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Kanon Another Story



kanon


第2章 「名雪ちゃん」

by 淺川 秋



たとえばこんな1日・・
“皆さんおはようございます。今朝は昨夜からの大雪で秋田市が1m20cm、大曲市が1m45cm
 とこの冬一番の積雪となりました。この雪による影響で秋田自動車道は横手〜秋田南間で50kの
 スピード制限がされている他、田沢湖線で…“
1月15日、月曜日、午前6時19分・・。
僕はテレビの朝のニュースで目を覚ました。
僕は7年も東京に住んでいたから冬といってもそんなに家の中は寒くなかったんだけど、
ここではどうやら想像を絶する寒さのようだ。
蒲団から顔だけをぴょこっと出し、息を吐いてみる。
…白い…こんなこと初めてだ。そうなればどうやって起きようか?
男らしくがばっ!と飛び起きてぱっと着替えてしまうか、
それともそろそろと蒲団の中の暖かい空気を逃がさないようにして蒲団の中で着替えてしまうか…。
二つの考えが互いに交差して僕を惑わす・・。
「…しょっ・・と…お…さん、これ…どこ……か?」
その時、外から何か掘っているような音が聞こえてきた。なんだろうか?
僕はすばやく椅子の上に掛けてあったどてらを羽織り、窓を開けた。
・・承知のことだと思うが今は1月。
しかも今日はテレビのニュースでもやっていたように大雪が積もっている。
2重に着たパジャマの上にどてらまで着ているのに突き刺すような冷たい空気が僕を襲う・・。
 「くう〜っ!さ、寒いっ!あ、あれ?名雪ちゃん!」
なんとそこには叔父さんと一緒に雪かきをしている名雪ちゃんの姿があったのだ。
 「あっ!おはよう!この寒さで目が覚めたかな?」
名雪ちゃんはスキ−ウエア姿でシャベルを積んだ雪山に刺した後、僕に手を振った。
家の傍はすぐ車のガレージになっているのだが、そこの部分だけ完全に雪は取り除かれている。
流石、雪国の人だ・・、短時間でここまでやってしまうとは・・。
僕だったらシャベルで雪を持ち上げた途端、「重い〜」とか音をあげてしまうだろう・・。
それにしても、名雪ちゃんって力持ちなんだなあ・・。
 「いつもここの叔父さんの家に来てからは冬になると雪かきの手伝いするの!
  それで近所の子供にかまくらとか作ってあげるととっても喜ぶんだから!」
 「そうなんだ・・、あ、いけない!手伝おうか?」
 「ううん。いいよ、もう終るから・・。だって都会の子にやらせるのは不安だも〜ん。あっ、そうだ、
         朝食は私の特製のベーコンエッグ作ってあげるね!早く着替えてきなさいよ!」
 「どういう意味だよ!僕だって男のはしくれだよ!こんな雪の一つや二つ・・。」
名雪ちゃんに言われる前に心の中ではすでに弱音吐いてしまうやつが何を言う。
名雪ちゃんはそれを見通したかのような目でひそかに笑っていた・・。
 叔父さんは雪かきが終るとすぐに仕事があるらしく、朝ご飯も食べずに車に乗って行ってしまった。
なんだか昨日の夜会った時よりせかせかしていたような・・。
 「珍しい・・。叔父さん朝ご飯は絶対抜かないんだけど・・。会社で何かあったのかな?」
名雪ちゃんは朝食のベーコンエッグを焼きながら不思議そうにつぶやいた。
でも、僕には男のカンともいうやつだろうか?すぐに気がついた。
叔父さんは僕ら二人に気を使ってくれたのだろう・・。
せっかく会えたのに余計な存在がいてはムードも壊してしまうと・・。
しかし・・、よくよく考えてみれば年頃の男女が二人っきり・・、喜ぶべきなのかそれとも昔を懐かしむべきなのか?
子供の頃はなんとも感じていなかったのに、なんでこんな思惑をめぐらわせなくてはならないのだろう・・。
 「おまちど〜はいっ☆どうぞ召し上がれ!」
僕の鼻をベーコンエッグとホットミルクのいい香りがくすぐる・・。
 「おいしそうだね・・。名雪ちゃん、料理勉強したでしょう!」
 「あったり〜っ!だって・・、い、いやなんでもない。ほらほら早く食べてよ!覚めちゃうよ!」
僕は今日の朝食、ベーコンエッグとホットミルクとトーストを平らげたあと、
名雪ちゃんの案内で通うことになった学校へと出発した。
…そっか、年は同じとはいえ、彼女の方がここにいるのは長いんだものな・・。
外はちらほらと雪が舞っている。昨日は相当降ったのか、除雪車が積み上げた雪を固めた後にできる雪壁があり、
地面のアイスバーンには巨大なタイヤの後がくっきりと残っている。
そのような今まで見たこともない光景に僕があっけにとられていると突然名雪ちゃんが思い出したように話し始めた。
「ああっ・・ねえ・・、この川覚えてる?」
「えっ?この川は・・、たしか・・横手川だっけ?……」 
叔父さんの家から約7分ほどでこの街で一番大きな川にあたる。
今は冬で、だいぶ川の水も凍ってしまっているけど、霜をうっすらとかむった枯れた草木はなにか幻想的だ・・。
「昔、私と学校に行く途中、あなたがこのてすりから身を乗り出したらかぶっていた帽子が川の下に落ちちゃったんだよね・・。」
「あ、あはは・・、そういえばそうだったね・・。僕がまだ小3くらいの時だったかな?
たしか父さんが出勤前に川まで入っていって、わざわざ取って来てくれたんだっけ・・。」
「フフッ・・そうそう!あなたのお父さんが飛んで川まで行ったのよね・・。その時もこの川
凍っていて、途中で転んでびしょびしょになったからお父さん大変だったわよお・・。」  
今さらながら恥ずかしい思い出だ・・。あの頃はすごい泣き虫だった僕はいじめられっこだった上に
アトピー性皮膚炎っていう皮膚病まで持ち合わせていたからちょっとしたことで泣いてたっけ・・。
この日も帽子落っことしたっていうことで地べたに座りこみ、わんわん泣いていた・・。
「でも、あの時は二人とも小さかったからしょうがないわよ・・。
帽子が戻ってきてまたかぶせてもらった時のあなたの笑顔・・、かわいくて忘れられないなあ・・。」
思わず赤面してしまった。そこまで覚えてもらっているとこちらもどう言葉を返せばいいのかわからない・・。
「よ、よくそんなことまで覚えているね・・。僕は・・、正直いえばあんまり覚えてないな・・。」
「そんなことないわよ・・。そうだ!今度の土日にまたいろんな所小さい時みたいに周ってみようよ!
 そうすれば何かは思い出すかもよ?」
「ナイスアイディア!だとすれば楽しみだね!横手城なんて何年ぶりだろう?」
話しが弾む中、橋を渡って、柳の木の通りに出ると、僕や名雪ちゃんと同じ制服を着た生徒達がいたる所にいる。ここは通学路なのだろう・・。
「…同じ制服の人達が沢山・・。あれみんな仰星高校の人達?」
「フフフっ・・すっかり話しこんじゃったね。もうすぐ学校だよ!秋田仰星学院高等部へようこそ!」
雲の切れ目から太陽の木漏れ日が差し、学校林の間の時計塔を照らす・・。
名雪ちゃんは「がんばるぞ〜っ!」と思わせるような背伸びをした。
名雪ちゃんの白い肌が天から舞い散る粉雪に映える・・。
僕は足をふと止め、しばらく名雪ちゃんを見つめていた…。
その姿には名雪ちゃんと別れていた7年のブランクはほとんど感じさせないあの時と変わらない無邪気さがあった。
できれば…いつまでもこのままの姿でいてほしい…。でも、これがあの出来事へのプレリュードなんて考えもしなかった・・。



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