11.現(うつつ)に積もる永久(とわ)の雪

 あたしはもうそろそろこの世界から消えてしまうんやろな。何月何日、何時何分に、あたしは向こうに行くんやろ。
 正確な時間なんてわからへんわ。
 でも、それは絶対や。


 水曜日。あたしはいつも通りに学校に向かった。
 2年前、今のアパートに越してきたときは全然知らん道やったけど、ここはいつの間にか意識せんほどあたしの日常に溶け込んどった。
 寂れた通りでも、誰が世話しとんのか、綺麗なイチョウ並木が伸びている。
 久々に、自分の世界を見とる気がした。
 慣れてしまうのは当然やけど、こういうもんの新鮮さを見失うのは悲しいことやな。
 ゆっくりと歩を進めるあたしの横を、背広を着込んだサラリーマンが足早に通り過ぎてく。
 友達とベラベラ喋りながら、並列走行で中学生が走ってく。
 細い道路を、助手席に女を乗せたスポーツカーが走り抜けてく。
 ……こいつらは、自分の生きてる世界を見てるんやろか。
 ただ一寸先のことに踊らされて、満足したような気になっとるだけやないやろか。
 あたしはあたしで、自分のことだけで精一杯やから、おんなじか。
 あたしは空を見上げた。雲1つない青空やった。
 最近、晴れの日が続いとる。天気予報もはずれてばっかりやな。
 あたしは1つ深呼吸して、校門をくぐった。
「おはよ」
 後ろから声をかけられた。あたしに関西弁をうつした張本人やった。
「おはよ、知加子」
 いつもどおりの笑顔に、あたしもいつもどおりの笑顔で応える。
「今日は魔の水曜日やね……気が思いやられるわ」
「鬼の英語2レンチャンか。どーしてあたしらのクラスだけ、あんな英語教師がそろったんかなぁ……なにやら国家的陰謀の臭いがプンプンするでぇ」
「そんな大袈裟な。でもホント、あたしらアンラッキーやねぇ……」
 目を生徒昇降口の方へ向けると、話し友達の姿が見えた。でかいイヌの形したバッグで登校してくんのは、全校であいつくらいのもんや。
「あっ、あれ朋香とちゃう?」
 知加子もすぐに気付いた。
「朋香〜!」
 あたしは周囲の目なんか気にせんで、大声で駆け寄った。知加子も隣に付いてくる。
 朋香が振り返る。
「おはよ、朋香」
「…………?」
 なぜか朋香は怪訝な顔をした。あたしの顔をじっと見つめる。
 声が……返ってこない。
 冷たい沈黙。
「おはよ」
「あ……知加子、おはよ」
 朋香は知加子に言った。あたしになんかではなく。
「この人……誰?」
 小声で知加子に訊ねる。
 あたしは、悟った。
「なに言ってるん……? 朝から冗談かいな」
 朋香がはっとなった。
「あっ、深春! ゴメンね、あたしなに言ってるんだろ……まだ寝ぼけてるのかなぁ」
 冗談なんかやなかった。
 朋香は純粋に、あたしのことを忘れとったんや。


『おはよ、知加子。今日の数学の課題見せてもらいたいんやけど』
『…………? お、おはようございます。課題って……数学Vのことですか? いいですけど……』
『え……あ……まさか……知加子っ? あたしのこと……』
『ご、ごめんなさい。私物覚えが悪くて……』
『ちか……こ…………』
『ごめんなさい。本当に、失礼なんですけど――』

『お名前、教えてもらえないでしょうか』

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