13.Put Me Out of Your Mind

「最高やったな〜。<Avant Pop Star>はホンマ、日本が生んだ最高のアーティストや」
「CDで聞くよりも、ライブの方がやっぱりいいもんだ……って、当然か?」
「そうでもないで。実力のあるアーティストやなきゃそうは聞こえるもんやない。その場の雰囲気に呑まれて熱狂するんやなく、ホンマにものすごいライブやった」
 いつもの河原。
 そして、西には傾きかけたオレンジの夕日。
 2人は、並んで草むらに腰掛けていた。
「それにしても、チケットよう獲ったな。もう1ヶ月以上も前に売り切れとると思っとったのに」
「クラスのファンに頼んだんだ。そしたら、2枚譲ってくれたってわけ」
「はぁ〜、大変やったやろ?」
「別に、そうでもないぞ」
「とにかく、感謝、感謝や」
「どういたしまして」
 のライブを観てきた帰り、2人はいつもの河原に立ち寄った。  それは、深春の申し出だった。
「どこに行くときでもギターは持ち歩くんだな」
「当たり前や。これはあたしのトレードマークやからな」
「ライブで後ろの人、邪魔そうだったぞ」
「んな細かいことは気にすんな」
 あの日から1週間。2人は学校をサボって色々なところに出掛け、色々なものを見たり、遊んだりした。
「疲れたな〜。あたし、ライブなんて初めて行ったもんやから、ファンの勢いがあそこまでとは、考えもせえへんかったわ」
「センパイも十分に勢いあったぞ……跳び上がって、オレの足何回も踏みつけるし」
「そうやったか?」
「そうや」
 深春が『あっ』と、声を漏らした。
「浩平、関西弁うつっとる。ほらな、あたしの言った通りやろ? 簡単に伝染するもんなんや」
「わざとだよ……」
 指をさして嬉しそうに笑っていた深春が、頬を膨らませ拗ねた表情をする。
「なんや、ダマしよったんかいなっ……浩平のアホっ」
「それ以前に、オレの足踏んだこと謝れっての」
「いやや」
 プイッとそっぽを向く。実に子供じみた反応だった。
 1週間の間に、深春の浩平に対する接し方はかなり変わっていた。
 年の差など関係なく、それはまるで恋人同士のようだった。
「…………」
 今日も川は穏やかに流れていて、木々の隙間からこぼれる夕日が水面で反射する。
 2人が始めて会ったのも、丁度こんな夕焼け空の下だった。
 地平線の向こうまで続く雄大な雲。オレンジ色の鮮やかな夕日。
 その情景を、浩平は噛み締めるようにずっと眺めた。
「センパイ」
 やがて、浩平は口を開く。
「センパイは“世の中にはいいもんがぎょうさんある”って言ったよな」
 唐突な質問に、深春は頷いて返した。
「この1週間で……“ぎょうさんある”ものの内でも、ちょっとは見つけられたか?」
「……浩平」
 はじめ驚いたような顔をした深春だったが、すぐに笑顔に変わった。
 まるで母親が自分の赤ん坊を見るような、優しい笑顔だった。
「ああ、たくさん見つけられたで……浩平のおかげや」
「そっか」
「アリガトな、浩平」
「…………」
「ホンマ、感謝しとるで」
「ああ、そう言ってくれると、オレも嬉しいぞ」
 深春は浩平の右手に、そっと自分の両手を重ねた。
「でも、バカやで。劣等生のくせして、大事な学校を1週間もサボりおってな」
「ははっ、俺、バカか?」
 浩平が苦笑する。
「そうや。正真正銘、大バカやで。あたしが保証したる」
「そんなもん、保証されたくないぞ……」
 深春は浩平の手を包み込むように握った。
 ため息をつく。
「じゃあ、あたしもその大バカに、ささやかな感謝の気持ちを込めて……」
 深春は、浩平から手を離すと草むらに横たえていたギターケースに手をかけた。ゆっくりとした手つきで、金具をはずしていく。
 フタが開き、ピカピカに磨かれたアコースティックギターが見えた。
 いつものように、手際よくストラップを肩に掛け、構える。
「センパイ……」
「静かにしいや……あたしのライブは、観客が黙ってみてるもんなんや」
 浩平が何か言いかけるのを、深春は優しい声で遮った。
 深春には、分かっていた。
 無論、浩平にも分かっていた。
 ここで、深春がギターを弾くということ。
 それが何を意味するのかを。
「じゃあ、弾くで――1曲っきりや」
 深春の右手が動いた。
 滑らかに、単音が紡ぎ出されていった。音を重ねるように、1本1本の弦を弾いていくアルペジオという技法。
 今まで深春が弾くことのなかった、寂しい雰囲気の曲だった。
 それは<Avant Pop Star>が作曲した中では異色のジャンルだった。
 いつも聞いていたコード弾きではなく、丁寧にそれぞれの弦が弾かれていく。
 脳裏に青空は浮かばなかった。
 むしろ、鮮やかな夕焼け空が見えた。
 浩平はその曲名を知っていたから――ギターを弾くのをやめて欲しかった。
 それは、深春の、浩平へのメッセージ。
 深春が考え抜いた末の、浩平に対する言葉だった。
「センパ……」
 深春の閉じられた瞳に、涙が浮かんでいた。
 じっと耐えるように、口の端を引き結び、ただ両手を動かしている。
 だから、浩平は黙って聞き続けた。
 胸を焦がす、切ない想いに駆られながらも、深春を見守り続けた。
 曲が終わりに近づき、深春の瞳から涙があふれ出す。
 テンポが遅くなる。
 残り1小節。
 最後の和音が、綺麗に響いた。
 余韻を残し、ゆっくりと、曲は終わった。
“アリガトな、ホンマにアリガトな、浩平。約束守って、最後の最後まであたしのこと、忘れんでいてくれたんやな……でも……いいんや。あたしな、もう疲れたわ”
 深春の声だけが、浩平の頭に響いた。


「センパイ……」
 浩平は、誰もいない河原に1人で座り込んでいた。
 ピカピカのアコースティックギターと、開け放たれたままのケースが側にある。
 浩平は、震える手でギターを手に取った。
 いたずらに弦を弾いてみる。
「鳴らない……鳴らないって、センパイ。あんなに綺麗な音……出せないって」
 最後に、深春が弾いた曲。
 “Put Me Out of Your Mind”――“私のことは忘れて”

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