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Kanon Another Story



永遠の煌き




by 幻



「……こ……と、ま……と、まこ……と」
 誰かがわたしを呼ぶ声がする。
 闇の彼方から、何度も何度も……。
 でも、わたしは堅く目を閉じた。もし目を開いたら、わたしの体はまた闇に犯されてちりぢりになってしまう。
 あの人との思い出と一緒ならば、このまま永遠に闇を漂っていてもいい。

「真琴!!」
 圧倒的な威圧感に思わず目を見開く。
 主……様?
 おぼろげな記憶の底から銀色の畏怖すべき姿が鮮やかに蘇った。

 ここは……? 
 わたしはまだ闇の中を漂っているのだろうか?
 視界が銀色に満たされる。声はさっきよりもずっと近くに感じられた。

「真琴……、私の声が聞こえますか?」
 わたしは声の方を向いた。銀色の世界のその彼方に月のような輝きがあった。声はそこから聞こえていた。
 今度は、はっきりと力強く……。

「真琴……、これから話すことはとても大切なことです。心して聞きなさい」
 昔は畏れの対象でしかなかった、主様の声がとても心強く聞こえた。
 わたしは頷いて主様の声に耳を傾けた。

「真琴、あなたの母様はとても聡明な方でした……。あの方は私と同じ時を生き、自然と一体となり、妖狐として奇跡を司る重要な役を果たしてきました……」
 主様は、懐かしく語り始めた。
「……しかし、里のものとの交わりがあの方の運命を変えてしまった……。いいえ、これがもとの運命かも知れません。……今となってはもう致し方のないことです……。あなたの兄上があなた方のもとを去ったとき、あの方は生まれ変わりの術を教えたことを深く悔いていました……」

 お兄ちゃん……。
 白い世界にてんてんと続く足跡だけを残して……わたしたちをおいて独り人間の世界へ行ってしまったお兄ちゃん……。
 あの日からおかあさんは元気がなくなってしまったような気がして……わたしはお兄ちゃんを……恨んでいた。

「……あなたがたは半分は人間なのです。純粋な妖狐よりも人間の愛情に敏感なのは仕方ないこと。それはあなたの母様も十分理解されていました……」
 わたしが、人間? 
 主様のその言葉に胸が高鳴るのを感じた。
 トクン……トクン……それは、胸からではなく胸の近くでわたしが必死に抱きしめていた白い輝きからの鼓動だった。

「結局、あの方はあなたに生まれ変わりの術を教えなかった。同じ悲劇を繰り返したくなかったのです。しかし、運命は皮肉にもあなたを人間のぬくもりの中に導いてしまった……。あなたが人間たちのなかで感じたものはすべて現実です」
 トクン……トクン……鼓動がだんだん早くなっていくのが感じられた。
 あれは夢なんかじゃなかったんだ……。

「……私はあなたの母様から託された願いを叶えるべくここに来ました。……私はあなた自身の生命と引き替えに、生まれ変わりの術を施行することができます。あなたが望むなら、また人間となってこの世界に復活することができるのです……」
 トクン!
 胸に抱えていた輝きが大きく躍動する。
 ああ……これがわたしの生命だったんだ……。
 やわらかくて暖かくて……これが生命だったんだ。

「……ただし、復活以前の記憶は失われます。たとえ人間の世界に戻ったとしても再びあなたの望むようにはならないかも知れませんよ」
 わたしに不安なんてなかった。
 あの人と結婚したから……わたしはずっと一緒にいられる。
 たとえわたしの記憶がなくなっていても、きっとあの人が見つけてくれる……。

「あなたの望みは……なんですか」
 そんなことは決まっていた……。

 
 白い閃光が私を貫いた。
 奇跡の煌めきのなか、わたしは瞳を開いた。

 そこは真っ白に輝く、森の中だった。
 木も草も石も水も空も……すべてが白かった。
 ひとつ向こうの岩の上に、懐かしい姿があった。
 いつもわたしが追いかけていたその背中、凍てつく夜にわたしを包んでくれた暖かい胸。

 おかあさん……。
 私はつぶやいた。そして、叫んだ。
 おかあさんっっ!!おかあさんっっ!!おかあっ……
 だがその声は届かなかった。
 いや、声が音を発しなかった。
 おかあさんとわたしの間には永遠に続く無音の世界があった。

 そのとき、わたしはおかあさんの姿がだんだん遠ざかっていくのが分かった。
 白い光の中に影さえも残さずとけ込んで行く。
 行けないっ!!
 わたし、こんなところに、おかあさん独りを残してなんか行けないよっ!
 わたしは走った。
 おかあさんのいる方へ思いっきり走った。
 足がちぎれても構わなかった。
 しかし、距離は遠のくばかりだった。

 どうして?
 わたし、おかあさんに聞いてもらいたいこと、いっぱいあったのに……あの人のこと……、とてもおいしい肉まんのこと……いっぱい、いっぱいあったのに……おかあさんは……。

 ふっと体が宙に浮く感じがした。そして世界は白く炸裂した。
 最後の瞬間、わたしは見た。
 おかあさんの後ろで、楽しそうに遊びまわるお兄ちゃんの姿を……。

 そっか……。
 ばかだよね、わたし……。
 結局、みんな誰も恨んでなんかいなかったんだ……。
 その姿が、白く霞んでゆく。

 ありがとう……。おかあさん、お兄ちゃん……。

 
 風……わたしは透明な風となって、世界を吹き抜けた。
 そして、風が辿り着く場所……そこは……。



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