように言った。
「わかった、わかったって……仕方あらへん、年長者やし、あたしが2人の分も奢ってやる」
 既に右手に握られていた小銭を引っ込め、断腸の思いで2人の夏目漱石をのぞかせる。
「1575円になります――ありがとうございました」
「はぁ……また食費を切りつめなあかんか……」
 深春はがっくりと肩を落とした。

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