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Kanon Another Story



kanon


第5章 「美人薄命」(2)

by 淺川 秋



部屋に入るといきなり鼻を刺す甘っちょろい香り・・、これはキャンディーだろうか?
僕の目の前には透明なシートに包まれたベッドが4台並べられている。その奥には見かけには元気そうな子供達が、おそらくさっき栞ちゃんが持ってきたお菓子だろう。夢中になって周りと談笑しながら食べている。
 「栞ちゃん・・、ここは・・?なんだか入院病棟でも初めて見る場所なんだけど・・。」
そんな僕の声を掻き消すように一瞬、栞ちゃんの大きな声が響いた。
 「これ!隆児!しづねえごだ!まだおなかいたぐなったらどうする!」
 「おうわっ・・と・・。」
思わず僕は後ろに引いてしまった。栞ちゃんが注意したその隆児っていう男の子は片方の鼻にチューブのようなものをしていて、左腕には3本もの点滴をしている。顔は痩せ乾せ、体も小さいのに元気だけは人一倍あるようだ。
 「しぉりねぇしゃん、いいじゃないかよお〜。おれもうすぐしゅじゅつぅでよくなるんだからあ。」
 「何言ってるの?あんだ先生からもう明日までは食べちゃだめだどって言われだばっかしだべ?」
 「ちぇっ・・、ねえしゃんのけち…んぼ…ん……」
その男の子は突然項垂れ、ベッドに速倒してしまった。
 「…、隆児?どうした〜?隆児?」
僕はすぐに察知した。すでにその子の目は上を向いてしまっていて、顔はどんどん青ざめていく。
その他の子供達は突然の友人の異変に唖然としてこちらを見つめている。
 「し、栞ちゃん、ちょっと先生呼んでくるね!!」
栞ちゃんは何度もその子を揺さっているが反応は一切ない。この事態を重く見た僕は自然に体が動き出し、ナースステーションへ駆けていった。
「隆児っ!!どうしたあ!?おねえちゃんに目開けてごらん!隆児ぃっ!」
 それからしばらくして・・、その子の親がやってきた。 いつもは賑やかな子供の声もこの日だけは消え去り、その子のベッドの周りを沢山の白衣の先生が囲む・・。僕と栞ちゃんは部屋の外に出され、ただ、隆児くんの回復を待つのみだった・・。
二人とも黙ったままだ・・。無理もない、さっきまで隆児くんは元気だっただから・・。突然のことに栞ちゃんも相当なショックだっただろう・・。僕はそっと話しかけた・・。
 「…だ、大丈夫だよ・・!今先生が見ているから多分元気になるって!ちょっと調子悪くしただけかもしれないし・・。」
 「…3日前も同じことが起こった・・。その一週間前も・・。最近こんなことが繰り返されている・・。」
 「……………!!」
 「なあなあ・・、このまま隆児死んでしまうんじゃねえのけ?うわ〜〜〜〜〜ん……」
栞ちゃんは僕の胸倉を思いっきり掴んで号泣してしまった。栞ちゃんは昔から隆児くんを見てきた。その悲しみを全部分かち合うのはまだ僕には出来ない・・。ただ、出来ることは優しく抱きしめてあげることだった・・。
 「…実は・・、私もついこの間まであの部屋にいたんだ・・。高校に入学してから、突然聞いたこともないような病気を宣告されて・・。」
今度は僕が驚かされた。
 「あの部屋は無菌室。小児ガンとか特別な病気を持った子供だけがはいる部屋・・。そこにいると自然に体力は無くなっていって髪の毛とかもどんどん抜け落ちて行く・・。信じられるべか?私も高校入学した頃は坊主頭だったんよ?」
 僕に抱きついたまま淡々と話を続けていく栞ちゃん。僕の服を掴んだその手はだんだん強くなっていく・・。
 「隆児は私が入院した時からいた子・・。まだあの時は2つくらいだったの。私が入院して坊主頭になって体が動かなくなってしまった時も・・、あの子はいつも私を励ましてくれた。だから、どうして私は元気になってあの子だけはどんどん悪くなっていくのかって・・。神様を怨んだこともあった・・。いくらなんでも酷いよね・・。」
 僕は何も言葉を返すことが出来なかった。それからは無言でただすすり泣く栞ちゃん・・。
看護婦さんが忙しく歩き回る音と、無機的に鳴り響く空調設備の音が一層悲壮感をあらわにしていくーー。
その時、僕の時計のアラームが場の空気を断ち切った。
 「……?」
栞ちゃんは、はっ、と僕の顔を見た。……ヤバい…、もう時間だ・・。
 「ど、どうしたべか?お兄さん・・。」
 「う……、実を言うと…、もうさっきのグラウンドに行かなければならないんだ。僕はバスケットボール部のマネージャーで、さっきの高校の関係者に挨拶しなければならないんだよ・・。」
 「…そうだったんべか・・。それなら仕方ないわな・・。…ありがとうお兄さん、色々手伝ってもらって。本当に男の人が苦手だったから、こんなに優しぐしてもらってあたしは嬉しかった・・。後のことは心配しないでけろ。隆児も今頑張っていることだし。」
栞ちゃんにすこし笑みが漏れた。以外としっかり者のようだ。
 「うん。本当に隆児君良くなるといいね・・。」
再びアラームがけたたましく鳴り響く。
 「あっやべっ!そ、それじゃまたいつか何処かで!栞ちゃんも学校頑張ってね!」
栞ちゃんは僕をエレベーターまで見送ってくれた。
 「お兄さんもバスケ頑張ってけろね!」
 「ち、ちょっとテレるなあ・・。うん。まずは勝ってみせるよ・・。……それじゃ……」
エレベーターのドアが閉まろうとしたその瞬間だった。栞ちゃんの表情が急変した。
まさにその表情とは幾度と無くここに来てから見てきたあの「眼」だった。
 「!」
僕は思わず、手を伸ばして「栞ちゃん!」と言おうとしたが・・、案の定エレベーターは下降を始めてしまった・・。
 グランドに戻った僕は後に監督と主将に大目玉をくらうことになってしまったが、この時既にこれからゆっくり訪れる数奇な定めを予感していた・・。
 
 kanon 5章 美人薄命(2) 完



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