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Kanon Another Story



10秒の奇跡


前編

by 佐竹 涼一郎



 『ボクのことを忘れてください…』 

どんな奇跡が、あゆをこの世に存在させていたのかは分からないけど、確かに存在していた、彼女のぬくもりを俺は、忘れることができなかった。
 七年前、あの大きな古木の学校で、気まぐれな風があゆの小さな躰を宙に舞わせ、そして…。
 
自ら封印した記憶を紐解くとき、俺は無意識に日常の中ノ彼女の片鱗を探していた。
そう、忘れられるものか。

日常は流れていく。
名雪や秋子さんの気遣いが俺にはとても有り難かった。

ようやく、傷口が癒えかけた頃…

遅く起きた休日。いつものように秋子さんの手伝いで昼食の食器を並べ、昼食につこうとするその時、
「そういえば、TVのニュースで見たのですが…。」秋子さんが言った。
「昔、この街にあった大木が在ったのですが、ある日、そこで遊んでいた女の子が木の枝から落下して、ずっと意識を失っていたのだそうです。」
「その女の子が、つい先日目を覚ましたそうです。七年ぶりに…。そのこの名前は…」

全てを語られなくても分かっている。
女の子の名前は…。

「…月宮あゆ…ですね。」
俺の答えに秋子さんは静かに頷いて
「…はい。」
とだけ答えた。

その日の午後、俺は秋子さんに伴われて、あゆの入院している病院へ出かけた。

秋子さんはナースセンターの婦長を始めとする看護婦一同と何故か知り合いだった。

看護婦に伴われて、あゆいる病室の前に佇む秋子さんと俺。
個室の扉には『月宮あゆ』とネームプレートが掛けてある。
俺は、ドアノブを握ると、その扉を開けることを少しだけ躊躇した。
この扉を開けると、この倖せ全てが夢だったなんて言うことになるのではないかという恐怖に似た不安が、俺の心によぎったからだった。

俺は、勇気を持って病室の扉を開けた。



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