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Original Novel
keita Presents



クリスマス






「あ…遅かったね」
「あぁ、ごめん、遅れて」
「ううん、いいの。そんなに待ってた訳じゃないから」
「そう…」
「……寒いね…」
「…冬だからね」
「ふふっ…そうね。冬だもんね」

冬の公園は恋人達で埋め尽くされていた。高校生、大学生、社会人…

空は曇っていた。満天の星空でもあればますますロマンチックだっただろう。だが今日の天気予報は曇りのち雪だった。

公園の中央には大きな噴水があり、そのさらに奥にあるモミの樹は電球で飾られている。

そう、今日は恋人達にとって特別な日。

どんな事があっても、その日だけは特別な感情を持てる日。男の腕時計のカレンダーには12と24の数字があった。
「あ……」
「ん?」

女が小さく声を上げて上を見る。暖かい色で辺りを照らす街灯の光が、二年前から比べると少しだけ大人になった彼女の顔を照らした。
「ほら…雪……」
「…ほんとだ……初雪…かな」
「うん。今年の初雪」

粉雪が音も立てずに空から降りてきた。天使の羽根とは良く言ったものだな、と男は思った。地面に落ちてしばらくしてアスファルトに小さな染みを作って消える。ただそれだけの雪なのに、空から落ちてくる水分、ただそれだけなのにどうしてこうも特別な意味があるように思えるのだろう。
「きれいだね…」
「…うん」
「……しばらくここにいようよ」
「そうだね。そうしようか」

男はそういうなり、着ていた薄手のコートを女の肩にかけた。
「風邪ひくよ。ただでさえ冷え性なんだから」
「うん。……ありがとう」

影が一つに重なるほど寄り添いあって、噴水の前のベンチに腰掛ける。遠くの方に電飾で飾られたモミの樹が見えた。
「…二年前の約束……覚えてる?」
「え?」

突然の言葉に女は少し驚いたような顔をした。

二年前の約束、それはこの二人が交わした誓いのようなものだった。
『二年間の間に、二人とも自分をできるだけ成長させる。そして……』
「…覚えてるよ……」
「そう、よかった」

しばらく二人とも黙って噴水を見ていた。

恐らく今日だけ、こんな夜遅くまでライトアップされているのだろう。白い光に照らされて水がいろいろな曲線を描いている。

男は二年前、時計を買った。それまで身につけていた時計は女が持っている。

その時計は二年前の自分にはふさわしくない、そう思って女に手渡したのだ。もとはといえば、その時計は女が男にプレゼントしたものだ。
「…あの時計、まだ動いてるよ」
「…そう……」
「二年……長いようで短かったね」
「うん……」
「お父さんとお母さんがね……気にしてたよ。ちゃんとご飯食べてるかって」
「心配いらないよ。ちゃんと食べてる」
「ん…それじゃ今度電話があったらそう言っておくね」

弱い風がふいた。女の髪がわずかにゆれる。粉雪が空気の起動を描くようにゆれた。
「今なら……」
「え?」
「今なら…言えるかな……」
「………うん…」

男の腕時計の針は午後九時半を指している。空からはまだひっきりなしに粉雪が降っていた。風も止み、音もなく静かに二人の上に降り積もる。
「結婚しよう」

男が女の目を見て短く言った。
「……うん…」

女も男の目を見て短く答える。

さほど大きくはない女の目から一粒、二粒と涙が零れた。
「二年間…ずっと待ってたけど……やっと…やっと言ってくれたね」
「…今なら自信を持って言えるよ。…二人なら幸せになれる」
「うん……私も…そうだよ。今なら……二人で幸せになれるって…」

不意に男が女を強く引き寄せた。今までに無いくらい強く抱きしめる。

女もそれに応えるように、腕に力を入れる。
「……あったかいね…」
「…うん……」
「どうして…当たり前だと思ってたんだろう……こうして寒いときに抱きしめて暖めてくれるのを…」

男は何も答えない。ただ女の髪を優しく撫でていた。
「当たり前じゃないんだよね……ごめんね…気づかなくて…」
「…いいんだ」
「ごめんね……ごめんね………」
「……いいんだよ。ほら、泣かないで」

ポケットから取り出したハンカチで優しく涙をぬぐう。

そしてハンカチをポケットにしまった手には何か別のものがあった。
「……受け取ってくれるね?」

小さな指輪だった。小さな宝石が街灯に照らされて優しく光る。
「…うん」

そっと右手の薬指にはめていた指輪を外し、新しい指輪を左手の薬指にはめる。

クリスマスにはよくある光景かもしれない。公園の中にいるカップルの一組にすぎないかもしれない。でも、二人にとってはこの夜、この公園は確かに特別な空間になっていた。
「……今度の土曜日…あの時計持ってくるよ」
「うん…」
「………もう一回…抱いて…暖めて……」
「…うん……」

街灯の下で、お互いのぬくもりを確かめ合うように抱きしめあう。こうしている間も二人の前を人が通りすぎていく。でも誰も気に留めるものはいない。

クリスマスによくある光景。ただそれだけなのかもしれない。だがこの二人にとってこの空間には意味がある。

お互いのぬくもりが、確かに自分の腕の中にあるという事。身体のぬくもりよりも心のぬくもりが、もう二つではなく一つになったという事。ただそれだけでもよかった。それだけで十分だった。

粉雪は少し粒の大きさを増してきた。

二人の上に少しだけ雪が積もる。暗い空に白い羽根が舞う。街灯の光を反射して、きらきらと優しい光を放つ白い雪が、地面に落ちて少しずつ積もっていく。


しばらくの後、そこに二人の姿はなかった。

ただ、まるで歩調を合わせるように並んだ二つの足跡が、公園の外へと続いていた。


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