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Kanon Another Story



10秒の奇跡


後編

by 佐竹 涼一郎



     < 1 >

俺は、勇気を持って扉を開けた。
扉の向こう、まぶしい光が、俺を包んだ。 まぶしい光、それは陽光だった。
そのまぶしさに、一瞬だけ目を細めて、再び目を開けたとき、そこには少女の顔があった。
俺が渡し損ねた赤いカチューシャを付けたセミロングの髪。それは、俺のよく知っている少女だった。
いや、俺のよく知っている少女より、七つほど幼く見えた。
「…あゆあゆ…」
俺は、少女が何か言う前にそう呟く。
「うぐぅっ違うモン…。」
少女は拗ねたようにそう答えた。
「だって苗字もあゆだろ。だったら…」
「うぐぅ…佑一君やっぱり変だよぅ。」

「うぐぅ〜おはようって言おうと思ったのに。」
「おはようって?」
「…眠っていたの…七日間も。」
あゆ後ろから、秋子さんが顔をのぞかせ言った。
「七日間?」
「そう、あの大木での出来事から七日間。あなたはずっと眠っていたの。あゆちゃんと一緒に…」

七年の記憶…。
自らが、といた七年の記憶そのものがいっさい、七日間の夢だった。
そういえば、あのとき、風にあおられて宙に舞ったあゆが落下すると思われる場所に、夢中で駆け寄って…。そこからの記憶がなかった。
恐らく、あと十秒遅かったら、本当にあの七年の夢が、現実になっていただろう。

そして、俺とあゆは七年の夢を共有した。
あゆが目覚めたのは五日目。
どうやら、それが、夢のなかであゆが消えてからのタイムラグらしい

落ち着いて、辺りを見回すと、あゆや秋子さんだけでなく、名雪も、俺の両親もそこにいた。
しかし、あゆの身内は誰一人としていなかった。

「うぐぅ…。うぐっ、うぐっ、うぐっ。」
俺は、泣きながら、俺にしがみついてくるあゆの頭をなで続けた。

 
数日後、退院した俺とあゆを待っていたのは、俺の両親を交えての水瀬家での賑やかな夕食だった。


食事を終えて、片づけの後、リビングに一同が再び顔を合わせたとき、最初に口を開いたのは秋子さんだった。

「あゆちゃんの、これからのことなのだけれど…。」
 そういうと一同を見渡し、俺と、あゆと名雪をみる。そして、事情を飲み込めていないことに気付いたらしく、少し考えてから、俺の両親と目配せをする。
 そして、
「あなた達にも知っておいてもらう必要があるわね。ちょっと難しい話だけど、よく聞いておいてね。」
 と一言付け加えた後、これまでの経緯を俺達でもわかるように、かいつまんで俺たちに説明をした。
秋子さんの話によると、あゆの親類達は、結局内輪もめした後、親権を含むあゆに関する全てを放棄してそうそうに立ち去ったらしい。
 そんなわけで、あゆは、秋子さんが引き取って水瀬家の家族として迎えられることになった。

話の間中、あゆは俺にずっとしがみついていた。
そして、名雪は何かを言いそびれたようにじっと行方を見守っていた。

 
その晩、俺はなかなか寝付けずにいた。
 ふと思い出したように、あゆのことが気になり、二人のいるはずの名雪の部屋に行った。
 一応ノックをして返事がない事を確認すると、そっと、ドアノブを回してみた。 
なかは、異様に寒かった。
 それもその筈。ベランダ側の窓が開いていた。ベランダには二つの人影が浮かんでいた。
「なにしてるんだ。」
俺も、ベランダまで出て二人に問いかけた。
「うぐぅ…あれ、佑一君…」とあゆ。
「あっホントだ。佑一だよ。」そして名雪も振り返った。
 寒さのなかで、この二人の周りだけ、妙に穏やかな空気が流れているように感じた。
 完全に時間すら飲み込んでしまったような
緩やかな気配のなかで、黙っていると、二人のペースに巻き込まれて、ぼーっとしたまま一晩ここで過ごしかねなないと感じた俺は、
「…で、二人でこんなところでなにしてたんだ。」ともう一度尋ねた。
「…お話をしていたんだよ…。」
 名雪がいった。
「どんなはなし?」
「…そうお話…。」あゆ。
「佑一君に出合ったときのこと。」
「寂しがったこと、楽しかったこと、そして、あの『学校』のことと夢の中のこと。」 
「…ずっと待ってたんだよ。七年も夢の中で。」
「でも、それは夢の中の出来事だった。目が覚めたら、五日しかたってなくて…。病室の隣のベッドで佑一君が眠っていたんだよ。」
 あゆは少しだけ、涙ぐんでいた。
「…ねえ、佑一はどんな夢見たの。」
「少しだけ悲しい夢。あの大木から落ちたあゆを支えられなったゆめ。」
「…そう。」
「だから、七年たってこの街に戻ってくるときそのころの想い出だけぽっかり抜け落ちてて…。」
「そのことで少しだけ、みんなが傷ついている。そんな夢だった…。」
「…うぐぅ。…そう、ボクも同じ夢の中にいたんだよ…。」
 俺の言葉を夢を共有したあゆが締めくくると、俺たち三人はしばらくその場に佇んでいた。
気がつくと、雪が降り始めていた。
 雪国特有の積もる雪。
 
「『学校』へ行こうよ。明日の朝…。」
 ふいに、あゆが沈黙を破った。
「…でもな…。」
 そう、あゆも知っているはずだった。もう、あそこに僕らの木がないことを…。
「知ってるよ。でもね、行かなくちゃいけないの。だって、…」 
「うぐっ、だって、佑一君とはしばらくお別れだから、うぐっ…約束だから。」
「そうだったな。」
「名雪ちゃんも一緒に…うぐっ、お別れ会やるんだよ…。うぐぅ…」
あゆの言葉は、もう泣き声に変わっていて最後の方はよく聞き取れなかった。

雪が降っていた。
 心の中まで降り積もる
 暖かな雪
これからの、俺たちにこの雪は、どんなメッセージを運んでくるのだろう。

 
< 2 >

森の中には、朝日が射し込んで神秘に満ちていた。
老齢の大木が在ったことを示す切り株が、そこにあった。

雪に半ば埋もれかかった切り株の雪を少し払うと、三人だけのお別れ会を始めた。
 
 最初は、最初で最後の転校生、名雪の自己紹介。
 そして、持参した、お菓子を広げて…。
 
 お別れ会も終盤にさしかかろうとしたとき、名雪が雪で何かを作り始める。
そして、出来上がったそれを切り株の上に置いた。
「ゆきうさぎだね。」
あゆがそういうと
「うん、そうだよ。」
「それじゃ、ボクも。」
 あゆも、見よう見まねで作り出す。
名雪の作ったそれの隣に置くと、かなり不格好だが、かろうじてうさぎに見えた。
「それ、ホントにうさぎか?」
「うぐぅ、ひどいよ。自分も作ってみればわかるよ。」
「俺も作るのか。」
「そうだよ。」
あゆと名雪が声をそろえて俺を追いつめていく。
「しかたがないなぁ。」
手袋越しに冷たい雪をかき集めて、雪うさぎを作りあゆのそれのとなりにならべた。
「ほら、お前のよりは上手いぞ。」
「うぐぅ〜。」

 切り株の上の三つの雪うさぎ。
俺たちは、しばらくそれを見つめていると
名雪がことばを綴った。
「また、この『学校』で会おうね…。」
涙をこらえている笑顔が今にも崩れそうだった。
「うぐっ、うぐぅっうぐッうぐぅ〜うぐぅ…。」
 あゆにはもう、言葉はいらなかった。
「ああ、約束だ。」
 俺は、あゆと名雪の右手を握ると強引に、二人の小指に自分のそれを絡めた。
「ゆびきりげんまんうそついたら…」
俺ももう限界だった。
「うそついたらはりせんぼんのます…。ゆびきっ…」
 もう言葉にならなかった。
切れない指切り。永遠にこの瞬間が続くことを願って…

「うぐぅ…切らなきゃ、指切りにならないよぅ…。」
 夢の中で、俺が意識を失い掛けたあゆに言った言葉。
俺達は十秒後の奇跡の中にいる。
 涙をこらえて、時計を進めないといけない。 
 涙で鼻にかかった声で言ったあゆの言葉に、即された俺達は、
「指切った。」
 声をそろえてそういうと、思い切って七日前の、そしてあゆと俺にとっては七年前の約束を成立させた。

 
 
 

楽しい夢
 悲しい夢
 辛い夢
 怖い夢

僕らは現実という夢の中にいる 
 深い夢
 浅い夢
 
ゆめ
 夢
 ふと目覚めると忘れてしまいそうな夢
もしかしたら
 みんな
  覚めない夢のなかで
     暮らしているのかもしれない

でも、
  朝が来て目が覚めたときには
           倖せでいたい  
           
…何故なら、
     それがボクの願いだから…

 
 
…七年後…

ボクは、待っていた。
 雪が積もったホームの上。
 お気に入りのダッフルコートに身を包み
 お気に入りの羽のついたリュックを背負い
 
 キミに会えなかった七年間
 七年前に見た夢とおなじように
 でも少しだけ違うことは 
これが、夢でも幻でもない
 流れていく時間と共に
君と一緒に歩いていけるのだから…

 
列車の扉が目の前で今、開いた
 そして、
 今、キミがおりてきて


「お帰りなさい。佑一君」

 
 
fin



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