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Kanon Another Story



kanon第2楽章


〜2〜 名雪のこころ

by 淺川 秋



キスをした時のあゆちゃんの視線は冗談なものとは思えなかった。おそらくあゆちゃんにとっても初めてのキスだったのだろう。
 「これであなた・・とボクのとの「約束」が動き始めたね。・・・・それじゃ・・・。」
あゆちゃんはその場から足早に立ち去った。ちらちらと降り出した雪はやがて本格的なものになり、
僕の頭に積もり始めた雪の雫がやがて頬に伝わった時、ようやく我に戻った。
 「・・・・いけない・・。つい我を失っちゃった!と、とにかく落ち着け自分!・・うわあ・・、雪もまた降り出してきたみたいだな・・。早く家に帰ろう!」
 僕はすばやく頭の雪をほろった。そして駅のバスプールに戻ろうとしたそのビルの角に全身雪まみれになって、それでもなお微笑を浮かべている名雪ちゃんが立ちはだかった。
 「!」
正直いってこれはまずいと思った。もしかしたらあゆちゃんとのキスを見られた・・、いやこの状態ならば見たに違いないだろう。しかし・・、そのままの笑みを浮かべたまま名雪ちゃんは・・
 「あっ、偶然だね。丁度私も家に帰る途中だったから、・・一緒に・・かえろ・・・。」
そのまま名雪ちゃんは僕の胸にもたれ掛かった。偶然、というにはもう彼女の嘘もバレバレだったが・・。
 「え・・?名雪ちゃん、どうしたの?名雪ちゃん!?」
僕の胸の中で名雪ちゃんは荒い呼吸をしていた。服の上からは異常なほどまで彼女の体温が上昇していることがわかる。これは相当な高熱だ!
 「・・・はあはあはあはあ・・」
 「名雪ちゃん大丈夫!?・・まいったなあ・・。・・、よし、こうなったら仕方がない。」
僕は名雪ちゃんの腕を後ろに回し、おぶることにした。ここから名雪ちゃんの家までそんなに距離はない。足を滑らせないようにして、僕は繁華街を駆け抜けた!
 「・・・・?バスプールはあっちだよ・・。駅にいかなきゃ。」
支離滅裂なことを言う名雪ちゃん。どうやらかなり長時間あの場所にいたようだ・・。
 「ははっ、大丈夫だよ!このまま僕が家までおぶってあげるから・・。」
 「おぶる・・、オブル・・、んん・・。」
年頃の娘を背負って繁華街を激走する僕の姿に周りの目はかなり冷たかった。でも、そんなことよりも今は名雪ちゃんのことを考えるのが最優先だった。
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「ねえねえっ!これトンボさんだよ!」
 「え?それ、どこで見つけたの?」
 「名雪がねえ、横手川で遊んでいたらなんだか元気ないトンボさんがいたから持ってきたの。」
 「あっ!これ「しおからとんぼ」っていうんだよ!このへんじゃみかけないね。」
 「へえ・・、よく知ってるね!・・でも、なんだか目の辺りが白くなってる・・。決めた!名雪このとんぼさん治してあげるね!」
 「いつものことだけど優しいね、名雪ちゃんは。犬さんや小鳥さんの看病もできることだから、きっと そのトンボさんにもちゃんと伝わると思うよ!」
 「うんっ☆」
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−数日後−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「ぐすっ・・・ぐすっ・・。」
 「・・・・・・とんぼさん、死んじゃったね・・。」
 「犬さんや小鳥さんとはやっぱり違うのかなあ・・。もう秋だから死んじゃう時期なのかなあ・・。」
 「とんぼってお空にいっぱい飛んでいるんだよね。でも、その中のほとんどは秋になれば土に落ちて誰にも知られることもなく死んでしまう・・。それが自然なのかもしれないけど、そのとんぼさんは名雪ちゃんに会うことができたんじゃない。これも出会いの一つとして名雪ちゃんのこころにとどめておこうよ。」
 「・・あなたもこのこと忘れない?」
 「うん!優しい名雪ちゃんのこころ・・、忘れるものか!」
 「ありがとう、嬉しいよ・・。名雪もとんぼさんのこと・・絶対忘れないよ!」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 遠い記憶が頭の中を駆け巡るフラッシュバック。僕の背で深い眠りについていた名雪ちゃんは自室のベッドの上で静かに瞳を開けた。
 「あ・・う−ん・・。ここは・・私の部屋・・?」
名雪ちゃんはベッドから起き上がるとブルーのカーテンを少し開ける。太陽のこもれ日がまぶしい。
そして机の上にあるカエルの形をした時計を見る。午前8時8分。
 「やだ!私ったらあれからずっと寝ていた訳!?その上もうこんな時間じゃない!いそがなく・・って・・・いたた・・。」
名雪ちゃんは更に身を起こそうと思ったが、足腰に激痛が走った。風邪の影響だろう。
 「ふえ〜ん。せっかくここまで皆勤賞ものだったのにい。しかもまだちょっと熱っぽいみたい・・。」
再び名雪ちゃんは布団の中に潜った。そして布団の暗闇の中で眼をぱちくりさせてみる。あまりにもショックが大きすぎた昨日の出来事。7年ぶりに幼馴染みと会って、これから新しい思い出作りが出来そうだと思った矢先の昨日の出来事。真っ暗な自分の布団の中で見知らぬ女の子と思い出の彼がキスをしたあの場面がふと浮かび上がる。現実のものとは考えたくない。しかしその事象は皮肉にも自らの眼で確かめてしまっている。複雑な思念がこころの中を浮遊するうちに自然に眼に涙が溜まってくる・・。その時であった。自分の部屋のドアを叩く音。
 「・・・・・・はい!・・どうぞ・・!」
一瞬名雪ちゃんはきっと僕だと思い、ぱっと顔を輝かせた。
 「名雪・・、体の具合はどんなもんだ?」
どうやら御期待にそぐなわなったようだ。ドアを開け、そっと中に入ってきたのは叔父さんであった。
 「なんだなんだ。人がせっかく心配して見に来てやったのにそんな膨れっ面することないだろう? はは〜ん、わかったぞ。あの子だと思ったんだな?」
すると名雪ちゃんは顔を背負って走ってた時みたいに赤くして言い放った。
「ち、違います!大体にしてもう登校時間でしょ?・・・もう学校には行ったの?」
「あぁ。もう30分くらい前に行ってしまったよ。しかし昨日は彼は相当大変だったぞ。」
「え・・?大変って・・、どういうこと?」
叔父さんはちょっと驚いた様子を示したが、ゆっくりと話しはじめた。
「名雪、なにも覚えていないのか?う〜ん、無理もないだろうな。お前は高熱を出してしまって、昨日6時くらいに家に帰ってきた時には殆ど昏睡状態みたいな感じだったからな。いきなりお前をおぶったあの子が雪まみれになりながら帰ってきてな。それからは私の手も借りず、ここまで全部一人で面倒を見てくれたんだ。・・ただ、お前が全然起きないものだから着替えの時はちょっと恥ずかしそうだったがなあ・・。」
すると名雪ちゃんは眼をカッと見開いて、叔父さんに慌てて問いただした。
「う、嘘!・・っていうことは私の・・体・・彼見たっていう訳!?」
「んん・・、ま、まあそういうことになるの・・かな?」
「はあああああ〜〜〜〜〜〜〜・・・・。」
すると突然気力を失ったかのように名雪ちゃんはベッドに倒れこんでしまった。
「お、おい名雪大丈夫か?」
叔父さんが何度か名雪ちゃんをさすったが、それっきり名雪ちゃんは何も反応を示さなかった。
「やれやれ女の子は複雑なものだな。そしてあの子の様子も昨日の夜に限って言えばなんだかそわそわしていたようだし・・。とにかく今日はゆっくり休みなさい。私から学校へは連絡を入れることにしよう。・・それじゃお休み・・。」
「はーい・・・。」
叔父さんが名雪ちゃんの部屋のドアを閉めようとした時、ベッドの中からかすかな声が聞こえた。
「・・・・・・クン・・・・。」
一粒の涙とともに名雪ちゃんが僕の名前を呟いた。



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